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第一話 プロローグ/歯車

 ロゼット・アインスは、懐中時計を開けて、歯車を見るのが好きだった。

 以前の持ち主に似合わない、薔薇(ばら)の彫刻があしらわれた銀の外蓋を開けると、硝子の文字盤が彼女の顔を映し出す。

 アップスタイルにまとめて二つのおさげに分け、両肩に垂らして巻いた黒褐色の髪は土埃で汚れ、冷たい面差しと翠玉色の瞳は、困惑の影を帯びて精彩を欠いている。

 まるで捨てられた子犬のように、寂しげな表情。

 これでは、いけないと、深呼吸を繰り返す。

 文字盤の下では、複数の歯車がかみ合い、廻っている。

 歯車は、迷わない。疑わない。

 ただ己の成すべきことを果たし、己がすりきれるまで天命を全うする――――。

 そこには、ロゼットの理想が、信じる完全があった。


 リューズを引いて時刻を合せ、ぜんまいを巻く。

 きりきりと胸がきしむ音がする。

 手が恐怖に震え、心臓が不規則に脈打つ。

 狂ってしまったのは、いつからだろう?


 わかっている。

 あの日、あの時、あの男に出会ってから。



七つの鍵の物語 -人形-



 ミッドガルド大陸南部にある、中東海諸国は、魔道文明を支える燃料、魔法石を掘り出す貴重な地域だ。

 苛酷な環境から草一本生えぬ荒野では、魔法石の鉱脈を巡って、各国の陰謀が渦巻いている。

 そして、掘り出した魔法石を運ぶ海上交通路(シーレーン)もまた……。


 復興暦1113年/共和国暦1007年、若葉の月(3月)10日目。

 ロゼット達、『メルダー・マリオネッテ』は、故郷である西部連邦人民共和国を離れ、大陸南部にあるアースラ国へとやってきた。

 統率者ドクトル・ヤーコブから受けた指令は、西部連邦共和国が支援する反政府海上義勇兵団に、魔術武器や法術弾薬を届ける商人を護衛せよというものだった。

 仕事はつつがなく終わり、義勇兵団の根拠地で一泊の休みをとったのだが、運悪く近隣都市の開放に出かけた兵団の一部隊が、アースラ政府軍の駆逐艦に尾行されたのだ。

 戦闘が始まった。義勇兵団は手に手に石弓や槍などの武器をもち、村の高台から火矢を放った。歴戦の海の猛者達だ。たとえ陸戦であっても、彼らの強さは十全に発揮されるだろう。

 同行していた西部連邦共和国の商人達は、軍需物資を積んだ荷車と一緒に、すでに陸路で村から逃げていた。正規軍と違って、義勇兵団は護るべき拠点を持たない。支援者が居る限り逃げれば、いつまでも戦い続けられる。それが、彼らの強みだった。

 ロゼット達は、商人や義勇兵団が逃げる時間を稼ぐため村に残った。殿軍(しんがり)を勤め、少数精鋭でかく乱するには、ロゼット達『メルダー・マリオネッテ』がうってつけだった。むろん、彼女達だけではない。義勇兵団によって悪しき政府軍の支配から解放された村々の少年少女たちが、広場に集められ、注射を打たれた。

 骨と皮のようだった手足が膨れ上がり、瞳から迷いが消える。小さな身体を黒い魔方陣に包まれて、まるで獣のように四つ足で跳ねながら、彼らは政府軍の駆逐艦から()ぎ出す揚陸(ようりく)ボートに突撃した。

 揚陸ボートに乗った兵士達が石弓を撃ち出して、少年少女たちの身体に矢が突き刺さる。でも、止まらない。蒼い海に黒々とした血の跡を遺しながら、彼らはボートに取り付いて、……爆発した。


 驚くことはない。

 彼らもまた、『メルダー・マリオネッテ』と同じ、ドウグだっただけのこと。

 違うのは、純度と錬度だ。

 ロゼット達は、数百体分の未完成だったドウグを淘汰して生き抜いた、高級な二十体の殺戮人形。

 ゆえに使い捨てられることはない。

 壊れるその時まで、主のために戦って戦って、戦い抜かねばならない。


 自爆攻撃を避けて、上陸に成功したアースラ政府軍の兵士達は、石弓を持ち剣を抜いて、隊列を組みながら突撃してきた。

 だが、所詮は生身の人間だった。人間は武器を扱う存在。”武器そのもの”と戦って、勝てるはずはない。


「もろい肉体ですわ」


 ロゼット・アインスは、何の感情も見せずに打ち出された矢の雨をかわし、的確に喉や額に石弓を撃ちこんだ。

 隣では(フェンフト)11(エルフ)が同じように矢を放ち……。

 後方では、ズィーベン12セバルツが、突出した兵士達の喉首をナイフと銃剣で刈り取ってゆく。

 メルダー・マリオネッテは、動体視力も反応速度も筋力も、常人とは比較にならないほどに、魔術と薬物で強化されている。


「それに、大きくて、にぶい」


 何よりも優位なのは、子供の肉体という身体の小ささだ。

 戦場では大人は射線を少しでも避けるため、中腰や背を屈めての移動を行う。

 だが、そんな小さなことから、ロゼット達には必要ないのだ。


「そんな役立たずは、壊れてくださいな?」


 石弓の矢を使い切ったロゼットは、愛用の小さな槌に持ち替える。

 大人の兵士達の脚の間を潜りぬけ、膝を砕き、腹を穿ち、頭を飛ばす。

 血飛沫が舞う。血霧に濡れる。

 黒褐色の髪も白い肌も、皮のつなぎも、赤黒い血でドロドロに汚れてゆく。

 儚い命を。ひねり潰すように、小さな死神の槌は、閃き続けた……。


 歩兵部隊による制圧に失敗したアースラ正規軍は、鳥型の魔造人形(ゴーレム)を改造した浮遊戦闘人形を、駆逐艦から飛ばして来た。

 愚かだとロゼットは笑う。

 戦力の逐次投入ちくじとうにゅうは無能の証明。……最初から切り札を切っておけば、兵士達を犬死にさせずに済んだかもしれない。


「全員、撤退します」


 手持ちの石弓では、浮遊戦闘人形の高度まで届かない。

 上空から一方的に狙い撃ちにされるだけだ。

 だから、ロゼット達は逃げ出した。岸壁や茂みを利用して、カーキ色に塗装された浮遊戦闘人形が撃ち出す連発式の矢を避けて北を目指す。

 おそらく、長くはもたないだろう。高度と長射程は、戦場での決定的な勝機となる因子だ。地上では、一見迷路のように見える入り組んだ岸壁も、上空からは一望できるただの通路となる。

 ロゼット達にできることは、分散してやり過ごし、商人達の護衛についた仲間達との合流を目指すだけ。一方の浮遊戦闘人形は、連発式の矢をばら撒いて、茂みを穿ち岩を削りながら、メルダー・マリオネッテを追い詰めてゆく。

 最前線で戦い、脚を負傷していた11エルフの回避行動が遅れた。栗色の髪と左肩を掠めて矢が走り、避けようとバランスを崩した彼女は、足をとられて転倒する。


 メルダー・マリオネッテは、20体で完成した工具箱だ。


 ロゼット・アインスは、茂みを飛び出して、仲間の前に躍り出た。

 白い指が綴るのは、魔術文字。世界樹より染み出す魔力マナを用い、『世界を書き換える力』

 防御の魔術が発動し、光輝く盾のようなもので、飛来する矢の雨を弾いた。

 同じように飛び出してきた12セバルツ11エルフの手を引く。

 フェンフトズィーベンが当たらぬ石弓で牽制し、再び散開する。


 間が悪かった。

 地面を揺らす独特の振動と、大地を叩く足音。

 浮遊戦闘人形から逃れるだけでも難しいのに、東と西から巨大な西洋甲冑型ゴーレムが三体ずつ、支援用の人形駆動車両とともに近づいてくる。


「そう。包囲されていましたの」


 退路を断ってからの包囲殲滅は、戦術における基本中の基本だ。

 おそらく駆逐艦の指揮官が先走っただけで、本来は陸軍との共同作戦だったのだろう。陸軍と海軍の仲が良くないのは、西部連邦共和国だって同じだ。功名や嫉妬にかられたか。

 ロゼットは、先に離脱した商人や補給部隊の安否が気にかかったが、無事だろうと判断する。あちらには、メルダー・マリオネッテ15体が同行している。そして、今回動員されたアースラ政府軍に、20ツヴァンツイヒを止められる者はいないはずだ。


アインス。右うでから血が」

「たいしたことはございません」


 何十本もの矢を、盾一つで受けるのは不可能だった。

 魔術の守りを突破した矢が、右腕を裂き、赤い血液が漏れていた。

 11エルフが治癒の魔術文字を綴り、ロゼットの傷口に当てようとするのを止めて、彼女の脚に向けた。


「……だいじょうぶです。私はかくれますから。アインスは、12セバルツ達と先に向かってください」

11エルフ。ワタシ達は20体そろって一つの工具箱です。だつらくも、泣き言もゆるしません」


 ロゼットは、11エルフの頬をパンとはって、服を裂いて止血した右腕で彼女の手を引いた。


「そ、そ。あの人ならこう言うぜ。おとこの約束第なん条。しちゅうに活あり! って」

12セバルツ、私、女です……」

「ちちもしりも無いくせに、とあの人なら。ぐはぁっ」

「バカなことばかり言ってないで、走りなさい」


 ロゼットは、赤毛とそばかすの浮いた鼻の間をナイフの柄で殴って、12セバルツを黙らせた。

 あの男と会った日から、メルダー・マリオネッテは、多かれ少なかれ変わった。

 が、どうも男達は多分によくない方へ影響を受けたようだ。

 三千! もあるらしい、彼から押し付けられた男の約束とやらを、何かにつけ引用するようになった。


「おい、矢の攻撃がゆるまったんじゃないか?」

「でも、ゆうどうしてるみたい」


 12セバルツ11エルフの言うように、鳥型浮遊戦闘人形は上空からの攻撃を止めて、旋回しながらの誘導に切り替えたようだ。

 おそらく矢の残弾が少なくなったのだろうが、油断は出来ない。

 ロゼット達は再び荒野を走る。そうして、眼前に一体の西洋甲冑が現れた。

 全高10mメルカ以上。灰色の機械巨人が、鉄塔のような棍棒を振り回し、ロゼット達の逃げ道を塞ぐ。

 人間とゴーレム。絶対に越えられない差が、ここにあった。


「ワタシ達は、メルダー・マリオネッテ。人間じゃない」


 轟音をあげて叩きつけられる棍棒。

 土埃の舞う中、ロゼット達に恐怖はなかった。

 フェンフトの手から戦輪が放たれ、足部の装甲の隙間を切り刻む。

 ズィーベンが繰る鋼線が、腕部に絡み付いて一瞬だけ動きを止める。

 11エルフの詠唱と魔術文字が不毛の地に芽を生み出し、それは瞬く間に巨大な木の通路となった。

 12セバルツとロゼットは、魔術で作られた階段を昇り、ゴーレムの頭部へと挑みかかる。


「これがっ、おとこのロマンってやつだぁ」

「他に言いようはないのですか」


 鼻血を垂らした12セバルツが、自身の身長ほどもある長大な筒を叩きつけ、引き金を引く。

 杭槍パイルバンカーが、ゴーレムの頭部を撃ちぬき、後方に爆煙が伸びた。

 重ねるように、跳躍したロゼットの槌が穿ち、閃光が兜を模したゴーレムの頭部を破壊した。


 上空を旋回する鳥型浮遊戦闘人形の乗員達は、友軍機の破壊に動揺したのか、目暗滅法に矢を浴びせてくる。


 ばら撒かれる矢を光の盾で受け止め、仲間を庇って身体を刻まれながら、ロゼットは落下する。

 その時、かすかな破砕音が、風を切り裂いた。


「……命令違反ですわよ。20ツヴァンツイヒ


 苦い気持ちで、ロゼットは勝利を確信した。

 一発の弾痕を中心に、まるで蜘蛛の巣のように、鳥型浮遊戦闘人形のガラスがひび割れていたから。

 陸を走るゴーレム達も、支援車両も、次々と倒れ、火花をあげた。

 

 20ツヴァンツイヒ――。

 メルダー・マリオネッテ最年少の固体は、金色の髪を風になびかせて、小さな身体で岸壁の上に立っていた。

 彼女が蒼い瞳で標的を見つめ、長銃の引き金を引くたびに、人形の四肢が砕け、車両の車輪が凍りつき、追撃が終わる。


 彼女が従える長銃は、古代遺跡から発掘される、己が意思をもつ魔術兵装だ。

 契約神器アーティファクトと呼ばれるロストテクノロジーは、世界樹より魔力を引き出し、個人の魔術をはるかに越える規模で現実を書き換える。千年前、神々の大戦の時代に造られたとされるこれらのオーパーツは、事実上、現代のあらゆる物理・魔術兵器を凌駕する。

 その所持者である”盟約者”、20ツヴァンツイヒが命令違反を犯し、ロゼット達の救出に戻った時点で、この戦いの勝利は確定した。

 あの男によって、『アンチマテリアルライフル』と名付けられた、第六位契約神器”エルブンボウ”。

 有効射程2,000mメルカ以上を誇り、氷の魔術と併用されるかの魔銃に穿てぬものなど、ありはしない。


 けれど、それでは駄目なのだ。


 ロゼットは思う。

 いらない。あの男の助力など要らないと。


(ワタシたちは負けない。絶対に負けない。二度と、あの日のような不覚はとらない―――。我らがあるじ、西部連邦人民共和国政府パラディース教団の為に、ワタシ達の価値を証明する)


 心に誓うように、自分に言い聞かせるように、ロゼットは深く息を吸った。



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