第89話 子供巡礼
可愛い子には旅をさせよ、という諺がある。
神人のアーカイブの中に、様々な言語で似たような言葉がある。
つまりは、『本当に子供のことを思うのならば厳しく接するべき』という意味だ。
甘やかしても子供のためにはならず、適度な厳しさこそが子供の成長の糧となる。
この諺が必ずしも正しいわけではないものの、王国ではこの諺を好んで扱う親は多い。
子供の時こそ困難を体験し、素晴らしい大人に成長して欲しいと願い、子供に試練を課すような様々なイベントなども開催される。
各都市、各地方、それぞれその文化は異なるものの、その中でも王国が各地方の選ばれた子供たちを集めて行うイベントが存在する。
それが『子供巡礼』だ。
子供巡礼。
その内容は言葉の通り、子供が各地の『精霊の社』を巡礼して行くというものだ。
ただし、巡礼は一週間ずっと続けられる。
巡礼中の衣食住は全て、子供たちが役割を分担して行わなければならない。
所持金の管理から食材の調達、宿の手配、衣類の洗濯まで、全て。
無論、真に子供たちだけで巡礼の旅に行かせてしまえば、鴨が葱を背負って鍋に飛び込むようなものだ。きちんと子供たちの巡礼を補佐する存在も居る。
それが教導役だ。
時に、子供たちにさりげなく助言を告げて。
時に、子供たちを危険な魔物から守って。
時に、子供たち同士が争うのを間に入って止める。
いわば、引率の教師のような役割である。
子供たちの命を預かる、責任ある立場だ。
当然、相応の立場の人間が教導役に選ばれる。
人格。
実績。
戦闘力。
この三つが程よく揃った人材こそが、毎年の子供巡礼の教導役に選ばれるのだ。
「緊張するね、トーマ。私、子供たちと上手くやれるかなぁ?」
「お前が上手くやれないと、誰も上手くはやれないと思うよ、ナナ」
そして、今年の子供巡礼の教導役に選ばれたのは、A級テイマーが二人。
ナナ・クラウチ。
トーマ・アオギリ。
この二人が子供たちの教導役として、教え導く立場に選ばれたのだった。
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子供巡礼に選ばれる子供は、概ね二種類に分けられる。
一つは、選りすぐりのエリート。
幼少の頃から何かしらの習い事、鍛錬を行い、既に魔物との契約を済ませていたり、下級魔物の討伐を済ませている者たち。
この子供たちは自信に溢れ、なおかつ規則に忠実である場合が多い。
親の言うこと、自身が習ったこと、そのセオリーこそが正解だと固く信じているのだ。
融通はあまり効かないものの、大抵のことはやれば出来る上に、割と素直に教導役の言葉を聞くので問題は少ない。
もう一つは、一芸特化の曲者たち。
生まれつきの才能、あるいは環境に適応した結果の技能など、幼少の頃から他よりも抜きんでた『何か』を持つ者たち。
この子供たちは非常に扱いが難しく、なおかつ破天荒である場合が多い。
教導役の言うこともあまり聞かず、自分の正しいことを信じてそれを貫こうとし、団体行動から離れるなんてことは日常茶飯事。
特化した分野ではエリートをも凌ぐ能力を見せるが、特化した能力自体に振り回されて、問題を起こしやすくなってしまう。
エリートと曲者。
その比率は、おおよそ七対三程度。
エリートが大半であるが、曲者たちの意見を封殺できるほどの人数差ではない。
そして、この二種類の子供たちというのは大抵の場合、水と油の関係であり。
「はぁ!? 荷馬車にお金をかけすぎだろ!?」
「セオリーは最低限の保存食を詰め込んで、自分で荷物を背負うスタイルだぞ!」
「はぁー!? セオリー!? そんなの、知ったことかよ! 重い荷物を背負っていたら、いざという時動けないだろ!」
「そうだ! 巡礼なんだから、自分たちで身を守らないと!」
「それこそ馬鹿か!? 何のための教導役だよ!?」
「教導役にすぐ頼っていたら、何のための子供巡礼なのさ!?」
「大体、これだけの人数が居るんだから! 少しぐらいの魔物なんて平気だよ!」
「魔物を舐めるな! プロに任せた方が絶対良い!」
「へっ、ビビりかー?」
「なにおう!?」
御覧の通り、出会ってしまえば相性の悪さでろくなことにならない。
エリートと曲者たち。
別れた二種類の子供たちは、子供巡礼の出発地点――『春の社』の前で、喧々囂々と言い争っていた。
「どうする? ナナ」
「んー、そーだねー」
そんな子供たちの争いの様子を、教導役の二人は少し離れた場所から見ていた。
「時間には余裕があるが、このままでは無駄に浪費するだけになる。せめて、最初ぐらいはこっちで決めてやるか?」
「いや、私はギリギリまで争わせたいね。こういう時、自分たちでリーダーやまとめ役を選出した方が、後々の行動が楽になると思うから」
「そういうものか」
「うん。私が子供巡礼をした時の経験から、だけど」
「なるほど。俺は子供巡礼を経験したことが無いから、ナナが頼りだ。適時アドバイスを頼む」
「りょーかい! 任せておいて!」
トーマもナナも、子供たちの争いに焦燥を感じていない。
この程度ならまだなんとでもなる、という余裕の感じさせる様子で見守っていた。
「ああもう、埒が明かない」
事実、争いから一歩離れた立ち位置に居た子供――眼鏡をかけた小柄な男子が、場の空気を変えるように声を上げ始める。
「ここから先は、責任を取る覚悟のある人だけ話してくれ!」
眼鏡男子の声は良く通った。
言い争う子供たちが、思わずそちらの方に視線を向けるほどに。
「責任?」
「責任って何?」
「というか、いきなりなんだよ?」
言い争っていた子供たちは、不満と苛立ちの混じった視線を向けるが、眼鏡男子は怖気づくどころか、「ふん」と偉そうに鼻息を一つ。
「責任って言うのは、失敗した時にそいつの所為になるってこと! 責任を取る覚悟って言うのは、失敗した時、周りから怒られたり、文句を言われたりしながら、失敗をどうにかすること! わかったか!?」
「「「…………っ!」」」
眼鏡男子の言葉に、びくりと言い争っていた子供たちは肩を震わせる。
その後、小さく子供たちは文句や不満やら眼鏡男子への悪口を言うのだが、大きな声で反論を言う者は現れない。
故に、眼鏡男子は子供たちの反応をぐるっと見回した後、大きく口を開く。
「誰も何も言わないのなら、オレがここから話させてもらう! 巡礼に必要な最低限のことを決めさせてもらう。もしも、何か『変だな!』とか『間違っている!』とか思ったら、その時にオレに言うように!」
そして、よく通る声で眼鏡男子は様々なことを決めていった。
大抵はセオリーに準するものであり、誰もが『文句を言うほど悪くない』という普通の内容。
それを自信満々に決めて行くので、他の子供たちのほとんどは口を開けども、口を挟むだけの余地が無い。
「以上! 何か質問や意見は!?」
結局、最後の最後まで、眼鏡男子に口を挟める者などは居なかった。
それほどまでに、眼鏡男子には物言わせぬカリスマがあったのだ。
「はぁーい! んじゃあ、誰も何もないなら、あたいから一つ!」
ただ、これは子供巡礼だ。
各地から集まった選りすぐりの子供たちだ。
誰もが圧倒されて何も言えないというわけでは無く。
高身長で白銀の髪を持つ女子が、勢いよく手を上げて言った。
「ロイ! 食料に甘い物が足りないので、増やしてくださぁーい!」
「うるさい、ゲレル。オレは真面目な話をしているんだ!」
「えー、あたいだって真面目だもん! 真面目に言っているもん!」
眼鏡男子と銀髪女子は旧知の知り合いなのか、気安く言葉を交わし合う。
そんな様子を、子供たちは唖然とした様子で眺めていた。
「巡礼って、辛くて大変なんでしょー!? だったら、甘くて美味しい物がないと絶対辛いって! そもそも、一週間も甘い物抜きなんて信じられなーい!」
「お前がそれを言うのか、野生児め!」
「そりゃあ、あたいは野生児だけど! 既にスイーツを知ったからね! それに、この巡礼はあたいみたいな野生児ばかりじゃないよ?」
「…………ぬぐぐぐっ! わ、わかった! 仕方がない、甘い物も少しは認める!」
「わぁい、やったぁ!」
銀髪女子は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねると、やり取りを見守っていた子供たちに振り返って言った。
「ほら、皆も! 言いたいことがあるなら今の内だよ!」
銀髪女子の言葉を受けて、最初は躊躇いがちに、次第に気負うことなく次々と、子供たちの中から手が上がって行く。
「ああもう、順番に全部答えるから、少し待て!」
眼鏡男子は、手を上げた子供たちの意見を、悪態を吐きながらも全てきちんと聞いた。
これが責任を取ることだと、言わんばかりに。
「へぇ、悪くない」
「だよね! あの二人、良いコンビじゃない?」
「ああ。多分、この先引っ張って行くのはあの二人だろうな」
「どっちも十歳ぐらいかな? あの年で、きちんとしたリーダシップを取れる子供は貴重だね!」
少し前とは違い、纏まりを得た子供たちのやり取りを、教導役二人は興味深そうに見守っていた。
どうやら、教導役の出番はまだ先らしい。




