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第六話 オカン、襲来!


 アンズの戦輪を受け流し、ロゼットの槌から火花が散った。

 時間加速による速度の利を最大限に用い、アンズは、次々と鋼糸を投げては動きを止める網をつくり、隙間をくぐるチャクラムでロゼットを狙う。

 一方のロゼットは防戦で手一杯。圧倒的なアンズの手数を前に押し込められ、槌と光の盾でどうにか受け止めながら、思い出したようにナイフを投げるだけ。

 だからアンズは攻めて攻め立てて、次第にあせり始めた。時間が無いのは向こうのはず。だというのに、なぜロゼットはこうも落ち着いているのか。

 アンズの理性は理解しても、感情が納得していなかった。この窮地における冷徹さこそ、ロゼットがこれまで背負ってきた弟妹達の命、その重みの証に他ならないと。

 わずか数割増しであれ、時間加速という高度な魔術を行使し、矢継ぎ早に攻撃を放つのは、アンズにとって負担にならないわけがない。次第に息が切れ、汗がにじみ始めるのを、焦燥とともに自覚した。


(ねえ、ロゼット。アタシを見てよ。アタシはこんなにも、こんなにも想ってるんだからっ)


 アンズはロゼットがナイフを投げた瞬間、戦輪を手に突撃した。ロゼットの翠玉色の瞳に、アンズの紅茶色の髪が広がった。


(アンズ。あなたのこと、好きですわ)


 かけがえのない戦友を、ともに苦難を乗り越えてきた姉妹を、大切に思っていないはずがない。たとえそのオモイが、アンズの求めるものとは違っていても。

 そして単調な反撃に終始していた守り手は、巧妙に仕込んだ鋼糸で自分を包囲する網を断ち切り、攻め手に槌の柄を叩き込んだ。


「惚れた弱みかな……」


 時間加速の術式による速度も幻惑も、零距離ならば意味を成さない。

 白兵戦の技量が勝るロゼットに、アンズは接近すべきではなかった。


「アンズ、話してくれますね?」

「アタシがお師様から聞かされてたのは、時がくれば変態さんをよぶことと、つかまえること。その時は、ロゼットをあしどめするようにって」

「あの人が簡単につかまるとも思いませんけど。だいたい素直にいうことを……」


 ミシリと、心にひびが入るのをロゼットは自覚した。

 そんなはずがないと、すがるような目でアンズを見つめる。


「そうだよ。変態さんの意思なんてカンケーない」


 自分達が生き証人だ。この世界では、心を壊す方法なんていくらでも、ある。


「紫の賢者は、彼を人形にするつもりですか」

「うれしくないの? 今度こそ、ロゼットの願いもかなうかもしれないよ」


 信じられない。目の前にいるのは、本当にアンズなのか。ずっと一緒に、地獄をくぐりぬけてきた妹なのか? ロゼットは思わずアンズのえりを力いっぱい引っ張っていた。


「アンズ。貴女は! 自分が何をやっているのかわかってますの?」

「わかってないのはロゼットだよ。お師様に逆らってどうするの? ロゼットの決断がアタシ達の、メルダー・マリオネッテ全員の立場を危うくするんだよ」

「では、貴女は、ワタシ達全員に、命の恩人を売る外道に堕ちろというの? そんなやからを、この先いったい誰が信じるっていうんですか!」


 ロゼットが紫の賢者の立場なら、絶対に信用しない。直弟子にあたるアンズはともかく、次の裏切りを働く前に早々に処分することだろう。

 そもそも、アンズの言葉を鑑みれば、自分達はニーダルをこの場所に呼び、留めるためのエサだ。彼を支配した後、メルダー・マリオネッテを生かしておく理由なんてない!


「早く皆をあつめなければ」


 ロゼットが呟いた瞬間、パンと胸の浴衣が裂けて、彼女はその場に崩れ落ちた。

 目だけは追っている。自分を狙い撃ったのが誰なのか。

 別棟の屋上に伏せた、派手な陣羽織に身を包んだ少年と、ポニーテールが目立つ少女。およそ300メルカ先から、狙撃されたのだ。

 接近戦ならば引っかからなかった。否、昔の、殺戮人形だった自分なら、味方から狙撃される可能性だって考えていたっ。


「……アンズ。レイジ。ミズキ。あんたら、あとで覚えておきなさいよ」


 奥歯をかむ。仕込んだ録音用の魔術文字が砕ける感触も確認できぬまま、ロゼットは意識を失い、アンズに抱きとめられた。


「ごめんね」


 明かせなかった取引の内容が心に痛い。もしもアンズが協力をこばめば、ロゼット達は。


「たとえうらまれても、アタシはロゼットを、皆を守るよ」



「さすがはミズキ。見事な腕だ」

「あたしが得意なのは制圧射撃で、狙撃じゃないのさ。半分は銃のおかげさね」

 そう言って、ミズキは熱の残る木製の銃身を叩いた。


 イスカの愛銃と同じボルトアクション式の長銃で、なんでも100日の間に500人を葬った伝説の狙撃手…の使った銃をモデルに、傘下のラボで組み上げたらしい。

 紫の賢者謹製のカスタマイズが施されただけあって、眠りや麻痺を含む複数の魔術弾頭が使用可能で、有効射程もおよそ400メルカと通常の石弓の10倍近く、五発までの装弾が可能と火力の向上も著しい。

 さすがに青銅戦術機ゴーレムの装甲を軽々と穿ったり、2000m先のコインを射抜けたりはしないが、アレはイスカとイスカの銃が桁外れなだけだろう。第六位といえ、れっきとした契約神器だし。


「……西部連邦共和国を中心に大陸共同体を設立し、

 パラディース教徒

 現少数民族

 ナラール・ナロール人

 王国他諸国民

 という新しい支配秩序とヒエラルキーを確立するから力になれ、か。承諾したおれがいうのも何だが、ろくでもない計画だ」

「ふみにじる為のイケニエを用意するから満足しろ。本当、サイテーだね」


 おそらくは西部連邦共和国の国家戦略であり、紫の賢者個人のプランではないのだろうが、彼女が推進者であることには変わりない。 


「レイジ、わかってる? 損な役回りだよ。このミッションがセイコーしてもミスっても、レイジは皆から憎まれる」

「誰かがやらなくちゃいけないことだ。だったら、おれがやるさ」


 ヨツバやナナオは真っ直ぐすぎるし、トウジやイッパチは子供過ぎる。そうレイジは胸中で付け加えた。


「ふうん。それだけ?」


 八重歯の目立つ口を近づけて、まるで接吻を交わすように、ミズキはレイジの鼻の頭を噛んだ。


「っ」

「いいよ。あたしだけは、レイジの味方。ロゼットでも紫の賢者でもない、レイジと一緒に戦うよ」

「悪い」

「謝るなって、の!」


 すまなさそうなレイジのおでこを、ミズキはぴんと指ではじいた。この幼馴染は、服の趣味が派手なくせに、性根は妙に地味くさいのだ。


「で、どうすんの」

「男子組はノゾキで撃退されて壊滅状態だ。別チームと一緒に女子組を抑えてくれ」

「い゛。アカシアと組むの?」

「苦手なのか」

「あいつ、昔のロゼット以上にゆーづーきかないもん。イスカは?」

「すでに紫の賢者が手を打ってる。確保できればよし。最悪でも足止めさえ出来れば、あとは洗脳したニーダルさんが説得してくれる手はずだ」


 そうしてレイジとミズキは、物凄く複雑な顔で苦笑した。


「そつのない作戦だ」

「完璧ね」


 けれど、紫の賢者にはひとつだけ手落ちがある。二人は期せずして同時に心の中で呟いた。

 

 ……彼女は、レイジやミズキの弟妹たちの”根性”を勘定に入れていない。



 イスカは割り当てられた「麒麟(きりん)の間」で、座布団を抱いてごろごろと転がっていた。

 蜂蜜色の髪のした蒼い瞳は喜びに輝いて、ぷくぷくしたほっぺたも落ちそうなほどに上機嫌だ。

 ニーダルが、父親がこのホテルに来てる。久しぶりに会えるというだけで、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 待ち遠しくてそわそわして、綺麗な部屋を片付けたり、お茶を確かめたり、荷物を整理したりして、不意に通信機が何かを受信した。


「ン?」


『アンズ、話してくれますね?』

『アタシがお師様から聞かされてたのは、時がくれば変態さんをよぶことと、つかまえること。その時は、ロゼットをあしどめするようにって』


 信じられない内容だった。

 そして、イスカの動揺が収まる前に、「麒麟の間」は大量の電光弾によって制圧された。


 腕のようなマニュピレータが生えた棺おけのような箱が、何十体も無残に破壊された部屋へと押し入ってくる。

 契約神器(アーティファクト)盟約者(マスター)は、常に神器の加護を受けている。通常の物理・魔術攻撃では、相当量の攻撃を受けても、致命傷にはならない。

 それらは標的を捕獲しようと一つ目を赤く光らせ、誰もいない剥げた床と、天井が割れるのを確認した。


―――

――――


 狙撃手は視認された時点で、敗北が確定する。

 亡霊のように見えず、攻撃として実在する恐怖こそ、狙撃手が畏れられるゆえんだ。

 ゆえにこそ、必然的に身を隠し、単独もしくは少数で行動する。

 場所が把握済みのスナイパーなど数で押し切れる。そう紫の賢者が考えたのは、当然で、間違っていたのは前提そのものだった。


 イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトが教え込まれたのは、生き延びること。

 彼女は、それをやや歪んだカタチではあったが、受け入れた。だって死んでしまったら、二度と父親に会えなくなってしまう。いっしょにごはんを食べることも、おはなしすることも、あたまをなでてもらうこともできなくなってしまうから。


 イスカが判断力と技量において、稀有なスナイパーとしての才能をもっていたのは紛れもない事実だ。

 が、ニーダルがイスカに狙撃を担当させたのは、「生き延びられる確立があがるから」に他ならない。距離さえあれば、敵を狙い撃つことも、敵から逃がれることも自由にできるから。

 そうして、娘が何度も遺跡に同行するうちに、ニーダルは自分の不明に頭を抱えることになる。古代文明の兵器プラントであるダンジョンは、場所によってはまったく狙撃に向いていない。

 かくして、絶対についてゆく、という娘の強情に折れた父親は、白兵戦で身を守るスベもまた必死で教え込むことになった。



――――

―――



 上方から奇襲したイスカの右手の銃剣が、モノアイごと箱の頭脳部をえぐりくだいた。火花をあげる身体を蹴り飛ばすようにして引き抜き、迫りくるマニュピレータの電撃棒を受け流す。


「こわれちゃえ」


 左手に掴んだものは投石布スリング。刻まれた転送機能を駆使し、脆そうな部分に浴びるほどの飛礫(つぶて)をぶつける。飛礫は箱に刺さると同時に爆発し、数体の棺おけが只の障害物へとなりさがった。

 電撃を帯びた魔法弾が次々と放たれるが、機能している味方が邪魔で、機能していない残骸が盾になり、イスカをとらえることさえ出来ない。

 戦闘は数の有無が勝敗を決める。しかし、有効に生かされない数なんて、数に数えられない。イスカの銃が火を噴き、数体を貫いてまるごとスクラップに変えた。

 アンチマテリアルライフル。希少なミスリル銀を採算度外視でふんだんに使い、ドワーフ族の血を引く名匠と、神器の意思たるベルゲルミルによって作られた唯一無二の魔銃。魔法の助力なしで装甲板をぶち抜く銃が、契約神器としての力を発揮したらどうなるか。――その結果は、すぐに顕れた。


 最後の雑魚が、ギギと壊れた体躯をもちあげようとしたところを、見かけだけは愛らしい灰色熊のぬいぐるみが、ぽかーんと割れた窓の外へ蹴っ飛ばした。


「長旅で疲れているところを、このチンドン騒ぎ。ほんっとうに、あの粗大ごみは、毎度毎度迷惑ばかりかけて!」

「ベル、だめ……」


 イスカはぬいぐるみをギュッと抱きしめた。母親のような存在が、父親をけなすのは、子供としてはみたくない。


「わかってますよ。早く助けに行きましょう」


 イスカの腕の中で、ぬいぐるみ、ベルゲルミルはむんっと力こぶをかたちづくった。


「見つけたら、めいいっぱいお説教です!」


拙作をお読みいただき、ありがとうございました。

本エピソード『温泉』は、『人形』からの直接の続編となるため、2014年7月18日の上記最新話投稿に伴い、統合しました。

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