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第10話 兄妹

10


 増援部隊があっという間に制圧されたのを見て、アカシアに同行した少女達は戦慄した。何なのだろう、あの出鱈目(でたらめ)な強さは。


「ベルはパパより強いから……」


 それって家庭内での立場でしょうか? それとも物理的に?


「パパは、よくかまれてオシオキされるの」


 ……両方だった! 

 空中から十字砲火で飛来する鋼糸を避けて、爆ぜるようにイスカが跳ぶ。鞭のようにしなる回し蹴りが一人を昏倒させ、もう一人は銃剣の柄を胸に叩き込まれて卒倒した。援護の矢はかすりもしない。死を運ぶ女王と揶揄(やゆ)された少女は、天井を蹴り、ガラスを蹴り、次なる矢の狙いを定める隙も与えずに、射手二人を打ち倒す。


「このっ」

「なんでっ」


 少女達はわからない。自分達はこうも弱かっただろうか? 引き金をひく指が震え、ナイフを手に踏み込む足は棒のようだ。心の臓は割れそうに音をたて、喉は焼け付くように渇いている。

 ヨゼフィーヌ曰く、ロゼット達の30%増しの能力で調整された少女達。彼女らとイスカに、それほどの戦闘能力差があるわけではない。少なくとも、ここまで一方的な戦いになることはなかったはずだ。あのアースラ国荒野の戦いの時点では――。

 彼女達の心を縛る呪詛、植えつけられた”神器の芽”は、イスカと紫の賢者によって解呪されている。何も考えず、何も感じず、ヨゼフィーヌの命じるまま、操り人形のように、破壊の力を行使できた少女達はもはやここにはいない。いかに肉体と技量が秀でていても、達の精神は、自らの意思ではじめての初陣を迎える新兵。全力など発揮できるはずもなかった。

 ただひとり、狂信で心を塗りつぶしたアカシアを除いては――!


「こうなったら、お前だけでもっ」


 友軍すら盾にして、放たれるアカシアの鋼糸がイスカのズボンを裂き、赤い血がしぶいた。混戦の中で、冷静に脚を狙ってくる彼女の判断力を、イスカは恐ろしいと思う。えぐられた左腕はすでに感覚がなく、握力もじきに無くなるだろう。もはやイスカには、この戦闘でライフルとしてのベルゲルミルを扱うことは叶わない。

 だから、ミズキといっしょに離脱させた。


(エンジュお姉ちゃんでも、トウジお兄ちゃんでもいい。ベルを地下へつれてってくれたら、パパをたすける力になる)


 その為なら、たとえ自らが朽ちようとも構わない――。

 突き出されたナイフが首元をかすめても、イスカは恐れなく踏み込んだ。別働隊の少女は信じられないものでも見るように目を見開いて、次の瞬間、肘で胸部を打たれて崩れ落ちた。


(あと、ふたり)


「も、もういやだあっ」


 ナイフも石弓も放り出し、残された少女は逃げ出そうとする。イスカに追う気はなく、しかし、彼女はアカシアによって背後から射たれた。


「……っ」

「恥さらしめ」


 何がそこまで彼女を駆り立てるのだろう。イスカにはわからない。


「反動主義者め。西部連邦人民共和国は、世界でもっとも新しい、先端を歩む国だ。われわれのめざす未来の息吹をどうしてお前達は感じられない?」


 血が流れてゆく。赤い、血。


「パラディース教こそ、大陸を統一して人民を幸福に導き、世界に前例のない大衆革命へと遂行していく世界の太陽で、紫の賢者は偉大なる導き手だ」


 紫の賢者が、パパが時々うたたねに語っていたムラサキさんと同じひとなら、すごくオカシイ気がする。


「われわれ劣等民族は、パラディース教を尊び、大衆とともに王国やアメリアを打倒してはじめて、原罪から解放されるのだと、どうしてわからないんだ!?」


 だって、アカシアの言ってることは、ヨゼフィーヌ教官の言葉のまるうつしで、彼女の心も紫の賢者の意思も、ちっともつたわってこなかったから。


「どいて……。手当てしなきゃ」

「必要ない。メルダーマリオネッテは、偉大な使命のために戦い、壊れるのが運命だ」


 イスカは口論が苦手だ。ロゼットお姉ちゃんやナナオお兄ちゃんなら、うまく説明できたかもしれない。でも、できなくても、やれることをやるしかない。マスティマにえぐられ、黒い呪におかされた左腕は盾くらいにはなるだろう。右腕がまだ動くなら、戦える!


「パパが言ってたよ。カクメイだのトウソウだのでひとが救えるか。ひとを救うのはいつだって、この胸に燃える愛だろう! って」


 あの時、パパと向かい合っていた相手がどんな顔をしていたのか、イスカにはよく見えなかった。

 けれど、アカシアの顔はひきつっていて、いまにも泣きそうなくらいにくしゃくしゃだった。


「愛とは、パラディースの教えのことだっ」

「……っ」


 その言葉を狼煙に、アカシアは踏み込んだ。

 地より走る鋼糸がイスカの逃げ場を奪い、閃く魔剣マスティマがのど元を貫く。

 疾走するがごとき、会心の一撃。


「殺った!」


 教官が教えたとおりの行動。身に叩き込まれたそれは、これ以上ないほどに的確なタイミングで。だからこそ、イスカは割りこめた。瞳の動きと呼吸でリズムをはかり、アカシアの意識の空隙を突くように、マスティマを握る手首をしたたかに打ちすえる。

 ヨゼフィーヌ教官ならば届かなかった。けれど、アカシアは彼女じゃなくて、銃剣の柄を首筋に叩き込める隙があった。


「アカシアは、みんなが、”おなじ”じゃないと、いや?」

「そうじゃなければ、あまりにさびしいじゃないか」

「でも、きっとそれは、さびしいよ」


 どさりと、倒れた。血止めの道具はどこにあっただろうか? 先ほど床にばらいた装備を探すと、誰かがアカシアに射たれた娘の手当てをしていた。


「レイジ、お兄ちゃん……」

「アカシアは、優等生なんだよな」


 腰には見慣れぬ片刃の長剣。服を返り血と傷で朱に染めた長兄は、包帯を巻き終えて立ち上がった。

 末の妹を見る。蜂蜜色の髪は汚れ、可愛らしい顔は痣がうき、左腕はアカシアから受けた魔剣の呪いで黒々と染まっている。


「だから、あまり憎んでやるな」


 レイジは、ふと思い出した。

 そうえいば、ナナオが以前こぼしていたっけ。

 王国で、朝礼の時間に駅で政治ビラを撒き、授業の時間にデモで街頭を練り歩き、特定の政党や議員に裏金を渡す教職員組合がある、と。そんな連中に教師をやる資格があるのか、と怒っていた。

 果たして、歴史の教科書が全編嘘で塗り固められた共和国の学生と、王国の学生、どちらが幸せか? なんてらちもないことを考える。


「じゃあ、イスカやレイジ……は?」

「さしずめ不良だな」


 自分で言って、レイジは吹き出した。


「そうだな。教官にとって、おれたち兄妹はきっと不良だ」

「パパはいってたよ。不良はいじめっこをこらしめたり、悪いセンコーと戦ったりするオトコのロマンなんだって」

「そうか。だったら、おれは不良にも…なれなかったんだな」


 紫の賢者に服従し、ロゼットを撃ち、フジをネムをイッパチを、ナナオを斬った。


「ミズキはどうした?」

「ベルがつれてった」

「そうか……」


 白兵戦ならばロゼット。射撃戦ならばミズキ。瞬発力ならトウジで、状況判断ならばナナオ。けれど、おそらく最も”殺しの才能”に恵まれたのは、イスカだろうとレイジは思う。


(だからこそ、ニーダルさんは与えたんだろう。己が狂気に飲まれたとき、イスカが自分を殺せる武器を。そして、他の誰かを殺さずに征するための手段を)


 紫の賢者と接触することで、今まで形にならなかったニーダルの本心の一端に、レイジは触れた気がした。酷い矛盾だ。殺すための刀と、生かすための剣が両立してしまうのだから。


「一人の悪に依りて、万人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして万人をいかす、是等誠に、人をころす刀は人をいかすつるぎなるべきにや」

「レイジ。それ、なにかのオキョウ?」

「おれの怨敵で、師匠にあたる女が教えてくれた言葉だよ。ひとりの悪党のせいで多くの人々が苦しむとき、そいつを討つことで万人が救われる。ならば、その時、人を殺める刃は、万人を生かすための剣となる」


 誰かがやらなければならないことが、ある。綺麗ごとも何もかも通じない修羅道において、善意が意味を成さない苦界において、その乱世を終わらせる力が必要だ。


(叶うなら、おれにパラディース教団を討てる力が欲しかった……)


 そんなものはない。レイジも、あの憎くて愛しい女にも、紫の賢者にも、ニーダルにだってありはしない。それでも、いつかと願いを託そう。だれかが、この悲しみに満ちた国と世界を変えてくれることを――。


「よくわかんないよ……。パパが悪?」

「違う。ニーダルさんは、もうすぐ変わってしまうから。イスカ。君の父親はいなくなる。ニーダル・ゲレーゲンハイトは消えて、紫の賢者の犬になる。嘆くことはない。なにも変わらない。ただあり方が変わるだけだ」


 なにが嘆くな、だ。そんなことをおれ達姉弟の誰が望むものか。彼の愛情を一身に受けた愛娘が、どうしてそれを認めるものか。


「イスカ。おれは、ロゼットを殺した。フジも、ネムも、イッパチも、ナナオもだ。エンジュも、トウジも逃さない。ミズキも。おれ自身の夢のために、おれ自身の願いの為に殺す! わかるだろう?」


 イスカの気配が変わった。戦いの熱気は薄れ、兄妹間にあったわずかな温もりも霧散し、広がってゆくのは静かな殺気……。そうだとも、イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイト。


「おれが、悪だ」


 宣戦はここに布告した。レイジは走り出す。

 愛刀はすでに鞘に納め、抜き撃つのを待つばかり。

 イスカもまた姿勢を低くして、両手の銃剣で迎撃の構えを取っている。

 ベルゲルミルがいないのは残念だが、相手にとって不足はない。


(あの女が、コーネ・カリヤスクが探しているのはニーダルさんだ。教えて欲しい。コーネとの戦いで得た力、このおれの業と、コーネが憧れた男の娘、イスカの技。果たしてどちらが勝るのか)


 目指したものは最強の剣。

 振るえば、いかなる敵をも葬る致死の一手。

 コーネの故郷の伝説に曰く、その太刀は、こう呼ばれるという。一の太刀ひとつのたちと。

 その境地には遠くとも、渾身の剣撃に天破の意思をこめて、レイジは地を大きく蹴る。


「佐々鞍流抜刀術奥偽(ささくらりゅうばっとうじゅつおうぎ)ッ 夢想剣(むそうけん) 夜古雲(よこぐも)


 イスカはレイジの斬撃に反応すら出来なかった。

 至近に踏み込まれた彼女は、迫る横薙ぎの刃を左手の銃剣で防ごうとするも押し切られ、横腹から鮮血が吹きだした。身体の均衡を崩しながらも、トドメとなる次の一撃、中段からの刺突を捌いたのはさすがという他ない。けれど、わずかに軌道を逸らすために右の銃剣を弾き飛ばされ、いまや無手の死に体だった。


(ナナオ、見事だった……!)


 鋼糸で裂かれた脚の激痛に耐えながら、レイジは薄く笑う。

 刀を抜かせるというナナオの対策は、正鵠(せいこく)を射ていたのだ。


 鞘にまとうことで、間合いを隠す。

 最後の一足を蹴り、踏み込みの距離を伸ばすことで相手の間合いを狂わせる。

 短い横薙ぎに加え、更なる突きを重ねることで、命を絶つ。


 三重のフェイクに隠した一撃こそ、レイジの切り札。

 殺めることこそ叶わなかった。だが、二本の銃剣を失わせた今、レイジの勝利は揺るがない。


(え?)


 イスカの身体が沈む。

 伸びた左肘がレイジの顎を撃ち、一瞬、意識が断ち切られた。

 次にイスカを視認したとき、彼女の右手には三本目の剣が握られていた。


(……おれの倭刀)


 そう、三本目は、ここにある。


 反応できなかったのではない。斬られたのでもなく、斬らせたのだ。

 すべては、相打ちに持ち込む為に! 

 イスカが剣を振り下ろし、胸に走る熱い痛みが、レイジの意識を断ち割った。


「レイジは悪じゃない。お兄ちゃんだよ……」


 義妹の言葉に応えられなかったことだけが、残念だった。


(30分の約束は守り抜いた。おれはここまで。ごめんな、ロゼット。あとは、まかせた……)





「託されたから、と言ったのですわ」


 ロゼットが構える長銃から放たれる徹甲弾が、地下を守る棺桶型ゴーレムをまとめて貫いた。


「フジ、ネム、ナナオ、カズヤ。そして、アンズ、ミズキ、レイジ。妹と弟の願いと一緒に、ワタシはここにいるのです」


 黒褐色の髪が踊り、アンチマテリアルライフルが火を吹く。込められた意味は、対”魔術文字”狙撃銃らしいけれど、対物狙撃銃という訳し方もできるらしい。


(確かに、ただの人間相手にはオーバーキルですわよ)


 再生能力をもつ遺跡の怪物や、強固な魔術防御を有する盟約者相手でさえも損傷を与える魔銃は、ホテル地下を守る防衛機構や機械兵士を片端から粉砕して見せた。

 ホテル地上部を制圧し、地下まで進攻したロゼット率いるメルダー・マリオネッテの前に、ゴーレム隊を率いて立ちはだかったのは、アサガオの浴衣を着た少女、ノーラの幻影だ。


「肯定します。あなたがここに来た理由は認識しました。しかし、理解不能です。なぜ、なぜ福音をこばむのですか? ロゼット・クリュガー! もしもニーダル・ゲレーゲンハイトをマスターが奪うと思っているのなら、それはあさはかな誤解です。マスターは、ニーダルに焦がれる貴女をゆるして、愛してくださるのに」

「そうでしょうね」


 能面のような顔で、しかし、はっきりとした意思をこめてにらみつけてくるノーラに、ロゼットは微笑みかけた。

 ミズキの撃った催眠弾のおかげで、30分も寝かされて、おかげで目が覚めた。アンズ、レイジ、ミズキ、アカシア。あの子達を受け入れる紫の賢者の器は、並大抵のものじゃない。なんて情け深い女性ひとか。


「きっとワタシがニーダルさんといちゃいちゃしても、まるでペットがじゃれあうのを喜ぶように、見守ってくれる」

「それのなにが不満なのです?」

「ワタシが勝手にあの人を好きになったんです。紫の賢者のゆるしなんて要りませんわ」


 危険な女だ。と、ノーラは納得した。この女は養女でも無いくせに、ある意味で、あの男と同じものを見ているのだから。

 人はエデンを追われてこそ人だ。……そんな許しがたい言葉を口にしたニーダルと。


「報われない愛です。あなたはメルダーマリオネッテ。共和国の保有する人間兵器の一体に過ぎません。ニーダル・ゲレーゲンハイトもまた、そのように理解しているはず。彼の興味は娘にだけ集中しています。あなたなど、娘の付属物でしかありません。誰にも祝福されず、許されない愛情。紫の賢者のゆるしだけが、あなたの望みを成就させ、楽園での安息をあたえるのです」

「そうですわね。一番愛して欲しいなんて、わがままは言いませんわ」


 ……本当は、腹立たしくて嫉妬の炎が天まで燃え上がっちゃったりするけど、ノーラの言うとおり、ニーダル・ゲレーゲンハイトにとって最も大事な存在はイスカだろう。愛娘のおまけそのいちが、あとから頑張ったって逆転できるかどうか、ロゼットにも自信は無い。


「でも、イスカの慕情や、ワタシの恋心さえも飲み込んで、あの人の一番になろうなんて、ムシが良すぎます」


 あのひとが振り返らないなら、振り向かせるまでのこと。彼自身を変えようなんて乱暴をみすごせるはずもない。


「アースラの荒野で救っていただいた紫の賢者には感謝しています。ですが、ワタシ達の恩人を壊そうとするのなら、ワタシは貴方達を止めます」

「意味の無い戦闘です。あなたの願いを叶えてくださる紫の賢者にどうして刃向うのですっ!?」

「ノーラ。恋は、叶えるものですわ。恵んでもらうものじゃないんです」


 ロゼット・クリュガーの返答が、はるか遠いキオクを思い出させた。


『与えてくれなんて、いつ言ったぁ……』


 ザリザリと、ノーラの思考をノイズが走る。

 楽園ではなく荒野へ行こう。

 エデンを知らないのではない。知っていてなお、背を向けるのだ。

 千年前の”あのさんにん”のように!

 すべてを許し子宮(胎)に留めようとする太母の愛を拒み、苦界へと生まれ出でようとする子供達――。

 胸をはりさかんばかりの激情を留めるように、ノーラは呟いた。


「ゆるさない。ゆるさない。おねえちゃんをきずつけようとするものは、ぜったいにゆるさない」


 紫に輝く魔法陣が地下に描かれ、小さな人型の機械人形が飛び出して来た。

 アルコーンtype01、試作型の憑依端末だ。


「智恵の実を求め、私とマスターの楽園を荒らす蛇よ。我が天罰を受けなさい」


 ノーラの幻影が機械人形に吸い込まれ、手のひらから深紅の閃光を放った。

 半壊した棺型ゴーレムをまとめて蒸発させた赤い一撃は、ロゼットの銃が撃ち出した一発の弾丸によって消失した。


「文字破壊魔術?」


 失われたノーラの記憶領域。けれど、かすかに知覚できる情報がある。

 あれを使えるものは、そう多くない。古代において神族を騙った数名の魔術師、そして、彼らの支配に反旗を翻したノーラの姉と――。


「ベルゲルミルっ、貴女は何をやっているのです?」


 ――姉が遺した契約神器だけ。


「あえて言うなら、姉妹喧嘩ですよ。ミーミル」

「私の姉はおねえちゃんだけ。貴女は違うっ」

「ええ、ノーラ・ドナク。でも、ミーミルは、私の妹です」


 ノーラが動かすアルコーンが深紅の刃を手に生み出して切りかかるも、氷をまとったロゼットの槌が容易く受け止める。

 けれど、それは予測していた事。膝から砲口が飛び出し、散弾ががらあきの腹部を狙い、――撃ち出す間もなく爆発した。


 ロゼットが手にしたものは、槌だけではない。

 第六位級契約神器エルヴンボウ。……否、かつての力を取り戻しつつある元第二位級契約神器ベルゲルミルだ。


「ベルさん。あの筐体(きょうたい)、どれだけ頑丈なんです?」


 正確に徹甲弾で撃ちぬいたにも関わらず、アルコーンとかいった人形兵器の損傷は砲口だけ。脚どころか、膝も支障なく動いているようだ。


「仮にも第二位の付属兵器。少々荒っぽい戦闘でも壊れませんよ」


 そもそもロゼットは正式な盟約者マスターではなく、借りているだけに過ぎない。

 とはいえ、全力を出せないのは、意識の一部を飛ばしているミーミルも同じだ。


「ロゼット。ここは花道です。存分に魅せてあげなさい」

「ヤー(了解)」


 アルコーンの手首が外れ、腕に仕込まれた砲口から、深紅の光が雨あられとロゼットに降り注ぐ。だけど、こんなもの、怖くない。


「楽園? 蛇? 知ったこっちゃありませんわ。ワタシの恋路を邪魔するヤツは」


(――大切な弟と妹達を弄び、傷つける悪党は)


「馬に蹴られて地獄へおちろですわっ」

「地獄からの死者が言う!」


 火花を散らす槌と鋼の腕。

 そして、舞台は、静かに終演へと加速する。

次回は、再び道化師vs賢者です。

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