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第九話 自らの足で大地を駆けよう

11


 静かになった戦場で、ロゼットは荒い息を吐きながら、構えた槌を降ろして、ヨゼフィーヌに降伏を勧告した。


「伏兵と地雷魔法陣をつかったもはんてきな計略。だからこそ、読みやすく、逆用もできます。教官。ワタシ達の勝ちですわ。普段の貴方なら、こんな手には引っかからなかった。教え子とあなどったのが、貴方の敗因ですわ」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキングは俯いた。びゅうびゅうと荒野を渡る風の音だけが響く。赤い大地の土が舞って、青い空の下で踊る。


「ハハハハハ」


 風の音に交じって、ヨゼフィーヌがかすかな嗤い声をあげた。


「……教官?」

アインス。その通りだよ。教科書通りの作戦を、殺戮人形を使って行う。そのことにこそ意味があった。教え子だから侮る? 当然だろう。師を越える弟子など存在しない。そして、劣等民族風情が、我々パラディース教徒に敵うはずもない。これは天の意思で、世界の理だ」

「何を言っているんですの? もう決着は……」


 ヨゼフィーヌの短く刈った黒い髪が、逆立つ。彼女の手に握られた鉄扇が、青い光を帯びて、魔術文字を描き出す。次に円、三角、五芒星……。光がはじけた時、そこにいたのは、6メルカ近い半透明の怪物だった。顔は虎に似て、茶の毛皮と青光りする鱗に覆われた巨大な体躯。六つの脚と、八つ頭の蛇の尾、鷲の爪、竜の翼をもった複合怪異キメラがそこにいた。


「契約神器にも、ヒトと同じように、純然たる階級差が存在する。

 携帯可能な魔術道具に神器核を埋め込むことで、性能を強化した第六位級。

 青銅人形のような大型魔術道具に埋め込むことで、意志の伝達や高度な使役を可能とする第五位級。

 空を飛び深海を泳ぐ、ヒトの限界を超える力を付与する第四位級。

 けれど、これらは所詮下級の神器に過ぎない。真の使徒たるパラディース教徒が、世界樹より授かった神々の力を見るがいい」


 ヨゼフィーヌが、キメラに跨る。竜巻と見紛う暴風を残し、第三位級神器カーリと担い手が飛翔する。


「情報の収集は終わった。殺戮人形計画は、ベーレンドルフ閥の脅威とはなりえない」


 高々度まで上昇したヨゼフィーヌは、キメラとともに急降下し、メルダー・マリオネッテに襲いかかった。


12セバルツ。お前の拳は奇襲にしか使えない」


 急降下すると同時に振るわれた、巨獣の風の爪に引き裂かれ、赤い髪の少年は血をまき散らして吹き飛んだ。


11エルフ。支援と回復しか使えぬ術者など無用の存在だ」


 キメラによる体当たりを受けて、長い髪の少女は真紅に染まって地を転がった。


ズィーベン。鋼線と魔法陣を組み合わせた戦闘法も、貴様では手品に過ぎない」


 再度上昇。高空からのキメラの吐息が、空気による砲弾と化して、もさもさ髪の少年を押しつぶした。


フェンフト。時間加速の魔術は強力だが、紫の賢者には遠く及ばない」


 キメラがいななく。羽ばたく竜の翼から輝く文字が生まれ、複数の小さな魔法陣を作り出す。魔法陣から発する青白い閃光が、5(フェンフト)を中心とする半径50メルカを薙ぎ払った。

 遠方で、次々と討ちとられてゆく仲間達を、ロゼットはどうすることもできなかった。


「なんなんですの、これは」


 強さの次元が違う。戦術とか、ヒトの力でどうにか出来る相手じゃなかった。

 驕っていたのはヨゼフィーヌじゃない。思いあがっていたのは自分だ。先ほどまでの成功は、絶対的な戦略的優位に立った相手に、いいように弄ばれていただけ。


「地を這え。ムシケラ」


 高々度より打ち出された、青白い閃光と風圧弾の爆撃を受けて、ロゼットは爆ぜ飛んだ。



――

――――


 共和国暦1000年代の始まりから、ミッドガルド大陸中東海地方は、二つの異なる勢力が対立していた。

 ひとつは、浮遊大陸アメリアを中心とするアース神教を奉じる国々。もうひとつは、中東海地方土着の宗教であるヴァン神教を奉じる国々。

 中東海地方は、発掘される魔法石の利権や、民族紛争を巡り、数多の意思がぶつかりあう火薬庫となっていたのだ。

 ヴァン神教原理主義を掲げる複数の軍事組織は、『反アメリア』『反資本主義』『反民主主義』を旗頭に多くの犯罪結社と結びつき、『聖戦の基地』と呼ばれるひとつのネットワークをつくりあげた。

 彼らが飛行人形を奪取してアメリア本土に空爆を加えたことをきっかけに、激怒したアメリアは防衛とテロリズム根絶を訴えて、『聖戦の基地』が潜む複数の軍事介入を開始した。対テロ戦争の幕開けである。

 もっとも、自由だの正義だのを掲げていても、アメリアの内心の目的は中東海地方の魔法石鉱山の奪取にあった。

 反対した白妖精大陸のいくつかの国も、平和だの人道だの訴えながら、その実、自分がもつ魔法石の利権が奪われるのを嫌っただけである。

 これらの国々は『聖戦の基地』に協力する一部国家政権の、非道な虐殺や民族浄化に対しては一切口を噤み、そればかりか公然と支援すら行ったのだから。

 このような国々のどこに人道や平和を唱える資格があるだろう?


 『聖戦の基地』もまた、正義のレジスタンス等ではなく、ただの邪悪な軍事組織と犯罪結社の集団に過ぎなかった。

 彼らが襲うのはアース神教徒ではなく、同じヴァン神族の信者達だった。

 市場を襲い、村を襲い、食糧や女性、子供を略奪する。軍事力を盾に脅して麻薬の栽培を強制し、時には井戸を掘ってインフラを整えようとする外国のボランティアを襲った。

 『聖戦の基地』が権勢をふるうためには、根拠地である地方や国々が貧困と生活苦で絶望していることが望ましかったからだ。

 そうして彼らは自ら害したヴァン信徒に悪魔のように囁くのだ。「悪いのはすべてアース神教徒だ。彼らを皆殺しにすれば、今より豊かな生活ができる、失われたものの仇を討つことができる」――と。

 かくて、悲劇は連鎖する。アースラ国や中東海を舞台に、大陸会議連合軍と海賊・テロリスト、双方の支援国による紛争が長期に渡って続いた。

 その『聖戦の基地』や大陸諸国の反政府軍に武器を流していたのが、西部連邦人民共和国だった。西部連邦人民共和国は、対テロ戦争に協力すると言う名目で、自国の少数民族を殺し、収奪し、圧制を加えながら、裏ではテロリストを相手に商売を行い、収益をあげていたのである。

 アメリアは、軍やNPO・NGOに至るまで、共和国製武器を使用していることをレポートにまとめて告発したが、西部連邦人民共和国はとりあわなかった。というより、何もできなかったのかもしれない。西部連邦人民共和国は実質、各軍閥による連合統治であり、教主であるアブラハム・ベーレンドルフとて、すべてを意のままに動かすことはできなかったのだから。


 時は流れ、『聖戦の基地』の根拠地であったいくつかの国の政権が倒れた頃、ひとつの陰謀が動き出した。

 各国の民間人拉致や偽札製造、発掘した弾道弾乱射で悪名を響かせた西部連邦人民共和国の隣国、ナラール国が、遺跡から発掘した大量殺りく兵器『熱核術式弾道弾』を中東海地方のシーラス国に持ち込み、復元と研究を始めたのだ。

 アース神教側の中東海地方最大の根拠地であるエルサリヤ国は、事態の収拾のため特殊部隊による越境調査を計画する。

 時を同じくして、『紅い道化師』として名を馳せる遺跡荒らし、ニーダル・ゲレーゲンハイトが、突如として西部連邦人民共和国から姿を消した。発見されたのは、共和国および中東海諸国に隣接するパルマーナ国。彼は地元のアース神教との共存を目指すヴァン神教徒の長老たちの依頼を受けて、土地改良のための魔道具を発掘・修繕しつつ、略奪を働く『聖戦の基地』の構成部隊のいくつかを撃退していた。

 そして、西部連邦人民共和国ベーレンドルフ軍閥、教主直轄部隊”無限の自由”の将軍の一人、ルートガー・ギーゼギングに、パプティスト・クロイツェル総帥より、ニーダル捕縛の指令が届いたのは、およそ一か月前のことだった。



――――

――


 復興暦1113年/共和国暦1007年、若葉の月(3月)11日目。

 灰の混じった黒髪と鍛えた体躯が威厳をかもしだす壮年の軍人、ルートガー・ギーゼギング中将は、アースラ国南部のパルマーナ国とアースラ国の国境近くに敷いたキャンプで、時を待っていた。


「御息女が”人形”との交戦状態に入ったと連絡が届きました。援軍を派遣しますか?」


 一人の士官の申し出に、ルートガーはゆっくりと首を横に振って、正午を過ぎようとする時計を見た。


「あの子は上手くやるさ。私の自慢の娘だからね」


 不精髭の浮いた顎を撫でて、仮設のベンチに深々と座りなおす。


「少尉。疑問があるのかい? 今回の作戦に」

「いえ、そんなことはありません。我が忠誠は常に教主と共に」


 彼は必死で平常心を繕っているが、疑問が部隊全体に霧のように漂っていることをルートガーは感じ取っていた。

 たかが一人の魔術師を捕らえるには、今回の動員は大がかり過ぎるのだ。

 通常、第六位級契約神器の盟約者はおよそ魔術師10人、一分隊に匹敵する戦力に数えられる。第五位級契約神器の盟約者で100人分にあたる一個中隊。第四位級なら1000人分で一個連隊だ。

 そんな貴重な戦力にも関わらず、今回の任務では10名もの盟約者が参加した。純粋戦力においては、旅団規模、あるいは、それ以上にも匹敵するだろう。そんなものを盟約者ですらない、一人の流れ者の魔術師にあてるなど、非常識も甚だしい。


(……といっても、あの機密事項が真実なら、この戦力でも危ういがね)


 ”無限の自由”に所属する将官以上の首脳部だけに知らされた、恐ろしい事実が存在する。復興暦1112年/共和国暦1006年の夏、総帥、パプティスト・クロイツェルは、ネメオルヒス地方でニーダル・ゲレーゲンハイトと遭遇戦闘を行い、彼を取り逃がしたのだ。

 ルートガー・ギーゼギングは確信している。パプティスト・クロイツェルは、手を抜いた。だが、どれほどの気まぐれがあっても、あの怪物から逃れ得る者がいるなど信じ難かった。ベーレンドルフ閥も、ヴァイデンヒュラー閥も、ニーダル・ゲレーゲンハイトには幾度も苦渋を舐めさせられている。偶然では片付けられないだけの価値が、力があるのか、ルートガーは己の目で確かめたかった。


「国境より連絡。”道化師”、国境を越えました。こちらに真っ直ぐ向かって来ます!」


 監視者からの報告を受けて、ルートガーは灰色の目を細めた。


「往こう。出陣だ」


 そうして、街道で待ち伏せたルートガー・ギーゼギングは、鷹のように鋭い目でを越えてきた人影をいちべつした。

 元は白かったのだろう、土で汚れたボロボロの長いシャツドレスをまとい、赤い首巻を風にたなびかせて、強い足取りで北西部を目指している。


「ニーダル・ゲレーゲンハイトだな」


 道を阻むように立ちはだかったルートガーの問いに、赤い首巻の男は応えなかった。無言で高低差の激しい街道を歩き続けたが、わずかも進まないうちに200人余りの武装した集団に包囲されてしまった。


「てめえら……『聖戦の基地』に見せかけて、そっちはシーラス、そっちはイラーナの兵士かァ。スポンサーの無理難題に付き合うのも大変だな、オイ」


 無造作に投げかけられた男の言葉に、兵士達の一部は苦笑した。

 繋がりがあるのは公然の秘密とはいえ、彼らもいっぱしの国軍の兵士だった。支援国の頼みとはいえ、テロリストのコスプレを強いられるのは、確かに無理難題に他ならない。


「で、俺がニーダル・ゲレーゲンハイトだが、 西部連邦人民共和国パラディース教団のお偉いさんが、しがない穴掘り師に何の用だい?」

「私はルートガー・ギーゼギング。共和国の中将だ。貴殿の誤解を解きに来たのだよ」


 ルートガーは慎重に言葉を選んだ。彼の当初の予定では、アメリアを非難しつつ、被害者である『聖戦の基地』に扮した兵士達に戦争根絶を訴えさせることで、ニーダルに協力を仰ぐつもりだった。

 この手の偽装や自演行為は西部連邦人民共和国ではよくあることだ。少数民族が暴れたので鎮圧したという記録映像をよく見れば、加害者の集団の民族衣装の着付けが大間違いだったり、あまつさえ共和国兵の軍刀を持っていたり、平和と協調を謳った世界規模の祭典で、五十民族共存の看板を掲げて民族衣装で舞台にあがった子供達が、全員パラディース教徒だったのが後になって他国にバレたりする。


「貴殿と我々の間に、数々の行き違いがあったことは事実だ。これまでの不幸な経緯ゆえに、貴殿は我らを誤解している。我々は政府や国、民族といったくびきから人民を解放し、偏見や差別という物をなくすことで、真なる平和をこの地上にもたらそうとしているのだよ」


 ニーダルは、黒い目で、ルートガー・ギーゼギングの灰色の瞳をにらんだ。


「その割には、トラジスタンやネメオルヒス、モデュール等の国々を侵略して併呑したな? 撃退されちまったが、ベトアーナやイシディアにも戦争をふっかけたし、王国や東南海諸国への領海侵犯もしょっちゅうだろう?」

「公海の巡察にいいがかりをつけられただけだ。そもそも、侵略とは人聞きの悪い言葉を使う。我々は残虐で愚かな指導者達から、貴重な文化と歴史を守るために、保護したのだよ。現にトラジスタンもネメオルヒスも、パラディース教の庇護によって、蛮人の王の下では得られなかった繁栄を迎えているではないか?」


 ルートガーの言葉を聴き、ニーダル・ゲレーゲンハイトはわずかに唇を噛み、こぼれた血を飲み込んだ。生ぬるい、鉄の味がした。


「かつては、400以上を数えた西部連邦人民共和国の諸民族が、パラディース教徒の政権掌握後、殲滅みなごろし強制結婚みんぞくじょうかで50民族にまで粛清された。

 350民族の血統断絶。それを政府や国、民族といったくびきからの解放というなら、俺はつきあえん。貴重な寺社を焼き払って産廃放置場をおっ建て、口伝や書物を都合よく書き換えることを保護とは言わん。パラディース教徒だけが繁栄する支配の下で、他者の誰もが等しく苦しみ、踏みにじられる社会を平和と呼ぶのなら、そいつはただの地獄だ」


 青空の下、赤い大地の上で、白い衣をまとったニーダル・ゲレーゲンハイトは、黒い防塵コートを羽織ったルートガー・ギーゼギングを正面から見据えた。


「俺は、王国人以外なら、どこの国、どのような地位のヤツの依頼でも受ける。だが、ルートガー、あんたのような奴はァ、お断りだっ」


 ほう、と、ルートガー・ギーゼギングはわずかに不精髭の残る口元を歪めて、ニーダルの挑発的な視線を受けた。


「貴殿の愛人の命が、我々の手中にあると言ってもかね?」

「ぬ、ぬぁんだとォ」


 ニーダルの顔が、蒼白になった。顔からタラタラと脂汗を流しながら、ガタガタと震えだす。


「ルートガー・ギーゼギング。てめえ、人類の半分を手にかけようなんざ、とォんでもない大悪党だなッ」

「……世界中の女性全部を愛人認定する貴殿よりは善人のつもりだ」


 じゃあ、三丁目のなになにか、それとも4番地のなんちゃらかとお経のように続けるニーダルを無視して、ルートガー・ギーゼギングは本題に切り込んだ。


「イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトの身柄は、私の手の者が押さえている。交渉に応じる気はあるか?」

「断る」

「…………っ!?」


 予期せぬ返答に、ルートガーの整った眉と鋭い瞳に動揺がはしった。


「誰の名前を出すかと思えば。……あんた、勘違いしてるだろ?」

「ほう。それは、貴殿はもう、あの性奴隷を必要としていないということかね?

「逆だ。あいつに、イスカ・ライプニッツには、もう俺のようなロクデナシは必要ないってことだ」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、遠巻きに囲む兵士達を無視して、再び足を進めはじめる。ルートガー・ギーゼギングは、交渉は決裂したと判断し、腕を振るった。


「撃て――――っ」


 石弓の矢が雨あられと放たれて、白い衣を蜂の巣のように引き裂いた。真紅のコートに包まれた腕が空に伸びて、中空より炎を、焔の中から三日月十文字鎌槍を召喚する。その槍を大地に叩きつけ、棒高跳びの要領で、ニーダルは空を舞う。

 彼の手が魔術文字を綴り、無数の火のつぶてが撃ち出される。一撃の威力こそ低い炎の弾丸は、槍を中心に大地へ魔法陣を描き、赤い焔がほとばしる。


「吹っ飛べ」


 魔法陣から生じた爆風が兵士たちを薙ぎ倒す。けれど、爆心地にいるはずのルートガーは、土埃ひとつ浴びてはいなかった。


「狙い撃て――っ」


 シーラス、イラーナより借りた兵士は元より囮。生きた人を盾にするのは、古来より続く共和国の基本戦術。

 中空の道化師へ向けて、四方の岸壁の上に伏していた狩人が次々と光の矢を放つ。第六位級契約神器”エルヴンボウ”。その矢より逃れ得る獲物なし!


「だからよ、そうゆうところが、いけすかねェつってんだッ」


 戦場の空気が変わった。光の矢が燃え尽きる。ニーダル・ゲレーゲンハイトが背にまとうは異形の焔。樹にも機にも獣にも似たアカイナニカ――――。

 狙撃主達は次々と打ち倒されて、燃える流星となった魔術師は、指揮官へと突撃した。その正面へ、風の魔術で迷彩されていた第五位級契約神器”トロール” が巨大な棍棒を叩きつけ、……武器諸共に灰と消える。逃げ出した操者と、援護するつもりで気絶した兵士の群れから飛び出した第六位級契約神器”ルーンソード ”の盟約者達は、追撃する彼によって片端から殴り飛ばされた。


「なるほど、ようやく腑に落ちたよ。パプティストをして仕留めきれなかった理由。教主が”鍵”と呼ぶ理由。認めようッ。貴殿は”無限の自由”の一員足りうるチカラを持っている。なればこそ!」


 ルートガー・ギーゼギングは、佩剣を抜いた。彼は目前に迫る脅威に対し一歩も退かず、不精髭の浮いた口元には笑みすら浮かべていた。


「それだけの見識と力をもちながら、なぜ色に溺れ劣等民族などに拘泥こうでいする? あのケダモノどもは未開地開発に重要な家畜であり、性的欲求を晴らすための娯楽品だ。私の一撃を受けて、目を覚ますがいい――――」

「寝言はァ、寝てからほざけぇええ」


 アカイナニカをまとったニーダルと、ルートガーの赤黒く染まった刃がぶつかりあった。衝突した魔力の渦は互いを相はみながら火花を散らし、……一瞬の後、赤黒い魔力によって、焔は食われて駆逐された。翼を失った獣は、重力によって落下するのみ――――。


「そうかよ。中将様って時点で気付くべきだったぜ。あんたもエーエマリッヒのクソジジイと同じ……」


 地に叩きつけられた哀れな道化師を、偉大な剣士は堂々と見下ろした。


「もう一度名乗りをあげようか。私は、教主直属部隊”無限の自由”が一人、ルートガー・ギーゼキング。生きとし生けるもの全てを殺す魔剣、第三位契約神器ダインスレイブが盟約者だ。救世の翼の後継よ。……貴殿の煩悩ぼんのうを殺し、正しき道へと誘おう」

「そいつは悪くない話だ。だが、聖人君子なんざガラじゃない」


 大地に突き立った槍を手に、ニーダルは立ち上がる。

 生きとし生けるもの全てを殺す。―――法螺じみた前口上ではない。ニーダルが先程まとっていた”始まりの(レヴァティン)”は完全に消し飛ばされた。


「俺は、ただの」


 その翼は、千年の昔、姉も親友も、守りたいものを何一つ護れなかった阿呆が残した未練。

 受け継いだのは、恋人も戦友も失い、養女すら幸せにする資格を持たなかったそれ以上のド阿呆。

 でも、そんな馬鹿だから出来ること、馬鹿にしか出来ないこと、護れないモノがあるはずだ。


「オトコなんでなっ」


 遥かな昔、世界樹を焼き滅ぼした焔の残滓と、生あるもの全てを殺す呪われた魔剣が、青い空と赤い大地の狭間で再び交錯した。



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