第十三話『求人募集作戦、再び!』
“夜の都”ルターズは、その名の通りいつまでも夜が続いている。
だから店が閉まるという事もない。そのため、終わらない街とも呼ばれていた。
今、私とドムはルターズの街を歩いている。
街には冒険者や観光客で賑わい、活気に満ち溢れていた。
様々な種族の者達がいる。
他ではあまりお目にかかれないその光景を見てるだけで、この街の繁栄ぶりがうかがえた。
「……すごい数だな、魔物までいるぞ?治安は悪くないのか?」
ドムは道の真ん中を我がもの顔で歩くトロールを見て疑問の声をあげた。
「あ、ゴブリンもいる……」
たしかに魔物達があちこちにいる。まぁ、この街からすれば私達の方が珍しいのだが。
「……しかし、ずっと夜というのも変な感じだな?ここに住む者達はいったい、いつ寝ているんだ?」
ドムは首を傾げた。
この地域は“夜の領域”という結界により、いつまで経っても夜である。
闇に住む者達にとってはそれでいいのだろうが、私達からしてみれば夜が続くというのは不思議な現象としか言えず、なんだか感覚がおかしくなってくる。
「ずっと夜だから、好きな時に眠ってるんじゃないかしら?」
「……そうだな」
「気にしても仕方が無いわよ……ドム、宿に戻ろっか?リリトさんもそろそろ国に帰るし、見送りましょう」
リリトは中央都市ケールで知り合った遠く離れたリンデン大陸の戦士で、旅の途中で仲間になったミッシェルを探しにライマー島まで来ていた。
変な喋り方をする女性だが、その腕は恐ろしく立つ手練の剣士である。
彼女は、ミッシェルと恋仲になりパーティーを離れたコンスタンスの代わりにルターズまで同行してくれて今は宿で休んでいる。
その彼女もそろそろ国に帰る事になった。
「リリト殿には世話になったからな……見送りだけはきちんとせねばな」
ドムは同じ戦士という事と、人間には珍しくドワーフ並の酒豪であった事から、リリトとは仲がいい。
戦いの話でも盛り上がった間柄なので、ドムも少しは寂しい思いをしてるのかな?と思う。
別れはいつでも寂しいものだけど……ね。
私達は宿泊している“ラナン・ディンの遊び場”へ戻り、一階のサロンでリリトと別れの挨拶をした。いつの時でも別れは寂しいものだが、冒険者ゆえに仕方の無い事だ。
私達にできるのは、笑顔で見送るだけだった。
……サロンにいるのは私とドムの二人だけ。
「……パーティーっていうよりもペアって感じね?」
「そうだな。早いとこ仲間を探しに行かんとな……」
「……そうね」
いつまでも、のんびりしているわけにはいかない。
冒険者として、しっかり仲間を見つけ出して旅に出よう。
私は、受付でだらけきった態度で本を読んでいるラナン・ディンの元へ行った。
「……マスター、そこの掲示板に張り紙させてもらってもいいかしら?」
私は以前“アクアブレス”という酒場で行った『求人募集作戦』を敢行する事にした。
「……ああ、構わんよ。好きに使ってくれ」
チラっと私を見たラナン・ディンは、即答すると本の続きを読みはじめた。
(……内容は見ないの?)
あっけなく許可が下りた。そんな簡単でいいの?私はラナン・ディンのあまりのアバウトさに少しあきれた。
まぁ、掲示板を借りさせてもらえたから文句ないけど。
「……じゃあ、貼らせてもらうわね」
これでよし、っと。あと何枚か酒場で貼らせてもらえば完璧ね。
この街なら、うまく行きそうな気がする。
掲示板に求人募集の張り紙をした私は、冷めた目でこっちを見ているドムの元へ戻った。
「……またか?」
「……今度は大丈夫よ!……たぶん」
前回の失敗は繰り返さないわよ!今度は街中の酒場に張り紙するつもりでいるから。
「……ドム、この張り紙を周辺にある酒場に貼りに行くわよ!」
私は『求人募集作戦』を成功させるべく、ドムを引き連れて近くの酒場をまわり張り紙を貼りに行く事にした。
「本気で言ってるのか?」
ドムはあきれた表情で聞き返してきた。どうやら、あまり乗り気では無いみたいだ。
「……この街は冒険者の数が多いし、きっと一人や二人くらいは引っかかるわよ」
根拠の無い自信を胸に言い切る私。
「仕方無いな、手伝ってやるか……」
やる気まんまんの私を見て、ドムはやれやれと重い腰をあげた。
“夜の都”ルターズは、その名に恥じない夜の街である。
よって、どっかの街と違って酒場もたくさんあった。
「……ドム、これだけ配ったんだから、一人くらい見つかるでしょ?」
大小、表通り、裏通り、周辺にあるすべての酒場に『求人募集』の張り紙を配った私達。これで見つからなかったら笑いモノにもなれない。
あとは酒場をまわれば万事解決、って事になる……と思いたい。
宿屋に戻った私達は、疲れを癒そうと部屋に戻り一休みした。
朝?……いや、この街に“朝”なんて来ないか。
久しぶりに一人で眠る事ができた私は、隣のベッドですごい寝相で爆睡しているドムを横目に寝間着から服に着替えた。
(……さて、サロンでお茶でも飲みながら優雅に読書をしますか……)
私は魔術書を手にサロンへ降りた。
サロンといっても小さなテーブルが二つあってそれぞれにイスが三つずつ置かれた待合い所みたいなものだった。
私は受付でだれきったラナン・ディンに軽く挨拶してサロンで魔術書を開いた。
(……コンスタンス……まだこの島にいるかな?)
魔術書を見ると親友の顔が浮かんでくる。
コンスタンスは魔術学校にいた時から共に魔術を学び、エルフで貴族でもあった私に普通の友達として接してくれた心優しい人間の少女。
反逆者の汚名を着せられた私の大陸逃亡について来てくれた彼女は、自分の幸せを見つけて遠く離れた大陸へ旅立った。
(……いつか会いに行くからね)
いつかコンスタンスのいるリンデン大陸へ旅立つ事を心に誓い、私は魔術書を読み始めた。
「―――相席させてもらってもよろしいですか?」
「え?」
私は魔術書から目を離し、声を掛けた人を見た。
テーブルなら空いてるじゃない?私は疑問に思いつつ頷いた。
「……どうぞ」
女性だった。青い髪の少女。
「ありがとうございます」
少女は丁寧に頭を下げると私の前の席に座った。
(……冒険者かしら?)
魔術書を読みながら目の前の少女の様子をチラっと見る。
「それ、魔術書ですよね?魔術師の方ですか?」
目が合ってしまった。少女はにこにこと微笑みを浮かべ、戸惑う私に声を掛けてきた。
「……え、私?」
「他に誰もいませんよ?」
「うっ」
なんだかやりにくい子ね……。
「そうよ、魔術師よ……」
「私はエルと申します。光の女神ニルディアを信奉する僧侶です」
エルと名乗った少女は、そう言って私の目を見た。
(……僧侶?まさか、求人募集の張り紙を見て来たのかしら?)
だったら、きちんと対応しないと。
「……私はマーガレット・メロウスイート。マギーでいいわ」
私は『求人募集作戦』の効果があった事に、後でドムの驚く顔が想像できて上機嫌になった。
「……エルは一人旅なの?神聖魔法は、どれくらいのレベルまで行使できるの?」
私は仲間になるであろうエルの情報を聞く。
「一人ではありませんよ。仲間が一人います。戦士です」
ふむふむ。
「……神聖魔法のレベルは、毒と麻痺を癒す事ができます」
上出来、上出来。一気に戦力強化できたわね。
「……二人パーティーねぇ。私のパーティーも二人なの……組まない?戦士と魔術師よ」
いける!直感がそう告げている。私の直感は今まであまり外れた事がない。
「……いいんですか?」
エルは目を丸くして聞き返す。
「大歓迎よ!私達、仲間いなくて困ってたから」
これは自慢する事じゃないわね。
まぁ、いいわ。回復役ができたのは大きい。しっかり捕まえておかなきゃ。
「……でも私達、する事があるから……協力してもらってもいいですか?」
エルは申し訳なさそうに言った。
(……何かやるべき事でもあるのかな?)
どうせ私達は特別な目的があって旅しているわけではない。
だったらエル達に付き合っても何の問題もないわね。
「……いいわよ。手を組みましょう!じゃあ、相方を連れてくるわ」
善は急げ。私は席を立ってドムを叩き起こしに部屋へ戻る事にした。
エルも仲間を呼びに部屋へ行く。
(……幸先いいわ!やっぱり大きな街は違うわね)
私は嬉々として部屋に入り、ドムを叩き起こした。
「……ん?なんだ?マーガレットか……なんだ、朝か?」
ドムは寝ぼけた表情で私を見る。
「……寝ぼけてないで起きて!仲間が見つかったのよ!」
私はドムの耳元で叫んだ。
「―――何!?」
それを聞いてドムは跳ね起きる。事の重大さがようやく理解できた様だ。
ドムは急いで着替えてサロンへ向かった……。
サロンにはエルと青年がいた。彼が仲間の戦士の様だ。
「……エル、仲間を連れて来たわ」
そう言って私はテーブルに座り青年に頭を下げる。
「……はじめまして。俺はニール、戦士です」
「私はマーガレット・メロウスイート、よろしくね」
「俺はドム。戦士だ」
私達はそれぞれ軽い自己紹介をする。
「……で、エル。何をするの?」
私はエルがさっき言ってた『するべき事』を思い出したので聞いてみた。
「……そ、それは……」
「待て、俺が言う……」
ん?何か深刻な話?二人の表情が真剣なものに変わったのを見て、私は嫌な予感がした。
「……俺達のパーティーは“悪魔”にやられたんだ……」
ニールは拳を握りしめ、重々しく話を続けた……。
話によれば、旅の途中で“悪魔”に遭遇してパーティーは壊滅、エルとニールの二人だけがなんとか逃げ出す事に成功したという。
二人は“悪魔”を討ち取り、死んだ仲間の仇を討つために仲間を探していたと話してくれた。
「……お二人とも、いいのですか?相手は“悪魔”です……危険ですよ?」
エルは優しく問いかけてきた。
「……マーガレット、俺は戦うぞ」
ドムは二人の話を聞いてやる気を出していた。
相手にとって不足無し、とでも思っているのだろうか?
まぁ、私も断る理由がないから手伝うつもりだけど。
「……任せて。“悪魔”が相手でも引かないわよ」
そう言ってエルに向かって手を差し出した。
エルは私の手を握りしめる。
「……ありがとうございます」
エルとニールは深々と頭を下げてお礼の言葉を言った。
「お礼は“悪魔”を討ち取ってからにしてくれ……」
ドムはぶっきらぼうに言い放った。きっと照れているのだろう。
……何はともあれ、これで冒険ができる。“悪魔”の討伐か……相手に不足は無い。
僧侶のエルに戦士のニール、それに私とドムの四人。
“悪魔”を相手にするには、ちょっと戦力不足かな?
まだ出発はしない様なので、それまでにもう何人か仲間を見つければいいだろう。
この街は広い。
“悪魔”と戦おうとする強者もいるはず。
『求人募集作戦』の効果を信じて仲間を待とうと思う……。