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第9話 課題

 トーマの交流戦は全戦全勝で幕を下ろした。

 序盤は投石戦術により、数多の魔物たちを打ち砕いて。

 中盤以降は、S級魔物であるアゼルの蹂躙により、圧倒的な実力を見せつける結果となった。

 それにより、トーマはテイマー科の新入生の中でも抜きんでた存在として認識され始めたのである。


 何せ、テイマーであるトーマは英雄個体。

 ただの投石が、S級テイマーの支援や攻撃補助に匹敵するほどの効果を持つ。

 使役する魔物は、明らかにS級。

 他の新入生たちが使役する魔物を一切寄せ付けず、その全てを蹂躙して見せた。

 トーマと直接戦った者は、その実力差に畏怖を抱き、直接戦わない者でも、明確に敗北のイメージを植え付けられただろう。

 テイマー科の新入生の中で――否、ミッドガルド魔法学園の中で、怪物の如きトーマの噂は既に、一年生を中心として広まり始めていた。


「座りなさい、正座で」

「あ、はい」


 そんな噂の張本人はというと、交流戦を終えた後、寮の自室で正座をさせられていた。

 正座をさせているのは、真顔で不機嫌全開のアゼルである。


「マスターよ。吾輩が何故、怒っているのか理解しているか?」


 アゼルは不機嫌そのままに、面倒くさい彼女みたいな口調でトーマに問いかけた。


「もちろん、わかっているぜ」


 すると、トーマはかつてないほど神妙な顔つきで応える。


「交流戦の内容に……俺に対する不満を抱いたんだろ? ああ、言わなくてもわかっているぜ? そう、交流戦の時の俺は、テイマーらしくなかった。少なくとも、投石戦術をやっていた時の俺はテイマーじゃなくて、『テイマーの場所に立っているだけのなんか強い奴』だった。テイマーとして強いわけじゃなかった。その後の展開も、基本的にアゼルに任せているだけでなんの指示もしていない。ただ、偉そうに胸を張って対戦を眺めていただけだ。そんなの、そんなの……全然、俺が憧れていたテイマーじゃねぇ! そのことを俺は、ナナ・クラウチとの戦いで思い知ったよ」


 交流戦に於ける自身の反省を、かつてないほどの誠実さをもって語る。

 トーマはこの時、人間や魔物、使役する者とされる者、それらの境界を意識することなく、心の底から己を省みた言葉を紡いでいた。


「つまり、俺がテイマーとして未熟なことにアゼルは怒って――」

「違う」

「あれー?」


 しかし、当人がいくら誠実だと思う態度を取っていようが、それが相手の思いに沿っていなければまるで意味はない。

 従って、アゼルはまるで不機嫌が解消されることなく、不満を口にし始めた。


「極論、貴様がテイマーとして大成しようが、落ちぶれようがどうでもいい」

「どうでもよくないんだが!?」

「吾輩にとってはどうでもいい。吾輩はただ、『仲間になれ』という貴様の願いを叶えるため、契約を果たしているだけだからな。だが、しかし、だ」


 ぷるぷると肩を震わせ、アゼルは歯を剝き出しに言う。


「吾輩を浸食するのは止めろ。本当にやめろ。あれは本当に気持ち悪いにもほどがあったからマジでやめろ」

「えー」

「えー、じゃない!」


 効かないと理解しつつも、頭部から生えた角でトーマの胸に刺突を繰り出し、心の底からの嫌悪感を吐き出す。


「あの感覚は本当に嫌だった。魂が犯されるような感覚だった。吾輩が長年生きたドラゴンでなければ、あの場で泣き出しても仕方がない嫌悪感だった」

「そんなに?」

「そんなに! 吾輩は貴様の軍門に下る契約は結んだが、魂を許すような契約は結んでいない! 次にあんな真似をされるぐらいならば、吾輩は魂ごと自滅するからな!?」

「でも、あれがテイマーの奥義っぽい技術だぜ? 魔物とテイマーがシンクロして、肉体を動かす的な」

「あれは心と心を通わせた者同士の奥義だろうが! 貴様と我の心は全然通ってないし、むしろ、あの時のあれで、本当に嫌いになったからな!?」

「むーん」


 よほど嫌だったのか、涙目で抗議し続けるアゼル。


「……わかった」


 流石のトーマも、そんなアゼルの姿を見せられてしまえば、多少は絆されてしまうものがあるらしい。


「俺もテイマーだ。手持ちの仲間の嫌がることはしない」

「うむ、マジで頼む」

「――――ただし」


 けれども、絆されていようとも、トーマには譲れぬ一線がある。


「これはあくまでも、『アゼルが手持ちの仲間としての義務を全うしている』という状態が続いている間の契約に過ぎない。わざと負けたり、試合の途中で戦意喪失したり、あんまりにもこちらの指示に従わなかった場合は、あの技術で強制的に肉体を動かすから、そのつもりで覚悟しておくように」


 トップテイマーになること。

 S級トーナメントを勝ち抜き、全世界のテイマーの頂点に辿り着くこと。

 この夢を阻害しない限り、トーマはアゼルが何を言おうが寛容だ。

 だが逆に、この一線を踏み越えるような真似をすれば容赦はしない。

 そのような意味を込めた視線を、トーマはアゼルに向けていた。


「…………む、う」


 アゼルが唸ったのは、その本気を感じ取ったが故に。

 元々、トーマとアゼルの関係性は、圧倒的にトーマの方が上。その上、一度アゼルをトーマが倒してしまっているので、実力差は嫌というほど思い知らされているのだ。


「わかった。可能な限り、吾輩は貴様に協力する。試合中も諦めたりしない……というか、そもそも吾輩が諦めるような相手が居るのか?」

「今はまだ余裕でも、等級が上になれば居るかもしれないじゃん。ということで、改めてよろしくなぁ!」

「……ああ、契約に基づき、可能な限りの尽力を誓おう」


 結局のところ、トーマがアゼルよりも強い限り――今の状態では、瞬殺されるほどの実力差がある限り、アゼルはトーマに従わざるを得ないのだ。

 たとえ、心の奥底に生理的な嫌悪感を抱いていようとも。


「さて、相互理解も出来たところで、今後の対策を練ろうぜ、アゼル!」


 加えて、アゼルには誇りがある。己の契約に遵守するという誇りが。

 この誇りがあるからこそ、この生理的な嫌悪感を抱かざるを得ない相手でも、前向きに関係改善に努めようとする。


「今後の対策、か。ぶっちゃけ、吾輩が出て倒す、だけで十分だろう?」

「D級からC級のトーナメントはそれで勝ち抜けるかもしれない。だけど、俺が目指しているのはトップテイマー、S級トーナメントの優勝者だ。S級を一体だけ出したり、俺の投石戦術でごり押せるほど甘い業界じゃないはず」


 その点で言えば、アゼルはトーマの向上心自体は嫌いではなかった。

 元々、超越者じみた力を持っている癖に、テイマーとして成長することに貪欲なのは、悪い姿勢ではない。


「なるほど。今の内からS級トーナメントを見据えて、準備を進めておく、と?」

「その通り! そのためにまず必要なのは、アゼルと俺の絆を育む――」

「それに関して前向きに善処するが、今すぐはちょっと」


 ただ、それはそれとして、今すぐ仲良くなるのはちょっと無理なのだ。


「……えー、はい。それじゃあ、アゼルの意思を尊重して、『命がけの超吊り橋作戦 in 最難易度ダンジョン』計画は止めるとして」

「悍ましい計画を未然に止めたことを、吾輩は今、誇りに思っている」

「今すぐできる対策と言えば、あれだな。その一、テイマーである俺の強化」

「むしろ、それ以上強くなってどうするというのだ?」

「その二、手持ちの仲間であるアゼルの強化」

「それに関しては、吾輩も全力で取り組もう。早いところ、【試練の塔】に居た時の力を取り戻したいものだ」

「その三、魔物をスカウトして手持ちの仲間を増やすこと」

「…………スカウト、出来るのか?」

「それなんだよなぁ」


 疑念の目を向けるアゼルへ、トーマはため息交じりに答えた。


「何故か知らないんだけど、俺ってば昔から魔物を仲間に出来なくて。色々な手段を試行錯誤して、その果てにようやく、アゼルに辿り着いたわけなんだけど」

「貴様のためを思って正直に言うが、吾輩、『勝利者の願いを叶える』という自身の誓約が無ければ、死んでも貴様の仲間にはならなかったと思う」

「そう、それ! 俺ってば、なんか昔から魔物にやたら嫌われるんだけど!」

「魔物側としては、何故かは知らないが、生理的な嫌悪感がこう、心の底から湧き上がってきて無理! という感じになるのだ」

「え、なにこれ、呪い? 何かの呪い?」

「どちらかと言えば、その怪物染みた強さの代償に見えるが……まぁ、これに関しては、専門家の意見を聞かなければわからんな」


 トーマとアゼルは互いに視線を見合わせて、結論を出す。


「じゃあ、とりあえずは、『俺が魔物に嫌われ過ぎる原因を探って、可能であればその解消を行う』という方針で」

「異議無し。願わくば、吾輩が貴様に抱く、この感覚が無くなってくれれば喜ばしい」


 交流戦で全戦全勝を飾ったとはいえ、油断なく。

 まずは、テイマーとして致命的な部分から、トーマの改善を始めて行こうという結論を。

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