第82話 仮装祭
ミッドガルド魔法学園にも、青春イベントは存在する。
テイマー科。
ウィザード科。
その他、魔法に関わるあらゆる進路を教導している魔法学園であっても、きちんと学生たちを労うためのイベントも用意してある。
そう、何も実利一辺倒のイベントばかりではないのだ。
学生同士のクラスを越えた交流を促進させるため、ダンスパーティーの一つも企画しているのだ。
それが『仮装祭』だ。
起源は古く、神人たちが宙の向こう側から持ってきた『ハロウィン』という行事。
その行事の内容を少々魔改造し、『人間が魔物の仮装をして、魔物と人間の間で隔てることなく交流をしよう』というコンセプトとなっている。
もっとも、それはあくまでも起源に近い古式なもの。
現代的な認識で仮装祭とは、『とりあえず、若者がはしゃぐ場』である。
古式では特殊メイク級の仮装を求められるのだが、現代ではちょっとしたコスプレ程度。
むしろ、動きやすい恰好で男女がダンスパーティーを行い、出会いの場とする。
それこそが、現代の仮装祭である。
つまり、特に戦闘が起こることは無い。
山奥や異世界でサバイバルすることも無い。
油断させておいて、『実は緊急事態に備えた訓練です』などと不意打ちしてくることも無い。
完全無欠に平和なイベント。
それが、ミッドガルド魔法学園に於ける仮装祭だった。
当然、それはトーマ・アオギリであっても例外ではない。
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独り身の学生たちにとって、仮装祭は恋人獲得のチャンスだ。
よしんば、恋人が出来なくても異性の友達が出来るかもしれない。
気になっている異性に意識させられるかもしれない。
友達以上になりたい相手と、関係を進めるきっかけになるかもしれない。
そのような欲望――もとい、希望を抱くことが多い。
故に、仮装祭を管理する実行委員たちはエリート独り身たちによって構成されていた。
「テーブルクロスがほつれている? ならば、買い換えだ! 費用をケチるな! 足が出るなら、俺達が補填する!」
「仮装祭の飲み物? 馬鹿野郎! 値段よりも質だよ、質!」
「ウィスキーボンボンを用意しろぉ! 飛び切りに質の良い奴だ! 気になる相手に、『え、これマジで美味い。食べてみてよ!』と気軽に言えるぐらいの奴を!」
「A級テイマーを集めろ! 警備に費用を惜しむな!」
ガチであった。
男女を問わず、クラスを問わず。
ちょっと気になる異性と良い関係になりたい、という欲望を持った学生たちは、ガチの準備で仮装祭を盛り上げようと気合を入れていた。
そして、一部でも熱意を込めて準備を行っていれば、自然とその周囲にもその熱意は伝わるものだ。
授業の合間ではあるものの、段々と学生たちは集まり、仮装祭の準備を一致団結して行っていた。
「飲み物や食べ物関係は任せてくれ! 俺の伝手を使って最高級品を用意する!」
無論、トーマもその輪の中に入って献身的な活動を行っていた。
主に、自身の伝手を使っての物品の購入補助や、有り余る体力を使ってのあらゆる力仕事をこなしていた。
「何かあれば、直ぐに俺に言って欲しい! 何でも対応して見せる!」
普段、実力の差やその他諸々の理由からクラスの中でも孤立――というよりは孤高状態になることが多いトーマは、この機会を逃さず、同学年の学生たちと交流を図っていた。
「ふふっ、気合たっぷりだね、トーマ!」
「おうよ!」
なお、そういう下心や打算目的ではなく、純粋にイベントを楽しみたいと思って尽力している者も当然存在する。
「私も負けないように頑張らないと!」
トーマの数少ない友達の一人、ナナもその手のタイプだった。
異性との恋愛がメインではなく、皆と大騒ぎするのが大好きな祭り好きタイプだった。
そして、ナナはトーマとは異なり、友人が多いタイプである。
それはクラスの壁に囚われず、多くの人脈を持っているということであり、この手のイベントでは準備段階でも起こる、人と人との軋轢やトラブルを解消する手助けとなった。
ちなみに、トーマの数少ない友達の残り二人の方は、この手のイベントが苦手なので参加を拒否していた。あの男子二人に、この手の陽キャイベントは致命的に合わなかったらしい。
同じく、この手のイベントが苦手な者は一部存在しており、非協力的な学生も居るには居た。
ただ、仮装祭を楽しみにする学生の方が圧倒的に多いので、多少の細かな問題はありつつも、仮装祭の準備は無事に進んでいく。
「そういえば、トーマは知ってる?」
「ん、何が?」
「今年の仮装祭から、外部の参加者も認めるんだって。ただし、無制限じゃなくて、在校生からの紹介状が無いと入れないけど」
「そうなのか。そうなると……ふぅむ」
「お、どうしたのー? ひょっとして、外部に気になる女の子でも居る?」
「この手の催しに呼ばないと、後で絶対に拗ねる女の子が一人」
「居るね。可愛らしくも面倒くさい女の子が居るね?」
「後、たまには弟子を呼んで労わないといけないだろうし」
「……トーマ、それってもしかして、中央に行った時のあのお姉さんのこと?」
「ああ、そうだけど?」
「一緒に呼んだら、可愛らしくも面倒くさい女の子、絶対に拗ねない?」
「拗ねる。だが、呼ばなければ呼ばないで、それはそれで拗ねる」
「詰んでるじゃん。手助けしようか?」
「大丈夫。大体、いつものことだから」
「いつものことなんだ」
ほんの少し。
トーマを中心として、波乱とも呼べない小さな騒動の予兆を含みながら。
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セラ・クロスロードは勘の良い人間だ。
正確に言えば、勘の良い人間になった。
師匠であるトーマによる、何度も生死を彷徨う――否、何度もちょっと死ぬ羽目になった修行によって、後天的に直感が鋭くなったのだ。
その鋭くなった直感が告げている。
【弟子へ。たまの労いとして仮装祭に招待します。是非遊びに来てね】
絶対に面倒なことになると。
トーマから飛竜便で受け取った手紙を読んだセラは、即座に直感した。
しかし、相手は師匠のトーマである。
いや、行きたくないと言えば無理強いするタイプではないのだが、それはそれとして、今のセラの立場は押しかけて、頭を下げて、どうにか師事を受けているというものである。
弟子として、師匠の誘いに断るわけにはいかない。
そもそも、実際に修行を経てめきめきと強くなっている実感もあるので、その恩義も考えると猶更断るわけにもいかない。
従って、セラは仮装祭当日、ダンスパーティーで恥をかかない程度の仮装を準備して、トーマが迎えに来るのを待っていた。
都市から離れた場所にある丘の上で。
ぽつんと一人――ではなく。
「今日は楽しい日にしましょうね、セラさん」
何故か、白銀の髪を持った美少女、メアリー・スークリムと共に。
「…………はぁい」
セラはぎこちない笑みで頷き、そして確信した。
メアリーの正体も知らずに、本人からの自己申告である『トーマの幼馴染』という情報だけで悟った。
「わ、私は今日、ここで死ぬ!!?」
死期が少女の形をして、やってきたのだと。
最近鋭くなった直感が告げていた。
もう、ビンビンに告げていて、その直感のあまり、ついつい口が滑ってしまうほどだ。
「死なないわよー?」
「こ、殺されます!?」
「殺さないわよー? 私を何だと思っているのかしら?」
過度に怯えるセラへと、メアリーはとても優しい声で言った。
「だって、セラさんはトーマの弟子なんでしょう? それ以外の何物でもないのでしょう? 殺す理由が無いというか、そもそも私は恋敵を殺すなんて短絡的な真似はしないことを、トーマが来るまでの間、もうちょっと詳しく話してあげるわね?」
「師匠ぉ! 早く来てください、師匠ぉー!」
結局、トーマが来るまでの数十分間、セラはメアリーと『楽しく』お話しする羽目になったのだった。
「マスター! マスター! 私、綺麗なドレスでマスターと一緒に踊りたいです!」
「わかった、それはわかったから、とりあえず離れろ! 飛びつくな! 俺の幼馴染からとんでもない殺気が出ているから!」
「トーマが好感度の高い女の子タイプの魔物を仲間にしている……」
「こいつの好感度の高さは多分、生まれたての雛みたいなノリだぞ!?」
なお、当然のようにトーマの新メンバー紹介の際、ひと悶着はあった模様。




