第十七話『悪魔退治〜遭遇〜』
“霧の悪魔”退治の最初の夜は、幸い何事も無く朝を迎える事ができた。
“夜の都”に居たせいか、陽の光が少し眩しく感じられる。それでも森の中は若干薄暗いけど。
ちなみに緊張からか皆眠りが浅く、見張りの交代があまり意味を成さなかった。
まぁ、戦う相手の危険度を考えれば、それも仕方が無いと思う。
朝早くから森の中を捜索するが“霧の悪魔”らしき妖気はいまだに感知できない。
入ってみてわかった事だが、地図で見るよりもこの森は広かった。
ニール達の話によれば、この森は盗賊などの隠れ家にもなっているそうだ。
この広さだ、人の通れる場所が限られているし身を隠すには最適であると言える。
……鬱蒼とした木々の間を木漏れ日が差し込む。
耳をすませば風の声が聞こえる。
風を通して精霊達の戸惑いを感じた。突如、妖気が満ちてくる―――。
「……精霊達がざわめいてる!気をつけて!」
このパーティーでもう一人のエルフ、プラナが警告を発した。
戦士達は剣を抜き辺りを見渡す。
私もすかさずドムとニールの剣に魔力付与の魔法をかける。
四方に目を向けるが敵の姿は一向に見えない。だが、妖気は強さを増していく……。
(―――どこ!?近くまで来てるのに、霧すら見えない!……もしや!?)
その瞬間、地面から霧が吹き出してきた!
「―――ぐおぉぉぉ!」
一瞬にしてドムが霧に包まれる……敵は待ち伏せていたのだ!
霧状のうちは武器によるダメージは期待できない。
魔法、しかも強力な呪文でなくては“霧の悪魔”にはダメージを与えられない。
しかし、このまま呪文を唱えたら……ドムが巻き添えになる。一瞬の迷いが、戦況を一変させた。
ダメージを受けながらも脱出したドムは倒れ込む様に霧から離れる。
生命力を吸収した霧が一点に集まり“人型”になる。
……“霧の悪魔”だ。
“霧の悪魔”は一回で吸収しきれない程生命力の強いドムに近付く。
ニールとガンツェルは人型に変わった瞬間に斬りつける。
だが素手で払われ思う様にダメージを与えられない。
ヘイグは剣を構えると気を集中させ隙を伺う。
メイユールはドムの元へ走り庇う様に武器を構える。
エルとプラナはドムに回復魔法をかけた。
反応が遅れたが私も魔法で援護する。
「―――灼熱の光よ、閃光となりて敵を打ち抜け!」
呪文を唱えると何もない空間に赤い光が発生する。
光は一点に収束すると“霧の悪魔”めがけて一筋の線を描いた。
霧は熱に弱いはず。
赤い光が命中し“霧の悪魔”の動きが一瞬止まる。
ニールとガンツェルはドムと敵の間に踊り出て剣を振るった。
“霧の悪魔”は二人を向かえ討とうと無造作に前へ出た瞬間、ヘイグの気合いの一撃を不意打ちのかたちでまともに受けて二人の攻撃にさらされた。
ダメージはあった様だ。
二人の攻めに押された“霧の悪魔”は、斬りつけられながらも後ろに跳躍し距離を取る。
そして身の毛がよだつ声で吠えると魔力が凝縮していくのを感じた!
「魔法を発動させちゃいけない!―――間に合わない!魔法がくる!」
だが、みんなが反応するよりも早く“霧の悪魔”の魔法は完成した。
ちょうど固まっていた私達めがけて火球が飛んでくる!防御する暇もなく火球は爆発し私達は吹き飛ばされた……。
態勢を整える間もなく“霧の悪魔”は両手に魔力を凝縮させ、それぞれの魔弾を私達に放つ!
一発はエル達のいる後方へ。もう一発はニール達へ放たれる。
「―――きゃあああっっっ!!!」
悲鳴が上がる。近距離の爆発にエルとプラナは耐えきれずに吹き飛ぶ。
私とメイユールはなんとか持ちこたえたがダメージが深く、すぐに攻撃に移る事ができなかった。
もうひとつの魔弾がニール達の目の前で爆発した!至近距離にいたニールとガンツェルは吹き飛ばされ、ヘイグとドムも大打撃を受ける。
……“霧の悪魔”の実力を誤った。
まさか呪文詠唱なしで、魔力を凝縮するだけで魔法が放てるなんて―――奇襲され戦略も何もない私達では、この悪魔にはかなわない!
それでもこの場をどうにかしなければ、私達は全滅してしまう。私は気力を振り絞り魔力を集中させた。
「―――魔に魅入られし風のざわめきよ!真空の刃となりて汝が敵を切り裂け!」
“霧の悪魔”の目の前で風が爆発的に吹き出る。
たいしたダメージは与えられないが防御の構えを取り魔力収束が途切れた。私は続けざまに呪文を唱える。
「―――うわぁぁぁっっっ!!!我、マーガレット・メロウスイートが召喚す!ルーン=マナスの名において……邪を払い、魔を退ける光の使徒よ!………汝が業敵を打ち払い、神の威光を轟かせよ!」
拡散してゆく体内の魔力を一点に集め、足りない分を生命力で補い高位の精霊《暁の戦士》を召喚した。
限界に近い魔力で魔法を使ったため体中に激痛が走る。
意識が飛びそうになるのを堪え召喚の印をきる。
“霧の悪魔”の目の前に光が現れ、人の形に収束した。光の精霊《暁の戦士》だ。
《暁の戦士》は業敵である“霧の悪魔”の姿を目で捉えると、光の剣で悪魔に斬りつけた。私は《暁の戦士》の召喚に成功した事で、撤退すべく周りに向かって叫んだ。
「……撤退よ!態勢を整えなきゃ勝てないわ!この場から逃げて!」
みんなにきちんと声が届いたかわからなかった。
叫んだ直後、頭に割れる様な激痛が襲い、私の意識は途絶えてしまったのだ……。
鋭い痛みで私は意識を取り戻した。体中が鉛の様に重く、指一本も動かなかった。
(……私は……生きている?)
周りは暗かったがここは森の中だった。剣戟の音も何も聞こえない。
たしか、精霊を召喚して撤退を呼び掛けたはず。みんなは無事だろうか?
意識は取り戻したものの身動きひとつできない状態だったので、周りに誰かいるのかすらわからなかった。
せめて、仲間の安否だけでも知りたい―――。
(……無理矢理魔力を集めたせいか、感覚が麻痺している……)
今の私は五感のうち視覚しか正常に機能していない。
耳をすましても、森にいる精霊の声すら聞こえない。地面に触れている事すら感じなかった。
(……ここは戦闘場所じゃないから、誰かが私を避難させてくれたはず……)
状態が状態なだけに仲間が来るまでおとなしくしているしかない。
それにしても“霧の悪魔”の実力は想像以上に凄まじかった。
呪文なしであれだけの威力の魔法を行使するとは思わなかった。
持てるすべての魔力を使っても“霧の悪魔”に致命的なダメージを与えたとは正直思えない。敵はまだ森の中をさまよっているはず。
次に遭遇するまでに早急に戦略を立てなければならない。
魔法の使い手のバランスも悪い。
魔法の撃ち合いになった場合、呪文詠唱なしで強力な魔法を使う“霧の悪魔”に時間のかかる神聖魔法は使えない。
“霧の悪魔”に対して呪文詠唱に時間のかかる神聖魔法よりも、速効性の魔術の方が戦闘に有利だという事がわかった。
(……でも私の魔法力では時間稼ぎにすらならないわね……)
次に遭遇しても、さっきの様な魔法の連続詠唱はできない。
それ以前に魔法力が回復しない事には足手まといもならないけど……。
「―――!―――!?」
視界の死角から火の明かりが灯る。
誰かが火を起こしたのだろう。
空気の揺らぎを感じ、仲間の“誰か”がいる事がわかった。
「―――!―――!?」
“誰か”が話しかけている様だ。だが、いまだに体の異常が治らない私には、その言葉の意味もわからなかったし返事を返す事もできなかった。
火の明かりが木々を照らす―――。
私の感覚はとことんおかしくなっていた様だ。
夜になっていた事さえ、今の今まで気付かなかった……。
ようやく私の異常に気付いたのか、仲間の“誰か”が私の視界に入って来た。
……メイユールだ。
先程の戦闘であまりダメージを受けなかったのか、思ったより軽傷みたいだった。
身につけた皮鎧の一部に焦げの跡がついていたが、見た感じの足取りは軽い印象を覚えた。
メイユールは私の目の前に屈むと目を閉じて呪文を唱えた。
柔らかい光が私の体を包み込み、じわじわと暖かい感覚が染みていく……。
「……あ……ああ、メイ……ユ……ル……」
私は振り絞る様に声を出した。
でも、まだ感覚が戻っただけなので、まともに喋る事ができなかった。
「―――ま―――無理―――で下さ―――」
メイユールの声が断片的に聞こえ始めた。
半分も聞き取れなかったが言いたい事はだいたいわかった。
まだ無理はするな、とでも言っているのだろう。
私はまだ自由の利かない体を動かし頷いてみせた。
メイユールは私の髪をさすり微笑みを向ける。
私の状態が理解できたのか、メイユールはゆっくりと口を動かし、私が倒れた後からの経過を伝えた。
私が召喚した《暁の戦士》が“霧の悪魔”と戦っている間に、みんなはバラバラに森の奥へ散っていったという。
なんでも《暁の戦士》と“霧の悪魔”に遮られる形になってしまった上に、移動できるだけの体力もなかったので仕方が無かった。
その時メイユールは私の近くにいたので、気を失った私を抱えて森の奥へ走っていったそうだ。
比較的軽傷だったし私を見捨てる事もできなかったという。
なんでも私の体重が軽かったおかげで遠くまで走りきる事ができたらしい……。
そして、とりあえず湖があるところまで来て現在に到るとの事だった。
途中、何度も首を振り聞き返しながら話を聞いた私は、現状の厳しさを知り顔をしかめてしまう。
(……よりによってパーティーがバラバラになるなんて……個々撃破される危険が出てきたわね……)
“霧の悪魔”の魔法力を考えれば、傷ついた今のパーティーではとても逃げきる事はできない。前衛の戦士達はもちろんの事、エルやプラナも重傷のはずだ。
まさか《暁の戦士》に倒された、なんて事は無いだろう。
いくら高位の精霊とはいえ、召喚者の私が気絶したのでは長くは戦えなかったはず。
たとえ私が五体満足でも、あの強大な魔法力を持った“霧の悪魔”相手では部が悪過ぎる。
……少しずつ体の異常が治っていった。
体力や傷などはメイユールの回復魔法でかなり癒されている。
今の状態は魔法力の使い過ぎによるものだ。
ずっと横になっていたおかげで少しずつ魔法力が回復している。
まだ話す事はできなかったが、聴覚の異常はだいぶ治まった。
「……あまり意味はありませんが結界を張っておきました。獣などは近寄って来ませんので、そのまま横になってて下さい……」
メイユールは携帯食を出して私に食べさせてくれる。
だがお互いに食欲が出なかったので、すぐに食事を終わらせるとひたすら体力を回復させる事に専念した。
……予想では今夜は“霧の悪魔”はもう現れないだろう。
ドムの生命力をかなり吸収したし、戦闘により“負の思念”―悪魔は憎しみや殺意を己の力に変換できる―も得たはず。
それに闇の力が上がる夜になった事もある意味幸いと言える。だから無理して追っては来ないだろう。
来るなら朝になってからだ。
それまでになんとか魔法力を回復させておかなければならない。
次に“霧の悪魔”と遭遇してしまったら、やはり私が囮になってエルやメイユール達の神聖魔法に期待するしかない。
パーティーがバラバラになって作戦も立てられないから仕方の無い事だ。
それが“霧の悪魔”の魔法力を見誤った私にできる……いや、私にしかできない役目だから―――。
18話目にして初めてまともに魔法を使ったマギー。今まで使ってなかったのに、今回は気合いを入れて唱えまくってます(笑)補足ですがマギーは魔術師としての実力は中級より少し上のレベルです。そこらへんの話はそのうち物語で明らかになると思います。……それにしてもマギー達は“霧の悪魔”を倒す事ができるのでしょうか?話の流れで展開が少しずつ変わってきてるので作者にもわかりません(無責任だぞ!)まだまだ未熟なので勘弁して下さいm(__)m