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第98話 温かいスープを君に

 子供巡礼の最後、『冬の社』は常冬の山の奥に存在する。

 当然、道中は険しいことこの上ない。

 ほぼ毎日、途切れることのない横殴りの吹雪。

 『冬の社』に続くはずの道は、降雪によって途切れていて。

 雪が無くとも、山深くに通じる道は悪路が多い。

 大の大人ですら、身体強化魔術を使わなければ踏破は困難だ。

 ましてや、子供たちならばその難易度は極まっていると言ってもいいだろう。

 故に大抵の場合、この最後の『冬の社』は教導役が全面的にバックアップしながら、安全の確保された道を子供たちが進むことになるのだが、今年は違っていた。


「クー、道を作れ」

『我が主の仰せの通りに』


 子供巡礼のまとめ役であるロンは、先陣に立って吹雪の中を進んでいく。

 その隣に居るのは、人間形態へと変化したクーだ。

 額の宝石と同色の炎を操り、クーは吹雪を遠ざける炎の結界を作り上げ、なおかつ、雪で埋もれた道を焼き払う。中途半端に溶かすのではなく、完全に雪解け水すら残さずに蒸発させる。

 これにより、ロンの後に続く子供たちは歩きやすい道を進めるようになっていた。


「全員、隣の人の顔を覚えておくように! オレが出来るだけ頑張るけど、でも、吹雪で周りが見えなくなるかもしれないから! 周囲の変化には凄く注意してくれ!」

『『『りょーかい!』』』


 子供たちを導くロンの姿に、もはや迷いは存在しない。

 魔王軍による襲撃を乗り越えたロンにとって、この程度の冬山の踏破などは、恐れるに足りない試練なのだ。

 少なくとも、一瞬後に大切な誰かが奪われるかもしれないような、そんな心臓に悪い心配をしなくて済むのだから、気軽なものだ。


「はぁー。ロン、格好いい……」


 一方、ゲレルは完全に骨抜き状態になっていた。

 魔王軍の襲撃により、危機に陥ったところをロンに助けられてから、ずっとこのような有様である。

 だが、それも仕方がないことだろう。

 ゲレルはまだ十歳程度の子供。

 好きな男子の格好いいところを間近で見せつけられてしまったら、こうもなろう。


「ぐるるるる……はー、はむはむしたいよぉ……」


 デレデレの状態のゲレルであるが、流石は野生児というか、その足取りは子供たちの中でも一番軽い。ロン以外誰も見えていないような状態であっても、足取りに危なげは無い。

 子供たちは冬を乗り越え、順調に先へと進んでいく。


「ふむ、これなら心配ないか」

「だよね!」


 教導役のトーマとナナも、そんな子供たちの様子を見て安堵の息を吐く。

 魔王軍の襲撃という、とんでもないトラブルを乗り越えたのだから、このまま何事も無く進んで欲しいと願うのは、教導役として当然の心理だろう。

 流石の二人であっても、この後に追加のイベントが起こるのは勘弁してほしいのだ。


「ようこそ、いらっしゃいました。さぁ、スープを飲んで体を温めてください」


 そして、教導役二人の願いは無事に叶うことになった。

 子供たちは全員、誰一人欠けることなく無事に『冬の社』へと到着。

 『冬の社』に務める神職の人たちから、歓待のスープを貰って、その温かさに素直な喜びの声を上げていた。


「ずずずっ……ん、んまい」


 まとめ役であるロンは、子供たちに全員スープが行き渡ったのを見てから、自身もスープを貰った。

 スープの中身は、野菜たっぷりのポトフ。

 ゴロゴロとした塊の野菜は、全て芯まで熱が通っていてホクホクだ。

 野菜とベーコンの旨味が凝縮したスープは、一口飲めば活力が湧き出て来るかの様。


「はふっ、はふっ」


 二口食べれば、もう後は本能のままスプーンを動かすのみ。

 道中で失われた熱を補充するかのように、ロンは一気にスープを全部飲み切って。


「ふぅううう」


 やっと一息ついたように、肩の力を抜いた。

 何せ、今回の子供巡礼は本当に散々だったのだ。

 やりたいわけでは無かったのだが、それでも誰かがまとめなければならないと、まとめ役として動く羽目に。

 その上、道中では明らかにやばいテロリスト集団が襲ってきて、命の危機を感じた。

 ――――けれども、それは全て乗り越えたことだ。


「なんだろうな、この気持ち」


 スープを飲み干したロンは、不思議な気持ちが胸の中に浮かんできた。

 楽しかった、と近くてちょっと違う。

 大変だった、のは間違いなくその通りで。

 寂しい、と感じてしまうのは別れが近いから。

 ワクワクする、のは多分、相棒が新しい力を獲得したから。

 混沌とした色んな気持ちをロンは、一つずつ整理していって……そして、教導役であるトーマの前まで歩いて行った。


「トーマ兄ちゃん」

「なんだ? ロン」


 社の外側からごうごうと吹雪く音を聞きながら、ロンはトーマに訊ねる。


「オレ、強くなったかな?」

「ふむ。お前自身はどう思う?」

「…………相棒のクーは、間違いなく強くなった」

「ああ、それは間違いない。きっちりS級魔物に覚醒していたな」

「でも、それはあくまでクーの強さだと思う。オレ自身が強くなったわけじゃない」

「ほう? だけど、魔物の強さはテイマーの強さだぞ?」

「……今のオレは、胸を張ってテイマーだと言えるほど強いと思えないから」


 トーマとの問答を繰り返す中、ロンは小さく笑った。


「だから、いつかクーの相棒として胸を張れるように、強くなるよ」


 歓喜の笑みでもない。

 悔悟の笑みでもない。

 これから先、険しい道のりを進むことを決めた開拓者の笑みだ。

 自分の可能性を拓き、強くならんとする者の笑みだ。


「そうか」


 トーマの応答は短いが、その表情は雄弁だ。

 確かに温かさを感じる笑みを浮かべたトーマは、ロンの胸へ自身の右拳を軽く当てる。


「なら、強くなれ。守りたいと思えるものを全部、守り抜けるぐらいに」


 とん、と軽い衝撃はロンの心臓を動かした。

 拳の先から熱い熱が伝わったかのように、どくんどくんとロンの心臓が早鐘を打つ。

 憧れと決意を含んだ血液が、全身へと回って行く。


「――――おうっ! 絶対、強くなる! 強くなって守る!」


 子供巡礼を経た子供は、誰しも一皮むけたように変化する。

 親元から離れ、旅を経た子供は強くなる。

 良くも悪くも、変化して強くなる。

 それが正解であるかどうかもわからず、変わって行く。

 未来のことは誰にもわからない。

 超越者の如き力を持ったトーマでさえ、先のことはわからない。

 だが、それでも。


「いつか、トーマ兄ちゃんと同じぐらい強くなるから!」


 無邪気に言うロンの願いが、いつか叶えばいいとトーマは思った。




 光があれば影がある。

 ロンとトーマが光溢れるやり取りをしている中、影の中でスープを啜りながら反省会をする者たちが居た。


「第一回、『魔王軍四天王をぶち殺すぞ』会議ぃー。私はそこまで悔しくはなかったけど、戦闘専門の二人があっさり無力化されたことを根に持っているので、この会議は開かれましたー。というわけで、具体的にどうするの?」

「奴のフェロモンは覚えた。次は効かぬ」

「私も魔導ナノマシンで対抗因子は作っています。次は負けません」

「でも二人とも。あれって多分、初見殺し特化の特性だから、二度目がどうとかいうのは負け惜しみっぽくならない?」

「「うぐっ」」


 そう、ミーナのフェロモンによってあっさり無力化された、トーマの手持ち三体。

 その中でも特に、アゼルとイオリが怒りと影を背負いながら反省会を行っていた。


「確かにさー、次は勝てると思うよ? あっちがあのまま何も考えず、フェロモンを使った攻撃をしてくるのならね? でも、あっちはマスターがフェロモン効かないってわかっているんだから、違う戦法で来ると思うんだけど、そこら辺はどう思う?」

「……強くなりたいと思ったのは、本当に久しぶりだぞ、吾輩」

「私は生まれたてですので、強くなりたいことだらけです」


 S級の魔物が三体。

 本来ならば、過剰戦力が過ぎる組み合わせであるが、この三体の魔物がたった一人の人間に勝てずに無力化されたばかりなのだ。

 故に、魔物たちは反省会を開き、今後の魔王軍との戦いの先を見据えていた。


「だが、吾輩は良くも悪くも『最初から強い存在』だ。どれだけ時が経ても揺るがない」

「あー、アゼルちゃん。それは揺るがない分、成長もしにくいってこと?」

「ああ、そういうことだ」

「一方、この私は成長し放題。自己改造を経て、更に強くなる予定です。すみません、アゼルさん。先輩だというのに、これから差がつくかもしれません」

「そういう生意気は真体の吾輩を倒してから言え」


 魔物たちは、マスターであるトーマをよそに、自身の強化プランを話し合う。

 少し前ならば、このやり取りはマスターであるトーマと仲間の魔物たちの隔意の証拠になったかもしれない。

 だが、今のトーマと魔物たちの関係は少し違う。


「…………不本意だが、吾輩はマスターの仲間だ。シラサワ、何か吾輩を強化できる方法があるのならば頼りたいのだが、良いか?」

「おや、珍しいねぇ! いいの? 竜としてのプライドとかは」

「ふん。あれだけ無様に負けておいて、今更プライドもあるものかよ」

「ふふふっ。そーだね! んじゃあ、私もちょっと本気出して頑張ってみようかなー!」

「わ、私も! 私も一緒に頑張りますからね、先輩方!」


 触れ合わずとも、話し合わずとも、繋がっている部分はある。

 少なくとも、勝利に向ける熱意は、この吹雪く風の冷たさにも負けない。

 そして、先のことはわからずとも、なんとなく魔物たちは予感していた。


 ――――再戦の時は近い、と。

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