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第94話 たった一つの意地

 ゲレルの家族は魔物だ。

 森深くに捨てられた孤児だったゲレルは、森深くに棲む狼型の魔物に拾われたのだ。

 食料としてではなく、家族として。


『まったく、人間は軟弱だ。食い物を厳選しなければ、容易く死ぬ』


 狼型の魔物は、それなりに上級の魔物だった。

 少なくとも、言語を操り、その気になれば人型にも変身できる程度には。


『娘よ。手間をかけさせたのだから、せめてその分、立派に育て』


 狼型の魔物は強く、その森に棲む魔物の中では頂点に君臨していた。

 故に、他の魔物がゲレルに手を出すことは無く、奇妙な平穏な空間がそこには作られていた。


『娘よ。強く生きろ。人間だろうとも、狩りの一つぐらいこなさなくては』


 ゲレルは狼型の魔物に、様々なことを教わった。

 獲物の狩り方。

 人間風の飯の作り方。

 魔力の扱い方。

 『やばい奴』から逃げる方法。

 傷ついた時、自分を癒す方法。

 多くのことをゲレルは狼型の魔物から学び取り――――気づけば、物心がついていた。


「お母さん、なんであたいには尻尾が無いの?」

『それはお前が人間だからだよ』

「やだぁ! あたいもお母さんと同じがいい!」

『娘よ、どうにもならない我儘を言うんじゃない』


 時折、じゃれ合うような喧嘩はありつつも、狼型の魔物を母として、ゲレルは幸せな生活を送っていた。

 少なくとも、ゲレル自身は自分のことを愛されていると感じていたし、魔物の母を愛していた。それが当たり前だと思うほどに、幸せな生活だった。


「あ? なんだぁ? こんなところに人間のガキが居やがる……ちっ、面倒だ。まとめて殺しちまえ」


 棲み処に踏み込む、魔物専門の密猟者たちが現れなければ。


『逃げなさい、娘よ。私はあの不届きもの共を噛み殺してから後を追う』

「お母さん! お母さん!」

『早く行きなさい!』


 密猟者たちは、紛れもない犯罪者だった。

 森から出ることは無く、人里に顔を出すこともない、安定した魔物たちの棲み処。

 それを『擦れていない狩場』だと笑いながら踏み込み、荒らして行く類の狩猟者だった。

 当然、国や都市はその森での狩猟を禁じていることもあり、そのルールに反する密猟者たちは、弁護の余地も無く犯罪者だ。

 だが、魔物の森は弱肉強食の世界。

 法律が及ばぬ世界だ。

 良くも悪くも、強さだけが生存の可否を決める。


「くそがっ! 追え、追えっ! 俺達はこの畜生を殺してから続く! ああもう、手間をかけさせやがって!」


 密猟者たちは強者だった。

 魔物たちを狩ろうとするのだから、相応の実力の持ち主だった。


『追わせない! たとえ、相打ちになろうとも!』


 しかし、決死の覚悟で娘を逃がさんとする狼型の魔物を一蹴出来るほどの強さではない。


「なんでこんなところに上級の魔物が居るんだよ!?」

『お前たちの命は、ここで終わらせる』


 密猟者の大半と狼型の魔物の戦いは、狼型の魔物が宣言した通りの相打ちに終わった。


「ちくしょう、が」


 密猟者の大半は死亡。


『娘よ……ゲレル……健やかに、生きなさい……』


 狼型の魔物も死亡。

 最後に、娘の無事を祈って息絶えた。


「待ちやがれ! 大人しく死ね! 今なら楽に殺してやる!」

「うう、ぐるぅううううっ!」


 そんな結末も知らずに、密猟者数人とゲレルは森の中の追いかけっこを続けていた。

 土地の有利はゲレルにある。

 森の中の悪路を、自分の庭のように駆け抜けるゲレルに密猟者たちは中々追い付かない。


「おら、死ねっ!」


 だが、追い付く必要も無い。

 密猟者たちは容赦なく、手の中にある魔導兵器――魔物専用の猟銃を鳴らす。


「あぐっ!?」


 幾度かの銃声が鳴った後、ゲレルは自身の足に灼熱の痛みを感じて転げた。

 いくらゲレルが森育ちの野生児であったとしても、相手は魔物を狩猟することを目的に入り込んだ密猟者だ。相応に魔導兵器を扱う腕もある。


「手間をかけさせやがって」


 故に、その結末は相応のものだった。

 ゲレルの頭部に密猟者たちの銃口が向けられ、その幼い命は奪われる。

 そうなるはずだったのである。


「やめろぉ! 悪者どもめ!!」


 猟銃の引き金が動く前に、密猟者たちの顔で何かの粉末が入った玉が投げつけられなければ。


「ぎゃっ!?」

「なんだこれ――げぼっ! いでぇ!」

「目がぁ! 焼けるぅ!!?」


 密猟者たちは思わぬ横槍に、悲鳴を上げてのたうち回る。

 魔導兵器を扱う腕を持っていようが、所詮は人間。魔物とは違う。目や鼻を狙った刺激物の投擲をまともに食らえば、簡単に動けなくなってしまう。


「こっち!」

「ふえっ!?」


 密猟者たちが苦しんでいる中、刺激物を投擲したらしき子供が、ゲレルの手を掴んで走りだす。


「はぁ、はぁ、はぁっ! 大丈夫! 大丈夫だよ! オレの家族が、あんな奴ら、すぐに捕まえてくれるから!」


 必死に、全速力で走りながら、ゲレルを慰めようと何度も振り返り、声を掛ける。

 その所為で、何度か木々の枝にぶつかることになろうとも、それを止めようとはしない。

 本当に必死で、ゲレルのことを助けようとしていた。


「え、あ、ぐ、ぐぐるる? 貴方は?」


 だからこそ、ゲレルもこの緊迫した状況の中、ついつい信じようと思ったのだ。

 自分を助けようとしてくれる、同じぐらいの背丈の子供を。


「オレ? オレはロン・イーバ! お前を助ける、凄い奴だ!」


 この後、ゲレルはロンと共に長い時間を過ごすことになる。

 自身を養子として迎え入れるノーミシュアの家に行くまでの間、まるで兄妹のように絆を深め合うことになった。

 母親である狼型の魔物を失った心の傷も。

 人間たちの生活に馴染めない孤独も。

 ゲレルはロンが居たからこそ、全て乗り越えることが出来たのである。

 そして今、ゲレルはまた、ロンによって助けられていた。



●●●




「うぉおおおおおおっ! こっち来るなぁ!」


 ゲレルの前に立ったロンがまず行ったのが、魔道具の投擲だった。

 英雄個体でもない、ただの人間の投擲。

 それは本来、ゴーレムたちに何の痛痒も与えない。

 だが、投げられたものが魔道具ならば、少しばかり話が変わる。


「弾けろ!」


 べちょっ。

 ロンが投擲した魔道具は、炸裂する粘着質の物体だった。

 いわゆる鳥もち弾のようなものである。

 それらはゴーレム同士をくっつけるように炸裂し、動きを少しの間だけ封じた。


「壊れろっ!」


 次いで、ロンが投げ込んだのは雷の魔術が封じられた球体の魔道具だ。

 それらが動きを止めたゴーレムにぶち当たり、着実にダメージを与えていく。


「ロン……」


 ゲレルはそんなロンの奮闘を、まるで姫君を助けに来た王子様の如く見つめて。


「――――はい、在庫切れぇ!」

「ロン!!?」


 数秒後に吐かれた窮地の言葉に、驚愕で目を見開いた。


「え、えっ? ロン、ここはあたいを格好よく助けるシーンでは?」

「無茶言うなぁ! 護身用の魔道具を全部使い切ったんだぞ!? これから、オレも一緒に逃げ惑う立場だぁ!」

「え、えぇ……あ、でも、そんな時でもあたいを守ろうと前に立ってくれるんだ? きゅんっ」

「動けなくなるから、背中にしがみつくなぁ! お前、オレよりも身長高いんだから!」


 窮地に陥っているというのに、ゲレルとロンはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。

 無論、危機感はあるのだが、今はそれよりもゲレルはお姫様扱いされるという喜びが勝っているようだ。


『…………目標補足』


 されど、時は進む。

 窮地などなんでもないように振舞っても、時は止まらない。

 ゴーレムたちは容赦なく二人を含めた子供たちを囲み、その身柄を捕らえようと手を伸ばす。


『モキュー!』


 だが、その前に一体のカーバンクルが立ちはだかった。


「や、やめろ、クー! お前じゃあ無理だ!」


 ロンは即座に、その無謀を咎める声を上げるが、それでもカーバンクルのクーは下がらない。

 自分のマスターを、大切な人間を守るため、無力だろうとも理不尽に立ち向かう。


『モキュキュー!』


 これは無謀な行いに過ぎない。

 D級程度の魔物では、無数のゴーレムたちに対処することは出来ない。

 すぐさま動きを止められるか、悪ければその命を奪われて終わるだけだろう。

 ――――額にある、赤色の宝石が輝き始めなければ。

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