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最終話 澄み切った青空の下で

13



 あれは、いつ頃のことだっただろうか?

 夕食が終わって、御伽噺を聞かせてくれた後、焚き火の傍で毛布に包まったイスカに、ニーダルが訊ねたことがある。


「なあ、イスカ。イスカはオジョー……、姉さんたちのことが好きか?」

「ンっ。……すきっ」

「そっか。そうだよな。俺も、あいつらのことが好きだよ」


 パチパチと、木の枝の爆ぜる音だけが響いていた。

 ニーダルの顔をイスカは見ていない。ただ、自分と同じメルダー・マリオネッテの仲間のことを、自分の姉兄だと、好きだと言ってくれたことが嬉しかった。

 そして、別れの日――。ヴァイデンヒュラー閥からの迎えを待つ港で、ニーダルとイスカは最後の抱擁を交わした。


「イスカ、忘れるな。離れていても、俺たちは親子だ。俺は、必ずお前とお前の姉兄達を戦いから解放する。だから、それまで、イスカがお姉ちゃんたちを守るんだぞ」

「ン。みんなで、またいっしょにくらそう」


 ニーダルは答えなかった。


「パパ。パパもいっしょだよ……」


 首をゆっくりと横に振る。そのまま、彼は背を向けた。


「イスカ。お前は、幸せにならなきゃ、な」


 去ってゆく。その背中が燃えてゆく。脚が、腕が、燃え落ちて灰になり、風の中へ溶けてゆく。

 イスカは、追う事も出来ずに立ち尽くす。

 きらわれたくないから、すてられたくないから、どうしてもいっぽがふみだせない。

 レヴァティン。パパのちからで、パパをくるしませるノロイ。

 パパはバカだ。おとこのロマンとか、そんなのイスカにはわからない。

 パパがもうすぐ、いなくなってしまうとしても、さいごまでいっしょにいたい。


―――

――――――――


 ひどくわるい夢を見ていた気がした。

 20ツヴァンツイヒが目覚めると、身体中が痛みで軋んだ。


「あうっ」

「まだ動いちゃ、メッですわよ」

「おねえちゃん」


 アインスの腕の中に抱かれて、20ツヴァンツイヒは目を閉じた。

 とくとくと心臓の音が聞こえる。伝わってくる温もりが嬉しかった。

 11エルフや、9、17が治癒の魔術をかけてくれているのがわかる。

 そこに、風の音が聞こえ、何者かが乾いた荒地に降り立った。


「勝負はついた。武装を放棄し、20ツヴァンツイヒを引き渡せ」


 キメラにまたがるヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングの恫喝を、ロゼット・アインスは20ツヴァンツイヒを抱いて立ったまま、意地の悪い瞳で受け止めた。


「あら教官。何をチョーシにノっているんでしょうか?」

「私が調子に乗っている、だと?」


 明らかに言葉を崩した、ロゼットの不敵な挑発をヨゼフィーヌはいぶかしがる。

 どんな手を使って生き延びたのかはわからないが、彼女は先ほどメルダー・マリオネッテを鎧袖一触とばかりに討ちのめしたばかりだ。 だというのに、どうしてこうも強気でいられるのか。


「ええ、20ツヴァンツイヒを痛めつけてくれたようですが、彼女はワタシたちメルダー・マリオネッテ姉弟の中では、末っ子。 ここからは、19人の姉兄が彼女に味方します」

「正気を失ったか? それともあの道化師から習ったハッタリか。絶対的な力の差というものを、お前も理解しているだろう?」


 ヨゼフィーヌは、再び殲滅せんとばかりに鉄扇に風をまとい、ロゼットは槌を構える。一触即発のびりびりとした空気が、アースラの荒野を震わせる。そこに、12セバルツが場違いな声をあげた。


「あのー、ちょっといいですか?」

「何?」

「何だ?」


 にらみ合うロゼットとヨゼフィーヌにねめつけられて、12セバルツは鼻の頭をかいた。


「お、俺、20ツヴァンツイヒの兄貴よりか、カカカ、…カレシの方がいいなって」


 もの凄く場違いな発言に、ヨゼフィーヌだけでなく、メルダー・マリオネッテからも、すさまじい殺気が放たれた。

 ズィーベンが半ギレになりながら、12セバルツの耳をひっぱる。


「ちょっとこっちこい、このKY野郎」

「いたっ、いたい。KYって、おれはサンゴ礁傷つけたり、自作自演ほうどうしたりなんてしてないっス!」

「王国のマスメディアのほうどうしせいには疑問があるからな。…ってそんなことは、いまはいいから、僕の話を聞くんだ」


 ズィーベンはぶつぶつと、12セバルツの耳元で何かをささやいた。


「アニキでいいっス。サイコーっす!」

「どうやっていいくるめたのかしら」


 ジト目でロゼットに睨まれて、戻ってきたズィーベンは、長い前髪の下で目を泳がせた。


「全国の実妹もちの兄貴たちが苦笑いするだろう嘘八百で」

「そう、最低ね。ズィーベン

「え、僕が、……俺がっ!?」


 変にやる気になっている12セバルツと、真っ黒な影を背負ってしゃがみこんだズィーベンを遠巻きに見ながら、他のメンバーたちがひそひそと話し合う。


「うわー鼻血でてるよ。これだから、オトコノコってフジュンだ」

「もう、12(セバルツ)のことなんて知りませんっ」


 そして、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングが、鉄扇を開いた。


「もういいな。メルダー・マリオネッテ・アインス。私は、お前たちを皆殺しにする」

「ええ、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギング。ワタシ達は、貴女を討ち果たします」


 それが、合図。全員の気配が、意識が、殺し殺されるための殺戮人形、否、戦士へと変わる―――。

 ヨゼフィーヌがキメラを駆って飛翔した。


「コードF! ズィーベンっ、11エルフっ!」


 メルダー・マリオネッテの全員がいっせいに魔術文字を綴った。

 ある者は飛翔の、ある者は肉体強化の、また、ある者は加速や防護の魔術を。そして、ズィーベンが鋼線で描く魔法陣に、11エルフの文字が刻まれる。

 召喚され、成長し、伸びゆくトネリコの樹を、ロゼットとフェンフト12セバルツが、まるで連続して瞬間移動するかのようにコマ送りで消えながら、駆け上がる。


「まだわからんか足手まといども。これは、私とミッドガルドの華たる資格を得た20との決闘だ。手負いの獣は獣らしく、伏して啼いていろ!」

「アンタこそに何がわかるんだ! ヒトをケモノだの、ドウグだの! パラディース教徒はそんなにエライのか!」


 フェンフトが戦輪を投げる。その悉くが、風の刃によって斬り散らされ、彼女自身もキメラの爪を受けて墜落する。


「当然だ。我々こそ、太古からの英知と遺産を受け継ぐべき選ばれし人。お前たちなど、我等のための家畜に過ぎん――!」


 支配者が君臨し、人民が被支配を受け入れる。それこそが、パラディース教における天の定め。必要なのは、少数のエリートと導かれるべき無知蒙昧な大衆のみ。

 それにも関わらず、この獣どもは、「絶対に正しい価値観」に対して異を唱えようとする。無知蒙昧な大衆であることを否定しようとする。

 そんなことを、栄光あるパラディース教徒として許せるはずも無い。野を祭りし獣どもは、分別を知るがいい。


「そうやって、自分達だけがエライ、自分達だけがトウトイって信じなきゃ、生きてけない。教官、そういうの、カワイソウっすね」

12セバルツ!? 貴様ッ!!」


 フェンフトを切り裂いた鷲の爪、その付け根、茶の獣皮と青い鱗に包まれた掌に、長い筒が撃ち込まれていた。

 杭槍パイルバンカーが、キメラの腕部を撃ちぬき、後方に爆煙が伸びる。同時に吐き出された風圧の砲弾が、12(セバルツ)を大地に叩き落すも、もう遅い。

 重ねるように、跳躍したロゼットの槌が、キメラの首背部、翼の付け根を殴りつける。白い閃光と、無数の魔法陣が生み出す青白い閃光の奔流が交錯する。

 ロゼットは僅かな隙を縫って、槌で殴りかかったが、ヨゼフィーヌの鉄扇によって受け流された。

 光が消える。地上に残るメルダー・マリオネッテの仲間たちは、20ツヴァンツイヒを残して、全員が倒れ付していた。


フェンフトの時間加速か。思った以上に厄介な術だったが、ここまでだ。アインス、お前と20ツヴァンツイヒ以外は、これで終わり。所詮、劣等民族であるお前達は決して勝てないのだ」


 全力を投じた奇襲をもってさえ、ヨゼフィーヌと彼女が繰るキメラを落とすことは叶わなかった。

 第三位級契約神器カーリ。絶対たる力の差が、ここにあった。


(ああ)


 ロゼットの胸がしめつけられる。

 それは、昨日、20ツヴァンツイヒに救われたときと同じ痛みだった。


「何を言っていますの、教官。ワタシ達は、ここにいます。オモイとチカラのすべてがここに」


 まったいらな胸を、ロゼットは堂々と張った。

 違う、違うと、皆の心が叫んでいる。

 あの男に並ばなければいけない。

 でなければ、振り向かせることなんてできやしない。

 生きる。生きて、ワタシ達の本気を見せ付けてやる。

 たかが神の器の力を得たところで、思い上がるな。


「ヨゼフィーヌ教官、貴女は強い。けれど、たった一人で、ひとつとなったワタシ達の意思をねじふせられると思わないで」

「劣等民族に意思等不要!」


 閃光と竜巻が、空を舞った。

 仲間達の全ての援護を受けた。それでも、攻撃も防御も速度も、何もかもがヨゼフィーヌには届かなかった。――19人の力では。


20ツヴァンツイヒ、あなたは、盾になる必要なんてないの)


 あるいは、世界にはそういった、守る戦いをする神器や盟約者もいるかもしれない。

 けれど、イスカが得たのは、穿つ神器。運命に、呪われた世界に風穴を空ける為の牙。

 その牙を届かせるのが、メルダー・マリオネッテだ。

 あの人には及ばなくても、ワタシ達は、ワタシ達の役目を全うする。

 ロゼットの猛攻は、確かにヨゼフィーヌを足止めすることに成功した。

 そうして、末っ子が、残された最後の力を解き放つ。


「まけない。まもるっ」

「風は万物を呑みほし、食らうものなりっ」


 ヨゼフィーヌを護るようにキメラの下で風が巻いた。荒れ狂う暴風が盾となって、迫り来る二発の弾丸を受け止めて切り刻み、磨り潰し、破壊する。

 その弾丸がこじ開けたわずかな穴を、三発目の弾丸が、貫いた。


「これで、最後ですわ」


 時間加速の呪を受けたロゼットが、鋼線を投げて自らの身体ごとヨゼフィーヌを縛り付ける。

 風の音が止んだ。

 20ツヴァンツイヒの弾丸は、キメラの上半身に大きな穴を空け、閉じられた鉄扇によって、中空に静止していた。


「とめられた?」


 ロゼットとヨゼフィーヌを縛り付ける鋼線が、風の刃によって、引きちぎられる。


アインス。聞かせてくれないか? 20ツヴァンツイヒは、お前にとって、欲しかった場所を奪った女だろう? なぜあの子を守るために戦った?」


 恩人の娘だから? 最強の武器の主だから? それとも……?


「だって、ワタシは、あの子のことが好きですから」


 それは、友情かもしれないし、姉が妹に抱くような感情かもしれない。

 そんなシンプルな感情こそが、彼女が槌を取った理由。

 

アインス、変えてみせろ。我らパラディース教徒ですら止められない、終わらない輪廻、この破滅への運命を」


 荒野を渡る風が、ヨゼフィーヌの短く刈った髪を撫でる。

 いい風だ。と、ロゼットが見たことのない、澄んだ笑顔で彼女は笑った。


「私は良い師ではなかったが、お前のことは嫌いでは無かったよ」


 トン、とヨゼフィーヌは、ロゼットを押し出した。

 鉄扇が砕け、キメラが爆ぜる。―――乾いた、氷の割れる音が響いた。



 槍と剣がかみ合い、火花を散らす。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトと、ルートガー・ギーゼギングの戦いは続いていた。


「理解できないな。貴殿ほどの男なら想像がつくだろう? 我ら主要民族を打ち倒しても、また新たな民族がパラディース教徒として君臨するだけだ。貴様が無意味な感傷で肩入れしても、更なる悲劇が繰り返されるだけ。

 異なる民族、異なる価値観があるからこそ、人は互いにあい争う。真なる平和を世界にもたらすために、最も尊いパラディースの価値観に束ねることこそ、必要とは思わないか?」


 ルートガーが繰り出すダインスレイヴの切っ先を、ニーダルは穂先の鎌で払い、続く斬撃を柄で受け、後退を続ける。


「ぜんっぜんっ。そうやって、他人を支配することしか頭にねぇから、ンな寝ぼけた結論が出る。血筋が違ぁう? 考えが違ぁう? それがどうした? 見ているものが違っても、手をとりあうことだって出来るだろうが!」

「ならば、我々の価値観を受け入れたまえ。貴殿には、華たる資格がある。野の獣に情けを注ぐのは、君自身の誇りを貶めることになる」

「華だの獣だの決め付ける。肝心なところ、てめえらは、自分が特別でないって認めることで、他人と同じちっぽけな人間であることに、耐えられないだけだろうが」

「特別である我等がどうして野卑と対等なものか!?」


 叫びとともに、ルートガーが袈裟懸けに斬り込んだ一撃は、踏み込み過ぎだった。

 ニーダルは穂先で受け流しつつ、石突を突きこむ。とっさに避けたところで、足を払おうと槍が伸びて、魔剣で受け止めざるを得なくなった。

 攻守が替わり、再び火花が散る。

 どれほど打ち合っただろうか、ふと、東の空が赤く染まった。

 ニーダルが炎の塊を地面に叩きつけ、距離を取る。同時に、ルートガーもまた退いた。

 風が舞う。赤い大地に魔法陣が刻まれて、長い髪をひとつに束ねた女、三つ編みに結い上げた女、まだ年若い、ロゼットたちと同年代の少女が姿を現した。

 彼女たちに共通しているのは、艶やかな黒髪と、感情を宿さない硝子玉のような灰色の瞳――。

 何処からか転移してきた女達に耳元でささやかれ、ルートガーはつまらなそうに苦笑した。


「ニーダル・ゲレーゲンハイト。先ほど、シーラスにあるナラールの秘密工場がエルサリヤの工作部隊によって破壊されたそうだ。シーラス、イラーナ、ナラールの熱核兵器研究は、若干の延期を余儀なくされるだろう。情報を流したのは貴殿かな?」

「俺っち、ずぇーんぜん知りません?」

「責めているわけではない。公の立場としては、ベーレンドルフ閥……西部連邦人民共和国は、大量破壊兵器の拡散を止めようとしているのだから」


 両の腕を開いておどけてみせるニーダルに、無精ひげをかいてルートガーは応えた。


「さて、続けようか。こちらのカードは全て揃った。貴殿の奮闘を期待するよ?」

「そんなことより、後ろの綺麗なご婦人方を紹介してくれないか。いい宿を知っているんだ」

「強引過ぎる男は嫌われるよ?」

「出会いは大切にするもんだぜ。こんなご時勢だから尚更よ」


 三人の娘は、ルートガーを伺い、彼が頷くのを確認して名乗りをあげた。


「教主直属部隊”無限の自由”が一人、ヨゼフィーヌ・Ⅲ・ギーゼキングと申します」

「同じく、ヨゼフィーヌ・Ⅴ・ギーゼキング」

「ヨゼフィーヌ・Ⅵ・ギーゼキング。火の巨人ロキ、海の巨人エーギルと並び立つ、古の風の巨人を冠る神器が一つ、第三位契約神器カーリが盟約者だ」

「私の自慢の娘たちだよ」


 ニーダルは瞳を閉じて、三日月十文字槍を構えなおした。


「姉妹っていうなら、納得できたんだけどよ。この魔術反応、てめえ、複製したな?」

「風とは偏在するものだ。これが、最も契約神器の力を引き出せるやり方だからね」


 ルートガーが、柄についた汗を拭って、再び剣をとる。

 三人のヨゼフィーヌもまた、手に手に鉄扇、カーリをとって、父親を護るように立ちふさがった。


「てめえら、それでいいのかよ……?」

「家族ですもの。お父様の為に尽くすのがわたし達の悦び」

「私たちの生きる理由の全ては父様」

「それが愛と言うものでしょう」

「さあ、ヨゼフィーヌ。彼に、私たち家族の、愛の強さを教えてあげよう」


 風の刃が、竜巻が、様々な獣の部位が組み合わさった異形の竜が召喚される。


「ルートガー・ギーゼギングッ」


 アカエダキイチロウ。カリヤコノエ。……記憶にない男と女の名前が、ニーダルの胸を焼いた。

 眼前の男は、血の繋がった娘を道具にすることに、何の呵責もなく、それどころか愛情だとすらいってのける。


「それが人の親のやることかぁ」

「娘を愛人にしたことを公言する貴殿よりは、善人のつもりだが?」


 訂正する気すら失せていた。望むことはただひとつ、目の前の男を殴るのみ。


「父様に手は」

「ガキはだまってろ」


 ア ク セ ス

 襲い来る風刃と、竜巻を裂きながら、白い炎が咲く。

 魔術を焼き尽くしながら、十文字鎌槍を手に、ニーダルは疾走する。

 叩きつけてくる鉄扇を腕ごと巻き取って投げ飛ばし、跳躍した足を柄で叩き伏せ、キメラじみた異形の竜の首を焔と槍でね飛ばす。

 詩歌に曰く、『突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌、とにもかくにも外れあらまし』と詠われた槍術の開祖が生み出した名槍だ。

 無論、習ったことなど一度もない。だが、ニーダルは、王国に伝わる槍術を基礎に、10年もの長きに渡って戦場に身を置き研鑽を続けた。もはや、己が手足の如く扱い得る!

 弾き飛ばされる娘達を見て、ルートガーの顔が歪んだ。


「その槍、砕かせてもらう」


 ルートガーが、赤黒い呪いの力を乗せて、ダインスレイヴを三日月十文字槍に叩き付けた。

 希少なミスリル銀で鍛えたニーダルの槍は、魔力付与によって、自己修復能力すら備えた稀有けうの武装だ。

 とはいえ、所詮はマジックアイテムに過ぎず、世界を書き換える上位神器の力を前にしのぎ切れるものではない。

 穂先ごと叩き斬られ、ニーダルの槍が折れる。続いて、ルートガーが刃を横薙ぎに返す前に、ニーダルの身体が飛んでいた。間合いを一瞬で詰めて、左の足を軸に身体ごとぶつけるように、膝を顔面に叩き込む。


(こいつは、ここで潰すっ)


 ニーダルの手のひらに白い焔が集い、太陽よりも光り輝く炎の剣が創造される。

 その瞬間、ニーダルの中の怒りと理性がもっていかれた。


 視界が閉ざされる。音が消える。四肢の感触が消し飛ぶ。

 闇の中で湧き上がるのは純粋なる否定の呪詛。世界そのものを拒絶する破壊の指向。

 娘を道具に使って何が悪い? 命も愛も情も何もかも、すべて平等に価値がない

 兵器に感情など不要。

 そもそも兵器として重要なのは、予想外のモーションを取らず確実に指示に従う信頼性にほかならぬ。

 殲滅せよ。

 ただひとつの使命、世界樹と端末を破壊する為に、すべてを焼き尽くせ!


 精神に侵食し、押し流してゆくシステムを、ニーダルは己が矜持と激情をもって受け止める。

 かつては、恐れたこともある。我をうしなってゆくこと、壊れてゆく自分に恐怖した。


(落ち着けよ。ただ暴れまわるだけじゃ詰まらないだろう? お前には意味がある。ただ否定するための呪詛ではなく、込められたオモイがあるはずだ! くれてやるっ。俺の感情も、この魂も。だから、ともに!)


 剣を、振るう―――。

 黒き力を焼き滅ぼし、白き焔をもって、敵を崩滅する。


「そうか、それが本来の救世の力。いや、本気になったニーダル・ゲレーゲンハイトの強さというべきか。時の果て、死すら滅びるは必定だ」


 ルートガー・ギーゼギングの声が聞こえた。

 どうやら、仕留め損ねたらしいと、ニーダルは理解する。

 ダインスレイヴの刀身は半ばから焼け落ちて、半壊していた。

 彼の娘たちの鉄扇も、それぞれレヴァティンの炎によって少なからぬ傷を負っている。

 けれど、ニーダルにはわからない。彼の目は、今見えてはおらず、口も満足に動かない。

 風によって切り刻まれ、血を流す四肢の痛みすら感じていなかった。


「貴殿が生き延びられたなら、また会おう」


 風の音が聞こえた。この場所から、転移したのだろう。

 さっきまで静かだったイラーナやシーラスの兵士たちが、怪物が来ると叫んでいる。

 時間稼ぎか、スカンクのすかしっぺか、また近くの遺跡の”封鎖結界”を破っていったらしい。


(あ~、この体調で、コレ? 酷い嫌がらせじゃね?)


 というか、今までやたら静かだった兵士たちは、死んだ振りでもしていたのだろうか。

 見捨てていこうかなあ、などと悩んで、結局できなかった。

 どうにか手を動かして、魔術文字を綴り、花火を打ち上げる。


『生き延びたけりゃ、手を貸SE』


 青空に、黒い煙でメッセージが刻まれた。


「おい、最後のほう、誤字っているぞ」


(今ツッコムところは、そこかよ!)



14



 ロゼットたちは、傷ついたヨゼフィーヌの遺体を拾い集め、風吹き渡るアースラの大地に埋葬した。


「教官」


 敵だった。味方だと欺かれていた時も、痛めつけられた記憶しかない。

 それでも……。

 ロゼットは、石を積み上げた墓前に花を供える。


「ワタシは、あの人の娘になりたかったんじゃない。コイビトですわ」

「ぱ、パクられた」

12セバルツ。そろそろ自重することをおぼえろ……」


 ズィーバンの忠告に耳を貸す風もなく、12セバルツはうりうりと肘でわき腹をつついてくる。


「にっひっひっ。大変だねズィーバンは。その点、俺は安全だもんね」

「水をさすようだが……。20ツヴァンツイヒがあの人の養女なのは、いまさら誰もうたがわないが法的なこんきょは無いんだぞ」


 12セバルツは、しばしぽかんとして、そばかすの浮いた鼻面を近づけてきた。


「ど、ど、どどどど、どういうことよ?」

「なにせ僕達には戸籍がないからな。将来20ツヴァンツイヒがイスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトとして籍をとった時、その名前が、扶養家族こどもではなく、配偶者欄つまに書かれる可能性もあるってことだ」

「ぬ、ぬぉおおおおおおおおッス~~~!!」


 なんか絶叫している12セバルツと、心配そうに伺っている11エルフ、その胸に手を伸ばそうとしているフェンフトを横目にズィーベンはため息をつく。


(そんなわけがないだろうが……)」


 話を聞く限りニーダル・ゲレーゲンハイトは20ツヴァンツイヒを娘としか思っていないし、20ツヴァンツイヒにとってのニーダルも同じだ。

 そして、ニーダルがどれほど傾いても、最後の一線で恐ろしく頑強なことを、ズィーベンは工作員として追いながら学んだ。

 アインスは、恋に恋しているだけ。ニーダルにとっての彼女は、娘の友人とか、教え子とか、そんなレベルでしかないはずだ。


(けれど)


 本来ならば、バラバラに運用されるはずだったメルダー・マリオネッテのチームとしての再結成。

 薬物や魔術による人体実験や改造の停止。わずかとはいえ、保障された自由。

 そこに、ニーダル・ゲレーゲンハイトの意思は絡まなかっただろうか?

 全ては憶測に過ぎず、「娘の為」という納得の出来る理由もある。


(僕は、俺たちは変わった。あの人も、きっと。変わりつづけることが、成長することが、俺は怖い)


 変化も、成長も、可能性があるということだ。

 だからこそ、7(ズィーベン)は思う。1(アインス)の傍に寄り添うのは、自分でありたい、と。

 周囲の警戒に回っていた、9と17、12と15が、慌てて戻ってきた。


「南から怪物達がおしよせてくるですって?」


 ロゼットは、仲間たちを見回した。治癒の魔術で誤魔化しても、満身創痍(まんしんそうい)疲労困憊(ひろうこんぱい)。頼みの20ツヴァンツイヒは弾切れときている。


「ぐずぐずしている時間があるなら、早く逃げればいいだろう」


 縛り上げられた黒尽くめの少女が、枯れたような声で呟いた。


「そうですわね。みんな準備して」


 壊れた武器や装備を捨てて、最小限の水と食料だけを持つ。そして、捕縛したギーゼギング指揮下の殺戮人形達の戒めを解いた。


「何を考えている? 我々などエサに置いてゆけばいい。そうすれば、時間もかせげる」


 憔悴したまま座り込んでいる少女の手をとって、ロゼットは呆れたとばかりに引き立たせた。


「しっかりしなさい。ワタシ達は戦った。そして、生き残った。ならば、……教官のためにも生きる努力をしなさい」

「ベーレンドルフにもわたれない。ヴァイデンヒュラーにも戻れない。そんな我々に生きる場所なんてない」

「あら。うらやましいですわね。……それって、ワタシ達と違って、貴方たちは自由ってことじゃないですか?」

「自由? 何だそれは! 散々殺して生きてきたんだ。今は、我々の番だ。なぜ終わらせてくれない?」

「生きたいだけ生きて、死にたいときに死ねる? そんなゼイタクがワタシ達に許されるとでも。思い上がらないで」


 パン。と、ロゼットが少女の頬をはって、ふらふらと覚束ない黒尽くめの少年少女達が立ち上がりはじめた。


「メルダー・マリオネッテ・アインス。お前を我々の指揮個体として認める。命令をくれ……」


 人間は変わってゆくのだ。たとえ、その歩みは遅くても、一歩さえ踏み出せば、生きている限り。

 その機会をくれたことを、ロゼットは、ニーダルに、20(ツヴァンツイヒ)に、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングに感謝した。


「命令は、ひとつ。……生き延びますわよ!」


 ロゼットたちは走り出す。……その先に、未来があると信じて。


―――

―――――


 サウド湾近郊にある海岸洞窟を利用して造られたキャンプで、アースラ国反政府海上義勇兵団は、怪物に追われるロゼットたちを待ち受けていた。

 長を務める屈強なひげ面の男が、西部連邦人民共和国の闇商人に確認した。


「旦那。本当にあのガキどもを殺っちまっていいんだな」

「ええ。彼らは反逆者ですから」


 闇商人に扮した男は、冷たい目で唇をつりあげて応える。


「戦果を上げすぎる奴隷など、必要ないと思いませんか?」

「そいつは、もっともだ」


 大型弓などを整備しながら、海賊達はゲラゲラと笑った。


「必要なのは、金髪の娘だけ。あとは人質に、二、三人、腕と足をもいでダルマにでもすればこと足ります」

「楽しんでもいいんだろう」

「相手は子供ですよ?」

「ご覧の通りの男所帯だからな。穴さえあればそれでいい」


 再び、下品な笑いがキャンプを満たす。けれど、すぐに笑いは、戦慄に変わった。

 停泊している船が、深紅の閃光に包まれたかと思うと、全て消し飛んだのだ。


「て、敵襲!?」

「誰が!?」


 政府軍の追撃は振り切っていた。大陸連合軍が動くという情報は得ていない。


「我が声に応え、いでよ。第六位契約神器ルーンソード!」


 闇商人は、とっさに己の契約神器を召喚し、魔術文字による障壁を張った。

 その障壁は、深紅の閃光の前に、いくらももたずに消し飛んだけれど、おかげで彼は敵を確認できた。

 魔術による光学迷彩で消える直前の、蒼い空を悠々と横切って飛ぶ光の帆を張った戦帆船を――。


(空中戦艦。バカな、あれは私と同じ、”絶対の正義”の……)


 ”無限の自由”と拮抗する武力をもつとされる、ヴァイデンヒュラー閥、前教主直属部隊の一員は、その実力を発揮することもなく、光の中へと消えていった。



「マスター。あれは友軍だったのではないでしょうか」


 反政府軍のキャンプを消し去った空翔ける船の艦橋で、操舵輪を握る少女が、艦長席に座った女に尋ねた。


「ノーラは、必ず悪意で足をひっぱって、隙があっても無くてもこっちを必ず害するヤツを友達って呼ぶかい?」

「人の身でない私ですが、呼ばないと判断します」

「そゆこと。あいつほど甘ちゃんじゃないのよ。わたしは」


 紫色の法衣に身を包んだ女は、洞窟から逃げる馬車を、目を細めて見送った。


「散々邪魔されて時間を浪費させられたんだ。ここらで、牙を見せないと舐められる。あいつにも援護くらいしてやらないと、顔が立たないだろう? ……別に心配してるわけじゃないんだからね!」

「マスター。無理やりツンデレぽくキャラ付けするのは、無理あると思います。むぐっ」

「そんな余計な口を利く子猫ちゃんは、こうだ」

「むぐ、むぐ~~~」


 女は艦長席から降りて、操輪中の少女の頬をぎゅーと引っ張った。

 おかげで船が大きく傾き、危うく横転しかかった。事故を起こさなかったのは、不幸中の幸いだろう。


「さあ、行こうか。ノーラ・ドナク・アーガナスト。わたしとキミの奪われたもの、全てを取り返すために。ここが異世界だろうが、平行世界だろうが知ったこっちゃ無い。たとえ”世界”を相手にしても、必ず宿願を果たすとしよう」

「マスター。貴女の与えてくれた名と、第二位契約神器ミーミルとしての性能の全てにかけても、その願いを叶えて見せます」


 赤枝、苅谷、蔵人、美鳥、空、そして、高城……。奪われた名を、女は心に刻む。


「わたしは、取り戻す。すべてを――」



 洞窟の中から逃げ延びた武器商人と海賊の残党は、必死で馬車を走らせた。

 正規軍と違って、賊徒は護るべき拠点を持たない。支援者が居る限り逃げれば、いつまでも戦い続けられる。それが、彼らの強みだった。


「まだだ。まだ再起はできる。武器を必要とするやつは、どこにだっているんだ!」


 自分達を襲った不可解な攻撃の恐怖に駆られながらも、彼らは確信する。自分達がこんなところで終わるはずがないと。

 進路に、折れた槍を肩にかつぎ、目をぼろ布で覆った赤いコートの男を見てもなお――。


「魔術照合終了。”聖戦の基地”幹部のロレンツォだな。ガキの不始末はオトナの責任だ。悪いが、とっ捕まえさせてもらうぜ」


 邪魔だとばかりに、護衛が弓を射る。しかし、その悉くを、目が見えていないはずの男は回避し、迫ってくる。

 しびれをきらして槍や剣で切りかかった護衛たちは、まとめて槍で大地に叩き伏せられた。


「ガキどもを使え!」


 注射を打たれた子供達の、筋ばかりの手足が膨れ上がり、瞳が混濁する。

 小さな身体を黒い魔方陣に囚われて、まるで獣のように四つ足で跳ねながら、兵器と化した子供達は赤いコートの男へ突進する。

 そして、その体躯は爆発することなく、黒い魔法陣だけが異形の炎に包まれて、ゆっくりと地に倒れ付す。


「赤いコートと炎の魔術! 紅い道化師かてめぇええっ」

「人の呼ぶ字名を気にしてられるかよ!」


 かなわぬと見るや、護衛の海賊達はロレンツォを置いて、散り散りに逃げ出した。

 石弓で応戦するが、止められるものではない。壊れた槍の柄でしたたかに打ち倒された。


「噂は聞いているぞ、クソッタレが。貴様も俺たちと同じ、人の肉を喰らうケダモノだろうが」

「上等。守るべきものの為なら獣にだってなるさ。それがオトコってもんだろうが」


 視界が見えていないので、加減が利かなかった。死んではいないだろうが、動かなくなったロレンツォの上に腰掛けて、ニーダルは水晶球を懐からつかみ出す。


「おい、ジジイ、エルサリヤとアメリアに伝えろ。ターゲットは確保した。更なる空爆の必要はない」

「ふむ。悪かったな。無理をきいてもらったようだ」

「気にすんな。大量破壊兵器の拡散は、神焉戦争ラグナロクを呼びかねない。イスカ達の生きる世界に、そんなものを許せるかよ」


 水晶球に映るエーエーマリッヒは、布で隠されたニーダルの瞳を見て、わずかに沈黙した。


「『紫の賢者』から連絡があったよ。メルダー・マリオネッテ全員を回収。20番目の引き取りは、許可が下りなかったそうだが、1番から19番までは、彼女が保護すると伝えてきた。」

「そっか」

「信じられるのかね。相手はヴァイデンヒュラー閥の魔術顧問。それも、……絶対の正義の一員だぞ」

「わかんね。わかんねえが、なぜだろう。あいつは、裏切らないって、確信できた」


――


『まさか、もう一度キミに名乗る日が来るなんてね。紫崎由貴乃だ。もう二度と、わたしに名乗らせるな』


 そう言って、彼女はいきなり唇を重ね、ニーダルの口に舌を入れて、歯茎を嘗め回して、挙句に唇を少し噛み切っていった。


『それなら大丈夫。いい女の名前は、忘れないようにしている』


 やられっぱなしだと格好つかないので、深いキスを返したが、紫崎由貴乃はただの一度も、ニーダルを見ず、”誰か”を見つめていた。


――


「馬鹿造。わしは、今になって後悔している。ニーダル。君は、あの娘を引き取ることで、復讐だけでなく、あの子とあの子の姉兄を救うという荷を背負うことになった。そして……」

「クソジジイ。あいつらがいなきゃ、俺の時間はとっくに終わってた。イスカが、オジョーやガキどもが、俺に生きる力をくれたんだ。もちろん、……あんたもな」

「だが、お前の身体は……」

「目のことなら、気にするなよ。時間が経ちゃあ、また見えるようになる」


 これまでは、そうだった。

 けれど、ニーダルだってわかっている。理性の欠落や、感情の喪失などの精神的な負荷に加え、身体的な影響まで出始めた。

 レヴァティンという焔を燃やすローソクは、もう長くないのだろう。


「次の遺跡が最後だ。第一位契約神器、七つの鍵を得ても得なくても、俺はすべてを終えて、イスカの元へ帰る。だから、そのときまで、頼むぜ」


 通信は、切れた。

 青空の下で、ニーダルは視力の回復を待つ。

 その前に、子供達がうめき声をあげた。


「……ここ、どこ?」

「よう、坊主。家はどこだ?」


 子供達が、アースラや隣国の村の名前を、口々にあげる。


「そっか、じゃあ、帰ろうぜ」

「どこ、へ?」


 ニーダルは立ち上がる。目を覆う布が落ちた。空は青く、土は赤く、子供達は不安と希望の入り混じった瞳で見つめていた。


「決まってるだろう? 家へ、さ」



                     七つの鍵の物語 ― 人 形 ― FIN

    

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