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第26話 晩餐

26


 復興暦1113年/共和国暦1007年、若葉の月(3月)16日午後。

 紫崎由貴乃むらさきゆきのは、かつて殺戮人形メルダーマリオネッテとして扱われた少年少女たちをホテルの広間に集め、イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトの保護と、西部連邦人民共和国からの離脱を告げた。


「イスカ。これからも一緒にいられますわね!」

「うん。おねえちゃんっ」


 ロゼットとイスカは抱き合って喜び、弟妹達は二人を胴上げしながら部屋を一周した。歓声は絶えることなく、広間のふすまと障子を震わせた。

 一方、別働隊ではアカシアがショックのあまり口から泡を吹いて卒倒し、ナナオが慌てて介抱するという一幕があったものの、他の者たちは反対することもなく受け入れた。


「パラディース教団にゃ、うらみつらみはあっても、恩も義理もない。紫の賢者様が俺たちの持ち主になってくれるというのなら、喜んで仕えますぜ」


 エイスケが別働隊を代表して申し出たものの、由貴乃は首を横に振った。


「勘違いされては困る。君たちは、これから他の誰でもない、君たち自身の主となるんだ。戸籍と国籍もこちらで準備しよう。王国のような取得が難しい国は無理だが、金で解決できる国ならよりどりみどりだぞ。もちろん、夜のオモチャとなってくれるなら大歓迎だが、……あまり大っぴらに言うと、この男にベッドの上で啼かされる」


 そう、由貴乃が隣に立つニーダルにウィンクした瞬間、胴上げされるのに一段落したロゼットはぶちきれた。

 部屋の体感温度が5度は下がる、凍りつくような姉の殺気を浴びて、レイジは嘆息した。


「全員、姉貴をふんじばれ」

「レイジ、なにをするんですのっ!?」


 必死で止めようとする弟妹達をちぎっては投げちぎっては投げ、まさにおねえちゃん無双といった有様のロゼットを、レイジとミズキは抜群の連携で抑えて、荒縄を巻きつけてゆく。


「落ち着け。姉貴は少し錯乱している」

「してませんわよ! ちょっと女狐の頭をかち割ろうと思っただけですわよ」

「それって、錯乱してるって言わない? ダメだ。ロゼット姉はスレンダーすぎて、亀甲縛りでも全然エロくない……」

「大きなお世話ですわよっ。こんのぉおっ、皆、はなしなさぁい!」


 由貴乃は、子供たちの騒ぎを横目で見ながら、舌でちろりと唇を湿らせた。


「ロゼット、可愛い子だ。今度寝室に招待しよう」


 瞳に情欲の炎をめらめらとたぎらせて、そんな怖い独り言を零したりもする。


「先輩、本当に信じていいんだな……」

「ふっ。高城ニーダルも、わたしの義理固さは知っていよう。かの松永久秀公ボンバーマンとも肩を並べられると自負している」


 戦国時代を代表する、謀殺と裏切りの達人じゃないですかヤダー! とも言えず、ニーダルは押し黙った。

 代わりに、彼の頭上に腰かけた灰色熊のぬいぐるみ、ベルゲルミルが威嚇いかくするように歯を鳴らす。


「どんな偉人かしりませんが、あっさりとヴァイデンヒュラーを見限った口で、よくもそんな事が言えますね」

「先輩にとって、政治哲学イデオロギー教義教条ドグマは、いつでも替えのきく上着や装飾品(ファッション)に過ぎないからな。本質は徹底した享楽主義者だよ」


 決して後悔のないように日々を愉しみ、己の利益と快楽を追求するのが、紫崎由貴乃という女だ。

 有り余る才能をただエロだけに浪費するのはいかがなものか? と、親友の赤枝は忠告していたが、きっとずっと変わらないだろう。

 それでも、なんとなくだが、高城ニーダルは理解していた。由貴乃にとって演劇部が、松永久秀にとっての古天明平蜘蛛かけがえないたからであることを。


「先輩は、俺たちを裏切らない。それだけはなぜか確信できるんだ」


 そんなニーダルの反応に、ベルゲルミルはすねたように横を向いた。


「そうでしょうとも」


 紫の賢者がやったことは、娘と姉兄を人質にニーダルの人形化を図った同然だ。にも関わらず、誤解が解けたあと、ニーダルはあっさりと水に流してしまった。

 あるいは逆に、紫の賢者の誤解が真実であり、ニーダルがレヴァティンに呑まれて悪鬼羅刹の道を転げ落ちていたとしても、平然と止めて治療に尽くしていたのではないか?

 腐れ縁だとか、肉体関係だとか、そういうのを超越した根っこの部分で、二人はお互いを信じ続けているのだろう。


「少し妬けます」

「ん? なんか言ったか?」

「お腹が空いたのでいただきます。GABURIッ」

「ギャーッ! 俺はお前の非常食じゃないっ」


―――

――


 ともあれ、新たな門出の祝いに、浜辺でカレーを作ることになった。

 解放された元殺戮人形の少年少女達は、慣れた手つきで刃物を振るい、根菜類を剥き、刻んでゆく。


「が、がんばる! あれ、こがしちゃった?」

「ふふ。お手本を見せてあげますわ、……もう一回っ」

「……ど、どうなってるの!?」

「もう一度挑戦しましょうか」


 ベルゲルミルが指導する、小麦粉からルゥを作るイスカ、ロゼット、アカシアのいる班だけは苦戦していたが、何度目かのリテイクでどうにか作り上げた。


「かわいいなあ。濡れるなあ」

「先輩、鼻血拭け。あと娘に手を出したら、ぶん殴るからな」

「おいしそう。じゅるじゅるじゅる」

「……本当に信じていいのか不安になってきた」


 お高い食材をふんだんに使ったシーフードカレーは、何度も灰汁あくを取りのぞき、スパイスを効かせた上品な味わいで、由貴乃を唸らせ、女子達を熱狂させた。

 一方、男子組は、お肉たっぷり脂たっぷりの”ザ・オトコノリョウリ”というべき、もうひとつの鍋を巡って血みどろの戦いを繰り広げていた。


「肉だ肉。肉をよこせっ」

「俺の肉だ。すっこんでろ」

「てめえは骨でもかじってろ」


 価値とは、やはり年代や性別、人の趣味嗜好によって様々なのである。

 人によって綺羅星のごとき違った幸福や理想がある。それこそが、人間という種の輝きなのかもしれない。

 由貴乃は、浜辺に座ったニーダルの背に、背を合わせて寄り添った。


高城ニーダル。わたしは、永遠の夜を諦めない。ノーラは必ず、第一位級まで育てる」


 相対して、体と心を繋いで、改めて決意した。この願いに妥協は無い。


「だから、競争しよう、高城。お前の愛情が勝つか、わたしの愛情が勝つか。それまで消えることは許さない」

「わかった。先輩の野望は、俺が必ず止めてみせる」


 由貴乃は、黄昏の空を見上げた。宵の明星が輝いている。


「わたしは、取り戻したのだな」


 旅を続けよう。いつか家に至り、あるいは帰るその日まで。


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