怪優
〈露時雨冷たと云ひつ樂しまん 涙次〉
【ⅰ】
ところで讀者諸兄姉は、『グレイスランド』と云ふアメリカ映画をご覧になつた事がお有りだらうか。この中で「怪優」ハーヴェイ・カイテル演ずる中年男が、現代に蘇つたエルヴィス・プレスリーだと云ふ設定なのだが、当人エルヴィスに全然似ても似つかない。だが主人公とヒロイン以外の人びとは、彼がエルヴィスだと云ふ事を信じて疑はない。King is backを相言葉に聖地『グレイスランド』巡禮の旅... これと同じで、「マスカレード【魔】」は金尾に全くと云つていゝくらゐ似てゐない。だが彼の術中に嵌まれば、彼=金尾と云ふ事を、人びとは信じ込んでしまふのだ。
【ⅱ】
「只今帰りました」何と、タロウですらが騙されてしまふ。カンテラ「おゝ、今日は欠勤かと思つた。金尾くん、氣分は?」-「別段いつもと變はりないですよ」-「さうかい、それは良かつた」-だがカンテラは、「シュー・シャイン」から、昨夜金尾/ゴーレムが魔界に消えた事を訊いてゐた。
「マスカレード【魔】」はナイフを所持してゐた。この儘放つて置けば、危ないのであるが、誰も彼が實は金尾ではなく、【魔】だと云ふ事に気付かない。
【ⅲ】
「マスカレード【魔】」は手始めにじろさんを狙つてゐた。主役のカンテラは、後の樂しみ(?)に取つて置かう、と云ふ譯である。じろさん、さうとは知らず、金尾(だと彼が信じきつてゐる、「マスカレード【魔】」)に珈琲を淹れてやつたりしてゐる。「だうも有難う御座います。ところで此井先生、ちよつとお話が」-「話? なんだい?」-「内密なお話なので」-「ぢや『相談室』借りやう」-「さうしませう」
※※※※
〈髭を剃る自分的にはウケ惡い素肌が見えてすうすうするよ 平手みき〉
【ⅳ】
(こゝ迄來れば、につくき此井を殺れる!)と「マスカレード【魔】」は確信してゐた。が、それは慢心だつたのである。
具體的に云へば、刃物を向けられて、じろさんが無反應である譯がない。「マスカレード【魔】」、瞬く間にナイフを取り上げられ、ぐい、と腕を捻り上げられてしまつた。(しまつた! しくじつた!)と思ふも束の間、「金尾、お前一體-」カンテラも「相談室」に入つて來た。「じろさん、金尾くんは昨夜魔界に降りてゐる。その時憑依されたんぢやないか」
【ⅴ】
急ぎ、「修法」(開發センターの方丈でないから、即席のだが)で金尾(の振りをした「マスカレード【魔】」)の心に侵入したカンテラ、そこで見たものは...「ち、しくじつたか。かうなりや自爆して」-「これは金尾くんぢやない!」カンテラ-「何!?」じろさん。「しかも爆發物を持つてゐる」-じろさんが懐中を探り、爆彈を取り上げた-
【ⅵ】
カンテラ「しええええいつ!!」-「マスカレード【魔】」を斬つて棄てた。【魔】は正體を露はにした。と、テオ、テオが今度はゐない。「流石天才、先を讀んで魔界に金尾くんを救出しに行つたな」-君繪がテレパシーでテオに語り掛けた。(テオさん、あんまり深追ひは駄目よ。金尾さんの二の舞ひになつちやふ)-テオ(合點承知!)
【ⅶ】
テオの金尾救出劇。そして、「やい、『ゲーマー』、お前の悪巧み、今度も何とか阻止したぞ。何ポイントになる?」-「ち、やられたか。25ポイント、累計50だ」
「大台だな、早くも。ぢや、さらば-」
「プロジェクト」より入金。1250萬圓也。死地を掻い潜つたゞけの報酬を獲た。
金尾は因みに、自分勝手な行動を取つた、と云ふ事で、無期謹慎処分となつた。大袈裟ではない。あそこで自爆テロが成功してゐたら- うそ寒い事である。お仕舞ひ。
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〈秋燈や人生假面舞踏會 涙次〉