第27話 螺旋の果てへ/エピローグ
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山小屋の時とは違い、今度の別離は希望に満ちたものだった。
「じゃあ、またな、皆」
「また逢おう。後輩」
「「また会いましょう、ニーダルさん!」
☆
時代は変わる。
ガートランド聖王国の与党となった、親共和国政党『友愛党』は、西部連邦人民共和国やナラール、ナロール国に、王国の膨大な血税と資産を貢ぎ続けた。
文化財や宝物を、乞われるがままに引渡し――
公安の情報をぶちまけ、協力者を反政府勢力に売り渡し――
貴重な神像を盗みながら、返却を拒むナロール国にろくな抗議をせず――
領海に侵入し、破壊活動の現行犯で捕まえた共和国の犯罪者を検察に圧力をかけてまで解放し――
公営事業を無駄であると一方的に決め付けて公開処刑しながら、未曾有の国債を発行し――
ナロール国の飛空挺を爆破して百余命を殺害した元ナラール国工作員を、国賓待遇で招いてお祭り騒に興じる――
彼らの問題行動は、比較的穏便に報じられたものの、その所業は多すぎて数え切れないほどだった。
つまるところ、友愛党の議員達には、国民の安全と財産を守り、国益を求めるという最低限の意識すら持ち合わせているものがいなかった。
元々高すぎた為替通貨もなんら対策も講じずに放置し、あまつさえ不況を助長させるような悪政を敷き続けた。
結果として、『政権交代こそ、最大の景気対策!』といった、なんら根拠の無い友愛党のスローガンとは裏腹に、平均株価は政権交代後に下落の一途を辿る。
株といえば、投機者だけが関係者というイメージを持つ者もいるが、実際には企業の体力であり、年金の主要運用先でもある。株価が下がれば下がるほど、経済は弱体化し、企業はリストラを余儀なくされ、年金の掛け金は上昇し、手取りは下落するのだ。
王国はデフレーションを悪化させ、生活保護者の受給が労働者の初任給を上回るという逆転現象が生じた。その上、在留外国人が数多く生活保護受給を受けるという意味不明な事態が引き起こされた。
その状況下で、王国の一部マスコミの中には、デフレーションの意味を意図的に取り違えた偏向報道に終始する番組まで現れた。曰く、”デフレーションは庶民に優しい”
大学で経済学をかじるなら、一回生でも学ぶことのできる基礎中の基礎だが、『デフレーションとは、物価が持続的に下落し、貨幣の価値が高まる』ことを指す。つまり、”金持ちほど得をして、経済的弱者は給料が下がったり解雇されて損をする”現象のことだ。むしろ、『貨幣・経済の収縮現象』とも言い換えることが出来て、全員が損をする不健康な経済状態ではあるのだが――。
逆に『インフレーションとは、物価が上昇し続け、貨幣の価値が低くなる』現象を指す。これは、健康的な経済発展を遂げるならば避けられないことであり、好況下では必ず生じることである。無論、インフレが起こったからといって、景気が良いとは必ずしも言えないので注意が必要だ。
さて、”デフレーションは庶民に優しい””デフレーションは庶民の味方”――減給と、失業を増大させる悪質な経済状況を、どうしてそのように解釈したのか、王国の一部マスメディアは、こんな基礎中の基礎も知らずに報じたのか、そう報じずにはいられない何かの事情があったのか、興味の尽きないところである。
王国を制圧したと勝利に酔った、ウド・シュバーツヴルツェルは教主就任後、西侵論を唱えて大陸南部諸国や近隣国を一斉に侵略した。
ナロール国もまた、すべての負債を王国に押し付けるつもりで、無謀な投資や実力に見合わない公共事業を連発した。
彼らはまさに、この世の春を謳歌していた。
☆
王国民は、自らの身を守るために、学び、考え始めた。
格差はいけないと訴えつつ、絶対的な格差を生み出そうとしているのは、どの勢力なのか。
大陸諸国から孤立すると喚きつつ、本当に孤立を深めているのはどの国々なのか。
差別するなと喚きつつ、もっとも王国を差別しているのはどの国々なのか。
選挙前のあらゆる公約を守らず、党の内部抗争に明け暮れる友愛党とはいったい何なのか?
支持率の下げ止まらない現実に対し、ある幹部にいたっては、『国民が聞く耳を持たなくなった』と、国民の信託を受けて議会に参加する代議士にあるまじき暴言を吐く始末で、遂には政権の座を追われることとなった。
選挙の結果、再び与党に返り咲いた『保繕党』は、経済復興を目的とする政策を迅速に実行した。
友愛党政権時代に法律として成立した以上、阻むすべはなかったといえ、不況にもかかわらず増税を強行するなど疑問点も見られたものの、大胆な政策の数々は一定の効果を発揮した。
実体経済はともかく、株価は二倍近くまで上昇し、大手企業の給料は上昇し、雇用率と失業率は大幅な改善を見せた。
果たして、これがカンフル剤で終わるのか、再び王国経済を成長軌道に乗せるのかは、わからない。
少なくとも、友愛党政権で致命傷を負った王国経済は、ようやく一時の治療と休息を得ることが出来た。
一方、友愛党によるボーナスタイムが終わった直後から、西部連邦人民共和国とナロール国の経済は急降下爆撃機もかくやという勢いで、経済が傾き始めた。
ナロール国は、まるで回収の見込みの立たない投資や、技術も無く身の丈に合わない公共事業の失敗などを繰り返し、国家破産目前まで収支が悪化することになる。
とうとう国外同胞からも、財産を巻き上げて徴兵に応じさせるよう策を巡らし、いくつかの法律を成立させるのだが、いかなるカタチで収束するのか、見通しはひどく暗い。
紫崎由貴乃が去った後の共和国では、彼女の予想通り、協力関係にあったはずの教主シュバーツヴルツェル閥と先々代教主ヴァイレンヒュラー閥との間で血みどろの粛清合戦が行われた。
ウド・シュバーツヴルツェルは、汚職摘発のスローガンとして『ハエも虎もまとめて叩く』と、威勢のいいことを良い、実際には政敵を片端から血祭りに上げた。
その中には、前教主政権の経済担当者や、軍事首脳部も含まれており、これによりベーレンドルフ閥の進めていた経済のソフトランディングや、軍事の近代化は大きく後退することとなる。
またウド・シュバーツヴルツェルの西侵の結果、親共和国と呼べる数少ない国々も相次いで離反し、南部諸国家による包囲網の完成へと至った。表向きは中立だの均衡路線だのと綺麗ごとで舌をまわし、彼らは着実に防衛策を講じていった。
袋小路にはまった共和国は、粛清から逃れようとする人材によって、貴重な外貨準備金の流出も止まらなくなり、おおがかりなプロジェクトをでっちあげたものの、損耗はすでに隠し切れない数字として現れていた。
歴史上にはごく少数の名君が存在し、民主主義や共和政治とは比較にならない速度で国家に繁栄をもたらした希少な例がある。しかしながら、同時に、数え切れないほどの暗君や暴君が存在し、国家を不幸の坩堝に導き、衰退させたという事実を忘れてはならない。
多くの場合、無能な独裁者ほど、己を名君であると信じているのだから、まるで喜劇のような悲劇である。
――
―――
由貴乃は、どこまで未来を見通していたのだろう。
彼女は、粛清による被害もなく共和国から脱出し、追っ手の盟約者と神器は、ミーミルのエサとして美味しくいただいた。
努力の結果、ついにノーラ=ミーミルは、伝説の第一位級契約神器の座に登りつめ、七つの鍵たる資格を得た。
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、王国や共和国の政変を一顧だにせず、失われた第一位級契約神器ガングニールを求めて、大陸でもっとも深い大断崖の遺跡へと潜った。
そして、ロゼット・クリュガーは……。
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若葉の月(3月)16日夜。
中東海地方、ディミオン首長国連邦中心都市ドームの空港で、いつものツインテールをほどいて、ほんの少し大人っぽくおめかししたロゼットは、ニーダルの姿を見た刹那、彼の胸の中へと飛び込んでいた。
「追いかけますから、ぜったい、ぜったい大人になって、貴方の隣に立ちますから」
「戻ってくるさ。お前たちのいる場所に。だから、ロゼット・クリュガー。俺を信じて待っていてくれ」
ニーダルは、ロゼットの額に軽く接吻すると、泣きながらも笑みのカタチを作って、毅然と見送るロゼットに手を振った。
「いつまでも、子供だと。……思いこみたかったのは、俺の方か」
彼の右肩で、炎がわずかに揺らめいた。
(宿主。下手くそな嘘だな。我と汝に未来などない)
「いいや、レヴァティン。今度のことで、俺は見えた気がする。お前と交差点が――」
(そんなものはない。我と汝の目指す理想は、決して交わらない。ゆえに、どこまでも平行線――)
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、声に出さずに笑った。
「さあ、行こうか。相棒!」
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ここではない場所。
いまではない何時か。
真っ暗な闇の中で、輝く白金の髪をなびかせて、幽鬼のように白い肌の女が、瞳を閉じて鎮魂歌を歌っていた。
『涙の日、その日は
罪ある者が裁きを受けるために
灰の中からよみがえる日です
偉大なるものよ、彼等をお許しください
いつくしみふかきものよ
彼らにやすらぎをお与えください』
歌い終えた女が、両の目を開く。
ひとつは青灰色、もうひとつはまるで血のような赤色の、虹彩異色症。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。……あと、ひとつ」
女は焦がれるように、闇の中へと白い手を伸ばす。
「もうすぐ会えるね、おにいちゃん。そして、運命の人」
七つの鍵の物語 『人形』&『温泉』~FIN~
ご読了ありがとうございました。
以上を持ちまして、
『七つの鍵の物語 『人形』&『温泉』 ~戦闘奴隷が恋する乙女に至るまで~』は完結となります。
本作はシリーズ作のひとつであり、彼や彼女達の物語は続きます。
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それでは、また別のエピソードでお会いしましょう!