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第八話 手をにぎりしめ、前を向いて

10


「全員、海岸からはなれて。コードS! I地点で合流の後、コードRで迎撃する。急いでっ」


 ロゼット・アインスの指示に従い、三人一組のチームを組んだメルダー・マリオネッテは、東方へ向けて走り出した。


「逃がすと思っているのか」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキングが鉄扇を前方へ掲げる。根やツタのような魔術生物に寄生された、黒い戦闘服の兵士たちが左右に別れて追撃する。


(ふん。浜に仕掛けた罠は役に立たんか)


 ヨゼフィーヌは、予め海岸に武器を隠し、いくつかの物理・魔術からなるトラップを仕掛けていた。

 ロゼット達が、違和感に気づきながらも、伏せられていた兵士たちの姿を視認できなかったのもそのひとつだ。


(小賢しい真似をする。戦術を教えたことなど無かったはずだが)


 ヨゼフィーヌは、ロゼットを弟子として引き取ったものの、指揮官として必要な知識や技術を教え諭すことはなかった。

 彼女にとって、少数民族とは生まれつきの愚者であり、使い捨てるべき蛮族の系譜でしかなかったからだ。


「α1とα2は先行、β1とβ2はえん護にまわって。退路を閉ざさせないでっ」


 ロゼットは魔術文字を綴って光の盾を展開し、飛来する石弓の矢を最後尾で受け止めながら、次々と指示を飛ばした。

 青銅巨人(ゴーレム)を破壊して脱出口を開いたものの、依然状況は最悪のままだ。

 殿軍(しんがり)を押しつけられる事に慣れているメルダー・マリオネッテといえ、撤退戦が圧倒的に不利な事実は変わらない。

 だが、反撃の為には、ここで持ちこたえなければならない。


「……っ」


 上、右、左、絶え間なく繰り出してくる黒尽くめの兵士達のナイフを、魔術文字の盾で受け、槌で捌きながら、必死で後退を続ける。


「ワタシ達は負けないっ。諦めないっ」


 小槌を盾に襲い来る三人の刃を受け止めて、ロゼットは魔術文字を綴る――――。


 かつて、20ツヴァンツイヒが強くなる方法を教えてと訊ねた時、ニーダル・ゲレーゲンハイトは、こう答えたという。


『イスカ。強さってのはなァ、どんな不利な条件でも投げ出さずに、あらゆる状況を利用して、勝つ為の布石をひとつずつ積み上げることだ』


 彼は、20ツヴァンツイヒが夜眠れないと駄々をこねた折、よく語って聞かせたという故郷の昔話を例にあげて説明した。


『一寸法師は巨大な鬼の腸を突き破って、長靴を履いた猫は魔法使いの巨人をひと呑みにしただろう? 真の強さってやつは、必ずしも腕力や魔力だけを指すものじゃないんだ』

『じゃあ、ゆうきとか、きてん?』

『そうだ。でも、それだけじゃァない。三枚のお札を効率よく使った時、便所に隠れた非力な小僧は、人食いの夜叉の巣から逃れて、返り討ちにできる。こいつを、――戦術って云うんだよ』


 そう教えた当の本人は、自分が戦術家ではないと自覚していたらしい。『突撃一本槍な俺には無い力だ。だから、お前が身につけろ』と、励ましたそうだ。

 教えられたイスカ、20ツヴァンツイヒもまた『パパのいうことは、時々むずかしくてわかんない』といまひとつ理解していなかった。……素直すぎて向いていないのだろう、とロゼットは思っている。

 ”戦術”という強さを欲していたのは、得なければならなかったのは、他でもないロゼットだった。

 20ツヴァンツイヒから又聞きしたニーダルの言葉をきっかけに、ロゼットは机上と実戦の両面から戦術を学び、身につけてきた。

 幸いにも、師匠はすぐ身近に居た。無論、ヨゼフィーヌではない。今や見る影も無く変わってしまったとはいえ、殺戮人形計画の責任者であるドクトル・ヤーコブは、一昔前にはヴァイデンヒュラー閥にその人在りと謳われた、参謀だった。


(……今は、ただのエロ爺ですけどっ)


 ロゼットが宙空に綴った文字が光を発する。目眩ましの閃光で襲撃者の目を灼いて、彼らがひるんだ一瞬の隙に、鳩尾を殴りつけて昏倒させる。


「”アインス、聞こえるか?”」


 先行するズィーベンが、風の魔術で声を飛ばしてきた。行く手に黒尽くめの兵士が待ち構えているという。北と南からも、伏せられていたらしい部隊が、退路を閉ざすべく回り込んでいるそうだ。


「コードSでI地点へ移動、コードRで迎撃。作戦に変わりはないな?」

「ええ、お願い。教官のことだから、3枚はふせていると思う。前方はまかせるわ。上手くやってちょうだい」

「死ぬなよ」

「当然」


 ロゼットは歯を食いしばる。赤い荒野を駆けて、最強の敵がもう目の前に迫っている。


「よくやる。今回配置した殺戮人形は、肉体性能も、魔法能力も、お前たちの30%増しに調整してあるというのに。ドクトル・ヤーコブ謹製の指揮個体というのは、本当らしいな」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキングは、倒れた黒尽くめの兵を踏みつけにして、自らが第三位契約神器カーリと呼ぶ鉄扇を振るってきた。

 ロゼットは、受け止めただけで風圧と風の刃によって打ちのめされ、3メルカ近い距離を吹き飛ばされる。


「……むっ」


 ヨゼフィーヌはロゼットに止めを刺そうとするも、追撃を思いとどまり、鉄扇を開いて竜巻の盾を作った。

 イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイト。20(ツヴァンツイヒ)が撃ち出した弾丸が直撃し、生み出された風の渦は、乾いた大地に霜を残して溶け消えた。


「こちらも加減しているとはいえ、この威力。第六位級神器の水準ではないな」


 アブラハム・ベーレンドルフ教主や、パプティスト・クロイツェル総帥は、数年前からニーダル・ゲレーゲンハイトを”神焉戦争を勝ち抜くための鍵”と呼び、ベーレンドルフ閥と直属部隊である”無限の自由”に招こうとしていた。

 ヨゼフィーヌも、彼女の父、ルートガー・ギーゼギング中将も、生粋のパラディース教徒ではない彼を登用しようとする上層部の意向には反発を覚えていた。けれど、今ならば彼らの意図もわかる。全ての魔法を無力化できる彼の存在、下級神器に上級神器に匹敵する力を付与する彼の知識は、あまりに危険なのだ。


「少なくとも、劣等民族の情婦風情に、玩具として与えるには、大きすぎる力だっ」


 20ツヴァンツイヒの援護を受けて、倒れていたロゼットは再び立ち上がり、武器を構えている。彼女の手から放たれる鋼線を、ヨゼフィーヌは風の魔術で切り裂いて、打ちかかった。


「所詮、お前たちなど我らが掌で遊ぶムシケラに過ぎぬということを、……教えてやる!」



 ロゼットと20ツヴァンツイヒがヨゼフィーヌを足止めすべく奮戦していた頃、メルダー・マリオネッテの先頭を走っていた12セバルツは、ズィーベンの指示を受けて、14、16とともに、北方から回り込む別働隊の頭を抑えに向かっていた。

 個々の能力はともかく、人数に劣るのがメルダー・マリオネッテだ。挟撃されては万に一つの勝機もなくなる。分散しているうちに、ある程度の損害を与えなければならない。少なくとも、コードRの準備が整うまでは。


『いいか、12セバルツ。もう一度言っておくぞ。アインスの指示は、生存を最優先だ。敵計略を利用しつつ、事前に伝えた場所での集合をめざす。さきばしるなよ』

『わかってるッスよ!』


 ズィーベンは心配し過ぎなのだと、12セバルツは思う。死ねない理由は、自分にだってあるのだ。――植物に寄生された黒尽くめの少年少女の刃を杭槍で受け止めて、岩だらけの赤い荒野に火花が飛び散った。


「俺もこうなっていたかもなんて、ゾッとしないッスね」


 正確には、――こう、だったのだろう。ニーダル・ゲレーゲンハイトと出会う前の自分、20ツヴァンツイヒがメルダー・マリオネッテに帰還する前の自分。よくは覚えていないが、魔術と薬物で意識をいじくられて、なにもかもがあいまいだった。

 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキングは、いまだ追いついてはいない。アインスと、20ツヴァンツイヒ……仲間たちの中で最も幼く、弱かった少女が食い止めている。


「戦わされてるアンタ達にうらみはないスけど」


 黒尽くめの少年少女達が、石弓を放って12セバルツを牽制し、距離をとって魔術文字を紡ぐ。

 この世界における魔術の根底は文字だ。ヒトが文字を刻むことで世界は変わり、ヒトこそが最も魔術の力を引き出せる。だからこそ、神話の竜や異属はヒトに化け、契約神器やゴーレムはヒトの使う道具やヒトガタを模して造られた。……その延長に、ヒトをドウグとするメルダー・マリオネッテ計画は存在する。


「……っ」

「……っ」


 無言で放たれる火の玉の斉射が、雷の矢の狙撃が、12セバルツ達に向けて襲いかかる。……あの人は、かつて何と言っただろうか? こんな魂のこもらん刃や魔術で、この俺様が倒せるか。


20ツヴァンツイヒ。イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイト……」


 12セバルツが呟くのは、大切に思う少女の名だ。恩人であり、恩人の娘であり、弱い自分が守りたいと願う少女の名だ。もしも、意志が魔力を導くなら、心すら操られた可哀想な人形に、負ける道理などありはしない。

 12セバルツは地を蹴った。14と16が浮遊魔法をかけてくれる。火と氷の嵐を空高く跳んで避け、次の文字が刻まれる前に着地、突撃する。敵が刃に持ち替えたところを、魔術の鋼をまとった文字通りの鉄拳でぶん殴った。

 何度も使える手じゃない。けれど、モンスターに対処するため武器と魔術の発展したこの世界は、徒手空拳の格闘術が失われて久しい。ゆえに、実戦においては、”認識できない”打撃となる。それは、”魔法のない世界”で無から火の玉をぶっ放すようなものだから。

 二人を叩きのめした12セバルツは、後を14、16に任せて疾走した。狙うは大物。彼の杭槍が活かせるゴーレムだ。


「あの子にカッコいいとこ見せて、せっくすあぴーるっスよ!」


――

―――


 アースラ国の荒野。海岸から続く、迷路のようにいりくねった岸壁にも、わずかに開けた場所がある。

 その広場を遠くから眺める岸壁の上、不自然な大岩に隠れて、黒尽くめの少年は機会をうかがっていた。

 彼が命じられたのは、その開けた場所にメルダー・マリオネッテを誘導することだ。逃走可能なルートをメルダー・マリオネッテが選択した場合、岩を落として逃げ道を塞ぐ。誘い込んだ後は、北や南に伏せている仲間たちと合流し、四方から十重二十重に追い詰めて、広場に隠し敷いた簡易式の地雷魔法陣で吹き飛ばす。

 ターゲットである20ツヴァンツイヒだけは、契約神器に守られて生き残り、弱ったところを捕獲するという作戦だ。


「ふーん。ここもか。キョーカンもいじわるいね。わざわざこんな手の込んだ罠はってさ。でも、お師様ほどじゃないか。あのひとのセーカクの悪さはスジガネいりだから」


 背後から掛けられた声に、黒尽くめの少年は動揺も見せず、反射的に襲いかかった。黒い手袋で槍を握り、近づいてくる細身の少女を貫いたが、手ごたえが無い。

 フェンフトは、まるで連続して瞬間移動するかのようにコマ送りで消えながら、敵の攻撃をすり抜けて、輪型の刃を回しながら接近した。


「時間加速1.2倍。ちょいと反則の魔術だよ」


 フェンフトは、黒尽くめの少年の胸板を十字に切り裂き、そのまま下へと蹴り落とした。


「男の子相手じゃ、楽しくないね。こうポロリもあるよ、アハン♭ みたいな役得が欲しいよね」


 ごそごそと地面に魔術文字を描きながら、フェンフトがこぼした発言を聞いて、この場所に近づく為同行した女の子、6と10が、ひそひそと何かをささやきあいながら一目散に逃げ出した。


「ちょっと、なんでアタシからはなれるの!」


 羊の群れに狼が紛れ込んでいたのだから当然です。


――

―――


 地雷魔法陣の起爆役を担った黒尽くめの少女は、慎重に機会を伺っていた。

 もっとも望ましいのは、イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトが、他のメルダー・マリオネッテとともに逃亡し、爆破範囲に踏み入ったところで起爆することだった。

 だが、彼女はヨゼフィーヌと戦闘を続けており、それは予想された事態でもあった。

 少女は自らの指を傷つけて、血を魔術文字の刻まれたナイフに垂らす。この刃を足元に刺せば、魔法陣は完成する。ターゲットの半数はすでに爆破予定範囲に入った。これ以上待てば、追撃する友軍にも被害が及ぶだろう。


「任務……」


 ナイフを突き刺す。紫の光が円陣と方陣を描きながら迸り、広大な有毒ガスの魔法陣を形成する。


「……完了」

「よし、コードR。成功だ」


 不意に聞こえた声に、少女は愕然とした。

 風の魔法で迷彩したのか、わかめのように伸びたボサボサ髪の少年が、全く気配を感じさせずに眼前まで接近していたからだ。


「え?」


 そればかりではない。魔法陣の創造が終わらない。紫の光は複数の六芒星を刻みながら走り続け、更に長大な円を描いてゆく。それは、メルダー・マリオネッテだけではなく、追撃する友軍や北と南から挟撃中の伏兵まで、その内側に取り込んでいた。

 魔法陣内の大地から、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキング旗下の黒尽くめの兵士とゴーレムを狙って、一斉に植物性のツタが伸びた。少女達が作った魔法陣のエネルギーを取り込み、上書きする形で、新たな拘束の魔法陣が発動したのだ。

 この不意打ちを理解できたのは、黒尽くめの少女だけだったろう。反射的に拘束を有毒の刃で切り裂いて、目の前のメルダー・マリオネッテの一個体に襲いかかった。毒に光るナイフをかわし、7(ズィーベン)はうっすらと微笑んだ。

 彼の両手が鋼糸を操る。荒野に複数の文字と円を加え、風の魔法陣が形成される。立ち昇った強風に煽られて、黒尽くめの少女は跳ね飛ばされ、再びツタの餌食となった。


「なぜだ? なぜ我々が負けるのだ?」


 少女には理解できなかった。自分たちはターゲットの三割増しの性能があると教えられてきた。個々の力で勝り、人数においても勝っているはずの相手にどうして打ち負ける? そもそも、自分たちに劣る相手が、時間を稼ぎ、魔法陣を書き換え、罠にかけることなどできるものだろうか。


「ニンギョウは成長できなくても、ニンゲンは成長するからだ」

「お前たちだって同じニンギョウのくせに」

「違う。君たちも、僕たちと、俺たちと同じニンゲンなんだ」

「我々は」


 叫ぼうとする少女の首の後ろを、ズィーベンはナイフの柄でついた。意識を失い気絶した少女を、彼は哀れに思う。自分たちと彼女たちにどれだけの差があるだろうか? ただ出会った相手が違うだけだ。機会は平等にあって、任務を命じられたのは偶然で、にも関わらず、自分たちだけは己の意思を取り戻すことができた。

 世界は不平等だ。自分たちと同じ少数民族は、時に生まれることさえ許されずに堕胎を強いられ、住む土地を追われ、望まぬ結婚を強いられて、飼い殺しの一生を送る。熱核魔術の実験地に住むことを強いられた部族は、生まれながらの奇形や奇病に苦しみ、短い一生を閉じる。


(西部連邦人民共和国パラディース教団。すべてのはじまりをこわさないと、悲劇はなくならない。けれど、僕たちは教団を守ることで生かされている。なんて皮肉か)


「よお、ぶじかぁ!」

ズィーベンっ」


 遠くから14、16を連れた12セバルツと、2、9に守られた11エルフが走ってくる。


「だいじょうぶだ。見事だよ、11エルフ。この急づくりの魔法陣をよくいじしてくれた」

「えへへ。……12セバルツ。私、がんばったよ」


 ほんの少し頬を染める11エルフを、そばかすの浮いた赤毛の少年、12セバルツは見ていなかった。気絶したツタに縛られた黒尽くめの少女に目を奪われている。


「このかっこう、なんつーか、えろっちくていいなあ」

「っ!」


 パン、と頬を打つ乾いた音が、アースラの荒野に響いた。


「ばかっ」

「ちょ、ジョーダンっスよ。11エルフ、そんな怒らなくてもいいじゃないスか?」

「まだ戦いは終わっていないんだぞ。かんべんしてくれ」


 こんなところで痴話喧嘩をやらかす二人に、ズィーベン達は思わず脱力した。



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