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泥舟を漕ぐ

作者: 間瀬
掲載日:2025/08/27

 鋭い風が、頬をなでている。僕はスマートフォンを耳に当てたまま霞む目を細め、延々と続く都市の明かりの果てを探す。

 しばらくして、不意に呼び出し音が止んだ。


「はいはい、どうした如月」


 親友の深みのある声に、ふっ……と体のこわばりが取れる。


「なんか声聞きたくなった」

「おいおい、ちゃんと休んでるか?」

「いやぁ、やっぱり休みたいけど休めないもんだね」


 ため息交じりに続ける。


「なんか国会議員って面白くないよね」

「党の言う通り動いて、挙げ句尻拭いばっかしてるからだろ」

「うん、そうだね」


 傍らのテーブルのワインを取り、グラスに口をつける。


「僕はこんな事するために議員になったわけじゃないんだけどなぁ」

「たしか、日本を変える、だったか?」


 まだ三十になったばかりの頃の話だ。自分で起こした事業が失敗し、莫大な借金を背負った。そんなとき、党から事務員としてののスカウトがあった。それに飛びついたのが、すべての始まりだった。


 ――如月くん、国会議員になってみる気はないか。


 大震災が起こり、親友は投資に失敗して会社を売却した。それでもなお、借金は残っているらしい。

 許せなかった。苦しんでいる親友に、何か大きな助けをしてあげられないということが。


 如月がいてくれるのが助けだ。そんな彼の言葉は、ただのやせ我慢のようにしか聞こえなかった。新卒で同期として出会ったあの時から、彼の瞳の奥には野心が燃えていた。道半ばで第一線から退かなければいけない、そんな悔しい思いをにじませ、彼は妻子とともに地元へと戻った。


 彼が東京を立つ日、自分の無力さに唇をかみしめながら高速バスを見送った。

 成功できないまま、名もないままに消えてゆく者。震災で被った損失にもっと援助があれば、親友はまだ東京にいられたはずだった。


 今思えば、それは現実逃避というか、責任転嫁だったのだろう。けれど、あの時僕はそれを正義として政治の世界に飛び込んだのだ。


「ま、党首でもない僕みたいな議員に、そんな力はなかったけどね」


 椅子から立ち上がり、ベランダの手すりに寄りかかる。視界の端で、スカイツリーのライティングが切り替わった。


「もうどうせ泥舟なんだから、もっと楽に生きろよ」

「いや、やるからには全力で、でしょ?」


 親友が笑った気配がした。


「如月、相当疲れてるな?」

「まあね」

「よし、三日後東京(そっち)行くか」

「お」


 親友と会える。突然の朗報に、思わず頬が緩んだ。弾む気持ちのままに言葉を紡ぐ。


「待ってるよ」

「いっしょに飲むぞ、だからそれまでに体調整えとけ」

「わかった」

「いいか、体調万全じゃなかったら強制的に休ませるからな。で、俺はお前を置いて飲みに行く」


 はは、と声を上げて笑った。


「けっきょく飲みたいだけか」

「そういうことは気づいても黙っといたほうが人生幸せになるぞ」


 肺いっぱいに深く吸い込んだ風は、仄かに冬の香りがした――。

27, 8, 2025

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