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第90話 似ている子供

 眼鏡男子――ロン・イーバは自身がまとめ役を買って出たことを後悔していた。

 いつもこうなのだ。

 最初は口を出さない。状況を見守り、賢く立ち回ろうと虎視眈々と期を見計らおうとする。

 けれども、言い争う声や纏まらない会話を聞いていると我慢できなくなり、気付けば声を上げてしまうのがロンという男子だった。

 つまりは、なんだかんだ責任感が強いリーダー気質なのである。


「今日はアラグラインの街まで進むぞ! 子供巡礼の定番ルートだから人数分の宿を確保できるだけの余裕があるはず! 大丈夫、時間的にも余裕で行ける!」

「はぁい、ロイ!」

「はい、ゲレル」

「野宿はしないんですかー!? 折角、野営セットを買ったのに!」

「野宿は可能な限りしない! 中々休めないし、危険だから! 道中は出来るだけ宿に泊まる! 野営セットはもしもの時の保険! 他に何か質問は!? …………よし、無いなら先に進むぞ!」


 ロンは十歳という年齢にしては大人びていた。

 巡礼のまとめ役も、下手な大人よりもまともなことを言っている。

 だが、それも当然のことだ。

 ロンはエリートの中のエリート。

 『精神的に成長せざるを得なかった子供』である。

 子供巡礼のまとめ役程度の責任で、狼狽えたりはしない。


「最後尾の人は十分に一度、先頭に向けて声をかけるように! 一応、比較的安全な街道を通って行くけど、『気づいたら後ろの誰かが居ない』ということを避けるために必要だから!」


 ロンは子供たちの先頭に立ち、迷える子羊を導く羊飼いの如く道を進んでいく。

 安全な街の中ではない。

 魔物が襲い掛かるかもしれない、広大な『外』の道を警戒しながら進んでいく。

 既に、出発前に地図は確認した。

 都市へと続く道の中でも、時間がかかっても比較的魔物が出にくいルートを選出した。

 それでも、集団というのは、ただそこに在るだけでトラブルを生み出すものである。


「リーダー! この子、足を挫いちゃったって!」

「リーダー! お腹すいた! 早くご飯にしよう!?」

「リーダー! なんか、草むらに居る! 草むらに――あれ? ただの蛇?」


 いつの間にかリーダーと呼ばれていたロンは、子供たちからの容赦の無い声に苛立ちつつも、『遠慮して声を出さないよりはマシか』と思って対応を始める。


「足を挫いた奴には、この軽傷用の魔道具を使って治療しろ! お腹すいた奴は、もう少し先に休める場所があるからそこまで待て! 蛇を見つけた奴は気を付けろ! 魔物じゃなくても、毒を持っている奴は居るんだぞ!」


 てんやわんやとしながらも、ロンは何とか次々と舞い込むトラブルを片づけていく。

 そんな様子を生暖かい目で見守る教導役二人に、少しイラっとしながらも、ロンはリーダーとして的確な行動を行っていた。

 若干、十歳でありながら、大人顔負けのリーダーシップを発揮していた。

 だから、これは『仕方がないこと』だった。


「り、リーダー! なんか、空からやばいのが――ひぃいいっ!!」

「――――っ!?」


 順調に進んでいる旅の道中、突如として空から大きな影が降ってきた。

 それは飛竜よりも小柄ではあるものの、自由に空を駆ける魔物の一つ。


『キーッ!!』


 鷲の上半身と獅子の下半身を持つ、翼ある魔物。

 グリフォン。

 B級に位置づけられる脅威度を持つ魔物である。

 鷲の上半身から推察できる通り、猛禽の如き肉食。

 特に、子供のような柔らかい肉は大好物だろう。


「ひえっ!」

「うわぁん!」

「し、死にたくないよぉ!」

「やだぁ!」


 グリフォンの襲撃に、先ほどまで統率を保っていた子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 だが、それも無理はない。

 D級程度の魔物ならともかく、相手はB級。

 大人でも裸足で逃げ出すような相手だ。

 平均年齢が十歳程度の子供たちが立ち向かえる相手ではない。


「ばらけるなっ! 狙われるぞ!」


 ただ、その中でロンはある程度の冷静さを保っていた。

 無論、これには『いざとなれば教導役がいる』という意識が前提のものであったし、なんだかんだ、教導役には優秀なテイマーがあてがわれるから大丈夫なのではないか? という予想もあるからだ。

 しかし、それがロンを無謀な行動に走らせてしまう。


「…………っ! クー! 行くぞ!」

『モキュー』


 ロンは自身の足元に、契約を交わした魔物を召喚した。

 戦う選択肢を選ぼうとしたのである。

 教導役に頼るよりも前に、まずは自分が戦おうと考えたのだ。

 これは子供巡礼であるが故に、試練は乗り越えなければならないと考えて。

 実際、本当に対抗しうる実力の持ち主ならば、それは無謀ではなく勇気と呼べる行動だったかもしれない。

 だが、ロンの足元に召喚されたのは、額に赤色の宝石を付けた、ウサギと猫を合わせたような小動物、カーバンクル。

 D級の魔物。

 子供にペットとして飼われることもある、脅威度が低い魔物だ。

 グリフォンの前では、手ごろな肉が一つ増えた程度の戦闘力でしかない。


「オレでも出来る……ゲレルじゃなくても、オレでも――っ!」


 ある程度の冷静さは残っていたものの、やはりグリフォンの襲撃はロンの判断力を奪うには十分過ぎたのだろう。

 普段ならば抑えきるはずの、胸の内から出る衝動。

 それに突き動かされるまま、死へと向かう無謀なる突撃をしようとしている。



「はい、そこまで」



 ぱぁん、と音が響いた。

 子供たちを正気に戻すに足る破裂音だった。

 何故ならばそれは、トーマが投石によってグリフォンの頭部を弾けさせた音だったが故に。


「もう怖いのは倒したから、皆、落ち着くように」


 教導役であるトーマは、場違いなほどに平然としていた。

 あっさりと、片手間でB級の魔物を殺して見せて、まるで作業のようにグリフォンの死体を魔術で火葬している。


「はいはい、怖かったねー。よしよしー」


 一方、もう一人の教導役であるナナは、子供たちのメンタルケアに努めていた。

 いくらエリートと曲者揃いと言えども、まだ十歳の子供である。

 死の恐怖を感じたことにより、涙を流して怯えていても仕方がない。


「…………っ!」


 そんな中、ロンはぎゅっと唇を噛んで立ち尽くしていた。

 何もできなかった、という後悔を噛みしめて。


「ええと、君。名前は?」


 そんなロンへと、トーマが声を掛ける。


「…………ロン・イーバ」

「よし、ロン。頑張ったね。だけど、実力を見極めずに魔物に挑むのは自殺行為だ。今度からは絶対にやっちゃいけないぞ?」


 ナナと比べてぎこちないことこの上ない笑みを浮かべつつも、なんとか教導役としての面目を保つために注意する。


「…………だって」


 だが、ロンもロンで限界寸前だったのだろう。

 反省の言葉を出すよりも先に、瞳を自身の情けなさで潤ませてしまった。


「だって、オレは、イーバの家の人間で……他の、兄ちゃんは、凄いのに……B級とか、A級の魔物を従えているのに……オレだけ……魔物が怖くて…………スカウトできたのは、クーだけで……そんな自分が嫌で……頑張ろうと、思っていたのに……」


 支離滅裂な、けれども心の底から出て来た『意地』の言葉に、トーマは苦笑した。

 苦笑して、思った。

 なんだかこいつは、昔の自分に似ているなぁ、と。


「大丈夫だ、ロン」


 だからこそ、トーマは言葉を告げる。

 ロンの頭に手を置いて。

 昔の自分が欲しかった言葉を告げる。


「お前は強くなれる。それだけの悔しさを持てる人間なら、必ず」

「…………ほんとぉ?」

「ああ、約束する。というか、俺がある程度鍛えてやるよ、巡礼中に」


 トーマから告げられた言葉に、その場しのぎではない本気の想いに、ロンはぶるぶると肩を震わせた後、精一杯トーマの顔を見上げた。


「…………ぐすっ、ずずっ…………うん! じゃなくて、頼みます!」

「よろしい」


 こうして、ロンは子供としてではなく、一人の男として強くなる道を歩み始めた。




 ロンとトーマのやり取りを、少し離れた場所で銀髪女子――ゲレル・ノーミシュアは眺めていた。

 最初はじっと真顔で、その内、ぷるぷると肩を震わせて。


「ねぇ、君。大丈夫? 怖かったの?」


 そして、様子を心配したナナが声を掛けたところで、くあっと口を開けて叫んだ。


「貴重! とても貴重! ロンの弱った姿、とても貴重! とても良い! あたい、がぶがぶしたい! ぐるるるぅ!!」


 恍惚とした表情で喉を鳴らすゲレル。

 そんな様子を見ていたナナは、ぴしりと石のように固まって一言。


「最近の子って、進んでいるなぁ……」


 十歳でこれは流石にどうしようもない、とナナは静かに匙を投げていた。


「ぐるるるぅ! あ、いけない、いけない、また喉を鳴らしちゃった、反省しないと」


 ゲレルの性癖が歪んでいることは、今のところロンにはバレていない。

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