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第86話 ライバルと

 メアリー・スークリムは天才テイマーである。

 『月の愛し子』という才能は、あらゆる魔物を魅了する。

 仲間にした魔物は、本来の性能以上の力を引き出される。

 魔物に対する指揮も、まるで未来を予知しているかの如き的確さ。

 史上最年少でS級に達した才覚は伊達ではなく、まさしくテイマーになるために生まれて来たような存在だった。


 メアリー・スークリムは美少女である。

 肩にかかるほどの銀色の髪は、曇り一つない銀食器のように。

 何もかも見通すような碧眼は、世界で二つだけの宝玉の如く。

 生気すら薄れさせる人形染みた美貌は、傾国の魔性すら帯びていた。

 すれ違う人間は、誰しも視線を奪われる。

 目にした魔物は、テイマーが居る個体だろうとも息を飲む。

 存在しているだけで、他を圧倒するような美少女だった。


 そんな天才テイマーで美少女のメアリーが、仮装祭のダンスパーティーに出席したのだ。

 必然と、周囲の注目がメアリーに集まるのは仕方がないと言えるだろう。


「ふっ」


 周囲からの視線を集めるメアリーは、けれどもこんなのはいつものことだと笑った。

 吸血鬼令嬢というテーマの、豪奢なドレスと口元に嵌めた尖った牙。

 この仮装に、メアリーの微笑は良く映えた。

 さながら、本当に数百年の時を生きた吸血鬼が、定命の者たちを一笑に付しているかのようだった。


「さぁ、踊りましょう」


 しかし、その目はすぐに目の前の包帯塗れの男――トーマに向けられた。

 仮装のテーマとしてはミイラ男。

 一度、くしゃくしゃに解した包帯を体の至る所に巻いている姿は、確かに、ミイラ男。

 ただし、その包帯が巻きつけられた服装は、ミイラ男に似合わないパリッと糊付けされたタキシード。

 包帯を巻く頭はぼさぼさの癖に、足元の靴はきちんと磨かれている。

 そんな、妙にちぐはぐなトーマの姿に、メアリーは笑った。

 無論、嘲笑ではない。

 先ほどの周囲を意にも介さないような笑みでもない。

 恋する乙女のように、頬を赤らめて笑ったのだ。

 何故ならば、目の前の幼馴染は仮装している癖に、きちんと淑女をエスコートするために服装を整えてきたのだ。

 適当ではない。

 普段通りでもない。

 十四歳の少年が向ける精一杯の誠実さを持って、メアリーと共にダンスパーティーで踊ろうとしているのだ。

 それが、メアリーには嬉しくてたまらない。


「…………ちゃんと足元を確認しろよ?」


 ただ、対照的にトーマの表情はあまり浮かないものだ。

 むしろ、どこか諦観の混ざった警戒心を露わにしながら、メアリーを見ている。


「ふふっ。足を踏んだらごめんなさい」

「いや、足を踏むぐらいならいいんだが……」


 だが、いつになく上機嫌のメアリーは、その警戒心に気づいていない。

 このダンス会場に流れる音楽に身を委ねて、今、ダンスのステップを一歩、踏み始めようと足を動かして。


「んみゃ!?」


 どりゅん、と。

 明らかに物理法則がちょっとおかしくなるレベルの挙動を見せて、メアリーは転倒した。


「一歩目、一歩目からかぁ」


 即座にメアリーをフォローしようと抱きかかえようとしたトーマを下敷きにして。

 そう、恐ろしいことに、メアリーのこの挙動はトーマの反応を上回っていた。


「ふっ、私としたことが、ちょっと失敗してしまったわね?」

「何が『私としたことが』なんだよ? 運動全般は苦手というか、悍ましいレベルで向いていないだろうが」

「失礼な。先ほどはちょっと気が逸っただけ。見てなさい、これが淑女のステップよ?」


 どりゅん、ぼるんっ、ずへぼんっ。

 メアリーが行う淑女のステップは、奇怪な流動音と共に行われた。


「ぬぉおおおお!? ウナギか!? お前は空飛ぶウナギなのか!?」


 トーマは必死にメアリーをエスコートしようとするが、それはさながら宙を飛ぶウナギを捕まえるが如き難題だった。

 手を取ろうとすれば、どりゅん。

 ステップを合わせようとすれば、ぼるんっ。

 頼むから両足は床に着けてくれ、と思っていても、ずべぼんっ。

 トーマの運動性能をもってしても、メアリーの奇怪な動き――本人はダンスのつもり――は捉えきれない。


「ふふっ、懐かしいわね、トーマ」

「ぬぉおおおお! このっ! この俺が捕まえきれない!?」

「昔も、よくこうやってダンスの真似事をしたものね?」

「ダンス!? あれ、ダンスだったの!? 蛮族の儀式とかじゃなくて!?」

「私、大人になったらこうやってトーマにエスコートされたかったの」

「いいのか!? お前はこの挙動で満足なのか!? せめて、人間レベルを目指さなくてもいいのか!?」

「見て、トーマ。私たち、このダンスパーティーの主役みたいだわ」

「異物の間違いだろうが!」


 頬を赤く染めたメアリーが、縦横無尽に奇怪な動きを繰り広げて。

 顔を青くしたトーマが、その動きでメアリーが傷つかないようにフォローする。

 そのやり取りは妙な気迫を伴っていて、ダンスパーティーに君臨していた。

 見ている者たちが、思わず「お、おう?」と戸惑いながら引くやり取りだった。


「ふふふっ、あははははっ!」

「やめろぉ! 更にスピードアップするなぁ! 体がもたないぞ、主にお前の!!」


 楽しげに奇怪な挙動を見せるメアリーに、必死にエスコートしようとするトーマ。

 この二人は、悪い意味でダンスパーティーに於ける主役になってしまったのだった。



●●●



 メアリーは上機嫌だった。

 どれほど上機嫌かと言うと、嫉妬やけん制などを織り交ぜて様子見をしていたセラとさえ一緒に踊ってしまうほど。


「ふふふっ! あはははは!」

「挙動がおかしい! この周囲だけ物理法則が歪んでいます!?」


 もっとも、それに付き合わされたセラはグロッキーになるほど振り回されて、一曲、ダンスを終える頃には意識を失う羽目になったのだが。


「運動がダメダメな癖に、どこから来るんだろうな、このパワフルさは……」


 トーマは憐れに散った弟子を保健室に放り込むと、再びダンス会場へと戻ろうとする。


「ねぇ、トーマ。ダンスパーティーを楽しんだ後は、二人でこっそりと夜空を見上げるの。それって、かなりロマンチックだと思わない?」

「はいはい、わかりましたよ、お姫様」


 しかし、ハイテンションなメアリーに手を引かれて方向転換。

 ダンス会場ではなく、屋外へ。

 アゼルが暗雲を晴らした、星が降りそうな夜空の下へ向かう。


「今日は誘ってくれてありがとうね、トーマ」

「なんだよ、今更しおらしく」

「失礼ね。私はいつでも貞淑な女の子なのよ?」

「貞淑な女の子は、鎧を着た人間を吹き飛ばさないと思うが……まぁ、野暮なことはここまでにしておく」

「よろしい。乙女心検定三級を上げるわ」

「ありがとう。一級までの道のりは遠いな」


 メアリーは肩が触れ合うほどの近さで、トーマに語り掛ける。


「きっと、私がこうやって女の子らしいことが出来るのはトーマのおかげだと思うの」

「そうか? 俺関係なく、今のお前は好きなことが自由に出来ると思うが」

「そうかもね? 今の私は強くなったわ。とても、とても……だけど」


 何かを言おうと口を開き、けれどもメアリーの首は横に振られた。


「いいえ、未練だわ、これは」

「未練ね。生きている内に使う言葉か?」

「トーマはバイタリティーが溢れすぎていて、無縁の言葉かもしれないわ。まぁ、私の未練は置いておいて…………私、強くなったわ、テイマーとして」

「ああ、だろうな。泣く子も黙るS級テイマーだ」

「そう、私はS級テイマー。S級トーナメントで強敵たちとトップを争ったこともあるわ。だからね、改めて宣言してあげる」


 メアリーは覚悟を決めたようにトーマを見つめた。

 トーマはその視線を一切揺るがず、当然のように受け止めた。


「私、負けてあげないから。何度も、何度も、貴方を叩き潰して、勝利するから。その上で、私がトップテイマーの座を掴む。だって、私は貴方のライバルだから」


 メアリーの言葉には力と責任があった。

 最速にして最年少のS級テイマーとしての力と、トーマのライバルとしての責任が。


「ああ、望むところだ」


 トーマはメアリーの宣言に対して、実感を伴った言葉を返す。

 一年前までの虚しい言葉とは違う。

 A級テイマーにまで上り詰めたからこそ言える、確かな戦意が込められた言葉だった。


「じゃあ、私が貴方を倒した分だけ、私のお願いを聞いてね?」

「それは内容による」

「ヘタレ! ヘタレ! 格好よく決めていたのに!」

「んじゃあ、例えば何を願ってくるんだよ?」

「え、結婚」

「前から言っているけど、メアリーは結論が早すぎるんだよ!」


 二人の幼馴染は星空の下、思い思いの未来を語り合っていた。

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