第97話 未来への仕込み
「いやはや、困ったねぇ、これは」
転移により、魔王城へと逃げ帰った後。
フェイスは妙に幼い声で、嘆息していた。
だが、それもそのはず。現在のフェイスの肉体は、青年のものではない。
無貌の仮面とトレンチコートという象徴的な恰好はそのまま。
けれども、肝心の肉体が幼くなっていたのだ、十代前半の少年まで。
否、違う。正確に言えば、幼くなったのではなく、幼い『別物の肉体』を使っていた。
何故ならば、普段使っているフェイスの本体とも呼べる肉体は現在、フェイズの眼前で仮死状態のまま治療が続けられている真っ最中なのだから。
フェイス自身が、別の肉体を用いて本体へと治療魔術を施している最中なのだから。
「致命傷はともかく、呪詛がひどいよ、これは。魂まで蝕む形だから、こうやって肉体を入れ替えても影響が及んでいるし。これだと、僕は『本番』には間に合わないね。あくまでも、補助に徹して、直接戦闘を避けなきゃいけないみたいだ」
魔王城の地下に存在する、フェイス専用の実験室。
そこでフェイスは、自身の肉体を修復しながら愚痴のように諦めの言葉を吐いていた。
「流石はS級ウィザード。大魔導士たるこの僕でさえ、呪詛の解呪には長い時間がかかる。いやはや、本番前に欲張ったツケが回ってきたのかねぇ?」
「…………申し訳ないであります」
そんなフェイスの言葉に反応したのが、先ほどから床で体育座りをしているミーナだ。
「私が余計な真似などしなければ、フェイス殿は傷つかずに済んだというのに」
「あー、まぁ、ね? 確かに、人質戦法からの因果感染で僕の方にもダメージが来ていて、かなり驚いたけど。でも、万全の状態でも、転移直後の不意打ちは避けられなかったかなー」
「その転移をすることになったのも、私を助けるため。うう、私は仲間の足を引っ張ってしまったのであります……」
「足を引っ張るとか関係ないって。今回は相手が凄すぎただけ。正面戦闘が強すぎる相手に搦め手を使おうとするのは自然の流れだって。まさか、あそこまで酷い固有魔法で罠を張っているとは思わないよ」
「危うく、魔王様の命すら危ぶむところだったと思うと、私は、私は……」
「ああもう、ミーナちゃんは一度凹むと長いなぁ」
どうやら、トーマに完全敗北を喫したのがよほど堪えたらしい。
魔王城に帰還してからずっと、ミーナは凹んでいた。
元々、メンタルが危うい系の女子だったためか、精神面はさほど頑強ではないのだ。
「僕はむしろ、取り返しのつく範囲で敗北して良かったと思うよ?」
「……そうでありますか?」
「そうだよ。だって、本番であの固有魔法が猛威を振るってみ? もう、物凄く悲惨なことになるから。全部がパァになってもおかしくないレベルの戦略兵器だから、あれ。本番までに相手の手札を明かせたのは、本当に僥倖だと思うよ?」
「…………仲間を一人、戦闘不能にさせられたのに?」
「んもう、張本人の僕がいいって言ってるじゃーん」
ぐちぐちとネガティブなことを呟くミーナ。
それを軽い口調で宥めるフェイス。
実験室の中、そんな二人の会話がしばらくの間続いて。
「負け犬の顔を見に来たわ……ついでにお見舞い」
「いやぁ、どうも、どうも。お久しぶりでさぁ」
まるで友達の部屋に入るかのような気軽さで、残りの四天王二人も姿を現した。
「手ひどくやられたわね、フェイス」
カグラは巫女服ではなく、完全なる気が抜けた部屋着状態で。
けれども、その手にはお見舞いのフルーツの盛り合わせを携えていた。
「フェイスがここまでやられる相手となると、もしや、トーマ・アオギリですかい?」
マサムネはいつも通りのくたびれたスーツ姿で。
けれども、その瞳は気怠い恰好の中であっても、剣呑な光を湛えていた。
「まぁね。今回は僕たちの完敗さ、カグラちゃん。そして、久しぶりだねぇ、マサムネさん。ご明察の通り、僕たちが戦った相手はトーマ・アオギリだよ……連絡にあった、貴方を殴り飛ばしたという強者さ」
フェイスは治療魔術の手を止めずに、ごく普通に入室してきた二人に対応する。
敗北したということを恥じる感情は無く、当たり前の事実を言っている声だった。
「うげっ、あいつ? 私、あいつ大嫌い。強すぎるから」
言及されたトーマの存在に、カグラは露骨に顔を顰めた。
どうやら、以前にコテンパンに倒されたのを根に持っているらしい。
「いやぁ、強すぎることは良いことですぜ、カグラ。そちらの方が斬り甲斐がある」
対して、マサムネは満面の笑顔だった。
これから殺し合う相手を想うような、剣鬼の笑顔だった。
「…………実際問題、トーマ・アオギリへの対処はどうするでありますか?」
対照的な二人の反応に、ぽつりとミーナが口を挟んで問題提起する。
「全てがほとんど偶然の産物でありますが、我々魔王軍は何度もトーマ・アオギリによって辛酸を嘗める羽目になっているであります。私、個人の感想としては、戦わなくていいのであれば、放置して可能な限り戦わずに行きたいのでありますが――――『本番』の際、奴が会場に紛れ込んでいる可能性も考えなければならないでしょう」
強すぎるトーマに対して、どのように対処するべきか? という、非常に頭が痛くなるような問題提起を。
「ミーナ、そこは小生に任せて欲しいですぜ。必ず、斬ってみせやしょう」
「でも、一度負けているのであります」
「うぐっ」
マサムネは意気揚々と問題対処の係として立候補するが、ミーナの一言により切り捨てられた。一合とはいえ、一度負けている人間が何を言っても説得力が無い。
だが、一度負けているといえば、それは四天王全員に当てはまるというわけで。
「可能な限り戦いたくないけど、戦うのなら四天王全員でかかって、勝算があるか」
「僕もカグラちゃんに賛成だね。ただでさえ、僕はほら、この有様だから」
「フェロモンが通じない今、私も別の方法で戦う方法を探すであります」
トーマ相手に勝算を生み出すのならば、最低でも四天王全員で。
それは一度トーマと戦った者たちの共通認識だった。
「くっ、一人で戦いたかった!」
もっとも、その認識がありながらも、タイマンでの戦いを望むマサムネも居るが。
「だけど、四天王全員でトーマ・アオギリの相手をするとあれだね……本末転倒というか、本番で動ける人が部下たちだけになってしまうという、ね?」
「ジレンマね。でも、対処しなければトーマ・アオギリ一人に全部ひっくり返されるわ」
「ここはやはり、小生が単独でまず戦ってみるというのは?」
「私は直接戦闘は手駒に任せて、大人しくフェロモンをばらまくだけのお仕事をするでありますよ」
しかし、現実的にトーマへの対処を考えると、『本番』ではその他の問題が多すぎる。
具体的に言うのならば、戦力が足り無さ過ぎる。
今まで集めた戦力もあるのだが、やはり『本番』では四天王の力は不可避だ。
ただでさえ、フェイスが本調子で参加できないのだから、これ以上の不足は避けたいところ。だが、そうなると今度はトーマへの対抗手段を失う。
一体、どうすればいいのか?
一種のデッドロック状態に陥った四天王たちは、全員でその頭を悩ませる。
『ならば、我がトーマ・アオギリと相対しよう』
快刀乱麻を断つが如く。
悩みを一刀両断する声が、実験室へと響き渡った。
声の主はもちろん、魔王城に君臨する暇人――もとい、最大戦力の魔王だ。
珍しく四天王全員が集まっている気配を感じ、何を話しているのだろう、と興味を持って実験室を訪れたのだろう。
魔王はそんな寂しがり屋の一面をまるで感じさせない、威厳に溢れた声で言う。
『魔王軍の中で、我が一番強い。故に、我が奴と相対する。当然のことだろう?』
本来、魔王軍は魔王が何かやらかそうとした際、誰かが諫めるテンプレのやり取りがある。
何故ならば大抵の場合、魔王は暇のあまりやらなくていいことに着手しようとするからだ。
けれども、今回の場合は違っていた。
「魔王様! そんなの、魔王様の手を煩わせることでは――」
『ミーナ。必要のないリスクは踏むつもりは無いが、必要のあるリスクを踏み抜く勇気も無い者に、魔王軍の王たる資格は無い』
「むぐぅ」
いつもの興味本位ではなく、魔王なりに考えた合理的な判断だった。
『お前たちはお前たちにしかできないことをやれ。我も、我にしかできないことをやろう』
最大戦力には最大戦力を。
トーマの対処をしつつ、『本番』を成功させるためには、魔王がトーマの相手をすることが何よりも効果的で合理的なのだ。
そう判断せざるを得ないほど、トーマは強く――――また、魔王も強いのだから。
少なくとも、実際に戦った四天王たちによる判別でも、どちらの実力が上なのか、まるで見当がつかないほどに。
「わかりました、魔王様。では、トーマ・アオギリの対処は任せます。ただ、お忘れなく。僕も含めて魔王軍全員が、貴方様の生存を大前提として戦っているのだと」
『ああ、わかっているとも、フェイス。最悪の場合、我は恥を忍んで自身の命を優先しよう』
魔王は重々しく頷き、その後、緊張した空気を解すかのように肩を竦めて言った。
『もっとも、これでトーマ・アオギリが『本番』に居なかったらお笑い種だが』
魔王の冗談に、四天王たちは小さく笑い声を漏らす。
この場の全員が、なんとなくではあるが、そうはならないことを感じ取っていたのだ。
来るべき『本番』の日こそ、トーマと魔王軍の決戦になるのだと。




