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第20話 青春ミルクティ

20


 若葉の月(3月)16日早朝。

 身体を重ねた後は、まるで火が灯ったようだった。

 紫崎由貴乃は、火照りを冷まそうと、浴室のシャワーで汗を流した。

 長い黒髪と、豊かな胸、細く引き締まった腰、ツンとつきだした臀部への曲線を流れ落ちる水滴をタオルで丁寧に拭き取って、ベージュ色のバスローブをまとう。

 寝室に戻ると、ベッドスタンドに置いた大きな百合の花の陰で、高城悠生はだらしない顔でベッドで眠りこけていた。

 由貴乃は、バスローブ姿のままベッドに腰掛けると、高城の耳たぶを軽く噛んだ。


「ふ、不意打ちだなっ、朝駆けかよ!?」


 木の枝からすべり落ちた猫みたいに、目を白黒させて飛び起きた高城の唇を奪って、由貴乃は深い接吻せっぷんを交わす。


(馬鹿で未熟な後輩。キスをするのは、ただ愛おしいからだ)


 ずっとずっと望んでいたのだ。こうしたいと――。

 名残り惜しくも由貴乃は高城から瞳を逸らして、カレンダーと時計を見た。

 一六日の今日、彼は出立すると言っていた。

 もう少し睦言むつごとに興じたかったが、時間が許すまい。


「ニーダル・ゲレーゲンハイト」

「先輩?」


 後輩、ではなく、高城悠生でもなく、由貴乃は彼をもうひとつの名前で呼んだ。


「今から話すことは、わたしの推測だ。実証したわけでもないし、今後実証できる保証もない。それでも、聞いてくれるか?」

「ああ」


 由貴乃は、掛け布団の中、高城の隣に背中合わせになってもぐりこみ、瞳を閉じた。


「おそらく、今のお前は、そして、呪詛機構システム 始まりにして終わりのレーヴァティンに呪われた者は、鞘だ」

「鞘?」


 背中に高城の体温を感じる。それが、ひどく熱かった。


「ニーダル。契約神器アーティファクトがどうやって生まれるか、知っているな?」

「世界樹の欠片と呼ばれる、高純度の魔力塊から生じた精霊だろう? 依代よりしろとしての器に埋め込まれることで、やがて自らの意思をもち、世界を書き換える力を得る」

「ならば、タカシロ。呪詛レヴァティンが、うつし世に留まるための器はなんだ?」

「……」


 レヴァティンは呪詛だ。実体はない。否――、あるのだ。


「なるほど、だから、俺は、さやか」


 き出しの刀剣は、いずれ錆びて、朽ち果てるだろう。

 人間であれ、動物であれ、契約神器であれ、魂をもつ者は、その意志を実現するためには、うつし世を生きるための肉体いれものが必要となる。

 そして、レヴァティンが宿った器は、高城悠生の肉体だ。


「今の俺は、高城悠生であり、同時に、レヴァティンの半身でもある。高城悠生の肉体に宿る俺と、レヴァティンという俺が綱引きをしているのが、ニーダル・ゲレーゲンハイトという俺の人格なのか」


 ニーダルは、過去幾度となく(さいなまれた、心身の不調や五感の喪失、意識を染めるノイズを思い出し、由貴乃の推測を受け入れた。


 だが、実証は不可能だろう。

 魂はどこにある? 生命はどこにある? 

 爪を切ったら、その爪は高城悠生か? 髪を切れば、その髪は紫崎由貴乃か?

 脳髄? 心臓? どこまで切り刻んだら、個人を個人たらしめる?

 ましてや、意志という見えないものと、不可分に結びついた呪詛を、どうやって切り分ける?


「わたしは、まるごと封じるつもりだったのだが、そう単純な話ではないらしい。タカシロも、ニーダルも、レヴァティンを認めているのだろう。ならば、いい。お前は、高城悠生であり、呪詛レヴァティンであり、ニーダル・ゲレーゲンハイトなのだろうさ」


 由貴乃は、振り返ると、向かい合わせとなった高城の額にコンと頭をぶつけた。

 真っ白なシーツの上で、ベージュのバスローブ越しに、由貴乃の柔らかな乳房が高城の厚い胸板に触れる。


「ウロボロスを使った戦いで確信したよ。ニーダル、お前、赤枝基一郎あかえだきいちろうと戦ったな?」

「あぁ。……ちょっとした行き違いがあったんだ」

「想像はつくとも。赤枝基一郎あいつは、ある意味で演劇部の誰よりも高城悠生おまえを理解していた。だから、本能的に違和感を察して挑んだのだろう。それで負けては格好もつかないが」

「――先輩」


 右手で顔の半分を隠し、高城は恥ずかしそうに、そして半ば嬉しそうに微笑んだ。


「実は、勝ったのがアイツで、負けたのが俺だ」

「はぁっ?」


 由貴乃は、はしたなくも口を大きく開けて、思わずすっとんきょうな声を上げていた。

 高城悠生ニーダルの強さは、わが身をもって証明している。

 いったい何があったら、そんな番狂わせが生じるのか?

 手を抜いた? 有り得ない。

 親友である赤枝基一郎を相手に、高城悠生が手心を加えるなど、絶対にないと断言できる。きっと、正々堂々、正面きって戦って――敗北した。つまり、赤枝は高城に勝ち、高城は由貴乃に勝つ?


「なに負けてるんだ。それじゃ、わたしが弱いみたいじゃないか!」

「まてまて先輩。それはない!」


 地球の高校時代から、他の演劇部員が紫崎由貴乃と競うなら、二対一でようやく五分だ。

 それ以上の勝機を得ようと思ったら、後輩のクロードと組むしかない。

 後輩の小鳥遊蔵人たかなしくろうどだけは、他部員の助力を得るのが前提で、由貴乃に対しても互角以上に戦えた。ただし、蔵人単独だと、まるで実力を発揮できずボードゲームでもトランプでも麻雀でも最下位脱落だったが。


「あったまきた。タカシロ、もう一戦だっ」


 由貴乃が、すぽんとバスローブを布団の外へ脱ぎ捨てる。彼女の行為に焦ったのは、高城悠生だ。

 無精ひげのういた顔に冷や汗を浮かべ、両手を前に突き出して由貴乃を制止する。


「せ、先輩。俺たちさっきまで愛し合ったよな」

「そうだな」


 先ほどまでの逢瀬おうせは、由貴乃にとっても、高城にとっても、愛情に満ちた優しい時間だった。 


「やめろ。俺に乱暴する気だろ。エロ雑誌みたいに! エロ動画みたいに!」

「もちろん! 娘と同じ屋根の下で無様をさらすといい」

「たーすけーてー」


 逃げ出そうとした高城は、あっさりと由貴乃に組み敷かれ、ベッドスタンドにいけられた花瓶の百合が静かに落ちた。



 同日、午前。

 げっそりと頬のこけたニーダル・ゲレーゲンハイトは、後頭部を灰色熊のぬいぐるみ、ベルゲルミルに噛みつかれ、あぐら座りの上に娘のイスカを乗せて、うつろな瞳で朝食を取っていた。

 御膳の並べられた畳張りの広間で、短く刈った赤い髪とそばかすの目立つ少年トウジが、興味深々とばかりに隣に座った、黒いもじゃもじゃとした髪が特徴的な少年、ナナオに問いかけた。


「なっ、なっ、ナナオ。ニーダルさん、昨夜は紫の賢者の部屋に泊まったんだろう? なんであんなに生気がなくて、ベルさんに噛みつかれてるのかな?」

「聞くな」

「文字通りぃ、食べられちゃったとかっ。ぐひゃっす!」


 いずこからか飛来したハンマーが、トウジの顔面にめり込んで、そのまま沈黙する。


「トウジ、馬鹿な奴」


 尻を杭打ち機で穿たれたり、ハンマーで制裁されても、めげやしない。元気な男だ。

 栗色の髪の少女、エンジュがトウジをよいせよいせと部屋の隅に運んで、治療している。

 あれはあれで、良い関係なのかもしれない。


「僕も、俺も、決着を着ける時かな」


 ナナオは、不機嫌そうにニーダルを見つめている長姉、ロゼットの席へと歩いていった。

 二房にわけてまとめた黒褐色の髪、強い意志の輝きが宿った翠の瞳、スレンダーな体躯。

 ここまで、ナナオ達を導いてきたかけがえのない、大切な少女がそこにいた。

 ナナオの心臓は早鐘のように打って、口中が乾いて、舌がはりつき、上手く回らない。


「ロゼット。朝食が終わったら、中庭に来てくれ。今後について話がある」

「わかりましたわ。ナナオ」


 朝食はなにごともなく終わり、今日は父親を絶対に離さないとしがみついたイスカと、頭上を占拠したベルゲルミルを連れて、ニーダルは郵便局に向かった。切手をお土産に買うらしい。

 切手収集が趣味だと知って、他の姉弟達は衝撃を受けていたが、ナナオはそれどころではなかった。

 中庭で待つ。待ち続ける。――彼女が来た。


「作戦会議なら、皆でやりましょ? なぜこんな場所に」


 怪訝そうに尋ねたロゼットに、ナナオは間髪をいれずに、告げた。


「ロゼット。僕は、俺は、アンタが好きだ!」



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