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第83話 黒い龍と

 アゼルは人間の勇気と愛と絆が大好きな龍である。

 何故、好きなのかと言えば、それは単純に好みとしか言えない。

 人間単体では、小さくて弱い生物に過ぎない。

 だが、人間は群れると爆発的に可能なことが増えて行く。

 愛や絆、そんなことをのたまいながらも、不可能を可能にしていく。

 中には、【原初の黒】である自分に傷を付けるほどの猛者も現れるのだ。

 これほど見ていて楽しい生物は他には居ない。

 だからこそ、アゼルは力の大半を使って【試練の塔】というダンジョンを作り上げた。


 【試練の塔】は、アゼルによって作り上げられた『人間観察用のダンジョン』である。

 しかも、好みの強い人間が集まるように、難易度は最大に。

 なおかつ、強い欲望や想いを持った人間が集まるように、ダンジョンの中のドロップアイテム、配置する宝箱などは、エンシェントドラゴンの全力をかけて最高品質にした。

 この【試練の塔】に出現する薬を求めて、若者が剣を持って攻略に挑むなんてことも日常茶飯事である。

 難易度は高いものの、人間たちは求める物が得られて満足。

 アゼルは人間たちの物語を見られて満足。

 たまに、【試練の塔】の最上階に辿り着き、自身に挑む勇者たちが現れた時は最高。

 そのような風に、アゼルは人生もとい『龍生』を満喫していたのだ。


 ――――トーマ・アオギリという規格外が現れるまでは。


 アゼルは実のところ、トーマのダンジョン攻略をほとんど見ていない。

 なんか気づいたら、いつの間にか最上階に人がいる! いかん、急いで歓待しなければ! と慌てて出て行った記憶がある。

 何故ならば、アゼルも四六時中ダンジョン攻略者たち全ての観察をしているわけでは無い。

 お気に入りとそうでない者では、観察の度合いも異なる。

 当然、新人も新人。魔物も引き連れていない何者かの入場になんて、興味の優先度が低い。

 その上、トーマの攻略は迅速にして最速。

 アゼルに存在を気づかれる前に、トーマは最上階までの攻略を終えていたのだ。

 たった一人、魔物も連れずに単身で。

 まさしく規格外。

 人類のバグと呼ばれるに相応しい存在だろう。

 問題は、肝心のアゼルがそれをきちんと認識する前に倒されてしまったこと。


 全力だった。

 紛れもなく全力であり、本気だった。

 それでも、『死に物狂い』とまではいかず、気合が入り切らない戦いではあった。

 負けた言い訳ではない。

 戦いの果てに敗北し、その上で素直に勝者を賞賛することが出来なかった原因を、アゼルはそこにあると考えていた。


 ――――なんか、思っていたのと違う。


 アゼルは、自分を倒す者が現れるとすれば、それは勇気と愛と絆に溢れた人物だと思っていた。

 人間が好むコミックや歌劇に出てくる、主人公のような人物。

 たくさんの仲間に慕われて。

 自分よりも強い相手に、恐れず向かって行って。

 大切な人のために、限界を越えられる。

 そんな人物こそが自身を下すのだと、神代の頃から妄想していた。

 だが、蓋を開けてみれば、現れたのはひたすらに強い存在。

 絆? 単身で挑んできているのに?

 愛? あるかもしれないが、それを発揮するだけの機会が戦いの中にあったか?

 勇気? 実力自体、格上の相手が順当に敵を倒す時、勇気なんて出すのか?

 結局のところ、アゼルは順当に倒された。

 奇跡の逆転劇でもなければ、鎬を削り合うような死闘でもない。

 当たり前に、純粋に、トーマがアゼルよりも強いから勝利したというだけの話。

 その上、相手は勝者の権利を使ってアゼルを仲間にしようとしてくるのだ。

 生理的に嫌悪感を抱くような相手が、無理やり仲間にしてこようとしているのだ。

 トーマに仲間にされた当時のアゼルの機嫌というのは、最悪に近かった。

 最古のドラゴンとしてのプライドが無ければ、泣き喚いていたかもしれない。


 では、昔と今では何か変わったのか?

 トーマという規格外の強さを持つマスターに抱く感情。

 それは果たして、良いものへと変わったのだろうか?

 確実なのは、その答えを言う時、アゼルはとても不機嫌になるだろうということだけ。

 エンシェントドラゴンであったとしても、乙女心は複雑なのだ。



●●●



 仮装祭は夜に行われる。

 理由としては、『夜こそ魔物の本領。人間が仮装して魔物たちと共に祭りを楽しむのならば、それは当然、魔物側への配慮を込めて夜にしよう』などという考えが古式にはあったとか、なかったとか。

 詳しい源流などは資料が存在しないため、明確な理由はわからない。

 ただ、現代の仮装祭が夜に行われる理由ははっきりとしている。

 その方が盛り上がるからだ。


 夜。

 それは普段活動する昼間とは異なる、非日常。

 そんな非日常の中、仮装という普段とは異なる姿で遊び回る。

 ついつい、羽目を外して楽しみたくなるというものだ。

 そして、それはミッドガルド魔法学園の者たちも変わらない。


「見て見て、これ、スライムの仮装! 流動して自動防御するの、この粘液!」

「うわぁ、なにその仮装気持ち悪い!」

「ふふふっ、見なさい、男子ども! これこそが男子の夢であるサキュバスの仮装よ! え、あ? 待ちなさい、やめっ、実行委員会に通報するのはやめて!」

「人間こそが本当の魔物。故にこれこそがナチュラル仮装!」

「なにこいつ、思想が強い」


 わぉわぁ、ぎゃあぎゃあ、と騒ぎ立てる仮装した学生たち。

 飾りつけされた夜の校舎を走り回り、仲間とはしゃぎまわる様は、完全にどこにでも居るような十代の若者だった。

 普段過酷な訓練や授業を受けている学生でも、この時ばかりは子供として遊び回る。

 そして、それを咎めるような教師も今は居ない。

 この時だけは、夜の校舎は学生たちによる独壇場だった。

 故に、学生たちのテンションは際限なく、本番のダンスパーティーに向けて上がっていくのだが、惜しむらくは外の天気。


「あーあ、外が晴れていれば最高だったのに」


 思わず、学生の一人がそう呟くほど、今日の天気は曇天だった。

 夜空は見えない。

 星も、月も、見えない暗黒の雲が空を覆っている。

 従って、生憎の天気ながらも『こういうこともあるか』と学生が空から視線を離そうとしたその瞬間、それは起こった。


 ――――びゅうぉおおおう!


 窓の閉まった室内に居ても、思わず身を竦ませるほどの轟音が鳴り響く。

 それは一分にも満たない間、空を蹂躙するかの如く響き渡って。


「――――あっ」


 やがて、轟音が収まった頃には、夜空を覆う暗黒の雲は全て、吹き飛ばされていた。




『ふむ、こんなところか』


 満天の星空の中、アゼルは黒龍の姿で夜空を飛んでいた。


「おお、掴めそうな星空ってのはこのことだぜ!」


 頭部にトーマを乗せたまま。

 泳ぐように、星の光が満ちる空を飛んでいた。


「しかし、良いのか? アゼル」

『何がだ?』

「自分の力、こういうことに使うのはプライドが許さないんじゃないか?」

『ふむ』


 トーマの問いかけは気遣いだ。

 エンシェントドラゴンにして竜族の始祖の一角、【原初の黒】が学生たちの催しの程度のために、その力を振るってもいいのか? という確認だ。

 トーマはやるべき時は強引にアゼルの誇りをねじ伏せるような真似もするが、普段から便利に使い倒しているというわけでもない。

 アゼルに竜の力を使わせる時は、きちんと頼み込み、許可を取るようにしているのだ。

 けれども、今回のことは珍しくアゼルからの提案だった。


『人間にボコボコにされて使役されている今を思えば、そんなプライドが残っているかどうかは、今更過ぎる話ではあるが』

「お前はすっごい根に持つよな、それ」

『現在進行形の不本意だからな。吾輩、何度でも言う所存だ――ただ、な』


 アゼルは少しの間、言い淀む。

 抱いた想いを言葉にするのが不本意極まりないという顔で、けれども、それを飲み込むのはそれ以上に屈辱だと言わんばかりに葛藤して、やがて口を開いた。


『貴様の仲間になったことは、悪いことばかりではなかった。故に、この程度は別に構わぬ』


 その言葉に、トーマがどんな表情をしたのか、アゼルは見えていない。見る気も無い。

 ただ、トーマが何かを言う間に、未だ根強くある嫌悪感が湧き上がる前に、更に言葉を紡ぐ。


『星を掴めよ、マスター。貴様の道が無意味でないと、証明して見せろ』


 黒龍の激励に、トーマは静かで、けれども揺るぎない声で応えた。


「ああ、そのつもりだ」


 煌めく星空の中、黒龍と超越者はしばしの間、無言で静寂を受け入れる。

 何も言わず、共に在れるようになった関係性を証明するかのように。

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