第二十話『悪魔退治〜覚悟〜』
妖気はまだ漂っていた。
“霧の悪魔”の動きが止まり、その場に停止しているのが感知できた。
……体がおかしくなったからか?私の感知能力はいつもよりも鋭くなっていた。
通常の感知範囲よりも離れているにも関わらず、“霧の悪魔”のいる位置がほぼ正確に感知できたのだ。
夜になり“霧の悪魔”の妖気が強くなった事も原因のひとつかもしれないが、今はこの“異常”とも言える感知鋭敏に感謝したい気分になる。
……少しずつだが、体の感覚が戻ってきている。
感覚が回復するにつれて全身に走る痛みが増し、叫びたくなったが今は体の痛みに負けて泣き言を言っていられる状況ではない。
メイユールの治療のおかげで体力だけは回復している事がわかり、私は痛みに耐えながら起き上がった……。
「―――メイユール、“霧の悪魔”は遠くにいるから……警戒しなくてもいいわ……」
まだ少し掠れてはいるが言葉を発する事ができた。
(……これなら、呪文を唱える事ができる……)
私は口が動くのを確認すると、私のところへやって来たメイユールに思いついた作戦を残らず伝えた……。
作戦はいたって単純である。
その前になんとか仲間と合流しなければならなかったが、確実に“霧の悪魔”にダメージを与える事のできるものだった。
その作戦とは、まず私が魔法で“霧の悪魔”を攻撃して注意を引き、その隙にドム達の攻撃を当てていく。
その間にエル達が神聖魔法の呪文詠唱を開始、それに反応するであろう“霧の悪魔”に私がすべての魔法力を暴走させた一撃を放って動きを止め、さらにドム達の攻撃により“霧状”になるのを防ぐ。
この時、“霧の悪魔”は相当のダメージを受けているはずなので、弱ったところにエル達の神聖魔法を受ければ“霧の悪魔”はおそらく消滅するだろう。
うまくいけば、私の魔法で消滅するかもしれない。
もちろん、すべての魔法を暴走させたら私の命も尽きてしまうだろう。
魔力の収束、暴走の制御、一点に発動する集中……今の私ではその一撃に耐える事はできないから。
それだけにその威力は期待できる。
魔術師の中でも比較的魔力の高い私にしかできない捨て身の戦法である。
……メイユールは少しためらいながらも私の覚悟を知り、苦渋の表情でこの作戦を受け入れてくれた。
この作戦の重要なポイントは、私の魔法後の神聖魔法の発動のタイミングなので、前もって私の死を知ってもらわなければ動揺してタイミングを逸してしまう可能性があった。だからメイユールにその事を知ってもらい、作戦に支障をきたさない様にすべてを伝えた。
……重々しい雰囲気に包まれる。
きっとメイユールは、いくら相手が絶望的な戦力を持っていても、誰かが犠牲になる事に抵抗を覚えているのだろう。
「……まだ私が死ぬと決まったわけじゃないわ。それに私の魔法力はいまだに回復してないから、この作戦自体実行できるかわからないの……」
これは本音だ。
作戦において重要な私の魔法力が、まったく回復する兆しも見せないので実行できるかどうかも怪しかった。
よって、この作戦の全容は仲間達には秘密にしてもらう様に頼んでいる。
間違ってもドムに知られたら何を言われるかわかったものじゃない。
最期の時まで小言を言われたら決心も鈍ってしまうし……。
しかし、覚悟は決めたけど不思議と“死”への恐怖は感じなかった。
生き残れる自信は皆無だったが、おそらく悔いが残らない人生だと悟ったからだろうか?
―――たき火の炎を見ながら私は遠くへ行ったコンスタンスの事を思った。
(……彼女がこの場にいなくてよかった……)
もしこの場にいたら『私が代わる』と言い出し兼ねなかったし、彼女の悲しむ姿を見る事になるから。
だから、コンスタンスがこの場にいない事に心底ホッとしていた。
(……この戦いが終わったら、ドムはどうするのかな?……この島に来るまでは喧嘩ばかりで、ろくに口も聞かずに利害だけで接していたけど……今にして思うと彼が一番の仲間だった気がするわね……)
いつも無愛想で事あるごとに口喧嘩した日々を思い、彼の本当の姿を見て来なかった事に気付いた。
私は今まで一緒にいてくれたドムに何か遺そうと思った。
(……これならかさばらずに済むわね……)
私は指にしている指輪を抜き取ると、青く光る輝きをじっと見つめた。
この指輪はメロウスイート家に伝わる家宝の品だ。反逆の罪を着せられ一族が処刑された後、この指輪を取りに屋敷へ乗り込んだ事を思い出した。
(……この指輪には何かしらの加護の力があったはず……お守り代わりにはなるわよね……)
私は、戦いの後でこの指輪をドムに渡す様に頼んでメイユールに手渡した。
……空を見上げれば月が傾き明かりが見え始めていた。
決戦は近い。
覚悟を決めたからか、魔法力がほんの少しずつだが回復してきた。体の感覚もよくなっていた。
(……なんとか動ける様になったわね)
私は動ける事をメイユールに伝えると、不思議と高まっている感知能力で気の固まっている場所―おそらくドム達であろう―を感知し、その場所を目指して歩き始めた―――。




