第十話『裁きの夜・後編』
アトラの屋敷は広かったが、ローエン達の居そうな場所を見つけ出すのは簡単だった。
数ある扉の中でひときわ装飾の施された扉を見つけた私達は、迷う事なくその部屋に飛び込んだ……。
部屋の中は広かった。
ざっと見て鎧を着た戦士が十名。
そして、ゆったりとした高級素材のローブを着た中年が一人いた。
「……見つけたぞえ、ダイトナ・ローエン。商人ギルドの依頼にて、お前を処刑する……」
リリトは刀をローエンに向けて突き出す。それを見たローエンは顔面蒼白になった。
「……無駄な抵抗は、するでないぞ?」
リリトは、そう言ってローエンに向かって歩き出した。
まるで無人の野を歩むが如く振る舞うその態度に、護衛達は怒りの表情に変わる。
ローエンの言葉を待つまでもなく、護衛達は剣を抜いた……。
ローエンを守るため、護衛達は次々とリリトに襲いかかっていった。
護衛達は、先程遭遇した黒装束の男に負けず劣らぬ威圧感を放っている。皆かなりの手練の戦士なのだろう。
しかし、彼等の剣はリリトにかすりもしなかった。
スピードの絶対値が違う、とばかりに軽やかにかわし、目にも止まらぬ速さで護衛を倒すリリト。
鎧のつなぎ目を寸分違わず打ち、次々と護衛達を悶絶させる。
蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。リリトの戦い方には、まさにその言葉がぴったりだった。
私が援護する間も無く、いや、呪文詠唱に入る前に護衛達は皆、床に這いつくばっていた。
ローエンは腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいる。
「―――や、やめてくれ!“杖”は返す!い、命だけは……命だけは、た、助けてくれ!」
すごい怯えようだった。
とても悪事を働いていた者とは思えない程、ローエンの姿が情けなく見える。
「……それはできぬ相談じゃな。お主はやり過ぎた……」
リリトはローエンの目の前まで来ると、刀の刃先をローエンの胸元に突きつけた。
「……お主が奴隷としてさらった者達の中に、トールキンズ家の息子がおったのじゃが、まだこの屋敷におるかえ?」
ローエンの胸元を刃先で突っつくリリト。
その姿からは、今までに感じた事もない威圧感が満ち溢れている。
その重圧がローエンを完全に飲み込んでいた。
戦意など消え失せ、ただ命乞いをするばかりだった。
「……トールキンズ家!?……わ、わしは知らなかったんじゃ!」
ローエンは必死に考え巡らせている様だった。
「……ア、アトラに聞いてくれ!奴隷は奴に売ったから……奴なら知っているはずじゃ!た、助けてくれ!悪気はなかったんじゃ!」
ローエンは手に持っていた杖をリリトに差し出す。
「……つ、杖は返す……だ、だから、い、命だけは……」
リリトは、つまらなそうに杖を受け取ると刀を引いた。
「……お主はつまらぬな……」
そう言ってリリトは刀を構え直し、ローエンの首めがけて刀を振り抜いた。
「……うわっ」
私は一瞬、目を背けた。
音も立てずローエンの首は胴から離れた。胴体から血が吹き出す。
リリトはローエンの胴体を蹴り倒し返り血を避ける。
そして床に転がったローエンの首を拾い上げると私の方に振り返った。
「……さて、『処刑』と『杖の奪取』は完了したが、肝心の『救出』はアトラに聞かねばならん……さぁ、アトラを探そうかのぉ」
刀を振り、血をはらうとリリトは私の肩を軽く叩き部屋を出て行った……。
ドムはマーガレット達の後を追ったが道を誤った様で、下へ続く階段を降りて地下に出ていた。
何人かの護衛と戦い、先へ進むドム。先程の戦いに比べれば、手応えのない敵ばかりだった。
(……マーガレット達はどこにいる?もっと先か?)
ドムは薄暗い廊下をゆっくりと歩く。
奇襲に備え、反撃の体勢を取ったまま擦り足で進む。
ドムはまっすぐ歩き、突き当たりまで来た。
(……敵の数が少ないな……もしや、道を間違ったか?)
マーガレット達を見つけられなかったので、引き返そうかとした時だった。
壁の向こう側から、何らかの気配を感じた。
(……誰かいるのか?)
ドムは壁を調べる。隠し扉があるはずだ。
(……この窪みは……)
壁際の地面にほんのわずかな窪みがあった。
薄暗い廊下の中では目を凝らしても見つけにくい窪み。
しかし、ドワーフのドムには暗視能力があったので、そのわずかな窪みを逃す事はなかった。
窪みを押すと壁に扉が現れた。どうやら、魔法の仕掛けが施されていたのだろう。
扉を開け中に入ると、生臭い臭いが鼻についた。
(……この臭いは、夜の娯楽街で嗅いだ事のある臭いだ……)
部屋は物置の様だった。臭いは部屋の奥から来ている。
部屋は薄い壁で仕切りられている様だ。
薄い壁に耳を当てると、中から女の喘ぎ声と男の下品な声が聞こえた。
ドムは剣を構え壁から離れる。そして、壁に向かって走り出した!
「どおぉぉぉりゃぁぁぁっっっ!!!!」
ドムの体は壁を粉砕した。
部屋の中にいた者達は、突然の出来事に皆ドムの方を向いた。
部屋の中央に大きなベッドがあり、中年の男と若い女が二人いた。
三人とも裸だった。女達は胸元をシーツで隠す。
「俺の名はドム・ドボン!アトラを成敗するためにやって来た!」
ドムの声が部屋に響く。男は驚いた表情でドムを見た。
「……な、何故ここがわかった!?」
男はベッドから飛び降りると、後ろの扉に向かって走り出した。
ドムは剣を扉に投げつける!
扉に剣が突き刺さり、男は一瞬動きを止めた。
「おおぉぉぉっっっ!!」
ドムはその一瞬の隙に男に飛びかかった……。
捕らえた男はアトラだった。女達は奴隷として連れられて来た様だった。
足に鎖を付けられ逃げられない様にされていた。
ドムは鎖を切り服を渡す。女達は泣きながら、ドムに何度も頭を下げて礼を言う。
「……今、屋敷は戦闘中なので、まだ外には出られない。すまんが、もう少しだけここにいてくれ……」
ドムとしては、早く女達をこの場から連れ出してあげたかった。
彼女達にしてみれば、この場所は忌まわしい場所でしかないはず。
だが、屋敷内はまだ危険だった。
ドムは、アトラを部屋の支柱に縛り付けマーガレット達が来るのを待つ事にした。
(……この男、この緊急時に何考えてるんだ?)
自分の命が危うい時に、よく女を抱けるものだ。
ドムはアトラの行動に疑問を抱いていた。
しばらくすると、屋敷内の騒ぎが収まった。おそらく、戦闘が終わったのだろう。
アトラを探して屋敷内を駆けまわった私とリリトは、護衛達を倒して地下に降りた。
一番奥の部屋に入るとドムが見えた。
「……ドム!大丈夫だった!?」
ドムは床に座り、私達が来るのを黙って見ていた。
部屋の中央には大きなベッドがあり、女性が二人いた。
そして、ドムの前の支柱には中年の男が縛り付けられている。
「……おう、マーガレット。アトラは捕まえたぞ」
ドムはぶっきらぼうに言って私達を出迎えた。
「……すまんが、この女性達を外へ連れてってやってくれんか?」
(……はぁ?)
私は一瞬、ドムの言いたい事が理解できなかった。
(……あ、彼女達……)
彼女達を見てすぐにドムの言わんとする事がわかった。
私は、アトラの処分をドムとリリトに任せ、彼女達をこの場所から外へ連れて行く事にした……。
……結局、私は何もしないまま戦いは終わった。
アトラはドムに討たれ、奴隷として虐げられた人達は解放された。
しかし、リリト達の任務のひとつである要人の救出は果たせなかった。
何故なら、その要人はすでに逃亡していたからだ。
解放された人達はケールの自治警護団に引き渡し、後日それぞれの家に帰す事になった。
私とドムは宿屋に戻りコンスタンス達に終わりを告げて、酒場で戦いの疲れを癒すべく酒場へ向かった。
リリトとアリスの二人はすでに酒を飲んでいる。コンスタンスとミッシェルはまだリリト達に会った事がなかったので、助っ人が女性二人だった事に驚きの表情を浮かべた。
特にミッシェルは二人を見てハッと息を飲む。
私達に気付いたリリト達も、ミッシェルを見た瞬間立ち上がった。
「……ミッシェル・トールキンズ!マーガレット殿達に匿われていたのかえ!?」
リリトはミッシェルを指さし、驚きの声を上げた。アリスも立ち上がる。
「……逃亡したと聞いていたけど、マーガレットさん達と一緒だったの……なんという偶然……」
ミッシェルは二人の元へ近付く。
「……ご迷惑をお掛けして、すいませんでした……」
(……リリト達が探してた人物って、ミッシェルだったんだ……)
私達はこの偶然に驚いたが、これでミッシェルを危険な旅に連れて行かずにすんでホッとした。
私は戦う術を知らぬミッシェルを旅に連れて行く事に抵抗があったから尚更だ。
見知らぬ土地にいるよりも地元に帰った方がいい。
「よかったね、ミッシェル。これで無事帰れるわね」
私は、ミッシェルの肩を軽く叩き笑顔を見せた。
度重なる偶然ですべては丸く収まった。
これでまた三人に戻ってしまうが、旅は出会いと別れの連続だ。
束の間の出会いを堪能すべく、私は今日だけは羽目をはずそうとお酒を注文すると、それを一気に飲み干した。
だが、その時のコンスタンスの表情が暗かった事に、私はまったく気付く事はなかった……。
戦闘シーンの表現はいまいちの様な気がするなぁ(泣)まぁ、何はともあれ事件は解決した!?……ちなみに、この物語はTRPG(自作)を元にしているので展開がけっこー飛びます(笑)ですので、わかりにくい部分もありますけど勘弁して下さいm(__)mでは、失礼します。