第二十一話『悪魔退治〜決戦前〜』
草木をかき分け森の中を進むと、薬草になる植物が豊富に生い茂っているのが目についた。
この島は薬草の宝庫のようだ。
港町ローカスの薬屋にも多くの薬草が棚に並べられていた事を思い出し、私は役立ちそうな植物を見つけるとそれをいくつか袋に入れ持っていく事にした。
異常とも言える感知鋭敏によりドム達のいる場所を目指して歩く。
“霧の悪魔”の妖気は離れた場所に佇んでいる―――。
今は生気を欲していないのだろう。
私達の気を感知しているにも関わらず、まったく移動する気配を見せなかった。
(……今は満腹ってトコね)
私とメイユールは疲れた体にむち打ってドム達と合流しようと足早に歩き続けた。
しばらく歩くとドム達の待機している場所に辿り着いた。
「―――マーガレット!メイユールも一緒だったか!」
突然現れた私達にドムは声をあげた。
何者かの気配を察知したドムとガンツェルは、今にも飛びかかる勢いで剣を構えていた。
飛び出していたら危うく斬られていたかもしれない。
二人共、それくらいの気が張っていたのだ。
「……みんな揃っている様ね……」
どうやら、私とメイユールの二人だけが遠くに避難していた様だ。
おかげで“霧の悪魔”とは遭遇せずに済んだのだが。
ドム達はすぐに合流したらしい。
先の戦闘で“霧の悪魔”の魔法弾をまともに受けたニールは外傷よりも体内のダメージがひどく、いまだに意識を失ったままだという。
そしてヘイグとプラナは先の戦闘後、森に潜む盗賊団と遭遇してしまい、逃亡の末に戦闘になってプラナは倒れ、ヘイグは瀕死の重傷になったそうだ。
特にヘイグの容態は悪く、体中に刺し傷があり生きている事が奇跡に近い状態にあった。
その盗賊団との戦闘の際に“霧の悪魔”が出現し盗賊達は皆殺しに遭い、瀕死の重傷だったヘイグと弱っていたプラナはその気が弱っていた事が幸いし難を逃れたという。
ドム達はその後にヘイグとプラナと合流したそうだ。
……今、戦える者はドム、ガンツェル、メイユール、エル、そして私。
とりあえず全員が揃った事で今後の対応を話し合う事にした。
正直、この五人で作戦を実行するのは厳しいと言わざるを得なかった。神聖魔法の呪文発動に際し“霧の悪魔”の動きを牽制する役割を担う戦士が、ドムとガンツェルの二人だけでは荷が重い。
神聖魔法の発動もそうだが、その前の私の魔法の完成まで二人だけで持ちこたえるのは厳しい。
“霧の悪魔”は二発同時に魔法弾を放てる。
万が一、二発とも二人に直撃したら……呪文詠唱により無防備なエルとメイユールを守る事ができなくなる。
私の作戦では、戦士が三人いて万が一二人がダメージを受けても残る一人が“霧の悪魔”を牽制するというものだった。
何故なら常に攻撃にさらされれば強力な魔法弾は放てず、ドム達がそれをくらっても致命傷にならないと踏んでいたから。
だから、敢えて戦士達に盾になってもらう作戦にしたのだ。
(……こうなれば、出鼻に私の全魔力を暴走させて少しでも“霧の悪魔”にダメージを与えた方がいいかしら……)
実は最初、私はそうするつもりだった。
だが、私が力尽きた事により動揺が出て隙を作る可能性があったので、戦いに集中している乱戦中に全魔力を暴走させた魔法を放つ事にしたのだった。
(……ほんのわずかな隙が勝敗を決する。
少しでも動揺する事があってはならない……来る途中に見つけたあの薬草をみんなにも使うしかないわね……)
私は袋に入れておいた薬草を取り出した。
これはヌゥフトと呼ばれる草で、私達魔術師の間では主に長時間にわたる儀式などで使用する薬草で、効能としては精神の高揚させる効果がある。
ヌゥフトの草は非常に強力な常習性があり、国によってはその使用、販売を禁止している。
要するに麻薬と呼ばれるものだ。
だが、ヌゥフトの草には若干ではあるが魔力を回復させる効果もあり、今の私にとっては無くてはならない薬草だった。
移動の際にこの薬草を見つけた時は、魔力を少しでも回復させようと戦闘前に煎じて飲もうと思っていくつか持ってきていたが、まさかこれをみんなに飲ませるのは……少し気が引けた。
(……強い常習性のあるこの薬草を飲ませようか?)
たしかに、国によってはその名の通り薬にもなる。
精神を患った者に対しては治療効果があるのだ。しかし、健康な者に使用するのには正直抵抗があった。
(……でも、使うしかないわ。
精神が高揚すれば戦いに集中できるし、エル達の魔力も回復させられる……)
私は意を決して袋の中から小さな鍋を取り出すとヌゥフトの草を入れ、水袋の水を鍋にあけてたき火の上にその鍋を乗せた。
「……それは、ヌゥフト……」
メイユールは一瞬眉をひそめたが、すぐに私の考えを理解して少し悲しげな表情になった。
他の三人はヌゥフトの効果を知らなかった様で、私の行動に怪訝な顔をした。
「……これは気力を回復させる薬草よ……精神的にも消耗してるでしょ?ここに来る途中見つけたから採ってきたのよ……」
小枝で鍋をかき混ぜると、ヌゥフトの草から成分が抽出され鍋の水が緑色に変わった。
私は袋からコップを二つ取り出し、緑色の液体をすくい入れるとそのコップをドムとガンツェルに手渡した。
二人は緑色の液体が入ったコップをまじまじと見る。そして、独特の匂いに顔をしかめた。
「……これを飲めというのか?」
飲むのに抵抗があるのか、ドムは文句を言った。
「……良薬は口に苦し、です……かなり苦いですから、一気に飲んだ方がいいですよ……」
メイユールがフォローする。
ドムとガンツェルは渋々頷くと一気に飲み干した。
コップを受け取るとメイユールとエルも飲み、最後に私も一気に飲み干す。
口の中が苦くて顔が歪みそうだ。
以前、ケールで飲んだ“お茶”なる飲み物も苦かったが、これはその比ではなかった。
……時間が経てば効果が出てくる。
生き残るためだ。
みんなには申し訳ないが、しばらくはこの苦さと戦ってもらおう……。
―――“霧の悪魔”が動き出した。ゆっくりと、こっちに向かって移動し始める。
「……妖気が近付いて来ている。ここにいてはニール達が巻き添えになる。私達も移動しましょう……」
皆に緊張が走る。だが、逃げようと言う者は一人もいなかった。
このまま引き下がれない。
おそらく“霧の悪魔”との戦闘はこれで最後だ。
それぞれに覚悟を決め、私達は“霧の悪魔”のいる方向に向かって歩き出した。