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第84話 白衣の死者と

 人間は強くあるべきか?

 シラサワは人間である時、この答えに即答出来た。

 強くあるべきだ、と。

 そうでなければ、跳梁跋扈する魔物たちから人類の生存圏を守れない。

 何が何でも強さを手に入れるべき。

 たとえそれが、多少の倫理に背くことになったとしても。


 では、今はどうだろうか?

 シラサワが魔物に成り果てて、長い時間が経った後。

 魔物と人間の共生が進んだ時代で、それでも人間は強くあるべきか?

 この問いに、シラサワは即答できない。


 力というのは、あればあるだけ良いという物ではない。

 制御出来ない力は暴力となって、自分と周囲を傷つけるだろう。

 その上、たとえ制御できたとしても、他者よりも強いということは一種の隔たりを生む。

 その極致が、トーマという存在だ。

 トーマは強い。

 呆れるほどに強い。

 強いが、全てが望み通りに進んでいるわけでは無い。

 むしろ、強すぎることが原因で、魔物から集合無意識レベルに嫌われているという始末だ。

 強さというのは必ずしも、本人に栄光をもたらすだけのものではない。


 では、力は無くても大丈夫なのだろうか?

 人間事態に力など必要なく、ただ、魔物と共生するための技術だけ磨けばいいのだろうか?

 だが、それではどこまでも選択肢を魔物に委ねていることになる。

 信頼していると言えば聞こえは良いが、魔物に実行力を依存し過ぎた場合、どれだけ魔物を上手く使役していようが、結局はどこまでも魔物の意思に左右されてしまう。

 卓越したテイマーならば、その意志すらも巧みに操ることも可能だろうが、その領域に至ること自体が稀であり、例外だ。

 大抵の人間というのは、魔物の機嫌や都合に振り回されるものである。

 故に、ある程度の保険を考えるのであれば。

 魔物に及ばずとも、魔物が居なければ何もできない、という事態を避けるために。

 テイマーであっても、ある程度の個人戦闘能力は推奨されるべき。

 それが、シラサワが現代のテイマーたちを見ていて、考え出した結論だった。


 だからこそ、シラサワは己の研究を止めない。

 人間の超人化。

 魔物と同等以上の力を持った存在へと、人間を強化すること。

 神代の時から続く研究を、シラサワは完成させたいと願っている。

 そのためならば、多少ハードな契約を結ぶことになっても、全然構わないのだ。

 ――――何せ、一度死んでいるが故に。

 長い長いロスタイムではあるが、有効に使わなければならない。



●●●



 シラサワはダンスなど踊らない。

 ミッドガルド魔法学園の仮装祭は主に、人間向けのイベントであり、魔物たちは別会場でダラダラと交流する場もあるのだが、その場にも出ていない。

 何故ならば、シラサワの研究が一定の成果を出す寸前まで進んでいるからだ。

 研究が一番楽しい時期だからだ。

 こうなってくると、トーマの指示を受けた時以外はほとんど自分の研究所に籠っている。


「はぐはぐ、もぐもぐ……」


 栄養をひたすら固めたスティックを齧りながら、シラサワは魔導端末を動かす。

 踊るように指先を動かして。

 空中に浮くAR式のディスプレイに触れて、実験器具を操作する。

 実験器具はほとんどが魔導機械化しており、シラサワが指先を動かすだけで、自在に操作することが可能になっていた。


「んぐんぐ、ごっくん…………んー、ここは、こうして、魔導ナノマシンは……」


 動かす、動かす、動かす。

 まるで、踊るように自らの手を動かし、シラサワは一つの魔法薬を完成させようとしていた。


「――――よし、この配分だ!」


 やがて、シラサワの動きは止まる。

 何故ならば、終わったからだ。

 幾千、幾万と繰り返した実験が終わり、満足の行く結果を得られたため、シラサワはそれを出力する。

 得られたデータ通りに実験器具を動かし、素材を調合し、一つの結果を錬成する。


「できたぁー!」


 そして、シラサワの手の中に一つの魔法薬が誕生した。

 それはガラス瓶の中に満たされた青色の液体であり、向こう側が透けて見られるほどの透明度のある魔法薬だった。


「おーい、差し入れだぞ、シラサワ」

「あ、マスター!」


 そのタイミングで、トーマはシラサワの研究室へと入ってきた。

 片手に差し入れ用の携帯食料を携えて、もう片方の手をひらひらと気軽に振りながら。


「マスター! マスター! マスター!!」

「おうおう、どうした、どうした?」

「これこれ、これぇ!!」

「ん? なんだこれ?」


 トーマは己の頬に、ぐいぐいと押し付けてくる青色の液体の入ったガラス瓶を見て、不思議そうに眼を丸めた。

 すると、シラサワが意気揚々と語り始める。


「試作品が完成したの! 名付けて『超人薬試作七号』が!」

「一から六号までは?」

「洒落にならない失敗作になったから、廃棄したよー!」

「よろしい。良い判断だ……となると、これは成功品?」

「そのとぉーり!!」


 実に生き生きと。

 唇を三日月に歪めて。

 楽しくてたまらないというように。

 大仰な身振り手振りを交えて。

 シラサワはトーマに己の作品について語る。


「聞いて驚いて! なんと、この薬は飲むだけで人類を新たなるステージに連れて行く薬なんだよー!」

「具体的には?」

「魔力が控えめに見積もっても十倍。筋力増大。自己治癒能力強化。固有魔法の後天的獲得。これらの効果があるんだよー! 多分!」

「多分?」

「実験動物での効能確認は済ませているし、安全確認も取っているけど、肝心の人間相手には治験がまだ。私、これでも良識ある研究者だから!」


 ふふーん、と薄い胸を張るシラサワ。

 どうやら、勝手に人体実験をやらないことは褒められるべきことだと認識しているらしい。


「ありがとう。俺の知らないところで、勝手に治験をやらかさなくて」

「うん、どういたしまして! じゃあ、マスター! 実験対象――もとい、治験の対象にしても問題の無い人間たちを集めて欲しいな! 最悪、死んでもいい奴ら!」

「悪いが、それを可能とするだけの権力は俺には無い。そして、権力があったとしても、その手の命を消費する類の実験は認めない」

「じゃあ、絶対に命を失わない類の実験は!?」

「知性とか、五感の一部とか失わないだろうな?」

「そんな危険な薬じゃないから大丈夫!」

「本当?」

「というか、マスターと会ってから私がここまで時間をかけたのは、主に薬の危険なデメリットを排除するためだからね? 幸い、魔導ナノマシンのおかげでブレイクスルーが起きて、色々な問題がクリアされたわけだけど」

「ふーむ」


 シラサワの説明に、トーマはしばらく考え込む。

 こういう時、シラサワは嘘を吐かない。

 どこまでも研究者であるが故に、研究内容に嘘は吐かない。

 加えて、シラサワは元神人の研究者だ。人類の超人化なんて研究はしていたものの、組織に属していた研究者だ。説明と事実が異なることの問題は良く理解しているだろう。

 つまりは、本当に過度な副作用や問題は無いのだ、この超人薬には。


「とりあえず、治験をしたいのはわかった。治験の対象に関しては、俺がウィザード協会の方に掛け合って何とかしてみる。ちなみに、これは量産可能?」

「今すぐは無理だけど、素材と製造ラインが用意出来れば」

「…………治験の結果次第では、人類に新しい道を示すことになりそうだな」

「まぁ、それでも、常人はこの薬を飲んでようやく、D~C級の魔物と渡り合えるって程度だけどねー。もうちょっと性能はあげたいなー」

「現時点でも割と問題になるレベルなのに、更に性能を向上させる気か、お前は?」

「それが私だからね!」


 むふーん、と誇るように胸を張るシラサワ。

 その姿を見て、トーマはなんとなく『暗殺されそうな研究者ってこういう奴のことを言うんだな』とちょっと引いていた。

 現時点でも、良くも悪くも人間社会に革命的な変化を起こしうる魔法薬を作っておいて、なおも向上心が尽きることを知らないのだ。

 過去の暗殺されたのも、こういうところが原因の一つなのだが、シラサワはそれを知らないし、知ったところで改めようとはしないだろう。

 そんな程度で懲りるぐらいならば、リッチーに成ってまで現世にしがみついたりはしない。


「はぁー、わかった、わかった。お前の研究にとことん付き合ってやる。今更、契約を違えるような真似はしない」

「さっすが、マイマスター!」

「ただし、俺が危険すぎると判断した物は規制するように。これを違えた場合、俺の拳がお前の頭を砕くからな?」

「もっちろん! 今度は失敗しないよー!」


 トーマから釘を刺されてなお、シラサワは幸せそうに笑う。

 夢の続きがここにある。

 死んでもなお、研究を続けられる。

 今度は、裏切らない仲間と一緒に夢の続きが視られる。

 それだけのことで、白衣の死者はいつだってご機嫌なのだ。

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