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第11話 災厄の枝

11


 はるか昔のことである。

 この世界には勇者と呼ばれるものが居たらしい。

 彼は、弱きをたすけ強きをくじき、怪物や邪悪な軍閥ぐんばつから、力なき善良な人々を守り続けた。

 それは、いい。由貴乃とは相容れない生き方だし、報われなかっただろうとも思うけれど、困難な茨の道を歩き続けた生には敬意も払おう。

 だが、その男は呪いを残した。


 システム・レーヴァティン。


 神話において、旧世界を滅ぼした魔王の剣の名を冠する呪い。

 レヴァティンという呪詛は、邪悪なる神器や盟約者の非道に苦しむ善なる人々の怨嗟えんさの声によって呼ばれ、担い手もろともに、悲劇に関わるすべての存在を焼き滅ぼして、悲願を成就する。


 繰り返そう。すべての存在を――焼き滅ぼして、である。

 暴虐を行う悲劇の元凶は当然”悪”である。だが、悪人にもまた善なる側面があったかも知れない以上、これを滅ぼす善人もまた”悪”であろう。そして、悪党の専横を保身によって見逃し、善人が追い詰められるのを受け入れた人々もまた”悪”であろう。

 よって 全 員 抹 殺 すれば、因果応報、大団円! システム・レーヴァティンは迅速確実高品質なハッピーエンドをデリバリーします。さあ、あなたもいますぐご連絡を――!


 由貴乃からすれば「阿呆か!」である。

 人々を守るために生涯を捧げた勇者とやらが、どこのネジを外して『争いを起こすものは皆殺しにすれば平和です』なんて元の世界でいうところの『お花畑左翼リリカルレフト』に行き着いたのかは、由貴乃にもわからない。

 皆殺しにするなんて考えの時点で平和とは対極だろうが、「憲法改正を目論む輩は息の根を止めるべき」「憲法9条を写経すれば平和になります」なんて叫ぶような連中は、とうに正常な判断を喪失しているのだろう。

 故国の万年野党曰く、『自衛隊は違憲です。でも政権奪取の暁には、自衛隊を解体して党軍を持ちます。党軍なら国や国民じゃなくて党を守るための軍だから違憲じゃない!』軍事独裁、大量粛清する気満々じゃないかコレ~~!?


 世の中そんなものである。

 王国の某政党曰く、


『官僚の天下りは根絶します。でも我が党が認める天下りは天下りではありません!』

『高速道路を全国で無料化します。実際には、我が党の選挙地盤だけ無料化で他は値上げだけど全国無料化です!』

『無駄な事業を仕分けして増税なく子供対象のお手当てを支給します。……現実には、発言力の弱い必要な事業の首を絞めて、あげく財源が足りなかったので”税収を上回る新たな借金”と”補填するための増税”でまかないます。50人までなら海外で養子をとった王国在留の外国人にもお手当てを大量支給。これは”無駄ではありません”!』

『危機意識の欠如と初期対応の不味さから、疫病が流行してどれほどの畜産農家が苦しみ、食糧事情や産業界が打撃を受けようと州の責任であって我が党は助力しません。騒ぐなら家畜を皆殺しにして補償費さえ税金から都合すれば丸く収まる。なに、また感染被害が出た? はは、だから早く殺せって言ったのに。そもそも有事において国民を守る気なんて王国大災害の頃からないッ。必要なのは利権だけだウェッフフフッ!』

『抑止力? なにそれ食えるのか? 面倒なので騒ぐだけ騒いで反対者はポイだ。そもそも小さな島の田舎者どもが俺達に逆らおうなんて。話にならないなっ』


 冷静に鑑みれば明白な嘘や詐欺は、時に”信じたい”という善き人々の良心や希望につけこんで、血肉をむさぼり緋色に染め上げる。

 詭弁きべんは事実を覆い隠し、偽りは時に真実以上の金箔で塗りつぶされる。報道されない事実なんて人によっては無いも同じ。「情報は武力よりも軍事的価値を持つ / ペンは剣よりも強い」それが、どこの世界も変わらぬ業だ。


 この世界における神剣の勇者の伝承もまた、各国の権力者によって”都合のいいように”歪曲され、分散しすぎて、何が真実かなんて判別できないのだ。

 ミーミルに残されたデータも、記憶部分は大半が厳重にブラックボックス化されて解析不能。神剣の勇者と呼ばれた者が実在したこと、ノーラ(ミーミル)とその姉に浅からぬ縁があったこと、”人々を救った勇者”と称えられながら、”人々に仇なす呪詛”システム・レーヴァティンを後世に残したこと、それだけが把握可能な事実だった。


 レヴァティンは無差別殲滅(むさべつせんめつ)という特性から軍事利用は困難を極め、この世界のあらゆる政権が過去に利用を試みては断念し、由貴乃自身も放棄した。

 使用者を乗っ取って殺戮さつりくのための存在へと造り替え、あげく味方も敵も宿主すら恣意(しい)的にぶっ殺す、そんな制御不能な存在は兵器に非ず、ただの呪詛と呼ぶにふさわしい。

 最悪だったのは、ただひとつ。よりにもよってそんな呪詛が、大切な後輩の心身をむしばんでいることだった。


「戦える。戦えるじゃないか」


 自らの記憶を元に、ノーラの助力で再現した白樺しらかば高校校庭という舞台で、紫崎由貴乃むらさきゆきのは朗らかに笑った。

 校庭を覆いつくす千の兵に追われながら、たった一騎でニーダル・ゲレーゲンハイトは、抗っている。

 鉄棒を潜り抜けつつ、柳や月の描かれた式鬼の突きだす無数の刃を右手の槍で受け流し、紅葉の散りばめられた紙武者達が雨あられ射はなつ矢弾を左手で魔術文字を綴って迎撃する……。

 なるほど、パプティスト・クロイツェルやルートガー・ギーゼギング、ベーレンドルフ軍閥の首魁(しゅかい)達が、彼を『神焉戦争を勝ち抜く鍵』と呼ぶわけだ。

 だが、彼奴らはレヴァティンという制御不能なシステムの生贄という価値でしか、ニーダルを計っていない。

 由貴乃は知っている。神器に関わる悲劇に幾度も巻き込まれながら、生き延びてきた心の強さ。それこそが、由貴乃の知る高城悠生たかしろゆうきに他ならないと。


「戦えるわきゃないだろぉおが」


 が、一方のニーダルは、半分泣きが入っていた。鉄棒、昇り台、砂場、日除けベンチ、わずかな障害物と記憶に残る地の利を盾に、息を荒げて逃げ惑う。

 伝承にいわく、宮本武蔵は吉岡一門との戦いの折に、斬っては逃がれ、斬っては逃れを繰り返し、二刀を手足のように扱うことで名高き二天一流に開眼、数十人もの門弟を切り伏せたという。ニーダルもそれに習い……蹴り飛ばす。


「ってできるかぁあっ」


 槍を盾に、菖蒲しょうぶの描かれた式鬼を殴り飛ばして数を数える。これで18? ダブりで16か。

 二刀流に目覚める以前に刀がないし、そもそも校庭では隠れる場所もろくに無い。一面、敵、敵、敵。嫌がらせにもほどがある。ヴァイデンヒュラー閥で大きな顔ができるはずだ。

 くそったれ! と、ニーダルは喉元まであがった悲鳴を飲み込む。

 自分に吉川武蔵どころか司馬武蔵ほどの才能があるとも思えない。甘く見積もって評判の悪いNHK大河武蔵?


「あー、もうなんかネガティヴ過ぎて勝てる気がしねー」

「ならば、わたしとともに来い」


 千代紙で造られた千兵を繰りながら、紫の賢者は手招きする。


「ヴァイデンヒュラー閥に協力なんてできるか。先輩だって自分達がなにやってるのか、わかってるだろう!」


 天城門広場の惨劇を筆頭に、記憶にも新しいネメオルヒスやヴィジルでの殺戮・弾圧。夕妖精大陸での金と軍事力に飽かせた資源の強奪。中東海では過激派テロリストへ武器を売りさばき、ナラールの大量破壊兵器開発を支援する。一部政党を傀儡化することで王国のろう断を図る。

 生存戦略だと言われれば、それはそうだろう。だが、ヴァイデンヒュラー軍閥が生血をすするたび、踏みつぶすたび、そこでは星のように輝く命が失われ、涙は河となって地に流れる。

 劣勢の中、ニーダルは、剣で斬りつけてくる桜模様の式鬼と、槍で薙いで来る茶の格子模様の紙武者を殴り飛ばす。だが、梅花の描かれた式鬼と、傘の描かれた紙武者がすぐに後を埋める。


(残り14、13っ)


「ふん。殺せば恨みが残る。犯せば怨みが残る。奪えば憾みが残る。だから為すなとお前は言うのだろう?」


 不意に式鬼…紙武者達が一斉に退いた。


「だがそんな良識は、狭い島国か大断崖に守られた国でしか通用しない」


 ニーダルが息をつく暇もない。ノーラを従えた紫の賢者が、身の丈の数倍はあろう抱えきれないほどに巨大な雷球を、細腕で創りあげていた。


「なっ」


 死ぬ、とニーダルの肝が冷える。とっさに文字を綴り、ありったけの魔力をこめて盾を生み出すが、こんなもの、焼け石にわずかな水をかけるようなもの。


 直後。砲弾のオーケストラすら凌駕りょうがする轟音が満ちて、ニーダルの意識と校庭の半分は消し飛んだ。

 

「殺せばいいのだ。子には、親が罪びとであり、お前も罪びとだったからと教え込めばいい。

 犯せばいいのだ。誘った相手が悪い。拒めない相手の弱さが悪い。それでも非を叫ぶなら、腕立てをしていたなんて戯言で片がつく。

 奪えばいいのだ。一度奪ってしまえば、取り戻そうとするものこそが悪となる」


 それが西部連邦人民共和国だ。否、それがおためごかしの薄絹を剥いだ世界の理だ。


「この世に正義など無い。あるのは醜い荒野だけ。あらゆる善行も道理も、財力と暴力によって駆逐される。だから」

「先輩。いいオトコは、ンな逃げ口上を言わねえ」

「ッ」


 雷撃によって削られて、クレーターと化した地の底。

 渾身の一撃を受けて、紅いコートの半ばを炭化させながらも、ニーダルは立ち上がり、不敵に笑った。

 虚勢だと由貴乃は哀れむ。今の一撃を受け止めるのに、彼は持てる力のすべてを使い果たしたはずだ。

 由貴乃は思う。自分は悪でいい。守るべきものを守り、愛しきものを腕に抱けるならば、悔いなどあるはずもない。


「愛しき後輩よ。お前は正しくあろうとしているが、弱い!」


 由貴乃が腕を振るい、再び、数の暴力を体現するような式鬼の軍勢が押し寄せる。

 それでも! とニーダルは心の中で呟く。


(踏みにじられたものは、怒りを抱くんだよ)


 知っている。

 奢り高ぶった権力者たちの無理解や横暴を。

 犠牲となったものたちの嘆きを、悲しみを、憤りを。


 民族浄化と殲滅を繰り返し、繁栄を謳歌する西部連邦人民共和国。

 あるいは、繰り返される暴動と鎮圧、怨嗟と憤怒のなかから生まれた英雄が、いつか西部連邦人民共和国を打倒するかもしれない。

 けれど、己は英雄の器に非ず。自身の非力さに、ニーダルは歯を噛み締める。

 強ければ、イスカを悲しませることも、オジョー達を苦しませることも無かった。


(だけど、たとえ弱くても、抗わなきゃいけない時がある)


 ここでの負けは、自分の命でとどまらない。イスカの、娘が愛する姉弟達を煉獄れんごくへと引きずりこみ、レヴァティンという炎を得た共和国は、更なる戦火と絶望を拡大させるだろう。だが、何よりも今、ニーダルの胸に宿る焔を燃やすオモイはただひとつ。


「娘の幸せを祈らない親がいるかぁあっ」


 無謀とも言える突進で、すれ違いざまに波と吹雪、青空を描いた式鬼三体を切り伏せた。

 残り十討、短期決戦で成し遂げる。

 翼の助力が無かったとしても、空を駆けることくらいは出来るはずだ。

 全身の血を燃やすかのように、ニーダルは加速し、天へと舞った。


「後輩。自棄ヤケになったか!?」


 式鬼たちも追いすがり、紙武者たちは弓矢をつがえる。

 疲労困ぱいのニーダルは多数の追っ手を引き付けたまま、落葉のように失速……。”追い抜いた”相手を、再上昇しつつ片端から炎と槍で薙ぎ払った。


「木の葉落とし、だとっ」


 それは故国において零式艦上戦闘機が見せたと言われる幻の絶技。

 だが、最高速度に劣るものの機動性に優れる零戦だから為しえたマニューバを、生身の人間で再現できるはずもない。

 十数体を地に落とすものの、瞬く間に多量の兵に食いつかれ、ニーダルは今度こそ墜落した。


(娘の幸せを祈らない親、か)


 覚えていないのかい? と、言葉に乗せず、由貴乃は嘆く。

 赤枝基一郎あかえだきいちろうの両親は家庭を顧みず、市民不在の『市民運動』とやらに没頭し、宗教に没頭した苅谷近衛かりやこのえの母親は、反発する娘をゴルフクラブで殴りつけることをしつけと称していた。

 トタン板で作られた犬小屋に閉じ込める父親。小銭のため娘に売春を強いる母親。そういった輩は、元の世界にも存在した。

 そして、この世界。メルダーマリオネッテは、元は少数民族の売られた子や捨てられた子を集めて組織された。


「生身で空戦機動をやる馬鹿がいるとは思わなかった。だが、お前では無理だよ」


 あるいは、赤枝なら、翼の代わりに手足を用い、やり遂げることができたかもしれない。

 愛と平和を求めるのに共産主義を信奉したり、とかく迷走しがちなだけで、体術の才は群を抜いている。

 そして、高城悠生には赤枝基一郎ほどの体術の才能は無い。彼の美徳や、恐るべき点は別なのだから。


「い、ス、カ……」


 クレーターの底へ再び墜ちたニーダルは、まさに満身創痍まんしんそうい

 紅のコートはズタズタで、肌も朱に染まって、傷だらけの達磨だるまのようだ。折れた骨も一本や二本で済まないだろう。

 それでも、娘の名を呼び、立ち上がろうと、手で土を掻く。


「ふん」


 世に子を忌む親や、親を憎む子はあれど、高城悠生にとって意味は無いのだろう。

 愛情を持って娘に接するのが父親と呼ぶのなら、なるほどこいつは父親だ。

 だからこそ、由貴乃は、許せない。

 なぜ? なぜ? なぜイスカ・ライプニッツを選ぶのか?


「チェックメイト、と言ったところか。後輩、キミは十二分に保護者としての責務を果たした。これからは娘と一緒にわたしの愛玩具として生きるといい。大丈夫だ。これから先は、わたしがお前達を守ってやる」


 血で汚れるのも構わずに、由貴乃は高城の肉体を抱きしめた。鉄サビに似た媚薬のように甘い匂いが、由貴乃を恍惚(こうこつ)とさせる。


「……試合残り時間 11分41秒、22点差。先輩は、…バスケットボールで、ここから逆転できると信じられるか?」


 耳元で囁かれる切れ切れの問いかけにも、いつになく素直に応えていた。


「無理だろうな。わたしがそんなことを許すと思うか」

「俺はあきらめない。試合は続行だ……」

「愚かな後輩。お前だけでこの戦力差を覆せるものか」

「知っている。だから俺の、俺達の勝ちだ」


 ねじまがった指で、穴底に描かれたのは起動のための魔術文字。

 由貴乃が用意した千代紙は三十種。千兵には叶わずとも、魔術によって複製しているなら、文字破壊魔術を使ってその根源を砕けばいい。


「レヴァティン? ……自壊因子を刻んだか!」


 千兵が一斉に焔に包まれて消失する。燃えおちるヒトガタの光に照らされて、紫の賢者は哄笑をあげた。


「アハハハハハハハHAHAHAHAッ」


 そうだとも、紫崎由貴乃は知っている。高城悠生のおそるべき点は、逆境から立て直す決断力と実行力――。


(イスカ。いや、オジョー、いるんだろ?)



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