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第八話 ラヴ・デスティニー


「楽しい。楽しいぞ、後輩殿。こんなにも楽しい舞踏は久しくなかった」


 紫の法衣を揺らめかせ、豊満な胸部を弾ませつつ、由貴乃は情熱的にステップを踏んだ。

 部室のイミテーションは広大なダンスホールに姿を変えて、演台では千代紙(ちよがみ)で折られた雛人形ひなにんぎょうの楽団がバイオリンやコントラバスを奏でる中、武者人形の兵団が小銃や、迫撃砲、カノン砲で浴びるほどの銃弾と砲撃を放った。

 由貴乃が創り上げた悪趣味かつ混沌とした戦場を、ニーダルは動揺することもなく一直線に駆け抜けてくる。

 多数の使鬼シキによる面の制圧射撃。銃弾と砲弾は、紫の賢者の神器によって無限供給され、尽きることはない。


「先輩、アンタはこの世界を、この世界の戦闘を……知らない」


 もしも、ここがチキュウならば、オーバーキルもいいところだろう。けれど、ここは、魔法だの契約神器だのが大手を振るう異世界だ。

 銃より石弓が戦場の主役となる世界で、19世紀末の長銃や組立式火砲のイミテーションを作ったところで、ニーダルを仕留める事などできはしない。


「キミこそ、女二人でこの魔境を生きる意味を……知っているか?」


 迫撃砲から上方に射出された(たけのこ)に似た榴弾りゅうだんがざくろのように割れて、誘導された破片が、ニーダルを目指して降り注いだ。

 雷や炎を帯びた銃弾は宙を裂いて逃げ場をふさぎ、砲弾は悪夢のように精密な照準と正確な軌道で標的を穿ち抜く。

 迫撃砲は命中率が低い? 艦砲は遠方の敵を狙い打つもの? それはチキュウの常識だ。

 かつての世界の知識を、この世界の技術で再現し応用すれば、双方の世界に無かった力を得ることが可能だ。

 そうして、由貴乃とノーラは、共和国という地獄を生き抜いてきた。そうしなければ、生きられなかった!

 鼓膜を破るほどの雷の音を響かせて、砲弾が衝突する。


「フ、フ、……」


 ――捻じ曲げられた。

 ニーダルは、飛来する砲弾の軌道を槍で逸らして追突させ、衝撃で降り注ぐ破片を逸らし、弾雨を潜り抜けた。


「ここは、神話のセカイか」


 多数の一般兵を相手取る戦場ならば、由貴乃の勝利は揺ぎ無かったはずだ。

 されど相手は英雄エインフェリアル……。一騎当千、万夫不当の力を持つ盟約者を、契約神器の使い手をことごとく退け、打ち倒してきた怪物。


「時間加速――っ 時間減速――!」


 由貴乃は、ニーダルの周囲の時間を遅らせ、護衛のシキ、鴉や馬の時間を早めた。

 けれど、間に合わない。彼の二の腕をわずかに引き裂くも、鴉はひと突きで胴を貫かれ、馬はひと振りで首を落とされる。


(10年。よく鍛えたものだ)


 由貴乃の胸に、愛しさがこみ上げる。

 かつての彼は、誠実さだけがとりえの白色シロに過ぎなかった。けれど。鮮血を散らしながら燃える瞳で己を追う彼は、紛れもなく紅色アカが似合っている。

 張り裂けそうな歓喜に肉体を震わせながら、無数の千代紙を投げ、変じた使鬼シキは十二。

 大鳥や蛇や亀や虎や少女や貴人の姿を模した十二体の紙人形は、ニーダルは爪で裂き、尾で打ち据え、牙で抉り、刃を突き立てて蹂躙する。


「っ、雑多すぎるだろぉうがっ」


 全身を刻まれながらも、ニーダルは紙人形達を抱きしめ、火の魔術文字を綴って己もろとも火に包んだ。


「任せる、ノーラ」

「肯定です、マスター」


 反撃の隙など与えない。十二の式鬼と燃え落ちる、くれないの外套を着た戦士を、ノーラが抱いた砲口からほとばしる閃光が直撃した。

 焼かれて虫のように落下する燃えカスに、由貴乃が操る武者人形が殺到し、銃と刃を突き立てた。


「すまない。気が利かなかったようだ。同じ十二なら天将よりも”いもうと”の方が良かったかね?」


 こめかみに手をあてて嘆く紫の賢者の目前で、ニーダルの血と火傷痕(やけどあと)で赤黒く染まった腕が一閃し、襲い来る紙人形をなぎ倒す。


「全国の実妹もちの兄貴がこういうぜっ。一二人も妹がいたら胃に穴があくってなあぁ」

「撃ちなさいっ」


 由貴乃の妹分こと、ノーラの指揮の元、銃砲隊が弾雨を浴びせかけ、焼け焦げたニーダルは、血を散らしながらもホールの床を蹴り、上空へと離脱した。

 彼が投じるは三日月十文字槍。銃砲隊の中心へと突き刺さった槍は、焔を走らせて魔法陣を創り上げ、火柱と化した。

 圧倒的な火勢の前に、紙人形と砲器類は次々と火が回り、あるいは誘爆する。


「素晴らしい。火祭りというものは、わたしの心を躍らせる」


 紫の賢者が水晶を手に掲げると、ダンスホールはどこか見覚えのある、夜の校庭に早変わりした。

 ニーダルは目に流れこんでくる血を拭い捨てながら、胸の痛みを実感した。


(…この祭。俺は覚えちゃいない。覚えちゃいないが、なにかが許せねえ)

(そう。その目だよ。わたしを見ろ。足りない。足りないんだ)


「まるでロキというよりヴォーダンだな。焔の城壁を築いてまで、馬鹿娘達を守ろうとする」

「俺の娘とあいつの姉兄を馬鹿呼ぶな。先輩みたいな浮気者に、大事な娘と姉兄ををまかせられるかっ」

「ならばキミの手で散らせばいい。その腕で抱けばいい。イスカやマリオネッテだって拒むまい?」

「俺はあいつの親父だッ!」


 切り札を封じられ、武器を放り投げ、満身創痍(まんしんそうい)の徒手空拳で駆けてくる後輩の姿に、由貴乃は淡い憐憫(れんびん)を覚えた。


(哀れだ。哀れだよ。ロゼット・クリュガー。キミがどれほど慕おうと、この男にとってのキミは、どこまでも”娘の”姉だ)


 凡てを愛するとは、凡てを均等に扱うということ。

 敵も味方も何もかも、等しく同じ価値しかもたない。

 わたしはこの校庭を愛していると言われ、土の一粒として扱われ、悦ぶ女がいるものか。


 この男は傷ついたものを救うだろう。苦しむものがいれば手を差し伸べるだろう。

 善良だから。善人だから。ひょっとしたら男のロマンだか、男の道だとかかもしれないから。


 ニーダル・ゲレーゲンハイトにとって特別な存在は、亡き恋人(レイチェル)であり、今を生きる養娘(イスカ)だ。


(ロゼット・クリュガー。機会はくれてやった。告白でも、色仕掛けでもいい。再会の瞬間に手を掴めなかったのが、キミの弱さだ)


 卓越した戦術の才を持ちながら、戦略を考えられず、機を生かすこともできない、いまだ未熟な小娘。そんなぽっと出の雌ガキにさらわれては、わたしや近衛の立つ瀬がない。


(待つ女の役回りなど御免だ。わたしは染めるっ支配するっ! 高城悠生(たかしろゆうき)を、苅谷近衛(かりやこのえ)を、赤枝基一郎(あかえだきいちろう)を、そらを、美鳥みどりを、蔵人くらうどをっ)


 水晶球が紫に輝き、ニーダルが打ち倒した使鬼の兵団が再生する。


「なぁっ!?」


 そればかりではない。

 由貴乃の手から放たれた、無数の千代紙が自動的に折られ、寄り集まって増殖を続けた。

 校庭を埋め尽くす兵、兵、兵。千兵対単騎という圧倒的なまでの彼我戦力差がここに実現した。

 絶対の優位は変わらない。ニーダルが折れぬというのなら、彼の心根ごと飲み干そう。


「わたしは大海となる。わたしはキミを、キミの娘と姉兄を愛している。ともに七つの鍵を掴み、永劫となろう。――勝つのは、わたしだ!」





「――勝つのは、おれ達だ」


 いまや戦場となったホテルの部屋、傷だらけになった畳を、赤い血が染めてゆく。

 ロゼットの代行として指揮をとっていたフジとネムは、強襲して来たレイジによって斬られ、重傷を負っていた。

 彼の姿が見えないと引き返したナナオ達は、間に合わず、事態は終わった後だった。

 メルダーマリオネッテ、男子組最上位ナンバーを務める少年は、仲間の、妹の血を吸った片刃の剣を羊皮紙で拭い、鞘に収める。


「レイジさんっ、アンタってひとはっ!」

「よせッカズヤッ」


 ナナオの制止を振り切り、同行していたイッパチがナイフで斬りかかる。レイジは敵を前に武器を仕舞うという傲慢を見せた。

 姉の仇を討てるチャンスは今しかない。そう、イッパチが判断したのは当然で――。

 誘ったレイジが鞘より刃を奔らせ、一文字に切り捨てたのも当然だった。


「カズヤ。ばかやろうっ」

「…イッパチじゃない、カズヤっす…あれ…」


 呻くようにして、カズヤは倒れ、動かなくなる。


「どうしたナナオ。お前は斬りかかって来ないのか?」


 長い前髪の下で、レイジが冷笑を浮かべる。

 彼の手には、どこかニーダルの三日月十文字釜槍に似た意匠の長剣。


「レイジ、これは、なんで?」


 努めて冷静になろうと心がけるナナオだったが、うまく言葉が繋がらない。


「この剣か? こいつは、倭刀わとう。こ…、紫の賢者の世界にあるというニホントウの贋作がんさくだ」

「そうじゃないっ」

「なんで裏切ったか、か。ナナオこそ、なんでそっちにいる?」


 広がってゆくフジ、ネム、カズヤの血。焦りでナナオの思考はむちゃくちゃだ。どうしてこうも、レイジは落ち着いていられるのか。


「ロゼットの、俺の姉弟達のために決まっている」

「だから聞いているんだ。ロゼット・クリュガー。おれ達の姉が、あの恋に目が眩んだ女が惚れ込んでいるのは、ニーダル・ゲレーゲンハイトだ。お前じゃあない」


 レイジの指摘は刃のようにナナオの胸をえぐり、傷を開いた。そうだ、ロゼットが、恋に恋する馬鹿姉が見ていたのは、いつだってニーダルだ。彼女の瞳にナナオが映ることはない。


「ナナオ。お前の任地は王国だったな。おれはイシディアだ。テロリストの下請けとして、最低の戦場でおれの手を汚しながら、ずっと考えていた。おれたち姉弟は、おれが生み出す”新しいおれとおれの兄妹”は、どうして苦しみ続けなければならないのか。考えてみれば、答えは単純なことだったよ」


 瞳を閉じて、諦観さえ漂う静かな口調で、レイジは自身に問うように告げた。


「レイジ、それは」


 ナナオだって薄々と勘づいている。

 疑うな。考えてはならない信じろと強制され続けた。事実よりも幻想を、現実よりも共和国を尊べと、そうでなければおかしいのだと刷り込まれた。

 あらゆる情報は教団によって規制され、都合よく改ざんされ、悪いことは他国のせいだと、教団は民にとって善なるもの美しいものだと思い込まされた。 

 でも。


「おれ達の、俺たちの祖先から土地を奪い、文化を奪い、国を奪って膨張を続けているのは、何だ?」


 今存在する本当の侵略者は。邪悪は、どの国だ?


「西部連邦人民共和国は腐りきっている。じきアメリアに継ぐ世界第二位の経済大国になろうというのに、人口のわずか数パーセントに満たない、パラディース教団幹部だけが、富の90%以上を奪って独占している。大勢の人民を、おれ達のような人間とさえ認められないドウグを踏みしだいて膨らみ続けることが、歪みでなければなんだ? この歪んだ世界にいる限り、おれ達姉弟に幸せは、ない」


 錆付いた鉄に似た血の匂いが、甘く重くナナオの鼻腔(びこう)をくすぐり、脳髄(のうずい)を痺れさせる。


「今世界を覆いつつある魔道汚染。最大の汚染国は、西部連邦人民共和国だ。次ぐアメリアとあわせて、4割。世界最高水準の経済力と軍事力を持ちながら、後進国だから汚染を止める必要はない、なんて酷い言い草だろう?」


 人民の生活水準が向上しないのは、インフラの整備が整わないのは、環境への汚染を止めようとしないのは、政府パラディース教団が”そのように”望んでいるから。汚染を撒き散らしながら、悪いのは他国だと、先進国や王国だと責任を転嫁し、人民を騙し、汚染に拍車をかけているから。


「そうだ。誰もが気づいている。誰もが気づきながら、口をつぐむ。西部連邦人民共和国を、パラディース教団をどうにかしないと、この世界は黄昏へと沈む。仕方が無いさ。なにせ共和国の軍事力は世界最高峰だ。血に飢えた狂犬を止めようとする国などいるものか。でも、そこに住むおれ達はどうなる?」


 レイジの激昂は、悲鳴のようにナナオの胸を打った。


「変化が必要だ。変革が必要だ。この国を変え、世界を変えよう。

 人間ではなく、ドウグとして望まれ、ドウグとして育てられ、ドウグであることを強いられたおれ達の手で。

 紫の賢者はそのための力を貸してくれる。七つの鍵をおれ達の手で掴み、虹の橋の向こう、誰も見たことの無い新しい世界を見よう。

 国を救い、世界を救い、おれ達の未来を切り開く。それこそが、おれ達姉弟の最高の幸せだろう?」


 変化、変革、新しい世界。レイジの言葉に、ナナオの心が躍る。 

 この世界で、誰でも知る御伽噺、七つの鍵と呼ばれる神器を得て世界樹に至れば、あらゆる願いが叶うという。

 レイジがにこやかな笑みを口元に浮かべて、手を差し伸べてくれる。

 差し出された彼の手を、ナナオは――。


「レイジ兄貴。あんたいつから詐欺師になった?」


 ――はねのけた。

 鋼糸を繰り、問答中に糸で作り上げた治癒の魔法陣を発動させる。フジも、ネムも、イッパチも、これで命を取り留めることだろう。

 ついでに、隅に転がっていたちゃぶ台を投げつけたが、、レイジはわずか一歩で避けて当たらなかった。

 それは、いい。ガラスを破って、新鮮な空気が入り込み、混濁(こんだく)していた意識が少しクリアになった。


(香を焚いていたのか。手段を選ばない、合理的な策だ)


 ナナオは鋼線を繰り、蜘蛛の巣のように廻らせて、迎撃のための陣地を築き上げる。


「そうだ。俺たちは生きている限り、共和国と相対し続けなければならない。レイジの言っている事は正しい。正しいけれど、続ける場所がめちゃくちゃだ」


 たとえば、『知性ある海の生き物の命を守ろう』というスローガンには一定の理があるだろう。だからといって、漁船にボウガン撃ちまくりながら武装船で体当たりを敢行するのは、ただの”ひとごろし”だ。『知性ある海の生き物の命>>(超えられない壁)>>人間の命』とは随分と狂信的かつ差別的なヒエラルキーだ。


 あるいは、『無駄をなくそう』というのは実にまっとうな政治テーマだろう。が、発言力の弱い人々の予算をごっそりと奪って首をくくらせ、外国や在留外国人にばらまいて予算と借金を膨れ上がらせたなら、どう考えてもあべこべで、無駄を増やしている。


 もしくは、『官僚支配を打倒し、新しい政治体制を作ろう』と言い出す政治家がいたとしよう。政治家がプランを練っても、実際に手足となって働くのは、官僚達であるわけで、……他国の指導者からすれば失笑ものの喜劇役者かもしれないが、政治哲学としては意味があるのかもしれない。けれど、口ではご立派な言葉を論じながら、行動では官僚組合の意のままに、金をばら撒き権力を専横し、まっとうに働く他官僚の首をはねていったなら、そいつは官僚組合の犬ころ以外の何者でもないだろう。


 任地の王国で、パラディース教団の末端として、ナナオはずっとそういった光景を見ていたのだから。


「おれ達姉弟の最高の幸せだ? 俺達の恩人を売り、ロゼットを撃ち、ミズキ姉を捨石同然にイスカにぶつけて、フジを、ネムを、イッパチを斬る。ふざけるな。レイジのやっていることはめちゃくちゃだッ」


 思考を停止するな。思考を放棄するな。嘘っぱちの夢想はいらない。

 世界だの未来だの、耳触りのよい言葉に誘われ、変わる、変えられる。と煽てられ、地獄行き列車という最悪のレールへとのせられてはたまったものじゃない。


 『変わること』には違いが無いだろう。けれど、『不幸な未来に変わること』なんて、俺達は望んじゃいない。七つの鍵を手に、紫の賢者が、レイジが創造しようとする未来が、幸せに繋がるなんて、とうてい思えない。それに、何よりも、絶対に許せないことが、ある!


「俺のことはいいんだ。ロゼットが振り向いてくれなくても、あいつの一番傍で、あいつを支えて、あいつを応援して、あいつを一番大事に思っているのは、この俺だ」


 本音を言うなら、ニーダルさんに振られたところを、一番近くでつけこもうかななんて邪心もちょっぴりあったりはするのだけど。


「そんな俺の一番大事な女を、あんたは撃ったんだよ。あんたの手なんて、つかめるわけないだろうッ」


 ナナオが鋼糸を奔らせる。レイジに向け、鋼線の津波を、四方八方から畳み掛けた。


「ざーんねん」


 レイジの倭刀とかいった片刃の剣が閃く。快刀乱麻(かいとうらんま)といえば聞こえがいいが、己の最大の攻撃が切り伏せられていく様は、ひどく背筋に寒い。


「トウジならいいくるめられただろうに、ナナオの隠している熱血を甘く見ていたかな」


 レイジは優秀だ。

 ロゼットが、戦術指揮と白兵戦において最も秀でていることは、メルダー・マリオネッテの誰もが認めることだろう。

 ミズキがコンディションに左右されることがあっても、石弓や火器の取り扱いに随一の冴えを見せることに、弟妹達の誰も異論が無いに違いない。

 そんな強すぎる姉妹に挟まれて、二番手に甘んじて、けれど、レイジが二人に劣ることはまったくない。

 故にこその男子組最上位ナンバー。おまけに変な武器と戦闘法まで手に入れて、強さに磨きがかかっている。

 イシディアの任地でどうのと言っていたが、そこで手に入れたのだろうか?


「でも、どーすんだ、ナナオ? トウジならともかく、お前じゃおれは倒せない。万全の調子でもそうなんだ。女子にしばかれて傷だらけのその体。お前の糸は、おれには絶対届かない」


 ナナオが創り上げた鋼糸の渦をことごとく斬り払い、再びレイジが刃を鞘に納める。

 戦闘放棄ではない。最良にして最速の剣を振るうための準備だ。


「届かなくても届かせる」


 ナナオの指が、糸を弾く。


「ハッ」


 レイジが踏み込み、鞘から刀身がこぼれ、輝く。


 その瞬間。ガゴーン!、という音を立てて、天井から金ダライが落ちた。


「……」

「……」


 当然のように金ダライはレイジに当たらなかったし、迎撃に転じようとした倭刀もナナオに伸びず中途で止まっていた。


「おい、ナナオ、これはなんの冗談だ?」

「抜いたな」


 イッパチを仕留め、鋼糸の結界を断ち切り、おそらくはフジとネムを倒した、レイジの剣。

 恐るべきは、その初太刀。見えないのだ。鞘に包まれているから、頭や首を狙って切り上げてくるのか、胴を狙って薙いでくるのか突いてくるのか、脚を狙って切り下ろしてくるのか、初見ではさっぱり掴めない。逆に言えば、抜かせてしまえば、対処法はある。

 天井が割れて、三つの影が降りてきた。


「悪いな旦那。俺はアカシアと違って、アンタ達のやり方が気にくわない。ニーダルさんに勝ち逃げされても困るんだよ。だから、こっちにつかせてもらう!」

「エイスケ、かっ」


 別働隊男子組のナイフを倭刀の鍔元で受けるレイジには、先ほどまでの精彩はない。

 ナナオの最強技と、大量の鋼糸を犠牲に探り当てたもう一つの特性。

 レイジの使う戦闘法は、どちらかというと一対一向け。奥伝(おくでん)絶招(ぜっしょう)は知らないが、対多数を目的とした武術じゃない。

 本来は、平時における威圧やけん制。あるいは、ニーダルさんとは別種の無手格闘術の、補完手段として練られたものではないだろうか?


(フジとネム、イッパチが戦闘不能になった今、割ける戦力はこれが限界。トウジ、エンジュ、イスカ、ベルさん、あとは頼んだ!)


 もしも万全の体調なら、エイスケはレイジとも渡り得る技量の持ち主だった。

 だが、傷だらけの身体では、三人がかりで互角にもちこむのが精一杯だ。


「レイジ。そのすました面、ぶん殴って、目醒まさせてやる」

「ナナオ。お前さ、本当にあの人の弟子だよッ」


 笑うレイジの顔は晴れ晴れと満足そうで、だからこそナナオはコブシを強く握り締めた。

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