第91話 襲撃
グリフォンの襲撃はあったものの、それ以降は順調に進んだ。
野宿はせず、予め決めていたルートで宿に宿泊。
街の中で必要な物を適時買い足して。
三日もかからずに『夏の社』の巡礼を済ませた。
青々とした草木が生い茂る森の中を踏破し、巡礼を成し遂げた証であるスタンプのようなものを専用の用紙に受け取る。
森の中には巡礼用の整備された道、『夏の社』には子供たちを歓迎する神職の者たちが待っていたけれども、十歳程度の子供たちにとっては十分に困難な道のりだった。
特に、子供たちのまとめ役をやるロンの疲労は、他の子供たちよりも重かっただろう。
だが、それでもロンは挫けることは無かった。
それは偏に、自分で請け負った責任を最後まで成し遂げようとする子供ながらの意地ともう一つ。
「はい、集中。自分の魔力をへそから体全体に巡らせるように」
「うん、わかったよ、トーマ兄ちゃん!」
毎日の夜。
他の子供たちが寝静まった後、教導役のトーマがこっそりと鍛錬を付けてくれるからだ。
この毎夜の鍛錬を楽しみに、ロンは巡礼のまとめ役を頑張っているのである。
「詳しいイメージは教えない。強化魔術はそれぞれに合ったイメージがあるからな」
「自分に合ったイメージ…………熱いお湯が、ぐるぐると体を巡る感じで……できた!」
「ふむ、素晴らしい。飲み込みが早いぞ、ロン」
「えへへへ」
故に、今日もまたロンはトーマに鍛錬を付けてもらっていた。
他の子供たちが寝ている宿からそっと抜け出して、街の中でも人気の無い場所を選んで、魔術の鍛錬を行っていたのである。
そう、ロン自身を強化するための魔術の鍛錬を。
「その調子でイメージを完全に掴むように。理想としては、イメージが体に染みついて、呼吸する感覚で自然に強化魔術を発動させるぐらいになるのだ」
「うん! でも、トーマ兄ちゃん?」
「なんだ?」
「オレ、テイマー志望だけど、その、強化魔術を覚えて上手く使えるかなぁ?」
「ふふふっ、愚問だぞ、ロン」
毎日の鍛錬は楽しいものの、ちょっと自分の方向性とは異なるところに行きそうで心配な表情を見せるロン。
けれども、トーマは自信満々にロンへと言う。
「優れたテイマーたるもの、魔物を使役する自分自身も強くないと!」
「そ、そうなの!?」
「考えてみろ、ロン。テイマーは当然、魔物に対して指示を出すだろ?」
「う、うん」
「人間以上の力を持った魔物同士の戦いに、割り込むような指示を送るだろ?」
「うん…………あっ」
「思い至ったか。そうだ。魔物へ指示するテイマー側の身体能力が高くないと、そもそも正しく魔物の戦いを認識できない。魔物へ指示を送るタイミングがずれる。そもそも、魔物同士の戦いに身が竦んで正しく指示できなくなるんだ」
何故、自信満々かと言えば、これは独学ではなくかつてトップテイマーになった者が過去のインタビューで答えたもののパクリ――もとい、受け売りだからだ。
「実際、上級のテイマーのほとんどがこの身体強化を会得している!」
「そうなの!?」
「多分な! でも、視覚と反射神経を強化しないとついていけないのは本当」
「なるほど!」
「そして、どうせなら感覚だけ強化するだけじゃなくて、きっちり全身を強化した方がお得だ。特に、ロン。お前の場合は」
「オレの場合?」
「――――魔物が怖いんだろう、お前は」
トーマの言葉に、ひゅっとロンは息を飲む。
体内の魔力が乱れ、身体強化の魔術が解除されかかり、「集中、忘れるな」というトーマの指摘でなんとかロンは身体強化を維持した。
「だ、誰だって魔物は怖いはずだ」
「その通り。だが、お前の場合は何かトラウマ――過去に魔物に襲われて痛い思いをした経験があるんじゃないか? だからあの時、グリフォンを前にしてお前は戦う選択肢を選んでしまった」
「それは、逆じゃない? 普通、トラウマとかあったら逃げたり、動けなくなったりすると思うんだけど?」
「そういうパターンもある。だが、強迫観念という物もあってだな? 早い話、お前は襲ってくる魔物を見ると『立ち向かわなくてはいけない』と思っちゃうんだよ。どれだけ相手の力量が上でも、冷静に逃げる判断が出来なくなる。そういうのもまたトラウマって言うんだ」
「…………」
ロンはしばらく視線を下げた後、ぽつぽつと語り出す。
「別に、なにか悲しいことがあったわけじゃないんだ。物凄く強い魔物に出会ったとか、そういうわけでもないんだ。ただ、一族の掟、イーバの人間は物心つく頃にはどんな形でも魔物を一体使役しないといけなくて……一族が管理するダンジョンに放り込まれて…………結局、何も使役することが出来ず、ただ、魔物に襲われて、怖くて逃げていただけの、そんな、情けないことがあっただけで……」
それはロンの失敗の記憶。
魔物に対して恐怖を抱くきっかけとなった、最初の失敗の話。
探せばどこにでもあるような、ありきたりなトラウマだった。
けれども、ロンにとっては重大極まりない問題だった。
「イーバの人間が魔物を使役出来ないのは恥だって言われて……なんとか、クーを、カーバンクルを餌付けして使役したけど……強くて、怖いのは無理で…………クーを馬鹿にするつもりはないけど、でも、オレは結局、弱い魔物しか……」
涙は流していない。
だが、ロンは下唇を強く噛み、悔しさと共に過去を吐き出していた。
「大丈夫だ」
そんなロンに対して、トーマは優しい微笑と共に告げる。
「身体強化を極めて、魔物よりも強くなれば余裕で克服できるぜ、そんなトラウマ!」
「克服方法が脳筋過ぎない!?」
非常にトーマらしい解決方法を。
「何を言う。こんなにシンプルでわかりやすい解決方法は無いぞ?」
「でも、それは『できれば苦労はしない』って奴じゃない!?」
「大丈夫だ。俺の指導を受ければ誰でも強くなれる……強制的に」
「最後に付け加えた言葉が不穏すぎる!?」
「まぁ、最悪、薬物による強化の道もあるから安心しろ」
「安心してたまるかぁ!」
あっけらかんと言うトーマに、涙目で噛みつくロン。
不思議と、ロンの心からいつの間にか情けなさは消え去っていた。
「ともあれ、巡礼中にそれなりの強さには仕立て上げるつもりだ。やり様によっては、お前の年齢でもⅭ級魔物ぐらいなら倒せるようになるだろ」
「オレを怪物に仕立て上げるつもりか!? オレはテイマーとして強くなりたいの!」
「んー、だったら、もうすぐ大丈夫じゃないか?」
「何が!?」
「…………こういうのは自分で気づかないと駄目な奴だからなぁ」
「思わせぶりぃ!」
「とりあえず、仲間の魔物との絆がヒントだと言っておこうか」
「具体的に教えろよぉ!」
喧々囂々とした二人のやり取りはまるで、師弟と言うよりは仲の良い兄弟のようだったという。
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「さぁ、始めるであります」
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異変は四日目の夕方。
『秋の社』への巡礼を終えて、近くの街へと宿泊に向かおうとした時のことだった。
――――ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。
何かの振動音が、遠くから響いてくるのを子供たちは感知した。
「トーマ!」
「ああ、これは面倒なことになりそうだ」
当然、子供たちが感知しているということはつまり、教導役の二人もとっくに状況を把握しているということ。
故に、二人の視線は今、遠い空に浮かぶ暗雲――そう誤認するほどの虫の大群に向けられていた。正確に言うのならば、一体一体全てが虫の魔物であるという、最悪のスタンピートに。
「ナナは子供たちの保護を。何があっても離れるな」
「了解! トーマはあいつらの殲滅?」
「それもやるが、問題は――」
トーマとナナが虫の大群を睨みながら対応を決めようとしていた時だった。
「あたいにお任せっ!」
巡礼の列の中から、銀髪女子――ゲレルが飛び出した。
「いっけぇ、ビリビリぃ!」
『――――クォン』
しかも、勢いのまま魔物を召喚している。
その上、召喚された魔物はただの魔物ではない。
雷を纏う鬣に、竜の如き頭部。四つの足には馬の蹄。
そして、頭部には雄々しい二本の角。
――――麒麟。
A級に位置する魔物が、ゲレルの指示に従って雷撃を放っていた。
ドンッ!!!
轟音が響き、一瞬にして暗雲の如き虫の大群が消し飛ばされる。
「「――っ!」」
その予想外の行動に、教導役二人は息を飲んだ。
けれども、それは麒麟の一撃に対してではない。
若干十歳にして、A級魔物を使役するゲレルに対してでもない。
「子供は愚かでありますな?」
空に飛ぶ虫の大群を囮として、地下から姿を現した巨大なるクワガタ型の魔物。
その角が空間を切り裂き、トーマとそれ以外を分断したからだ。
「くそがっ!」
トーマはこの分断を受け入れるしかなかった。
何故ならば、トーマは次元を分かつ角を持つ魔物に対して妨害を行うよりも先に、姿を消して潜んでいた隠密型の魔物たちがゲレルに殺到したのを排除し、命を救ったばかりだからだ。
加えて、このクワガタ型の魔物はS級。
隠密型の魔物も全てがA級。
流石のトーマと言えども、これだけの物量を前にすれば、子供たちの命を優先して、分断されるのを受け入れるしかない。
切り裂いた空間を転移ゲートとして、魔物たちはトーマを押し出すように突撃していく。
「恐らく、強いのは大体こっちに来る! 残りは任せたぞ、ナナ!」
「うん、わかった!」
トーマは押し出される最中も攻撃を続け、転移ゲートに飲み込まれる寸前、もう一人の教導役へと重責を託した。
「さぁて、ここから先、トーマっていう保険は無いぞぉ! 気張れ、私ぃ!」
かくして、ナナの戦いが始まる。
多くの子供たちを理不尽なる襲撃から守り、生き延びさせるための戦いが。




