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第85話 弟子と

 セラ・クロスロードは復讐者だ。

 父親の仇を取るまで、己の復讐心を消すつもりは無い。

 毎夜、祈りのように過去の光景をリフレインして、炎に薪を足すように復讐心を維持し続けている。

 そうでなくては、とてもトーマの弟子はやってられないからだ。


「命を賭けた程度でぽんぽん強くなってたまるか。そんなのは前提条件だよ、前提条件」


 このようなことを平然とのたまうトーマの修行は、当然の如くハードだ。

 平然と命の危機に陥らせて来る。

 いや、実際に何度かは死んだ記憶があるし、その度に『手加減間違えたかー』などと言って蘇生させられているので、文字通りの『死ぬほどの修行』だ。


 だが、その甲斐があってか、セラは劇的に強くなっていた。

 具体例を挙げるのならば、以前はテイマーとして魔物たちと連携をしなければ倒せなかったA級魔物に対して、セラ単独で倒せるようになったのである。

 ただ、これは剣士として強くなったわけでは無い。

 トーマの修行と、怪しげな実験、何か変な食べ物の三重効果により、やたらと身体能力が向上していたからこその成果だった。


 セラの脳内にある復讐者のイメージは、死に物狂いで修行を重ねて、一つの魔剣や秘剣に辿り着き、仇の命を討つというものだ。

 あくまでも技巧派。

 トーマに弟子入りした時も、トーマの凄まじい力の秘密は鍛練にこそあるのだと思っていた。

 凄まじい鍛錬を繰り返せば、凄まじい力が手に入る。

 剣士として、父親を超えるほど強くなって仇を取って見せる。

 それがセラの当初の予定だった。

 実際、凄まじい鍛錬はしている。何度も死ぬような鍛錬はしている。

 けれども、なんとなく釈然としない想いがあるのは、剣の腕がさほど上がっていないからだろう。


「一応言っておくけど、俺には剣技の指導はできないからね? 適当に強い剣士を探して、勝負を吹っかけたりしながら実戦で鍛えるように」


 無論、トーマからの忠告は何度も受けていた。

 トーマが伝えられるのはトーマの強さのみ。

 剣士の強さは自分で鍛え、成長させていくしかないのだと。

 そのことにセラは当初納得していたつもりなのだが、流石に最近はちょっと思い悩むこともある。


「強い魔物を食べれば、その強さを取り込める……という迷信があるんだけどな? そんな迷信を信じて食べ続けてきてここまで来たのが俺なわけで。とりあえず、効果が出るかどうか試して行く方針だ。効果が無ければ止めるし、効果があるなら続ける」


 強い魔物を食べることはいいのだ。

 意思疎通可能な生物を食べることに抵抗感はあるが、トーマが毎回美味しく料理してくれる上、心なしかなんとなく身体能力や魔力が上がる傾向にあるから。


「うひひー! セラちゃん、君は強くなるのだ! このプロテインで安全になぁー!」


 だが、シラサワによる投薬まがいの強化については、ちょっと意義を申し立てたかった。

 違う、明らかに違う。

 この強化によって得られる強さは、どちらかと言えば武人というよりは改造人間の強さだ。

 鍛錬によって得られる成長よりも、遥かに効率的に強くなるのもいけない。

 武人としてちょっといけないダークサイドに落ちてしまいそうになる。

 鍛錬を重ねた末に仇を討つ類の復讐者ではなくて、改造によって人間を辞めてなお仇を討つ類の復讐者になってしまう。

 それでは流石に、草葉の陰で父親が泣いてしまうかもしれない。

 故に、弟子の身の上ながらもセラは考えていた。

 シラサワからの改造行為を拒否する、ということを。

 無論、これで破門にされるようなら我慢はする。

 我慢はするが、ここら辺で一つ、抗議するぐらいはしてもいいのでは?

 そのような想いをセラは抱き続け、抗議するタイミングを見計らっていた。

 そう、たとえ効率よく強くなったとしても、自分の心がダークサイドに落ちてはいけない。

 目先の利益に惑わされず、信念を貫くのだ。


「あ、セラ。シラサワの超人薬が完成したから、誰よりも先に試してみるか? 確実に強くなれて、多分安全な奴」

「魔力が十倍! 筋力と自己治癒能力も強化! 後天的に固有魔法も獲得可能だよーっ!」


 などと、仮装祭に来るまでのセラは考えていたわけだが、明らかにリスク以上のリターンがあるものが開発されたため、その治験例第一号として元気よく手を上げた。

 釈然としない想い?

 信念?

 とりあえず、強くなければ何も始まらないのだ。

 そのことをセラは、嫌というほど思い知っている。



●●●



「う、うぉおおおおおっ! 魔力が、湧き上がってくる! 体の隅々まで力が満ちる! 師匠、この万能感こそが、『圧倒的な力』なのですね!」

「即席で得た力に溺れるんじゃない、馬鹿弟子」


 セラの超人薬投与は上手く行った。

 投与から一時間の内に魔導ナノマシンがセラの肉体を改造し、更なる強さを授けたのだ。

 ただ、あくまでも今は仮装祭。

 これから行われるのは修行ではなく、息抜きのダンスである。


「ち、力を! この力を振るいたいです! 師匠!」

「駄目。少なくとも、その万能感が消えるまでは駄目。シラサワ、副作用に『万能感』とか付け加えておけ」

「んんー、でもこの副作用は個人差がありそうだからなー」


 ふんすふんす、と鼻息の荒いセラを押し留めて、トーマはダンスパーティーのための衣装を準備し始める。


「弟子、ちゃんと仮装は持ってきたか?」

「血糊で塗装した鎧を持ってきました、師匠!」

「踊りづらいだろうが、それ」

「修行だと思って頑張ります! いえ、今の自分なら余裕で行けます!」

「はいはい」

「ちなみに、師匠の仮装は……いえ、すみません。師匠は存在自体が怪物みたいなものでしたね!」

「意気揚々と口を滑らせるな、馬鹿弟子。普通にミイラ男のコスプレをやるよ、まったく」


 トーマは目がギンギンのセラを宥めつつ、薬を投与するタイミングを間違えたかな? などと軽く反省していた。

 即席で得た万能感に身を委ねても、よろしくない成功体験を生むだけ。

 故に、否が応でも戦闘が出来ないようなイベント前ならば、ある程度万能感が落ち着くまでちょうどいい時間潰しだと思ったのだが、トーマの予想以上にセラの精神が高ぶっている。

 このままダンスパーティーに突撃させると、ろくなことにならない予想が出来るので、トーマはセラの気分を落ち着けるための作戦を開始した。


「弟子」

「はい、なんでしょうか、師匠!」

「折角だから、更衣室で着替えが終わったらメアリーのエスコートを頼む」

「んぅえっ?」


 その作戦内容は実に簡単。

 頭が冷えざるを得ないような相手と組ませて、しばらく行動させることだ。

 そして、仮装祭に来る前の時点で、セラはメアリーと遭遇していた所為か、妙な苦手意識を持っていたので、この作戦には持ってこいの相手だったのである。


「え、ええと、ですね、師匠? 師匠がですね、ご自分で行った方が――」

「なんだ、メアリーのこと嫌いなのか?」

「嫌いではないですけど! でも、その、わかるでしょう!?」


 明らかに、言外に『嫉妬心とけん制を交えて来る相手は嫌だ!』と伝えるセラ。

 しかし、トーマはセラの意思など知ったことではないとばかりに言う。


「わかる。でも、俺はこれからダンスパーティーの裏方があるから、交代時間まではお前がメアリーを守っていてくれ」

「守る!? 自分よりも強い相手を!?」

「力があっても傷つかないわけじゃないからな。あいつは割と人混みの中だと気疲れするタイプだから、お前が傍に居て安心感を与えてやってくれ」

「私、今日会ったばかりの他人ですけど、大丈夫ですか!?」

「大丈夫。あいつ、お前のことを気に入っているみたいだし……頼むよ、セラ」

「うわぁ、断りにくい真面目な頼み方ですぅ!」


 トーマによるごり押しの頼みを、セラは断れない。

 何故ならば、セラは弟子。

 しかも、結構無理やりに押しかけた弟子だ。

 師匠であるトーマがこうして頼み込んでいることを、『あの人苦手だから嫌だ!』なんて理由で断ることは出来ない。

 いや、セラが本気で拒絶すればトーマも考慮するだろうが、苦手ではあるが、拒絶するほど嫌いな相手ではないから困っているのだ。


「……わっかりましたぁ」

「感謝するぜ、弟子」


 先ほどまでのテンションはどこへやら、すっかりしょぼくれたセラは渋々頷く。

 そんなセラの姿を見て、トーマは小さく笑みを浮かべた。

 それは、作戦が上手く行ったことを喜ぶ笑みにしてはささやかであり、ほんの少しの安堵が混じっていた。


「メアリーはあれで意外と寂しがり屋なんだ。構ってやってくれ」


 作戦の名目ではあるものの、大切な幼馴染を一時でも任せられる相手が出来た。

 トーマはそれだけでも、弟子を取った甲斐があると思っていた。

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