面倒な客
深夜2時。
仕事とは言え、俺はこの時間あまり人を乗せたくない。終電を逃した酔っぱらいを乗せたり、色々な面倒がある。
長距離と深夜料金、歩合給が増えるから生活のためには積極的にやる方がいいが、面倒が増える。
駅前のロータリーに停めた車内。
タブレットで日報を打ち込みながら、この後どこを流すか考えていると、窓をコンコン、と鳴らす音がした。
そちらを見ると、スーツ姿の男性が気忙しそうな顔をして、こちらを見ている。
後部座席のドアを開けると、ため息をつきながら乗車した。
タブレットを助手席に置いて、ルームミラーを確認する。
きっちり整えられた髪、太めの眉に力強い目をしていて、ちょっと濃いが男前の部類だろう。
臙脂色のネクタイに目が行く。
細かいストライプが入っており、高そうなスーツと合わせて高級な印象を受ける。
酒は入っているが泥酔しているわけではなさそうなので、そこは安心だが、おそらくこれは面倒な客だ。
タブレットを置いた助手席に目をやりつつ、お決まりの台詞を言う。
「どちらまで? 」
「N駅まで頼む。そこからは指示するから」
「かしこまりました」
パーキングブレーキを解除してウインカーを上げる。
道路に出た所で、賃走に切り替えた。割増料金のランプが灯る。
車の数も減った県道。
走っているのは同業者と、代行運転業者、ランプのついた車をちらほら見かけるくらいだ。
音だけは静かな車内。
面倒が起こりそうな気配にため息がつい出てしまった。
「こんな夜中だ。眠いからって事故だけは勘弁してくれよ?」
ため息をあくびか何かと勘違いされたらしい。
「申し訳ありません。安全運転に努めますので」
下手な言い訳はしない。
「眠られたら困るからな。俺の眠気覚ましにもなるから、何か話してくれよ」
「いや〜、参ったな」
チラリと助手席の方を見る。置きっぱなしのタブレットがぼんやりと光っている。
致し方ない。
「じゃあ、つまんない話なんですけどね。まぁ、怪談ってやつですよ。こんな仕事してると先輩や同僚からも良く聞かされるし、私自身も出くわすこともあるんですよ」
「へえ、いいじゃないか。聞かせてくれよ」
お客は座席に寄りかかりながら、鷹揚に構えた。
「じゃあ、失礼して」
ここからはしばらく道なりだ。話に集中できる。
「ちょうど今くらいの時間なんですけどね。S駅近くのアパートの前で、女の人を乗せたんですよ。茶髪の髪の長い人で緩いパーマがかかってたかな」
「ふん、なんだかありがちな感じだな」
「まぁ、そうしたもんなんでしょうね。事実っていうのは。で、その女の人、俯いたまんまでちっちゃな声でN駅に行ってくれっていうんです。特に荷物も持ってないし、警戒しますよね。ルームミラーでちょこちょこ様子見てたんですよ」
「……」
「白いワンピースにハイビスカスって言うんですか?大きな花柄の服でね」
お客の顔がさっと青ざめたのがわかる。
「小さな声でぶつぶつ話してましてね。何を話してるのかと思って聞いてたら、何でも恋人に裏切られたとか、重役の娘に乗り換えたとか、プレゼントしたネクタイがとか、ぶつぶつ話してるんですよ。私、こりゃまずい客乗せちゃったな、なんて考えてたんですけどね。まぁ、降ろすわけにもいかない」
「……もういい」
お客がつぶやいたが聞こえないふりをする。
「そのまま走って、N駅近くになったら、指図するんですよ」
「もういいって言ってるだろ! 」
「駅前交差点から右」
お客の顔が完全に青ざめて、細かく震えている。
「次の交差点を左」
「それから高速の高架の下を通って、少しの所でここで停めてくれってね」
「もういい!やめてくれ! 」
お客が声を荒げるが、ここで止めるわけにもいかない。こっちも仕事だ。
「停めたら女の人が消えててね。びっくりして車の中やら外やら探しても見当たらない。車に戻ったところで」
……
「ドンッって大きな音がした」
「音のした方に行くと、そこはマンションと雑居ビルの隙間でしてね」
お客はガタガタ震えている。
「暗いし、雑居ビルの違法建築のせいで狭くて奥がよく見えない」
一瞬車内が沈黙に支配される。
「何があったんでしょうねぇ……そこで」
赤信号に引っかかった。
静かに停車する。
「もう、ここでいい!降ろせ!降ろしてくれ! 」
「ここでいいんですか?」
ハザードを焚いて、ドアのロックを外すと、お客は万札を投げ捨てるようにこちらに渡して、転がるように車から降りて去っていった。
やれやれ──。
静まり返った車内。
窓を開けてタバコに火を点ける。
このご時世。普段は絶対やらないが、こういう時ばかりは車内で吸うことにしている。
「これでよかったのかい?」
吐き出した紫煙が車内に巡り、その奥に長い髪の女性の姿が見える。
助手席に座った女性の白いハイビスカス柄には赤黒い染みが付いている。
女性はゆっくりと、ギクシャクした動きで頭を下げるとお客が逃げていった方角に向かって立ち上がり、姿を消した。
「この時間に走るとコレがあるからなぁ」
タバコをもう一服吸い込み、窓から外へ吐き出す。
「副業の方はしばらくは勘弁願いたいね」
タバコを携帯灰皿へねじ込み、消臭スプレーを車内に吹きかけて、車を走らせた。
深夜の県道。静まり返った道をUターンして元きた道を戻る。
本業──タクシー運転手
副業──霊媒師
最後までお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・応援・感想などいただけると励みになります!




