第二十二話『悪魔退治〜消滅〜』
―――森の中にある更地に出た私達は、この場所を最終決戦の地に決めた。
“霧の悪魔”が来るまで少し時間がある。
ガンツェルはドムと自分の剣に《魔力付与》の魔法をかけて戦いに備えた。
メイユールとエルも魔力を集中し、呪文詠唱の準備に入る。
……霧が辺りに立ちこめた―――。
目の前に“霧の悪魔”が現れた!
(……いよいよこの時が来たわね)
ドムとガンツェルは“霧の悪魔”に向かって仕掛けた。
魔法弾の標的を絞らせない様に左右に分かれての連続攻撃。
思ったより動きがいい様だ。
ヌゥフトの影響だろうか?二人は息もつかさぬ攻撃で“霧の悪魔”に反撃の隙を与えなかった。
「―――大いなる光の意志よ!我が祈りに応え、我に聖なる力を与えたまえ……」
エルとメイユールの呪文詠唱が始まった。
発動までの間、三人で“霧の悪魔”の動きを止めなければ……。
「―――灼熱の光よ、閃光となりて敵を打ち抜け!」
《灼熱》の魔法が赤い閃光となって“霧の悪魔”に直撃した!
“霧の悪魔”が後ろに身を引き、私の方に注意を向けた。
(―――今だ!)
ドムとガンツェルの攻撃を受けながらも“霧の悪魔”の意識は完全に私を捉えた。
あの者の力は、侮れない―――。
邪悪なる意志は、魔法を放ったエルフの魔術師を脅威となる障害と認識した。
……私は目を閉じ魔力を集中する。
「―――すべての魔力よ!我が魂を糧として一点に集まれ!」
精神内での魔法の構築。
魔力の流れを収束しエネルギーへ変換。
それに伴う魔力の拡散制御。
そして放出目標への方向制御。
……通常の魔法発動への段階を終えて、私はさらに魔力の収束を行う。
―――魔力流出制限解除!
魔法力が体中から溢れ出す。
漏れ出るそれらの魔力を強引に収束すると、両手に光と化した魔法力が渦巻いた。
(……これ以上、魔法威力は上がらない……)
持てるほぼすべての魔法力を収束させると両手を合わせた。
強い光がひとつになり“霧の悪魔”に向けてゆっくりと構える。
魔法の発動軌道を固定し、ドムとガンツェルが離れる瞬間を待った。
(……さすがに全魔力を抑えるのはきついわ……)
集まり切らない魔法力が体中を駆け巡る。
魔力の暴走だった。普段ならすぐに魔法を中断しなければならない危険な状態である。
だが、この魔法に命を賭けた私には中断する気などなかった。
ドムとガンツェルの働きは想像以上だった。
二人の連携攻撃は凄まじく、少しずつだが“霧の悪魔”を押している。
途切れる事のない攻撃に“霧の悪魔”はたまらず後ろへ跳躍して距離を取った……。
「―――はあああぁぁぁっっっ!!!」
“霧の悪魔”と二人の距離が離れた瞬間、私は全魔力を込めた魔法を“霧の悪魔”に向けて放った!
命中した魔法が“霧の悪魔”を包み込む。
グオオォォッッ!!!!
苦悶の声をあげて“霧の悪魔”がもがく。
命中した事を確認した私は、意識が消えてゆくのを感じて力尽きる様に倒れる……そして、そのまま闇に飲み込まれていくのを感じた―――。
(……マーガレットさん……)
メイユールの目に力無く倒れ込むマーガレットの姿が映った。
それでも呪文詠唱はやめない。
「……聖なる息吹よ、破邪の剣よ、不浄の者を滅する閃光となれ!」
メイユールとエルの神聖魔法が、光の矢となり魔法の渦に包まれて動きを止めた“霧の悪魔”に命中する!“霧の悪魔”はうずくまる様にその場に崩れる。
ドムとガンツェルは容赦なく飛びかかり“霧の悪魔”に致命的な一撃を与える……。
グオオォォッッ!!!!
断末魔の叫びをあげ“霧の悪魔”は動きを止めた。
光に包まれた体は灰になっていく―――。
「……終わったな……」
“霧の悪魔”が完全に灰になった事を確認したガンツェルは一言だけ言うとその場に座り込んだ。
ドムは灰になった“霧の悪魔”を見て振り返る……。
「―――!!!」
視線の先にはうつ伏せに倒れ、微動だにしないマーガレットがいる。
その体から生命力を感じない……。
ドムはマーガレットに駆け寄り体を起こした。
力無く垂れ下がる手。
顔色は青く、痩せこけていた。
生命力の欠片も無くなったその体は、徐々に熱を失ってゆく……。
「……マーガレット!!」
ドムは悟った。マーガレットがその魔法力をすべて使い切った事を……。
鼓動も止まり、まるで人形の様なマーガレットを抱きかかえると、ドムは何も言わずに呆然と立ち尽くした―――。
……目的は果たした。
しかし、パーティーの状態は最悪だった……。
ニール、ヘイグ、プラナは意識不明。
メイユールとエルも魔法力の消費が激しいし、ドムやガンツェルにしても肉体の疲労が重かった。
マーガレットにいたっては、魔法力を使い果たし……生命活動を停止させていた。
まさに満身創痍のパーティー。
一行は負傷者の治療のため、マイア神殿に向かう事にした……。
負傷者を連れての移動は時間がかかる。
通常なら二日もあれば辿り着けるマイア神殿に着いたのは、それから四日後の夜だった。
一行はそれぞれの寝台に寝かされ治療を受けた。
ライマー島北東部に位置するマイア神殿は、負傷者や悩める者に対して無償で救いの手を差し伸べる聖職者の集まる土地である。
ドムとガンツェルは回復魔法で元の体力を取り戻し、メイユールとエルも魔法力を回復させるため眠りについている。
ニール達は別室で治療を受けており、面会する事もできない状態だった。
そして、マーガレットは地下の一室に安置されている。
すっかり回復したドムとガンツェルは、それぞれ聖職者達に礼を言って目覚めたメイユールとエルの回復を確認するべく彼女等の元へ行く。
少しやつれた表情の二人。
彼女達は体力的には魔法により回復していたが、魔法力の消耗で精神的な疲労がまだ抜け切っていなかった。
だが思ったより元気そうな二人を見て、ガンツェルの表情は明るくなった。
ベッドの脇にある椅子に座るとガンツェルは二人に声をかけた。
「……回復してよかった、よかった。死んだ様に眠りだしたから、ちょっと心配したんだぜ?」
状況の深刻さを感じさせない様に軽口を叩く。
少しでも彼女達の不安を無くそうと努めて陽気に振る舞うガンツェル。
それとは対照的に無言なドム。
「……しばらくはこの神殿の世話になるから、ゆっくり体を癒すといい……」
彼女達は見た目よりも疲労している。肉体的なダメージは魔法で回復するが、魔法力の消耗による精神的なものは自然治癒力に依存するしかない。
ドムとガンツェルは二人の無事を確認すると部屋から出ようと席を立った。
「……ドムさん、ちょっとよろしいですか?」
不意にメイユールは口を開いた。
「すみませんが、こちらに来ていただけますか?」
その表情に疲労が感じられたが、はっきりとした口調でドムに話しかける。
無言のまま振り返りメイユールの顔を見た。
その目に強い意志を感じ、ドムはメイユールの言葉に従う。
「……どうした?」
メイユールのそばまで来るとドムは、ベッドの脇にある椅子に腰を下ろし彼女の話を聞く事にした。
目を閉じるメイユール。ドムは静かに話し出すのを待つ。
「……ドムさん、これをあなたに、と。マーガレットさんに頼まれました……手を出して下さい……」
そう言ってメイユールは指にはめていた指輪を抜き取り、それを差し出されたドムの手のひらの上に置いた。
「……これは……?」
ドムは青い光を放つ指輪を鋭い目つきで見る。
悲しみよりも怒り―――。
マーガレットが初めから死ぬ覚悟で戦った事を知って、ドムは自分の力不足に憤った。
(……俺にもっと力があれば、そんな覚悟をせずに済んだのにな……)
自分は力を出し切ったのか?指輪を握りしめ、ドムは己の弱さを責めた。
「……マーガレットさんの意志は強く、私には止める事ができませんでした……」
悲痛な表情で頭を下げるメイユール。
自分の力が及ばず、マーガレットを救えなかった事に深い悲しみを覚える。
涙こそ見せなかったが、その姿を見てドムはメイユールが自分を責めて苦しんでいるのを知り、彼女の肩に手を乗せた。
「―――マーガレットが自分で決めた事だ……誰にもその覚悟は止められなかったはず……だから自分を責めるな」
仕方の無い事。ドムは自分にも言い聞かせる様に言った。
……精神的にも肉体的にも疲労困憊だったプラナは意識を取り戻した。
見慣れぬ場所にいる事に疑問を覚え、プラナは周りを見回した。
ここは部屋の中だ。ベッドで寝かされている。
(……聖なる力が漲っている……)
まだモヤのかかった頭で考える。
(……ライマー島で聖なる波動に満ちた場所はひとつしかない……)
プラナは、ここがマイア神殿である事に気付いた。
……戦いは終わったの?
プラナは体が動く事を確認するとベッドから身を起こした。
暗い部屋にベッドが四つある。
そのうちひとつは空いていたが、残りのベッドにはニールとヘイグが寝かされていた。
……二人の漏れる息を感じる。
ヘイグは生きていた―――。
プラナは自分のために負傷したヘイグの生存を知り、安堵のため息をついた。
(……他の仲間は無事なの?)
残る仲間の姿が見えない。
別の部屋にいるのか?プラナはまだ回復し切っていない体にむち打ってベッドから降りる。
そしてニールとヘイグの容態を見ると部屋を出て行った。
―――ゆっくりと、壁に体を合わせて廊下を歩く。
今は夜なのだろう。神殿内は暗く、廊下には聖職者の誰一人いなかった。
歩いてると地下へ続く階段が見えた。
壁を寄りかかる様にして歩くプラナは、そのまま階段を下っていく。
さらに暗くなる。
だが、エルフの血をひくプラナにも暗視能力があったのであまり気にならなかった。
(……光?)
先に進むと部屋の一室から光が漏れているのを発見した。
誰かいるかもしれない。プラナは光の漏れる部屋に向かって歩いた。
扉が少しだけ開いている。
「―――ああっ!」
中を覗くとプラナは驚きの声をあげた。異様ともいえる光景が見えたのだ―――。