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へっぴり腰は、慣れない二足歩行のせいにした。

 翌日のガルがへっぴり腰だったのは、慣れない二足歩行のせいということにした。

 飼い主(代理)のしつけは効いたらしい。朝まで震えながら月光浴にいそしんだガルは、ヨタつきながらも足で歩いた。おじーちゃんの遺品である帽子とコートで猫耳と尻尾とおかしな和装を隠し、念願かなっておばーちゃんの見舞いに行ったのだ。

 病院で同室なのが耳の遠いお年寄りで助かった。猫耳青年のガルがおばーちゃんに顔をすり寄せ、なうなうと甘え鳴くのを聞かれたら。説明したくない。昨晩、あんなのと未遂してしまった悔いが重なり首をくくりたくなるだろう。

 やはりおばーちゃんはすごかった。帽子とコートを脱いだガルを見るなり、「おやガル。男前になったじゃないか」と手を叩いて喜んだ。無言で照れるガルを「でもヤマネコらしくなくなっちゃって、がっかりだねえ」と奈落に突き落とすのも忘れない。

 ガルはベッドの下に潜り込んでいじけだした。

「ガルはおばーちゃんに会いたくて無理に猫又になったんだよ」

 さすがに哀れなのでフォローしてやる。

「そうだねえ。今度ぎっくり腰やったら一人暮らしは終わりだって、あの過保護息子に言われちゃってるからねえ。動物禁止のマンションじゃあガルを連れてけないから、踏ん張ってたんだけどねえ」

「・・・・・・連れてく?」

 ベッドの下から困惑の声がした。

「もうあの家には戻れないねえ。ま、あの家もアタシもガタが来てたし諦めるかね。そういうわけだからアンタ、ガルをもらって帰っておくれよ」

「わたしのアパートもペット禁止だってば!」

「あの格好なら人間に見えるだろ? 男を連れ込むなら問題ないだろう」

「ペットより問題だと思います」

 引越しに伴う飼い猫問題で騒いでいると、ベッドの下から金茶の頭が覗いた。ガルは不機嫌そうに眉根を寄せている。

「捨てる相談をしているように聞こえるのだが」

「そうだ、おばーちゃん。ガルは山に入るって宣言してたよ。猫又村に捨て・・・・・・託そうよ、猫又は猫又同士で」

「アンタには人の血が通ってないのか。一体誰に似たんだ」

「おばーちゃんだと思う」

 隔世遺伝問題で騒いでいると、ベッドの下からベンガル柄鯉口シャツが出てきた。イラついた尻尾が左右に振られて床を掃除している。

「信じたくないが、最後の別れになるというのは住みかの障害か。生死じゃないのか」

「はい? ガルはおばーちゃんが死ぬと思ってたの?」

「アタシを食う気じゃないのかねえ? 猫又は飼い主を食い殺すって言うからねえ。やってごらん、返り討ちにしてあげるよ。ふはは。ぎっくり腰だからって、猫なんかに負けないよ」

「猫又だよ、おばーちゃん」

 ガルはぼーっと座り込んでいる。何か大きな誤解をしていたらしい。早まった、とか呟いている。

「そういうわけだからさ、ガル」

 おばーちゃんに呼ばれて、硫黄色の瞳がぼんやりと仰向いた。

「孫に可愛がってもらうんだよ」

「可愛くない猫又は可愛がれません」

「たまに会いに行ってやるからさ。ひ孫を仕込んでおくんだよ」

「おばーちゃん、自分が何を言ってるのか分かってるの・・・・・・」

 自ら進んで仕込まれそうになったとは口が裂けても言えない。

「・・・・・・主はサトさんだ」

 姫に忠誠を誓う騎士みたいに、ガルはベッド脇にひざまずいて断言する。しわだらけで朱色のどてらを羽織った(かつての)お姫さまがにっこりと優しく微笑む。

「ガル。猫又だろうがベンガルだろうが、ガルはアタシのヤマネコだ。たとえドブ川だろうと、たくましく生きるんだよ」

 わたしのアパートをドブ川と言われた気がする。

 関節と血管の浮いたおばーちゃんの手が、金茶の髪をわしゃーと撫でた。ガルは目を細めて受ける。

「主はサトさんだ」

「なあに。猫は家に付くって言うじゃないか。エサさえやりゃ、ガルもアンタに乗り換えるさ」

「本人の前でそういうこと言っていいのかな・・・・・・」

 今思えばあれば、落ち込んでるガルを放っておけずに連れ帰るだろうという、おばーちゃんの策略だったに違いない。神経質で小心者のおとーさんが、猫又ガルと同居してうまくいくはずがないから。

 アパートのベランダへのガラス戸越しに、着流しにベンガル柄の帯を締めて月を浴びる男の後ろ姿が見える。金茶の頭髪に猫耳はない。

 毎晩欠かさない月光浴のおかげで、耳と尻尾を残さず上手に化けられるようになった。けれど長く保っていられない。そして服のどこかにベンガル柄が残る。完全な猫の姿も長続きしない。

 彼氏に部屋へ入ってもらえない言い訳もそろそろ出尽くした。やっぱり未熟な猫又を飼うのは難しいかもしれない。困ったなと思いながらガルを眺めていると予想通り、せっかちな猫耳がピコンと立った。

 大きなため息をついたらしい。猫又が月の下に吐く息は寒空に白く煙った。

 ガラス戸を少し開け、隙間から朱色のどてらを突き出す。気配に振り向いたガルの瞳孔は赤や緑にきらきらと輝く。惑わされないように視線を逸らして受け流した。

 ガルは黙ってどてらを着込む。長い指が黒い襟を愛しそうに撫でた。邪魔したくないから黙ってたのに、そんな仕草を見るとつい声をかけてしまう。

「・・・・・・おばーちゃんちも、きっと晴れてるよ」

「知っている。視えた」

 猫又は月の精気を吸うたびに不思議な能力も強まっているようだ。

「晴れているが、サトさんは寝ている。いびきかいて」

 ベージュの肌の口元が困ったように緩んで、奔放な主を懐かしんでいる。餌付けしてるのにガルはなかなか乗り換えてこない。慰めの言葉をかけておいて勝手だけれど、おばーちゃんばかり慕う姿を見せつけられるといじめたくなってくる。

 しょうがない。おばーちゃんの思惑に乗ってあげよう。猫又村のメスにあげるのは惜しくなってきた。っくしょーい、とくしゃみだけは人並みな猫又を眺めながら、彼氏への新しい言い訳は何にしようかと考える。


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