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第三話 女湯への道


 ホテルの男子浴場は、スチームサウナもかくや、という熱気に包まれていた。

 水着を着用しタオルを手に、少年たちは円陣を組んで、気合を入れる。


「ファイッオー、ファイォー、ファイッファイッオオーーッ!!」


 われらが前に道はなく、われらが後に道はできる。

 そんな、燃え立つ青き情熱の前に、”入るべからず”なんて貼り紙が何の障害となろう。


「レモン!」

「ピーチ!」

「メロン!」

「…(まな板)」

「…(しりとふとももこそ正義だ!)」


「「ファイッゴオオオオオオオッッ」」


 いざゆかん。栄光の桃源郷へ。少年たちは禁断の扉を開け放つ――。


「おい待てっ」


 ……カチ。


 ちゅっどーーーん!!


 火柱が踏み込んだ少年たちを吹き飛ばし、ニーダルはこめかみを押さえた。



「いや、おかしいでしょう」


 聞き覚えのない声。新しくメルダー・マリオネッテに合流した別チームの出身だという少年、エイスケがアフロになった頭を抱えてぼやく。


「まさか、自分のホテルに、地雷魔法陣をしかけるなんて……」


 干した海草みたいになった髪に、濡れタオルを巻きつけながら、ナナオが風呂床に”の”の字を書いている。


「ひ、ヒジョウシキっす」


 非常識、か。落ち込む少年たちを前に、ニーダルは苦笑した。


「紫の賢者にゃ、悪癖があってな。あの人は、石橋を叩いて渡るどころか、爆弾で吹き飛ばして新しい鉄橋をかけるんだ」


 決めたが最後、やり過ぎるほどに入念な準備を、徹底的にやってしまうのが先輩のやり方だった。


「それってコスト的には、最悪なのでは……」

「同感だ。あの人にゃあ、絶対に買出しを任せちゃいけない」

 

 無駄な出費が多すぎますっ。こんなにも買い込んでっ。部費の管理がどれだけ大切だと思ってるんですかセンパイは!

 女の子の買い物は、ちょっとだけかさばるんだ☆

 かさばるんだ☆ じゃないでしょぉお!


 眼鏡をかけた三つ編みの少年が、血涙流して紫の賢者に訴える光景が、ニーダルのまぶたの裏に浮かんでくる。

 部活後に学食で、会計担当のアカエダの愚痴に付き合うのは、部長に就任して以降毎度の事だった。


(なんだ……。俺は、何を思い出している?)


 演劇部。紫崎由貴乃。赤枝基一郎……。ニーダルの胸の中を、いくつかの単語が郷愁きょうしゅうとともに湧き上がる。

 だが、それは、一呼吸もしないうちに、幻のように消えてしまった。


「うっし。コゾーども、この俺についてきなっ」


 そうして、ニーダルと少年たちは、再び女湯へと続く扉をくぐり、長く続く竹板の敷き詰められた通路を駆け出した。



「ふふふ。擬似空間固定の魔術構築は、上々といったところか」

「肯定します。地下の罠による本建築への被害は皆無です。地上からもヨツバ率いる別働隊が女湯に接近していますが、いかがいたしますか?」

「定石だね。でも、手順は踏むべきだよ。砲撃にて一掃。出力は絞ってね」

「肯定します」


 ノーラとの通信を終えて、紫の賢者はサウナを出て冷泉に入り、再び水晶を手に観察を始めた。

 ニーダルと少年たちは、地雷地帯を突破して、次なるエリアへと差し掛かっていた。


「へっ。今度は落とし穴か。踏まないように気をつけろよ」

「ハハ。だいじょうぶですよって、スベっ、うわぁああっ」


 床板に撒かれたシャンプーに足をとられ、竹槍つきの落とし穴に、転びそうになったエイスケの手をニーダルが掴む。


「怪我はないか」

「あ、ありがとうございました」


 少年たちは転ばぬように、慎重に落とし穴を避けてゆく。が。


「きな臭ぇな。上か。ナナオっ」

「まかせてくださいっ」


 意思が足元にひきつけられたところで、天井から落下してくる桶の山。ナナオの繰る鋼線が閃き、中空に縫いとめた。


「いまのうちに突破しましょう。っ、何だ、この音は?」


 ゴロゴロという雷じみた音が響き、足裏から伝わる奇妙な振動。見れば、何本もの丸太が猛然と転がってくる様が見えた。


「ナナオばかりにいいカッコさせないぜ。こんなこともあろうかと、きたえ続けた俺っちが、鋼の肉体でくいとめるっス。とりゃあっ」


 両手を広げ、丸太の前に立ちはだかったトウジだが、当然のごとく跳ね飛ばされた。


「ぎゃんっ」

「よーし、皆。せーので跳ぶぞ、せーのっ」

「む、無視しないで欲しいっス~」


 多少の怪我もなんのその、煩悩で乗り越えてゆく、赤い道化師と少年たち。


「トラップ程度じゃ止められないか。オードブルはここまで、次はスープにポワソンといこうか」



「こ、このゼリー、水着が溶けるっスッ」

「男しかいないのに…。まさに誰得!」

「嫌がらせか……!」


 天井から落ちてきた濃緑色の軟体物を、ちぎっては投げちぎっては投げる少年たち。意外な罠に覗き隊は足止めをされていた。


「そうだ。全員全裸でゼリー股間につけていくのはどうっスか? スーパーアーマーなんつて」

「全員、トウジにぶつけていいぞ~~」

「冗談スよッ」


 そんなこんなで、脱衣ゼリーを処分し終わった頃、ふとニーダルは違和感を感じた。足が、濡れている。


「ニーダルさん、水がッ!」

「そこまでかよっ」


 向かい側の入り口から大量に流し込まれる水。あるいは温泉の浄水池かどこかに空間を繋げたのかもしれない。


「トウジっ、杭打ち機を許可する。ナナオは綱をっ」

「押忍」

「はいっ」


 トウジが杭打ち機を通路の壁に叩きつけ、杭槍を押し込む。そこに、ナナオがニーダル達のタオルを集めて鋼糸で結わえ、即席の命綱を作った。

 押し流そうとする激流を、綱に掴まってどうにかやり過ごす。


「全員無事かっ」

「「押忍」」


 もはやここにいるのはただの少年達ではない。同じ夢、同じ目的へと進む、戦士の一団。


「わくわくするな。進むぞ」

「「おおっ!」」


 かくて、長い通路も終わり、ついに夢見た桃源郷、女湯へと続くドアが見えてくる。

 元暗殺者らしく、少年達は息を潜め、気配を殺し、少しずつにじり寄ってゆく。

 耳を澄ませば、ほら鹿威しの音と一緒に、中から声が……


「よーし、イスカ。よく来た。ちょっとそこで待ってなさい」

「ン」

「あはは、ロゼット。ここまでおいで。それとも胸に自信がなぁい?」

「お、お待ちなさい。アンズぅ」

「ン? おいかけっこ?」


((おおおお))


 生唾を呑み、ちょっとだけ中腰になったナナオとトウジ達は更なる一歩を踏み出そうとして。


「ちょぉおっと待て」


 肩を掴まれた。


「「?」」


 振り返れば、そこに、阿修羅がいた。


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