第十八話『悪魔退治〜激闘!!〜』
“霧の悪魔”の奇襲攻撃によって、パーティーはバラバラになった。
だが、マーガレットの召喚魔法のおかげで被害はダメージだけですんでいる。
しかし“霧の悪魔”の魔法弾を受けて彼等は深刻な状態にあった……。
「……エル、ニールの傷はどうだ?動ける様になるか?」
切り株に腰かけたドムは、相変わらずぶっきらぼうにエルに声をかけた。
エルはドムの問いに答えず一心不乱に呪文を唱え続けている。
その表情から想像するとニールの容態はかなり深刻に見えた。
何せ“霧の悪魔”の魔法弾を無防備にくらってしまったのだから、外傷はもとより体内のダメージは相当なものに違いない。
同じく至近距離で魔法弾をくらったガンツェルと言えば、とっさに身を引き防御態勢を取ったので外傷だけで済んでいた。
それでも両腕の痺れが取れず、思う様に剣を振るう事はできなかった。
この四人は森の中へ脱出した際に合流した。
ニールの鎧に施した加護の魔法の力を感知したエルが一緒に脱出したガンツェルと捜索し、ニールを抱えたドムを発見、その後行動を共にしている。
合流した後は休める場所を確保し、エルの神聖魔法でドムとガンツェルは体力を回復、ニールだけが今も呪文による治療を続けている。
“霧の悪魔”に大量に生命力を奪われたドムは体に気だるさが残ってはいるが、霧から脱出した際にパーティーから距離が離れていたため“霧の悪魔”の魔法を直接くらわずに済み、見た目から言えばたいした外傷はなかった。
ドワーフ族の体質なのか、はたまたドムが特殊なのか?普通なら一度に大量の生命力を失ったら動く事はおろか、声を発する事もできない状態になる。
ところがドムは魔法によって体力がほぼ回復していた。
ドム達はニールの回復を待って他の仲間を探しに行く事を決め、戦いで疲弊した体を休ませる事にした……。
……森の中で走る影が二つあった。
後ろからは複数の影がちらほら見える。
逃げる二人に追う影―――。
ヘイグとプラナの二人は“霧の悪魔”から逃げた後、近くで合流し身を休める場所を求めさまよっていた。
ところが運悪く盗賊団に遭遇してしまい、身を休めるどころか命を狙われ逃亡を余儀なくされた。
普段なら集団とはいえ盗賊達に遅れを取る二人ではない。しかし、二人共“霧の悪魔”の魔法を受けており、まともに戦える状態ではなかった。
ヘイグは戦士で体力もあってまだ剣を振るう事はできたが、僧侶のプラナは“霧の悪魔”の魔法弾によって戦闘不能状態にあった。
プラナは自分とヘイグの回復に魔力のほとんどを使ったために魔法も使えなかったし、回復したとはいえ重傷だったため傷口を塞いだだけでダメージは抜け切っていなかった。
そのため戦闘になったらとても勝ち目がなかったので、ただひたすらに逃亡し続けていた―――。
プラナは走りながらも森の精霊に必死に呼びかけを行っていた。
彼女にはエルフの血が流れており、精霊の声を聞く事ができたのだ。
無論、修行したわけではなかったので『契約』して使役する事はできないが、ごく簡単なお願いなら頼む事ができる。
今の二人では盗賊達を振り切る事はできない。
そこでプラナは森の精霊に呼びかけ、盗賊達の目を眩ませ様と考えたのだ。
森の精霊ドリアードの力で道を寸断してもらうなり“魅惑”の力で盗賊達の判断力を鈍らせるなりしてもらえば、その隙に盗賊達を振り切れる。
しかし“霧の悪魔”の妖気のせいか、いくら呼びかけても精霊の声は聞こえなかった。
もしかしたら“声”が妖気によって阻まれ、精霊まで届いていないのかもしれない。
プラナは挫けそうになりながらも呼びかけに集中する。
自身のダメージも相当だったので、途中何度も集中力が途切れそうになったが必死に呼びかけを続ける。
(……ドリアード、返事して……)
祈る様な呼びかけが空しく響く。
プラナは前を走るヘイグを見て再び気を集中させた……。
走り続けるのにも限界があった。
いくら危険な旅を繰り返す冒険者とはいえ、無限の体力を持っているわけではない。
プラナはもとより、戦士のヘイグにしても疲れは隠せなかった。
前を走るヘイグはプラナに振り返り目で語りかけてきた。
……体力が無くなる前に戦う。
いかにも冒険者らしい発想だった。プラナはこのまま逃げ続けた方がいいと思ったが、精霊は呼びかけに答えてくれないし、体力が無くなってからでは手遅れになる。
危険は大きかったがこのまま無駄に体力を消耗するくらいなら戦った方がいいかもしれない。
体力もなく絶望な今の状況に置かれた事により、プラナは冷静な判断ができなくなっていた。
よってヘイグの言葉に頷き、戦える広い場所へ駆け込むと立ち止まり戦闘態勢に入った。
……息を整え辺りを見渡す。姿は見えないが盗賊達の殺気が二人を囲んでいる。
プラナは少しだけ回復した魔法力をヘイグの防御にまわした。
「―――全能なる神よ、かの者に鋼鉄の鎧と盾を与えたまえ!」
その瞬間、ヘイグの体を淡い光が包み込む。
効果は弱いが防御力が向上する《加護》の魔法だ。
魔法力を使い切ったプラナは、手にしていたメイスを構えると盗賊達の動きを逃さずに確認する。
素早さではかなわない。
攻撃のタイミングを見計らい、先に攻撃を与えるためにプラナは気を集中させた。
二人が立ち止まった事で盗賊達はじわじわと包囲を縮めた。
まだ姿は現さない。
おそらく隙を見て一斉に攻撃するつもりなのだろう。じりじりと近付いてくる盗賊達。
“霧の悪魔”との戦闘の影響で力が入らないのか、ヘイグは剣を両手で持ち水平に構えた。
月の明かりも差し込まない暗闇で影が不意に動き出した!
ヘイグは自分の前に飛び出し向かって来る盗賊を一閃のもとに斬り捨てた。
続けて近くに現れた別の盗賊に斬りかかっていく。
ヘイグの前に現れた盗賊は五人。
その全員が短剣を両手に持った軽装備の格好をしている。
そしてプラナの前には盗賊が二人。
共に小剣を持ちヘイグの前に現れた盗賊達とはまた違った格好をしていた。
二人の盗賊はプラナを挟む様に位置取り、捕獲しようとじりじりと間合いを詰めていく。
魔法力の無いプラナはメイスを振り上げ目の前の盗賊に殴りかかっていった!不意を突かれた格好になった盗賊は防御が間に合わずメイスの一撃を肩に受けた。
殺傷能力の低いメイスだが、その材質は堅く痛打されると骨を砕く程の威力をみせる。
さすがにプラナの腕力では骨を砕く事はできなかったが、武器を落とすだけのダメージを与える事に成功した。武器を落とし呻く盗賊。プラナはすかさず頭上めがけてメイスを振り下ろした!鈍い音と共に盗賊は頭から血を流し倒れた。
仲間がプラナに倒され、もう片方の盗賊は怒りを露わにして斬りかかっていった。
……すでにプラナは肩で息をしていた。
襲いかかる盗賊の攻撃をギリギリのところでかわすと森の中へ飛び込んでいった―――。
木々に隠れ盗賊の動きを見るプラナ。
森は彼女のフィールドだ。音を立てずに移動する術を心得ている。
先程の様な不意打ちが出来れば、非力な自分でも盗賊を倒せる。
プラナはメイスをしっかり握ると気配を消して盗賊に少しずつ近付いていった……。
ヘイグはプラナが森の中へ飛び込んだのを見て気を集中させた。
すると剣がほのかに光り出す。
ヘイグの剣は魔法剣だ。
柄には《軽量化》の、刃には込めた気の分だけ威力を上げる《威力付加》の魔法がかけられている。
光る剣を見て盗賊達は一歩下がった。
それもそのはず、魔法剣は滅多にお目にかかれない希少な武器だった。
その魔法剣を持っている、という事は目の前のリザードマンは相当の手練の戦士であると盗賊達は認識したのだった。
ヘイグは盗賊達を睨み無言の圧力をかけた。
……だが、実際は気を込めただけで倒れそうだった。
だから最初の相手を一撃で倒し、盗賊達の士気を下げる行動を取った。
戦えば自分が弱っている事がバレる。
森の中へ飛び込んだプラナがこの場を離れたのを幸いにヘイグは賭けに出たのだ。
プラナがいなければ盗賊達にバレても死ぬのは自分だけだ。
自分が死ねばプラナはガンツェル達に助けを求めに行くので、結果的にはプラナの安全は確保できる。
女は捕まると最悪だ。
文化の違うリザードマンのヘイグでも人間達の非道さは知っていた。
誇り高いリザードマン族は捕虜の虐待はしない。
生き恥を晒すくらいなら名誉ある死を選ぶ。
人間達の様に敗者に生き地獄を与えたりはしない。プラナが捕まったら死ぬよりも辛い目に遭うのはわかりきっている。
だからプラナがこの場にいない今、体力がまだ残っているうちに勝負に出る事にしたのだ。
ヘイグは盗賊達の間合いに踏み込んだ。
こちらからは攻撃はしない。確実に盗賊を惑わすためだ。
今、盗賊達はヘイグが戦っていい相手か否かを判断しているはず。
ここで余裕の行動を見せれば、うまくいけば逃げてくれるだろうし、もしバレても動揺により剣筋に乱れが生じると踏んでの行動だった。
しかも自分の間合いでもあるから攻撃は確実に当てられる。
この距離なら二人は倒せるとヘイグは心の中で計算していた……。
「―――ドウシタ、来ナイノカ?デハ、コチラカラ参ルゾ……」
ヘイグはそう言うと突如、盗賊に斬りかかった!
完全に不意を突かれた哀れな盗賊は、ヘイグの横に薙払った剣の一振りで首と胴が離れる。
魔法剣の斬れ味は相当なもので、見事なまでに切り口が綺麗だった。
血を吹き出して後ろに倒れる盗賊を見て動揺が走る。
ヘイグは内心、このまま立ち去ってくれる事を祈る。
今の一撃で限界だった。
もはや虚勢を張る事しかできない。
それほどまでに先の“霧の悪魔”との戦闘でヘイグの体力は削られていたのだ……。
残る盗賊は四人。普段なら決してかなわぬ人数ではない。
惜しむらくはこの不運な遭遇だった―――。
盗賊達はヘイグを警戒しながらも勝機を見出した様だ。
それか開き直ったのか?仲間が惨殺された事で返って戦意が戻ったのだ。
盗賊達は短剣を強く握りしめるとヘイグに向かって突撃してきた!
(……バレテシマッタカ……仕方ガナイナ。ダガ、タダデハ死ナヌ!)
ヘイグは渾身の力を振り絞り剣を振るい応戦した。
普通の剣よりはるかに軽い魔法剣が重く感じ、盗賊達の攻撃に晒される。
プラナの《加護》の魔法のおかげでなんとか耐えられているが、反撃が当てられず倒れるのも時間の問題になった……。
(……コ、コレマデカ……)
ヘイグは覚悟した。
冒険に出た以上は死ぬ事に恐れはない。
プラナは森の中にいるし、自分に何かあったら無謀に玉砕せずに逃げてくれるはず。
盗賊の一撃が鎧の隙間に突き刺さる。それにより動きが鈍ったところを次々と短剣が突き立てられた……。
プラナは森の中まで追って来た盗賊を木の上から見ていた。
盗賊は警戒しながらゆっくりとプラナのいる木の下へ歩いて来る。
真下を通った時が勝負だ。
プラナはメイスを握りしめ、盗賊が通るのを待った。
(……来た!)
盗賊は左右に気取られ木の上のプラナにまったく気付いていなかった。
「―――えいっ!」
叫びと共にプラナは木の上から飛び降りた!そして、盗賊の頭めがけてメイスを力いっぱい振り下ろした!
力はあまり出なかったが、落下により勢いよく盗賊の頭に命中した。
声も出せずに倒れる盗賊―――。
プラナは生き残れた事で安堵のため息をついた。
(……いけない。まだヘイグの戦いは終わってないはず。助けにいかなくちゃ!)
息つく余裕など無い。
プラナはフラフラになりながらもヘイグのいる場所へ力無く歩いて行った。
―――歩いていて異常な妖気を感じた。
この妖気は“霧の悪魔”だ!
プラナの心は絶望に包まれた。
二人っきりで、しかも満身創痍の状態で“霧の悪魔”が現れるなんて―――。
持てる力を振り絞って戦うしかない。考えるだけ無駄だった。
きっとガンツェル達が仇を討ってくれる。
だから少しでもダメージを与えておこう、無駄死にだけはしない、とプラナは心に誓った。
妖気はヘイグのいた方向から感じる。
フラフラのプラナは体が思う様に動かず、気持ちだけが焦ってくる。
ヘイグは無事なのか?盗賊達との戦闘でダメージを受けてないか?まだ戦ってたら最悪だ。早く行かなきゃ……。
そんな事を考えながら自分の体にむち打って歩き続けた。




