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第95話 相棒はすぐ隣に

 ロン・イーバは凄腕のテイマーを生み出す名家であるイーバ家の三男だ。

 赤子の頃から魔物たちを触れ合わせて、物心つく頃には一人で魔物を従えさせる。

 ロンは幼少の頃からそのような英才教育を受けていた。

 ただ、不運なことが一つ。

 ロンは最初のスカウトを『よろしくない形』で失敗してしまったのだ。


 それは不運としか言いようのない出来事。

 イーバ家が管理する、初心者用に調整されたダンジョン――そこに、凶暴な人食いの魔物が紛れ込んでいたのである。

 ロンは危険性がほとんどない魔物相手へのスカウトのつもりでダンジョンに踏み込み、そして、命がけの鬼ごっこを演じる羽目になった。

 万が一の事態に備えた、緊急連絡用の魔道具は即座に使った。

 それでも、人食い魔物と遭遇してから、助けが来るまでの間、ロンは一人でその窮地を凌がなければならなかったのだ。


 それは不幸中の幸いだった。

 ロンは子供ながらに用意周到であり、イーバ家にある魔道具を護身用として持ち込んでいたのである。いくら危険性の無い初心者用のダンジョンだからといって何があるかはわからない、と周囲からは心配性だと笑われるほど厳重に準備していたのだ。

 結果として、その準備のおかげでロンは命拾いした。

 少々、腕を軽く切られるような怪我は負ったものの、助けが来るまでの間、きちんと時間を稼ぎ、見事に魔の手から脱することに成功したのだった。

 物心ついた程度の子供が、人食いの魔物を凌ぎきり、助けを待つまでの間、耐え抜いた。

 これはイーバ家の間では、武勇伝の一つとして評価されるエピソードとなったのだが、生憎、この時のことを誇りにするには、当時のロンは幼すぎた。


 魔物が怖い。

 人を殺せるほどの力を持った魔物が怖い。

 安全なはずだった場所で、命を失いかける出来事を経験した所為で、ロンの心には深いトラウマが刻まれることになった。

 イーバ家の人間たちは、ロンが抱くトラウマに渋い顔見せたが、見捨てることは無かった。

 命がけの戦いでトラウマを持つことになるのは、大人も同じ。

 イーバ家は凄腕のテイマーを輩出する名家。

 故に、その手の『戦場でトラウマを負った者』への理解もある程度はあった。

 フィクションストーリーのように、すぐさま『追放だ!』などと言わず、長い目でロンを回復させる計画を立てたのである。

 カーバンクルを使役させたのも、その一環だ。


 トラウマの治療として、イーバ家が選んだのは段階的な緩和だ。

 最初からいきなり、等級の高い、危険性のある魔物の使役を任せるのは不安だ。

 従って、カーバンクルという脅威度が皆無の魔物から使役させて、魔物という存在に慣らすところから始めようとしたのだ。


「さぁ、この中のどんなカーバンクルでもいい。好きにスカウトしなさい」


 だが、父親に連れられて、カーバンクルの棲み処にやってきた時、ロンが抱いた感情は『恥』だった。

 自分がイーバ家だという自覚。

 失敗してしまったという自覚。

 自分が『駄目』なっているという自覚。

 それらが相まって、恥じ入る気持ちになってしまったのだ。

 本当ならば、イーバ家の一員として、危険な魔物とも対等に交渉することを望まれているはずなのに、やろうとしているのは危険度皆無の魔物のテイム。

 そんなことを父親が至極真面目な顔でやらせようとしているので、ロンはとことん、自分が駄目になってしまったのだと実感してしまったのだ。


「はい、頑張ります」


 条件反射で頑張る、とは言ってみたものの、モチベーションは限りなく少ない。

 ただ、不運な事故が起こった前例を省みて、今回は父親が油断なくロンの様子を見守っている。もしも、無いか会ってもすぐに助けられるように。

 やる気は無いが、ボイコットなんて真似は出来ない。

 だるいが、だるそうにしているところは見せたくない。

 なので、ロンは仕方が無く、スカウトするカーバンクルを選ぼうとして。


『モキュー』


 群れから離れて、悲しげに鳴く一匹のカーバンクルを見つけた。

 見ると、そのカーバンクルは全身の至る所を怪我している。

 だというのに、仲間である他のカーバンクルたちは近寄ろうとしない。むしろ、怪我をしたカーバンクルが近づこうとすると、鳴き声で威嚇する始末。

 誰が見てもわかるように、そのカーバンクルは群れから排斥された個体だった。


「…………お前も、オレと同じか」


 そんなカーバンクルの境遇に、トラウマを追って魔物が怖くなった自分を重ねたのか、ロンはその個体をスカウトし、最初の仲間とすることにした。

 名前はクー。

 大して考えたわけでは無く、けれども呼びやすい名前にして、ロンはそのカーバンクル――クーを手元に置くことにした。


 クーが戦闘の役に立つことなどは無かった。

 有事の際は、真っ先にマスターであるロンを守ろうとするものの、力不足。

 威嚇の鳴き声を上げることが精々。

 ロンのライバル――だとロンは勝手に思っている――であるゲレルが使役する麒麟のビリビリとは雲泥の差だ。

 戦う魔物と言うよりは、ほとんど愛玩動物。

 ロンも口には出さずとも、クーを戦場に立たせるぐらいならば、自分が代わりに戦おうと思っていた。

 カーバンクルとは、それほどまでに弱い魔物なのである。


 しかし、だ。

 何事にも例外というものは存在する。

 カーバンクル自体は紛れもなく、Ⅾ級程度の魔物だ。

 戦闘能力が皆無の上、宝石を額に持つ性質の所為で、良くハンターからは狩猟の対象とされている種族だ。

 だが、そんなカーバンクルの中にも異常個体が存在する。

 通常、カーバンクルが額に持つ宝石というのは、低純度の魔力の結晶だ。

 金銭的な価値はあれども、戦力的な価値は存在しない。

 けれども、中には存在するのだ。

 非常に高純度の魔力結晶を額に付けた個体が。

 種族を超越するほどの力を持った個体が。



●●●



 宝石の輝きはやがて、紅蓮の炎となってクーを飲み込んだ。


「クー!?」


 その姿に思わず、ロンは心配の声を上げるが、それは無用のことだった。


『モキュゥウウウウウウウウウウウ――――ふぅ』


 何故ならば、炎の中から、真っ赤な髪で白い毛皮を纏う少女が姿を現したからだ。

 外見年齢は、ロンやゲレルと同じ程度。

 けれども、内包する魔力の凄まじさは、取り囲んでいたゴーレムが一気に戦闘モードに切り替わるほど。


『我が主、ロンよ。今こそ、我が忠誠を示そう』

「え、えっ?」


 目を丸くして困惑するロンを一瞥すると、真っ赤な髪の少女――クーはゴーレムたちへと向き直る。


『消え去れ、傀儡。我が主の道行きを邪魔するな』


 そして、クーが無造作に手を振るだけで、数多のゴーレムたちは一斉に燃え出した。

 ある程度の魔術的耐性を持つはずのゴーレムが、いとも容易く。さながら、紙切れのように燃え出したのである。


『灰となれ』


 クーの言葉通り、ゴーレムたちは灰となった。

 ロンたちを襲おうとしたゴーレム、全てが。


「…………クー、なのか?」


 そんな圧倒の様子を見ていたロンは、思わず戦慄の声を上げて。


「いや、そうだな、クーだ。お前は間違いなくクーだ! よくやった!」


 けれども、すぐに満面の笑みでクーを称賛した。

 自分のトラウマや、凄まじい力に対する畏怖よりも、仲間との絆を優先したのだろう。


「流石、オレの相棒だ!」


 それは子供の強がりに過ぎない言葉だったが、紛れもなく、クーが何よりも望んでいた言葉だった。


『モキュー! ……はっ、ごほんっ! 光栄です、我が主』


 思わず、気取った仮面が剥がれて、地金が出てしまうほどに。




 ロンたちは奇跡的な覚醒により、窮地を脱した。

 巡礼の子供たちを狙うゴーレムは全て排除され、今すぐ連れ去られる心配は無い。

 また、覚醒したクーの能力はA級上位かS級にも匹敵するほど。

 魔道具によって回復したビリビリも合わせれば、S級の魔物がやって来ても対抗可能なほどの戦力がある。

 まさしく、覚醒からの逆転劇には相応しい状況だろう。

 ただ、問題があるとすれば、それは一つ。


「……ぐっ。なん、で? 強すぎる、この人……っ!」

「お褒めの言葉、感謝するよ。天才少女さん」


 ロンたちの戦力が合流したとしても、ナナではフェイスを倒すことは出来ない。

 純然たる実力差が、そこには存在していた。

 それだけが、この場に存在する問題であり、新たなる窮地の理由だった。

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