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第二話 覗きますか、覗きませんか?


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、再び担架に乗せられて、医務室へ直行していった。

 ロゼットは壁や備品を壊したことを、紫の賢者とスタッフ達に平謝りに謝ったが、あっさり放免されてしまった。


「こんなこともあろうかと、事前に保険へ加入してある。それより荷物を降ろしてきなさい。疲れただろう?」


 鞭打たれるわけでなく、辱めを受けたり、毒や汚物を食べさせられるわけでもない。今までとのあまりの待遇の差に、喜びより困惑がまさった。

 ともあれ、指示には従うしかない。ニーダルのことも気になったが、ロゼットとアンズは階段をのぼり、事前に割り当てられていた四階、鳳凰(ほうおう)の間と呼ばれる部屋に入った。

 一瞬、絶句する。広い部屋には絨毯(じゅうたん)がなく、ソファもなく、椅子もなかった。

 No.6と14…。否、フジとネムが、草か何かを敷きつめた床の上で、裸足のまま所在なさげに座っている。


「アンズ。ここは、ホテルなのですよね?」

「そうだよ。……あ、そっか。ロゼット、これはタタミっていう、紫の賢者の故郷にあるジュウタンなんだって。寝ころぶとキモチいいよ」

「そう、ですの?」


 ロゼットが座ってみると、微かなイネと見知らぬ草の香りが、すっと胸に吹き込んでくる。


(ああ、心地いいかも)


 と、息を吸って、現実逃避をしている自分に気がついた。


「No.20(ツヴァンツイヒ)、イスカはどこにいますの!?」

「紫の賢者に呼ばれて出ていったよ。なにかあったのアイ…ロゼット? 下の方がさわがしかったけど」


 フジの問いに、No.5(フェンフト)、アンズはにやにやしながら答える。


「へへっ。じつはさ、あの変態さん、ニーダル・ゲレーゲンハイトがここに来てる」


 やや長身のフジが電流でも走ったかのように立ち上がり、とろんとしていたネムがぱっちりと目を見開いて、前のめりに飛び出してきた。


「なんだって? 会わせてくれ!」

「ど、どっ。どこにいるんですかっ?」


 噛みつかんばかりの二人の剣幕に気圧されて、アンズは廊下を指さす。


「い、医務室。怪我してるみたいで、運ばれていった」

「いますぐ見舞いにいこう」

「だ、ダメだよフジ。No.20(ツヴァンツイヒ)、イスカを待たないと。あの子が、ニーダルさんの養娘なんだよ」

「だ、だけど。わかったよ。先に皆にれんらくしよう。ネムはこの階を。私は他を回る」


 弾丸のように飛び出してゆく二人を見送って、ロゼットはバックパックをおろした。

 わかっていた。共和国暦一〇〇三年の霜雪の月(二月)一七日目。あの日、彼に救われたのは、自分だけではない。

 ニーダルにとって、ロゼットはメルダー・マリオネッテの、助けた子供達の一人に過ぎなくて、特別なんかじゃない。

 それでも。


『……この声、オジョー?』


「ワタシは、オジョーなんて名前じゃない」


 覚えていてくれたことが嬉しくて、忘れられていたことが悲しかった。

 胸元のポケットから、薔薇の彫刻があしらわれた懐中時計を取り出し、銀の外蓋を開ける。

 硝子の文字盤が彼女の顔を映し出し、歯車がかちかちと音を立てて回っている。


「なんなんですの。肌をあわせたあの夜を、別れの口づけを、将来をちかった証を忘れたのですか?」

「ロゼット。乙女モード暴走で改ざんしすぎだよ」


 ニーダルに打ち負かされたメルダー・マリオネッテは、ドクトル・ヤーコブの指示通り、男女19人それぞれのやり方でニーダルを誘惑したが、各々説教を受けて帰された。

 唯一No.20(ツヴァンツイヒ)だけがお泊りに成功したけれど、後になって本当にぐーすか寝ていただけというのが判明した。


「全員相手にされなかったし。あ、ロゼットだけこれで2回目か…」


 アンズに突き刺すようなことを言われ、胸の痛みで倒れそうになる。


「たぶん変態さんは、こうバキューン・キュ・バカーンみたいな、スタイルのいい人が好みなんだよ。お師様みたいな。ロゼットは胸とかセイチョウしてないじゃない? 服とか髪型のしゅみもおさないし」


 うつむいたまま、顔も上げられず、バックパックから荷物を取り出す。


「ひょっとして、今のアタシならイイセンいくかも、なんてね。う~そ。アタシが好きなのはロゼットだよ」


 発育には個人差があるのはわかってるし、生まれ持った身体ばかりはどうにもならないこともわかってる。

 でも、ほんの少しばかり大きくなった胸を強調するように腕を組まれるのは、むかつく。――ジャキン。目当てのモノが見つかった。

 アンズが引き気味に後ずさるが、もう遅い。


「ね、ねえ、ロゼット。そのノコギリと包丁は、何に使うのかな」

「口の悪い貴方のお腹の中は、やっぱり黒いのか確かめようかなって」

「や、ヤンギレ!?」


 時間加速の魔術文字を綴ろうとするアンズの指に、寸前で包丁の柄を叩きこむ。返す刀のノコギリで首を落そうとしたが、とっさにかわされたのは見事。……でも、逃す気はない。


「フェンフト。…貴方のお腹は白いよね?」

「待ってよアインス。は、話せばわかるよ」


 その時ロゼットが浮かべた表情は、凄惨と言って差し支えなかっただろう。


「イスカが教えてくれましたの。こういうときなんていうか。問答無用!」

「きゃああああ」


 アンズの手が戦輪を掴みだし、ノコギリを受け止めて、火花が散った。

 得意武器を使うなんて大人げない。でも、大丈夫、ワタシは槌なしでも遊んであげられる。


「何を悲鳴あげているの? いつもの訓練でしょう?」

「なんか怖いんだもの。ふられ女のサカウラミみたいな、ハッ」

「死んで」


 やああああああああ。



―――

――――



 と四階で火花が散っている頃、ニーダルはホテル一階東の最奥にある露天風呂に入っていた。

 一刻も早い精密検査をと勧める医師団を断り、応急治療だけで済ませた。

 自分の身体が危ういことは、自分が一番良く知っている。

 かぽーんと鹿威しの音が聞こえる。このホテル、おそらくは意図的に偽物臭くどこかの文化を模倣した宿は、ひどくニーダルを落ち着かせた。


「オジョー、か」


 頭にタオルをのせて、風呂石にもたれかかりながら、ニーダルは伸びをする。

 視力はまだ戻ってはいない。うすぼんやりとしたシルエットしか見えなかったが、背が伸びて、輪郭も少し女らしくなっていた。


『10年も待たせませんわ。必ず貴方を、貴方の前にやってきます』


「ははっ」


 ニーダルは湯気で上気した顔で笑う。悪くない気分だった。悪くない気分だったが、まだ迷いはある。

 聞けば、ここはアースラ国ではなく、ディミオン首長国連邦の中心都市ドームだという。

 ノーラに砲撃された後、転移させられたのだろうが、それならば大部分の追っ手はを振りきれただろう。

 仮に追いつかれても、追跡者が相対するのは紫の賢者の城だ。容易には手を出せまい。


「イスカ……あいつに、会えるのか」


 逡巡はある。巻き込んではいけない。弱った姿を見せたくない。決意が鈍る。会えない理由なんて山ほどあった。


「でも、それでも、会いたいな。あいつに」


 その時ドタドタと音を立てて、露天風呂に闖入者が現れた。


「ん?」


「「「あ」」」」


「ニーダルさぁああんっ」

「男がぁ、裸でぇ、飛びつくんじゃねえ。うっとぉおしいっ」


 股間のナニカをぶらぶらさせながら、両手広げて飛びかかってきた少年を張りたす。

 酷いっスぅとかいいながら、滑っていった彼は、桶の山に激突し、ひぎゃあと悲鳴をあげて埋もれてしまったが、これは不幸な事故だ。

 声から察するに14番目セバルツの、あけっぴろげスケベだっただろうか。


「あ、あれがニーダルだって!?」

「あの紅い道化師!?」


 紫の賢者の部下だろうか、メルダー・マリオネッテとは別の少年達の間に、動揺が走る。

 ヴァイデンヒュラー閥では、敵対軍閥の工作員として、ニーダルの名は知られている。警戒されても無理はないだろう。


「10本の生殖器と88の陵辱道具を隠し持つ男!?」

「半径2Kmに存在する女性なら、触れるだけで老いも若きも孕ませるという極悪非道の鬼畜犯罪者」

「2億人斬りのニーダル!?」


 だからその、いい加減極まりない言掛りと冤罪はどこから来るのだろうか、とニーダルは悩む。年々、話が大きくなってるし。


「失礼なことをいうな。僕の、俺の知るかぎり、この人はそんな乱暴なことはしない。だから、2億人は和姦だ」

「俺ぁどれだけ絶倫なんだっ!?」


 どこかズレたフォローを決めるわかめみたいな髪の少年にずびしとツッコミを入れる。

 こっちは7番目ズィーベンのむっつりスケベか。


「……久しぶりだな。クローズドスケベとオープンスケベ」

「ナナオという名前をいただきました」

「俺っちはトシです」


 わかめのような髪型の少年と、桶の下から這い出てきた少年が差し出した手を、ニーダルは握りしめた。


「また逢えて良かったぜ。ナナオ、トシ」


 ぶんぶんと力いっぱい手を振って、握手を交わす。


「レイジだ」

「ヨツバといいます」


 それを皮切りに、メルダー・マリオネッテの少年たちが次々に握手を求めてきた。


「で、お前らも風呂に入りに来たのかよ」


 問いかけに、7番目ズィーベン。ナナオは、赤らめた頬を隠すように、少しだけ顔を伏せて……


「いえ、覗きに行きます」


 あっちっス。と、12番目セバルツ。トウジが指さした方向には、



 ”この先女湯。覗くべからず” と張り紙のされたドアが、仰々しく立っていた。



 これは罠だぁああ! と叫びだしたいくらい、大きな釣り針である。

 とはいえ、若いうちは罠と知っていても飛び込むくらいの情熱があっていい。ニーダルは、止めようとは思わなかった。


「おう、行って来い」


 発言を聞いて、まるで雷にでも撃たれたかのように、少年達はしーんと静まり返った。


「ニーダルさんは行かないんですか?」

「ああ、ガキの裸なんぞ見たってしょうがないだろ」


「「「「ええ~~」」」」


 唱和した後、風呂場の隅に固まって、少年たちはぶつぶつと相談をはじめた。


「おい。本当にあれがニーダル・ゲレーゲンハイトか?」

「昔から子供にはきょうみのない人だったからな」

「今にしておもえば、ゆうわくした僕らが馬鹿みたいですね」

「いやいやいや。有りえないだろう。実は、あれヌードルとかパスタとかの間違いじゃないか」

「なんで麺なんスか」

「だっておかしいだろ。音に聞こえたロリコンだぞ。幼い子を性奴隷として飼っていたって。たしか、お前達のところのNo.20(ツヴァンツイヒ)…」


 ガキっ。

 瞬間、歯を砕きかねない音を立て、トウジが拳を握りしめる。彼の手が振るわれる寸前、ナナオは手首を掴んで止めた。

 知ってはいたことだが、イスカが絡むとトウジは血の昇りが早すぎる。面倒なことにはならないように、と口添えすることにした。


「これから僕たちはチームになる。だから、約束しろ。今の台詞は、絶対にニーダルさんやイスカの前で言うな。イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトは、ニーダルさんの養女だ。もしもそういった中傷を再び口にするなら」


 冷やかなナナオの目に、別チームの少年たちは息をのむ。


「俺たちへの最大の侮辱だとうけとめる」


 ここで釘はさして置くにこしたことはないだろう、とナナオは思う。

 ニーダルは呆れ、イスカは悲しむだけだろうが、ロゼットは確実にキレる。自分の好いた女が他の男の為に怒る姿なんて、絶対に見たくない。


「それにベルさんが聞いたら、血をみるからな」

「食われるスね。頭からばりばり」

「同感だ」


 食べられるって何だ? と別チームの少年たちは疑問に思ったが、忠告には従うことにした。

 ヨゼフィーヌの指揮下にいた自分たちは、感情というものが希薄だ。どうということがない、と感じられるものでも、感情として許されない、といったことがあるのだろうと判断した。


「で、どうするっス? このまま全員で突撃スか?」

「おれは残るぞ。バックアップも必要だろう。イッパチと二人もいれば十分だろうが」

「レイジさん、オレ、”カズヤ”です」

「イッパチも賛成してる。ニーダルさんには同行してもらった方がいいだろう」


 カズヤですってば、勝手に決めないでくださいよー。と喚くNo.18はおいといて、ナナオは考えた。

 確実に、罠なり障害なりが待ち受けているだろう。ニーダルがいてくれれば心強いが、どうやって説き伏せる?


 ニーダルは、ばばんばばんばんばんと変な鼻歌を歌いながら、くつろいでいる。

 医務室に運ばれたと聞いた時は驚いたが、もう傷は癒えたのだろうか?


 ふと、ランプに光が灯るように、ナナオに妙案が浮かんだ。


「ニーダルさん。今、女湯には紫の賢者だけが入ってるんですが、一緒に行きませんか?」


 ザッパーーーンと、露天風呂から熱い湯柱が立った。傷だらけの背中が、とても大きく見える。


「いくぞ野郎ども。男の浪漫を貫く為に!」


「「おおおおおおおおっっ」」





 一階東最端にある男湯での騒ぎを、一階西最端にある女湯で、長野の釜風呂をもしたサウナに浸かりながら、紫の賢者は水晶を通して見ていた。

 盗撮。ピーピング。犯罪であるが、彼女は気にしない。


「そうこなくては、わざわざ準備した甲斐がない。楽しんでくれ、後輩殿。わたしの準備したパーティーを。そして……」


 紫崎由希乃は、暗い瞳で口元に三日月の笑みを形作る。


「わたしはキミを逃さない」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じ登場人物によるパラレル続編?興味深いです。
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