選ばれし召喚留学生の行く末
アマルナ王国とメギド王国の間には、10年前より友好国提携が結ばれている。
しかし、それはかなり特殊な提携であった。というのも、アマルナ王国とメギド王国は、同じ世界に存在していないのだ。通常の陸路、海路ではたどり着けない先、異世界にお互いの国があった。
その経緯はほとんど知られていないが、どこの世界にも頭のおかしい天才はいるもので、彼らが界を越えてアンテナを張り巡らせているうちに、いかれた周波数がたまたま合致して、天才たちの間で交流が始まってしまったのだ。国の承認も得ぬままに。
彼らはお互いが人間の姿をしていようと、いまいと、あまり気にしなかった。今度会いましょう、などと気軽に約束をして、会ってみたら、幸いなことに、彼らの姿かたちは似たようなものであった。
なので、異世界人と連れ立って歩いていても、周りから訝しがられることはなかった。ごく近しい者からは、あの偏屈な天才が他人と談笑しながら歩いているだと、などと二度見されたくらいで、一緒にいるのが異世界人とは気づかれなかった。
天才たちが互いの国を行き来する方法は召喚であった。
こちらから向こうに出向くことはできない。招かれて初めて訪れることができる。だから戦争を仕掛けることもできないし、仕掛けたところで後方支援もなく、勝ち目もない。万一、勝ったところでどうする、という話でもある。なので、しばらくはただ平和に、天才たちが招き招かれてを繰り返すのみであった。
ところが、天才たちの周りには、天才に憧れる者がいた。異世界に興味を持つ者もいた。異世界と繋がっていることを何かに利用できないかと考える者もいた。
そうした思惑が絡まり合って、アマルナ王国とメギド王国は、友好国となった。
具体的に何をどうしようではなく、そのうち何か良いことを思いつくかもね、くらいの動機であった。
ある時、メギド王国からアマルナ王国に、数名の若者を招いてくれないかという打診があった。
話を聞くと、メギド王国の高位貴族の子息たちが、近隣諸国への留学を断られ、面目が丸つぶれなので、異世界への留学を果たして、バカにしたやつらを見返してやりたいということらしかった。
窓口となった天才たちは、
「馬鹿なのかな?」
という意見で一致した。
アマルナ国王の意見としては、関係がまずくなっても特に困ることはないから好きにしてよい、とのことだった。
一方のメギド国王からも、むしろ厄介払いをしたいくらいのボンクラどもなので、スパルタで鍛えるも良し、不甲斐なさを自覚させ心をボキボキに折り散らかしてやるも良し、好きにしてくれ。大人しくなる頃に呼び戻そう。との言質を取った。
召喚当日。
静まり返った召喚室に、賑やかな集団が降り立った。
金髪や銀髪、目の色が様々な3人の青年が、制服らしき揃いの服をだらしなく気崩して、胡散臭い笑顔を浮かべていた。
「なるほど、あなた方が、国で持て余されて送り込まれた皆さんですね」
アマルナ王国の天才マネトが、悪気もなく言った。
「なんだと、バカにしているのか」
いちばん背の高い男が激高した。
「ええ、馬鹿な理由でいらしたので、間違いないでしょう。
あなた方は、異世界留学を単なる箔付けと考えておられるようですが、とんでもない。こちらに来たからには、そんな生ぬるいことは許しません。きちんと学んで魔術を体得し、国元の皆さんを見返してやりましょう。ご安心ください。僕はこの国の魔術研究の第一人者ですからね、やりようはいくらでもあります。意欲が湧かないのなら、湧かせる方法を知っています。多くは望まないなどと謙虚な姿勢も許しません。まあ、お任せください。悪いようにはしませんから。
ではまず、あなた方の体と頭の中を調べましょう。僕の世界の人間と内部組織が異なっているかもしれませんからね。それを考慮せずに魔術を発動した場合、崩壊する恐れがあります」
「さらっと言ったが、崩壊って、何がだ」
いちばん小柄な男が、怯えたように聞いた。
「脳および心臓および筋肉と骨です」
「ほとんどじゃねえか!」
「心も危ないですね。ですから、最初の検査が大事なのです。さあ、行って精密検査をしましょう。僕もこういう機会がないと、異世界人の体を調べることなどできませんからね。あなた方には感謝をしてもしきれません。お礼に、僕の知る魔術を、期限いっぱいまで叩き込んであげましょう。向こうに戻ったら最先端の魔術だと自慢してください」
「ふざけんな、俺たち真面目に魔術を習う気なんかないからな。数か月間、異世界生活を堪能するだけでいいんだ。珍しいもの食べて、変わった娯楽を体験して、かわいい子と遊べればいいんだよ」
いちばん体のガッシリした男が言った。
「それは困りましたね。余分なおしゃべりは慎みましょうか。はいはい、お口閉じて」
天才マネトが、パンと手を打ち鳴らすと、3人の異世界人の口が閉じた。
息をするためには開閉できるが、音声は出てこない。
「食べたり飲んだりもできますから安心してください。さあ、どうぞこちらに」
招かれた室内で、3人の青年は、天才マネトの興味の向くままに、体の内部を丹念に調べられた。痛くも痒くもないし、服をはぎ取られたわけでもないが、マネトの目が、人間に向けて良い類のものには見えなかった。3人は、恐怖を互いに共有しようにも、声は出ない。ただ機械の唸る音と、マネトの紡ぐ呪文と、魔法の発動する不気味な音だけが、室内にくぐもって聞こえ続けた。
3人は初日で心が折れた。
「困りましたね。まだ、あなたがたはお馬鹿さんのままですよ。帰りたいってどういうことですか。これでは僕の面目が立ちません。あなた方の面目も大切かもしれませんが、僕にとって大事なのは僕ですからね。さあ、情けないことを言ってないで、魔術の初歩の初歩からやってみましょうか。そちらの教本をざっと見ましたが、面白いですね。色々な発見がありました。
これをどこまで習得しているのですか?え?え?聞こえません。最初の3ページと言いましたか?」
3人は羞恥と怒りで震えた。
「驚きました。未就学児でもこれくらいはできますよ。もしやそちらの文明は相当遅れていると?いや、僕が親しくしている彼は、僕と同等の知識と技術を持っているな。うーん」
マネトは思った。こいつらに教える時間がもったいないのでは、と。
「君たち、物は相談だけど、楽して魔術を覚えるのは、どう?」
マネトがすっごい笑顔で聞いた。人間に向ける目ではない。
「どうやって?」
いちばん小柄な男が勇気を振り絞って聞いた。
「頭の中にね、僕の魔術でちょちょいと。簡単だよ」
「副作用はないのかよ」
「副作用なんてものをオプションで付けたりしないよ。無駄は嫌いなんだ」
「じゃあ、健康を損ねるとか、自分の意思が曲げられるとかはないんだな」
「ありません。しいて言うなら、以前より賢くなって、どうしたのか訝しがられるくらいですかね」
「良し、俺は乗った」
「おい、何かあったらどうするんだよ。信用できるのか?」
「ここまで来てバカのままなら、留学した価値がないだろ。楽して魔法が身につくなら、俺はやるよ」
「良い心がけです。僕も馬鹿と話していても楽しくないですからね」
「この野郎」
「あなた方はどうします?彼だけ賢くなって帰還しても、僕は構いませんが」
「ちくしょう、足元見やがって。俺もやる」
「じゃあ、俺も」
というわけで、天才マネトは自分の時間を馬鹿に無駄にされるのが嫌で、3人の頭に魔術を刻み込んだ。ただし教本の7割まで。ギリギリ学園を卒業できる程度だ。それだけでも、彼らには大変な進歩だと思われるだろう。
ついでに、人を不快にさせることを言わないように、ガラの悪い言葉を発しようとすると、頭の中でパンと手を打ち鳴らす音がして、口が自然と閉じるようにしておいた。これは副作用などではなく、ぜんぜん別途のオプションだ。品行方正への一歩としてほしい。
彼らは半年間アマルナ王国に滞在し、身に着けた魔術がより正確に発動できるように練習した。
できないものを延々と繰り返すのは苦痛だが、できる魔術の精度を磨くのは楽しかった。3人は、幾分性格も矯正され、来た時よりきちんと制服を着こなして帰っていった。生意気そうなのは変わらなかったが、以前より社会の害悪になることもあるまいと、彼らの生活の面倒を見た者たちは思った。マネト自身には、なんの感慨もなかった。異世界人の体のデータが採れたことが唯一の収獲であった。
後日、メギド王国から、3人の召喚留学が大変効果的であったと感謝された。
天才同士のやりとりで、その逐一が知られ、今度はアマルナ王国からメギド王国に、3人の男女を召喚留学生として招いてもらうことになった。本人たちは、選ばれし自分たちが、異世界の最先端の魔術を学ぶべく送られるのだと思っているようだが、その実態は、性格矯正プログラムだ。彼らは学園内のスクールカーストトップに君臨し、頭と容姿に殊更自信を持っている。自信を持つだけならいいが、カーストの下にいるクラスメイトを、人を使って苛めている。
マネトがメギド王国に招かれて街を歩いた時、アマルナ王国の女子たちがメイクで苦心して作り上げた顔そのままが素顔というような女性が多かった。こちらのカースト上位が向こうに行ったら、自信喪失するだろう。さて、あちらで美醜の基準の見直しをしてきてもらいましょうか。もちろん魔術もあちらの天才にまるで及ばないことを自覚してもらいましょう。僕と並ぶ天才の彼が、いかにしてそれを成すか、お手並み拝見といきましょうか。
天才マネトは、メギド王国に召喚されてゆく3人を見送りながら、彼らが帰還する半年後に思いを馳せるのであった。