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第99話 収穫祭

 収穫祭。

 それは王国全土に於いて、大体の人間が休日を取る日である。

 働くのは医者か祭の警備を担当する兵士、後は収穫祭を稼ぎ時とする商人たちぐらいだ。

 一般市民は大体、日頃の仕事が休みになるので、意気揚々と小金がたっぷり入った財布を持って、祭の会場へと向かう。


 収穫祭とは主に、『美味しい物を食べる日』だ。

 無論、祭りなのだからと様々なイベントはある。

 祭りを賑やかすために歌手や吟遊詩人、あるいはサーカスや芸人などを呼んだりもする。

 だが、収穫祭のメインはやはり『ご馳走』なのだ。

 仮装祭が魔物との交流を起源とする祭りならば、収穫祭は文字通りの収穫を起源とする祭り。

 季節の恵みを存分に享受し、収穫した美味しい物を皆で一緒に食べて騒ぐ。

 これから先、到来する冬の季節を乗り越えるための息抜きも兼ねて。

 親しい者たちと美味しい物を食べて回る、というのが収穫祭の主な回り方なのだ。


「いいのか? メアリー」

「なぁに? トーマ」

「王都の収穫祭の方が、ここよりもずっと美味い物出す屋台が立ち並ぶぞ?」

「ふん、わかっていないわね? 美味しい物というのは、『親しい人』と一緒に食べるからこそ、その満足感が増すのよ?」

「なるほど、野暮だったか」

「そう、野暮過ぎ。折角の祭りデートなのに」


 そして、それはトーマとメアリーも例外ではない。

 普段、トップテイマーになるべく、絶え間ない研鑽と試行錯誤を繰り返すトーマであるが、現在の手持ちはゼロ。仲間たち全てに自由時間を与え、今はトーマ単独でメアリーとデートをしているのだ。

 一方、メアリーはその体質の都合上、護衛も兼ねている仲間たちに自由行動させることは出来ない。けれども、普段の苦労を労うために、仲間たちにはもう既にそれぞれが好む食べ物の最高級品を与えていた。

 きちんと魔物たちの息抜きもする。

 これはテイマーとしての基本であり、けれども上級に上がったとしても変わることは無い鉄則でもある。

 魔物のことを気遣えないテイマーなど、棺桶に片足突っ込んだ自殺志願者と変わらないのだから。


「あ、トーマ。見て見て、『グレートりんご飴』だって。買ってみましょう?」

「待て、メアリー。商品説明のところに、『激辛と激甘の調和』とか不穏なことを書いているぞ?」

「素敵ね。とても刺激的な味になると思うわ」

「……お前、それほど体が丈夫というわけでもないのにチャレンジャーだよな?」

「トーマは大抵の毒物を食べても平気な癖に、細かいところで繊細ね?」


 メアリーとトーマはりんご飴を売っている屋台の前で止まると、少しの相談の後、結局、二本の『グレートりんご飴』を購入する。


「ん、美味しい…………普通に美味しい」

「がっかりするような声を出すんじゃない」


 二人そろって『グレートりんご飴』を食べる二人であるが、その味は商品説明の不穏さとは対照的に、真っ当に美味しい味だった。

 確かに、激辛という不安要素はある。

 だが、それを包むリンゴの甘さが、上手く激辛スパイスと調和し、奇妙な形ではありつつも、美味なスイーツとして完成しているのだ。


「チャレンジ精神を持って買った物が、普通に美味しかった時の肩透かし感」

「不味いことを期待しながら食べ物を買うんじゃない」

「いつもちゃんと残さず食べているから問題ないわ」

「デートしている相方に食べさせるものにチャレンジ精神を発揮するなと言っているんだが?」


 メアリーとトーマは、互いにどうでもいいようなことを話し合いながら祭りを回る。


「ほれ、普通に上手い焼き鳥セットだ。こういうのでいいんだよ、こういうので」

「美味しいけど……刺激が足りないと思わない」

「待て、その激辛スパイスはどこで買った?」


 収穫祭らしく、食べ物を買いながら、食べながら、回って行く。


「魚肉味のわたあめ……いいわね」

「よくねぇよ、馬鹿」

「魚の風味と砂糖の甘さのコラボレーション」

「煮魚でも食おうぜ、それを味わいたいのなら」


 時折、言い争いながらも、それでも概ね楽しく祭りのデートは続いて。


「ねぇ、トーマ」


 そして、あらかた屋台を見て回った後、メアリーは立ち止まり、トーマへと振り返る。


「わかっているわよね?」

「ああ、わかっている――――もうすぐ、S級トーナメントだ。残念ながら、俺はまだ参加できないが」

「ふふふっ、まだまだ早いわ、トーマには」


 周囲の雑踏の中に紛れても、なおもメアリーの声は美しさを失わない。

 よく通る声で、トーマへと言う。


「その年のトップテイマーを決める、S級トーナメントに出場するには、まだまだ等級も実績も足りていない」


 S級トーナメント。

 それは、トップテイマーを決めるモンスターバトルの大会だ。

 S級テイマーの中でも、その年に目覚ましい活躍を成し遂げた者のみが呼ばれる大会。

 誰もが実力者揃い。

 誰もが頂点を狙う力を持つ強敵。

 容易く戦える相手など、一人も存在しない人外魔境。


「だから、今年のS級トーナメントは私のことを見ていて……ちゃんと、見ていて」


 そんな戦いの中に、メアリーは身を投じようとしていた。

 身を投じるだけの資格を得ていた。


「いつもは、私の応援に来てくれないけど、今年はちゃんと来て」

「ああ、そのつもりだぜ」

「…………ほんとぉ?」

「本当だって。今まではその……あー、なんだ。一人も魔物をテイムできていない俺が行く資格があるのか? とか思っていたわけで」

「なるほど。じゃあ、今年は大丈夫ね。だって、トーマはテイマーになったもの」


 どこかバツの悪い表情を浮かべるトーマへ、メアリーは微笑みながら言う。


「一年にも満たない間に、D級からA級へと昇格したんだもの。胸を張って応援に来なさい」

「……ん、おう」


 真っ直ぐな称賛だった。

 トーマがテイマーになってから初めて、メアリーがトーマをテイマーとしてきちんと褒めている瞬間だった。


「貴方の応援があれば、私はきっとトップテイマーにもなれるだろうから」

「いや、メアリー。その考えは甘い」

「えっ」

「四年連続でトップテイマーの座を手にしている現チャンピオン、ヨハン・コリンズはいかにメアリーと言えども、モチベーションの変化程度で勝てる相手じゃない。もっと具体的かつ、革命的な作戦が無ければ勝利は難しい――」

「えいっ」

「あいたっ。え? なんでビンタ?」

「デリカシー!」


 もっとも、そんな良い雰囲気も、直後のトーマのやらかしによって台無しになったが。


「さっきは、素直に私へと激励の言葉をかける場面」

「いやでも、実際問題、あの絶対王者にはメンタルの問題だけじゃあ――」

「むー! むー!」

「ごめんて…………あー、んじゃあ、そうだな。もし、メアリーが今回のS級トーナメントでトップテイマーになったら、何でも言うことを一つ聞くってのは――」

「結婚の準備をしながら待っていなさい、トーマ」

「言っておくけど、年齢的に出来ないことは無理だからな?」


 ふんす、と鼻息荒く奮起するメアリー。

 そんなメアリーに苦笑しつつも、勝利への最大のバフとなる言葉を選んだトーマ。

 なんだかんだ言いつつも、最終的に良い方向へと収まる。

 それがメアリーとトーマという二人の組み合わせだった。



●●●



 王国中央部――――王都。

 王国のありとあらゆる技術と叡智が集まる場所。

 当然、収穫祭も王国内で一番の賑わいとなる。

 大勢の人。

 鳴り止まぬ雑踏。

 祭りに騒ぐ人の声を凌駕する、舞台で歌うアイドルの声。

 まさしく、一大イベント。

 人が波のように蠢く都市の中では、隣を歩くのが人なのか魔物なのかすら判別つかないほど煩雑としている。

 故に、こういうことも起こりえる。


「こ、殺したい……今すぐこのゴミどもを殺したい……」

「カグラちゃん。だから、本番前まで現地入りしなくていいって言ったのに」

「絶対にやらかすんじゃないであります」

「そうそう。今更、こんな有象無象を殺したところで面白くないですぜ? 殺すならこう、あっちで王族を警備している騎士の――」

「「「殺気を飛ばそうとするな、馬鹿」」」


 四人の悪党が。

 世界をひっくり返そうとするテロリストが。

 何食わぬ顔で、王都を出歩いているということも起こりえるのだ。

 だが、幸いなことにこの収穫祭は何事も無く終わる。

 誰一人、死ぬことなく終わる。

 何の騒動も起こらずに――――本番に向けた下準備は完了したのだ。

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