番外編④「この人と、生きていくと決めた日」
▶︎ 1. ふつうの朝、特別な気配
「……本庄さん、今日ちょっとソワソワしてへん?」
朝の出勤中。電車内で、舞子はスーツ姿の彼をちらりと見上げた。
「……そうですか?」
「めっちゃわかる。えらい時計見てるし、なんか落ち着いてへんし」
「今日は少し、会食がありまして」
「へえー……でも会食って言うわりに、香水つけすぎてません? それ、デート仕様やろ」
「……」
「あっ、図星や。てかそれ、うちとやんな?」
「……はい、まあ、そうですね」
「“まあ”ってなによ。“はい”ってはっきり言いなさいよ」
(……ふふふ、なにかあるな。絶対なんか仕掛けてくるな)
舞子の“勘”は、妙に当たる。
けど今日は、わざと知らんふりしてやろうと思った。
▶︎ 2. 静かなレストラン、ふたりだけの空間
夜。連れてこられたのは、東京湾の見える高層ビルの最上階にあるレストラン。
天井が高く、静かなピアノの生演奏が流れていた。
「え、なにこの雰囲気……緊張してきたんですけど」
「大丈夫です。いつものように、笑っていてくれれば」
「む、そうやっていつも“落ち着いたあなたが素敵”とか思わせようとするな」
「思ってますけど?」
「ちょ、素直か!」
料理はどれも美味しくて、ワインも舞子の好みにぴったりだった。
話題はなんてことない日常のこと――最近見た映画、舞子の実家の母からのLINE、
奈々が最近買った「恋愛成就まんじゅう」の話。
でも舞子は、感じていた。
彼の視線の奥に、なにか大きな言葉が隠されてるのを。
そして、デザートのあと。
テーブルの上に、白い小箱が置かれた。
▶︎ 3. プロポーズ
「……舞子さん」
「……はい」
「あなたと出会って、僕はずっと変わり続けてきました」
「……」
「自分の気持ちを言葉にすること。誰かに弱さを見せること。
そして――信じること。全部、あなたが教えてくれた」
舞子は、涙をこらえながらうなずいた。
「最初は、君の笑顔に助けられていた。
でも、今はその笑顔と一緒に未来を歩きたいと、心から思っています」
彼は、そっと箱を開けた。
中には――小さな、でも確かな光を放つ指輪。
「……結婚してください。
これからの人生、あなたと共に生きていきたい」
その言葉に、舞子は口元を押さえて、
でもすぐに顔を上げて、笑って言った。
「はい。こちらこそ、“よろしくお願いします”やで」
本庄は、ようやくふっと笑った。
そして、指輪を舞子の左手薬指に通した。
指が少し震えていて、でもあたたかかった。
▶︎ 4. その後のふたり
プロポーズの翌週。
社内の昼休み。
「なあなあ、奈々ちゃん聞いて!」
「なになに? なにそのニヤけ顔こわっ」
「うち、ついに……本庄さんと結婚します!」
「…………え。
……ええええええええええええええええええ!!!!???」
社内は、軽いパニックになった。
でも、誰も否定はしなかった。
「……だろうと思ってた」
「てか今まで隠れてたのが奇跡」
「祝福しかない」
誰もが、ふたりの恋が“ちゃんと続いていた”ことを知っていた。
あの「氷の上司」が、今では時々“やさしい笑い方”をするようになっていて。
その理由が舞子だと、もう誰もがわかっていたから。
▶︎ エピローグ:結婚式の日
ある秋の午後。
都内の緑のチャペルにて。
舞子は白無垢に身を包み、
本庄は緊張しながらも、微笑んで隣に立っていた。
誓いの言葉のあと。
牧師「本庄誠さん。あなたは、舞子さんを永遠に愛することを誓いますか?」
「……はい。心から、誓います」
舞子の目から、涙がこぼれた。
舞子「うちは、“この人のそばにいたい”って思えたこと、人生で一番の宝もんやと思ってます。
これから先、喧嘩しても泣いても笑っても、全部、あなたと分け合って生きたいです」
拍手の中、ふたりは指を取り合い、キスを交わした。
「……舞子さん」
「ん?」
「これからはもう、“バレたら終わり”じゃないですね」
「うん。“バレても幸せ”やね」
ふたりは顔を見合わせ、そして――笑った。
その笑顔が、この先どんな未来も乗り越えていくと、
誰もが信じられるような、やさしい光を放っていた。




