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第10話 断崖(だんがい)を越えて

12


 復興暦1109年/共和国暦1003年 霜雪の月(2月)25日目

 メルダー・マリオネッテとニーダル・ゲレーゲンハイトに、別れの朝がやってきた。

 見張り小屋の清掃も終わって、あとはヴァイデンヒュラー軍閥から来る、迎えの使者を待つばかりだった。他に人のいなくなった食堂を見渡して、ロゼットは、ここで彼と過ごした時間を決して忘れないだろうと想う。

 指揮個体の少女は、薔薇の彫刻があしらわれた銀の懐中時計を首から外して、ニーダルに差し出した。


「この時計、お返しします。七日間、ありがとうございました」


 最初は討つべき敵だった。けれど今ではロゼット達の命を救い、はじめて人間としての時間をくれた、かけがえのない恩人だった。

 ニーダルは黒い眉をしかめて、小さな両手と、その上に載った思い出の品を見つめた。


「もってけ。何かの役には立つだろう」

「でも」

「いいんだ。オジョーにゃ、似合ってるしな」


 トクンと、心臓の音が高鳴る。赤らめた顔と、湧き上がる情動を隠すように、ロゼットはうつむいた。


「…………」


 抱きつきたかった。胸に顔をうずめたかった。助けてと叫びたかった。

 でも、できない。できるはずがない。それは人形としての自分自身を否定することだから。同族と殺しあわされ、殺めてきた命を、流してきた血を、無為にすることだから。心が震えて立ち尽くす少女の首に、ニーダルは銀時計を架け直した。


「お前、きっといい女になるよ。10年経ったら殺しに来い。そんときゃ優しく抱いてやるからよ」


 甘く、重い空気を振り払うように、ニーダルは軽口を叩く。


「10年も待たせませんわ。必ず貴方を、貴方の前にやってきます」


 たわいのない冗談に、ロゼットは笑みを形作る。


「期待しないで待っとくさ」


 だから、そのときは、どうかワタシを。……殺してください。


「生きのびろよ。ロゼット・クリュガー」


 ポンと頭に置かれた手は、幼子をあやすもの。オンナノコにするような、抱擁じゃない。

 でも、その掌は熱くて、ニーダルの言葉を、ロゼットは胸に刻み込んだ。


 約束、したのだから。


―――

――――――――


 生きる。ワタシは、まだ、生きている。

 

 復興暦1113年/共和国暦1007年、若葉の月(3月)11日目正午過ぎ。アースラ国サウド湾近郊の荒野……

 ロゼット・アインスは、四肢を苛む激痛の中で、意識を取り戻した。

 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングによる上位神器の空爆を受けて、吹き飛ばされたのだ。即死しなかったのが不思議なくらいだ。

 死んだと思った。死ねないと思った。生きていたい、と。

 そう、まだワタシは。ワタシの、人間としての気持ちを何一つ、あの人に伝えていないのだから。

 本当の気持ちを伝えるまで、倒れてなんていられない。


「しねませんわよ」


 生きる。生き延びる。もう一度、逢うのだ。

 ロゼットは、足掻くように、痛みに震える手で大地に指を立てた。

 這う。虫のように無様に、地を這いずる。目はよく見えないし、骨もきっと何本か折れているだろう。

 どれだけ進んだろうか、かすかに乾いた音を立てて、鎖のような何かが、赤土で汚れた白い指にひっかかった。


「あのひとの……ペンダント?」


 不意に、ロゼットの呼吸が楽になる。薔薇をあしらった銀細工の懐中時計から、白く輝く文字が生まれ、赤く染まった少女の身体を覆いつくしてゆく。破られた肌、引きちぎられた肉、露出した骨、そういったものが、光に包まれて、元の肉体へと戻ってゆく。癒しと防御の魔術。それが、懐中時計に込められた力。


「また、すくわれましたわね」


 それが、あの人がこめた魔術なのか、もともとマジックアイテムとして備わっていた力なのかはわからない。

 ……もってけ。何かの役には立つだろう。遠い言葉を思い出して、ロゼットは微笑み、懐中時計を首からさげた。

 メルダー・マリオネッテの仲間たちも、作戦の通りに動いたなら、生きているはずだ。

 「基本コードをS。I地点で合流の後、コードRで迎撃」――生存を最優先に、敵魔法陣を利用して反撃を図る。

 ロゼットが魔法陣に組み込むよう指示した魔術は、範囲内における敵の束縛と、身体能力・魔法抵抗力を向上させる結界の構築。

 20ツヴァンツイヒが防戦しているのか、少し離れた場所から轟音が響いてくる。そして、遠方からはボロボロになった、けれど、目だけはらんらんと輝く少年少女たちがこちらへと近づいていた。

 先頭を歩いていた、普段の三割り増しに髪が乱れた、ぼさぼさ頭の少年、ズィーベンが唇をつりあげた。


アインスの作戦、石橋をたたきすぎだとおもったが、正解だったようだな」

「教官が相手です。用心にこしたことはありませんわ」


 互いに笑う。それで、通じた。圧倒的な神器の力をみせつけられてなお、誰一人として、戦意を失ってはいなかった。


20ツヴァンツイヒの支えんに向かいます」


 ロゼットは戦場を振り返る。メルダー・マリオネッテの仲間たちも彼女に続く。そこで、12セバルツが制止した。


「ちょっと待って。アインス、その格好、いろいろと見えてヤバイっす」

12セバルツ。オマエというヤツは、時と場合をぉおおお」

「ばかぁあ」

「ええ~~~っ」


 ズィーベンの鋼糸が12セバルツの喉首にからみつき、11(エルフ)が物凄い勢いで平手打ちを繰り返す。


「男どもはぜんいん、目ぇつぶれ~」

「そう言って、近づいてくるフェンフトはなんなんですの!」


 なんか手をわきわきさせて荒い息で突撃してくるフェンフトを、6と10が必死でしがみついて止める。


「もう、どうして、いつもワタシ達はこうなんですの~~」


 そりゃあ、師匠筋のせいじゃないスかねー。絶叫を横に、かすむ意識の中、12セバルツが見上げた青空には、ニーダル・ゲレーゲンハイトとドクトル・ヤーコブの、うそ臭いほどに朗らかな笑顔が映っていた…。結局――。


「この予備の布と、これをこうしてああして、できましたっ」

11エルフ、縫うの早すぎっ」



(カーリ…火の巨人ロキ、海の巨人エーギルとならぶ、いにしえの風の巨人のなまえ)


 原初神話において、神々と拮抗する力を誇った巨人族は、数々の魔法を用い、巨竜や魔獣に変化する術式を行使したという。

 ヨゼフィーヌが駆る、茶の獣皮と青く光る鱗に覆われた巨大な怪物。虎の顔と鷲の爪、6つの脚、7つ頭の蛇の尾、竜の翼もつ複合怪異キメラもまた、第三位級契約神器カーリが宿す力の片鱗か。


「まけないっ」


 20ツヴァンツイヒこと、イスカ・ライプニッツは圧倒的に不利な防戦を強いられていた。

 彼女の長銃には、戦車や装甲戦術機ゴーレムを一撃で破壊する力があるし、その射程から中空に浮遊する敵を狙撃するのにも向いている。

 とはいえ、亜音速で飛び回る標的を狙い撃つなんて無茶が利くほど、便利な代物ではない。

 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングによる急降下攻撃を、彼女は阻むことが出来なかった。

 だから、仲間たちが皆殺しにされる前に、狙撃をやめて連射に切り替えた。

 切り札も言うべき空中炸裂弾を惜しげもなく使い、ヨゼフィーヌと彼女が使役する怪物、第三位級契約神器カーリを圧封する。

 20ツヴァンツイヒが射出する弾丸は、次々と中空で飛散、巨大な球状の魔方陣を形成した。直径20メルカに達する魔法陣は、つららをばら撒きながら爆発するも、ヨゼフィーヌが呼び出す嵐のように吹きすさぶ風の刃によって散らされる。


「小娘がっ。邪魔をするなっ」


 ヨゼフィーヌは、瀕死のメルダー・マリオネッテから20ツヴァンツイヒに標的を変えて、炸裂弾の弾幕を吹き飛ばしながら接近してきた。

 次弾を撃つ隙など与えないとばかりに、吐き出されたキメラの吐息が、風圧の砲弾となって20ツヴァンツイヒの華奢な身体を吹き飛ばす。


「強力ではあるが、所詮は狙撃に特化した下級神器!」


 先ほどまでの実戦を通し、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングは、メルダー・マリオネッテの性能同様に、20ツヴァンツイヒの銃についての特性も分析済みだった。

 同種である他の第六位級神器”エルヴンボウ”に比べ、射程に優れるも、速射性能も追尾能力も無いに等しい。

 全長130cm(セントメルカに達する長銃身はどう扱ってもとり回しが悪いし、魔術によるエネルギー弾ではなく、実弾を用いる弊害が如実に出ている。

 弾倉への補充は召喚術で行っているようだが、一発撃つごとに遊底をひいて、弾丸の装填と排出を行わなければならない。

 高速戦闘を前提とする盟約者同士の戦闘では、この隙は致命的と言えた。

 作った者たちからすれば、『まともな銃器もない魔法万歳なこの世界でいちからライフル造る者の苦労がわかってたまるか~』と叫びたいところだろうが。

 自動小銃なんてものができるには、科学水準からすれば、まだ半世紀は必要だろう。


「そのまま、寝ていろ!」


 キメラに跨るヨゼフィーヌが、鉄扇を振るい、巨大な円状の風の刃が出現する。

 けれど、追撃を放つ寸前、態勢を立て直した20(ツヴァンツイヒ)が撃ち込んだ銃弾が直撃した。

 氷の割れる音と共に、風刃を形作る魔術文字が砕ける。弾丸はそのまま直進し、カーリが生み出した3枚の魔法防壁を粉砕して、ようやく停まった。


(ちぃ)


 魔術によるエネルギー弾ではなく、あえて実弾を使用する。その意味がこれかと、ヨゼフィーヌは戦慄する。

 速射性能に劣り、追尾能力もない。だが、弾丸自体に魔術文字を刻むことで、広範囲攻撃を含む複数の攻撃手段を使い分けられる。

 特に、魔法防壁を凍結する術式を刻めば、相手の防御魔術を破った上での攻撃が可能となり、ゴーレムの装甲すら貫通する大口径銃弾の威力も伴って、恐るべき破壊力を発揮する。


(たとえ格下とわかっていても、決して油断できる相手ではない。ならば、先に仕留めるまでだ)


 ヨゼフィーヌの鉄扇の操作に呼応して、キメラがいななく。

 羽ばたく竜の翼から輝く文字が生まれ、複数の小さな魔法陣を作り出す。魔法陣から発する青白い閃光が、機銃のごとき勢いで掃射される。

 天と地、雲と泥。絶対たる差が、ここにあった。迫りくる閃光の雨を、20ツヴァンツイヒは撃ち返すこともできず、見上げるのみだ。

 けれど、この窮地にあってなお、彼女の瞳は、闘志を失ってはいない。


「ン。かわ、せる」


 彼女を育てた父は言った。弾幕兵器は確かに脅威だが、絶対の死を覚悟する相手ではない、と。


『要は命中精度が低いんだよ。こいつはアカエダから聞いた話だが、小銃は一次大戦で一人殺すのに弾丸10,000発。フルオート化されたベトナム戦争じゃ、 200,000発以上もかかったらしい。魔法頼みのこっちだって事情は変わらん。大量にばらまく魔術は、いちいち弾一個のコントロールなんてしてられないし、一撃の威力だって小さくなる。魔法で盾や障壁を張れる分、こっちの方が差はデカいはずだ』

『パパ。アカエダって、パパのお友達?』

『……誰だっけ!?』


 たまに、こういうことは良くあった。

 アカエダ。カリヤ。クロード。ミドリ。クウ。ムラサキ。……これらの名前が出た後、パパは必ず”忘れていた”

 禁呪であるレヴァティンの後遺症だって言ってたけれど、本当のところはパパもよくわかっていないようだった。

 20ツヴァンツイヒに、イスカ・ライプニッツにできることは、父親を信じることだけ。それだけの強さと想いと武器を……与えてくれた。

 中空に、足場となる魔法陣を呼び出して跳躍する。空を翔ることは出来なくても、亜音速の移動だけなら、神器から力を引き出せる。

 もはや召喚する残弾も尽き果て、弾倉に残るはわずかに5発のみ。それで、決着をつけなければ、皆を、姉兄を守れない。

 20ツヴァンツイヒは、複数の足場となる魔法陣を中空に召喚、驚異的速度で蹴り飛ばしながら、閃光の弾幕を回避、跳躍する。


「かわしてっ、接近するだとっ!? 20ツヴァンツイヒ、貴様、何を考えている?」

「まもるっ」


 本当は、あの後続けたパパの言葉は違っていた。


『つーわけで、当たらないよう距離をとって速攻で逃げろよ。間違っても突撃なんかすんじゃねーぞ』


 逃げる場所なんてないよ、と、20ツヴァンツイヒは思う。

 今、姉兄たちを守れるのは自分だけ、今戦えるのは自分だけ、ここが20ツヴァンツイヒの戦場だ。

 魔法陣の召喚と跳躍を繰り返しながら、20ツヴァンツイヒは空を舞う。目指すは、ヨゼフィーヌの更なる高みだ。鉄扇から繰り出される風刃をかわし、キメラの風弾を避け、高く高く飛翔した。


「うちぬく」


 徹甲弾を装填し、魔法陣の上から、眼下を飛ぶキメラの左右の翼を狙って、撃ち込む。

 風が巻いた。荒れ狂う暴風が盾となって、迫り来る二発の弾丸を受け止めて切り刻み、磨り潰し、破壊した。

 それでも、構わない。暴風の盾を張り続けることは不可能だ。

 風の勢いが弱まる瞬間、20ツヴァンツイヒは銃頭に素早く刃をつけ、落下速度を利用し、キメラに騎乗したヨゼフィーヌへと突撃する。

 重く、鈍い音がした。


「それが、貴様の切り札か?」


 氷をまとった銃剣は、風を帯びた鉄扇によって、阻まれていた。


「最初から私自身を狙うべきだった。絶好の勝機を得ながら、無駄な感傷でふいにする。20ツヴァンツイヒ、悪い師の影響が出たな」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキングの整った能面のような顔に、はじめて、憐れみの様な影が射した。

 竜の翼から放たれる閃光の掃射が、巨獣の爪牙が、顎から吐き出される風弾の吐息が、……20ツヴァンツイヒの身体を赤く染めた。

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