特別編3話「お母ちゃんが来たで、覚悟しぃや!」
▶1. 「東京の空気は、孫の匂いするわ~!」
「……あれが、東京駅かぁ~!でっかいなあ~!!都会やなあ~!!ほら舞子見てみ、東京やで!」
「お母ちゃん、何回目よ東京。もう4回目やん」
「ちゃうねん! 今までは“娘に会いに行く”東京やったけどな、今回は違うねん!
“孫に会いに行く”東京や!!目的が違う!気合いも違う!!顔も洗ってきた!!」
「普段は洗ってへんのかい」
舞子の母・宮本千代・57歳が、
新大阪から新幹線で乗り込んできたのは、
出産から5日目、退院の前日。
3週間、娘と初孫の世話をするため、
家族を残して大荷物を引っ提げての“大上京”である。
「ほんでこれが舞子やな? 産んだ女の顔しとるわぁ~!ええ顔してる!」
「産んだばっかで寝不足すぎて目ぇトロトロやけどな……」
「目トロでも親や。あんたもう母やねんから堂々しとき!」
舞子は抱っこした赤ん坊を見せながら、
少し照れながら言った。
「ほら、お母ちゃん。これが……うちの子、悠真やで」
「うわ~~~~~……!ホンマや……!ちっさ!!まつ毛ある!?もう眉毛も生えとるやん!!」
「そら人間やし」
「どっち似やろな!?鼻は舞子やけど、口元ちょっと誠くんに似てへん?」
「せやなぁ、泣き方はうちに似てデカい声出すわ」
「おぎゃあああああ!!ってやつな!」
「それは誰でもや」
▶2. 「ほな誠くん、そろそろ“嫁実家の洗礼”受けるで」
その夜。
入院中の個室にて。
舞子、悠真、千代、そして“義理の息子”本庄誠が同じ空間にいた。
病室に3人+赤ん坊がいる光景に、どこか実家のようなあったかい空気が流れていた――
……ようで、舞子は内心ドキドキしていた。
(うちのお母ちゃん、喋り出したら止まらへんし……誠、絶対ひくんちゃうか……)
千代は、持参したタッパーからいきなりたこ焼きを取り出した。
「ほな誠くん!腹減ってへん?大阪から冷凍して持ってきてん!チンしたら出来たてやで!」
「……ありがとうございます。病室で、たこ焼きの香りが……斬新です」
「これが大阪流“産後ケア”や!!」
「お母ちゃん、ほんまに病院の廊下にソースの匂い撒くのやめて。助産師さん笑ってたで」
誠は、たこ焼きを一つ取りながら、つい口元を緩めた。
「……不思議ですね。どんなに疲れていても、この匂いを嗅ぐと“笑う準備”が整います」
「それが大阪のDNAや!笑いは健康の源やからな!」
「正論やけど、大声で言うことちゃうわ」
悠真が少し泣き始めた瞬間、
千代は迷いなく立ち上がり、
「舞子は座っとき!うちが抱く!」
「うちの子やねんけどな!?」
「うちの孫や!」
「お母ちゃんの血、強すぎる!」
誠はその光景を見ながら、目を細めて笑った。
(この親子の会話は、どんな漫才より面白い……)
▶3. 夜中、母と娘の小さな会話
夜9時。
赤ん坊がようやく寝つき、病室も静かになってきた頃。
舞子と千代はベッドサイドで小さく話をしていた。
「なあ、お母ちゃん」
「なに」
「うち……ほんまにちゃんと母親になれるんかなぁ」
「なれるよ。ていうか、なってるわ、もう」
「……そやけど、怖いねん。寝れへんし、何が正しいんかわからんし……
泣かれたらうろたえるし、心配ばっかりしてまうし」
「そら心配するわ。赤ちゃんてな、生きとるだけで奇跡みたいなもんやもん。
でもな、親は“答え”より“向き合い方”が大事やねん」
「……向き合い方」
「完璧やなくてええねん。
“今日も頑張った”って思えたら、それで100点やわ」
舞子の目に、ふっと涙がにじんだ。
「お母ちゃんも、昔そう思って育ててくれてたん?」
「ちゃうわ。
お母ちゃんは毎日“これでええんか?”って思いながらやってた。
けど、あんたが今こうして頑張ってるの見て、
“あれでよかったんやな”って、ようやく思えたんや」
「……ありがとうな」
「礼なんかいらん。
その代わり、孫には“ばあば大好き”って言わせるで?」
「もうすでに言うてる気ぃするわ、無言で」
▶4. 翌朝:出発準備
退院当日。
誠は迎えに来たタクシーに荷物を詰めながら、
千代に笑顔で挨拶された。
「ほな誠くん、今日からはうちがこの家仕切るからな!」
「それは心強いですね……」
「けど怖がらんでええで?掃除好きやけど几帳面すぎへんし、
料理はするけど味見は雑やし、なんやかんや気ぃ使わへんでな!」
「前半は安心、後半は不安ですね」
「そのへんは“家庭内バランス”や!」
「……なるほど」
タクシーに乗り込む瞬間。
誠はふと、赤ん坊を抱いた舞子の顔を見た。
目の下にクマが浮かび、少し疲れてる。
でも、確かに“母の顔”になっていた。
「舞子さん」
「ん?」
「お母さんに似てきましたね」
「え、どのへんが?」
「笑うとき、口が斜めに上がる癖。あと、全力で突っ込むときの目」
「うわ、そこ似んといて欲しかったとこやわ」
千代がにこにこしながら割り込んでくる。
「顔も性格も似とるのは、うちのDNAが強い証拠や!」
「絶対それ、うちの子に受け継がんとって欲しいベスト3入りやで」
「なに言うてんの!笑いの才能って財産やで!
“ばあばに似てる”って言われたら、悠真くんは将来モテる!」
誠は、運転席の後ろで肩を震わせていた。
(舞子も、千代さんも……僕の人生に、この笑いがあることが、ほんまに、幸せや)




