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第18話 本物の聖女と偽物の聖女

 エリーゼと唇を重ねたままで光に包まれているアゼルは、全身に浸透していく温かい感覚に目を見開く。

 ようやく唇を離すと、エリーゼの青い瞳とアゼルの赤い瞳の相反する色が交差する。


「エリーゼ、今のは貴様の力なのか?」


 アゼルの脇腹を見ると傷口が完全に塞がっていて血は流れていない。傷痕すら綺麗に消え去っている。

 しかしエリーゼにも何が起きたのか分からずに目を見開いて瞬きすら忘れている。


「え!? 今のって私の力なの!?」

「貴様が聞くな、オレが聞いている!」


 珍しくアゼルがツッコミ役になった。どうやら無自覚でエリーゼの聖女の能力が発動したようだった。

 聖女の能力は愛によって効果が高まるという。アゼルを想って唇を重ねた事により、眠っていた能力が目覚めたのかもしれない。

 こうなると調子に乗って強気になるのがアゼル。再び正面からエリーゼを強く抱きしめて、さらなる力を求める。


「ふははは!! 見たかカインよ! さすが我が妻、最愛で最強の聖女エリーゼ!! さぁ、再びオレに力を!!」


 アゼルは再度エリーゼに『強化』の能力を求めた。

 アゼルからの力強い抱擁と愛の言葉の連発にエリーゼの全身は熱く悦びに震えるが、過度に期待されるプレッシャーで打ち消されてしまう。


「さっきのはまぐれよ、もう無理!!」


 エリーゼがアゼルの腕の中で戸惑う中、対するカインもセレンを自分の腕の中に抱く。


「セレン、こっちも強化だ! 最大級の力を頼むよ!!」


 アゼルに対抗心を燃やすカインは、セレンの能力を最大限に引き出そうとして強く抱きしめる。しかし愛のない抱擁は拘束と変わらない。

 そしてエリーゼも覚悟を決めた。能力が発動すると信じてアゼルの胸に頬を寄せて目を閉じる。発動しなくても、またアゼルの自己暗示で勝手に強くなるかもしれない。エリーゼは自分よりも誰よりもアゼルを信じている。


(アゼルを強化、強化……!)


「きた、きたぞ……! 凄まじい力だ。エリーゼ、その調子だ!」


 アゼルの高揚した声にハッと目を開けると、自分とアゼルが眩しい黄金色の光に包まれている。それは巨大なドーム状となって膨れ上がり、周囲の兵士たちをも飲み込んでいく勢いで拡大していく。


(能力は発動したけど、止まらない……? これって能力が暴走してるんじゃ……!)


 エリーゼは力を制御できなくて戸惑うが、その膨大な聖力を目にしたセレンは対抗して張り合う。


「くっ……お姉様には絶対に負けないわ! 私が最強の聖女なのよ!!」


 セレンが発動した能力も同じように膨張してエリーゼの放った光と重なり合わさっていく。眩しくて何も見えない中で、アゼルの鼻先をカインの剣先が掠めた。

 アゼルは咄嗟にエリーゼを突き放して後方にどかせると、自らの剣を斜めに構えてカインの刃を受け止める。


「アゼル様。どちらの『強化』が勝つか勝負ですよ!」

「望むところだ、と言いたいところだが……このままだと貴様の聖女も巻き込むぞ」


 周囲では両国の兵が入り乱れて混戦状態となっている。敵味方の区別もしにくいほどに視界は悪く、アゼルの言う通りエリーゼとセレンの安全も確保できない。

 その事に気付いたカインは剣を引いてセレンの姿を探す。


「……! セレン、どこだ!?」


 過剰に重なった聖なる黄金色に包まれたこの空間では離れた場所の目視が難しい。アゼルの後方にいたはずのエリーゼの姿すら光に飲まれて見付けられない。

 そしてエリーゼとセレンは張り合うようにして聖力を限界まで放出したために反動で気を失った。今は二人とも地面に倒れている。

 アゼルはカインとの決着よりもエリーゼをデヴィール国に連れ帰る事の方が先決だと判断した。しかし動こうにも周囲の様子が全く見えない。


「誰かいないか!? エリーゼを見付けて連れて行け!!」


 アゼルは光の先にいるであろう自国の兵に向かって命じた。そして光の中から一人の兵が現れた。


「エリーゼ様を保護しました。馬車に乗せます」

「よし。引くぞ!!」


 アゼルがマントを翻して後退すると、カインも同様の考えらしく背中を向けて兵と共に後退していく。

 ウィリアム国の軍隊はアゼルに斬られて負傷者が多くいたが、歩けないほどではない。アゼルがわざと致命傷を外したのは、今回の目的は戦争ではなくエリーゼの奪還であったから。

 前世では魔王であり、現代でも冷酷非道と言われるアゼルだが確実に何かが変わった。溺愛の呪いはアゼルに慈悲の心まで与えたのかもしれない。


 後退したアゼルは待機していた馬車に乗り込む。エリーゼは別の馬車に乗せて先にデヴィール国へと逃した。

 ひとまずエリーゼ奪還という目標を達成した安堵で、アゼルは馬車内の座席に座って息をつく。


 やがて馬車はデヴィール国の王城へと辿り着く。馬車から降りたアゼルは、先に到着していたもう1台の馬車へと駆け寄る。

 その馬車の中の座席ではエリーゼが横になって眠っている。力を使い果したのか、もしくは安心したのか。


「クク……可愛いな。ゆっくり休め」


 アゼルは優しくエリーゼを抱き上げる……が、何かの違和感に気付いた。先ほどエリーゼを『お姫様抱っこ』した時の感覚と違う。

 金色の長い髪に白いドレス。姿はエリーゼなのだが、体格、肉付き、重さ、何もかもか微妙に違う気がする。


「貴様……誰だ?」


 アゼルは震える声で自分の腕の中で眠るエリーゼ……のような女性に問いかけるが、返事はない。

 彼女はエリーゼと容姿も服装も似ていて歳も1つしか違わない。アゼルでさえエリーゼと見間違えてしまうほどに。


 だからこそ、あの混乱の中では誰も気付かなかった。連れ帰ったのはエリーゼではなく妹のセレンだったなんて。

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