第81話 異界門・閉門
遺跡を守るガーディアンは小動物の群体だった。
鼠。
猫。
犬。
蛇。
その他、決して広くない遺跡の中を自在に駆け巡る大きさの小動物を模した機械たち。
それでいて、それらの機械が持つ殺傷力は人間を殺すには十分すぎる。
何故ならば、元々それらは悪竜の眷属から人間を守るために作り上げられた物。
当然、それ相応の戦闘力が無ければ話にならない。
数百年の稼働により、いたるところの部品は損傷しているが、それでも迷い込んだ人を殺すには十分過ぎるほどの力を持っていた。
「ヒラヒラ! 全部吹き飛ばして!」
『はぁい、お任せー♪』
しかし、この遺跡に潜り込んだ侵入者たちは、テイマーだ。
人ならざる者を使役する者たちだ。
従って、小動物を模した機械の群れは、テイマーの一声で吹き飛んでいく。
A級テイマーである、ナナが使役する花妖精のヒラヒラが巻き起こした風魔術によって。
「イバラ、叩き潰せ」
次いで、風魔術によって吹き飛ばされた場所には、ヴォイドが使役するオーガのイバラが。
『ごぉっ!!』
剛力粉砕。
風によって自慢の素早さを奪われたガーディアンたちは、なすすべなく、イバラの剛力によって潰されていった。
「ふぃー、見た目の可愛さに反して、中々凶悪だったね、ヴォイド」
「もう二度と、『ワンチャン懐かないかな?』と思ってスキンシップを図るのを止めろ。危うく、お前の腕が千切れるところだった」
「あははは、大丈夫だよー! そういう時はホータローが守ってくれるし!」
「自己防衛に努めろ、馬鹿」
ガーディアンを駆逐した遺跡内で、けらけらと笑うナナに、深くため息を吐くヴォイド。
命を狙うような相手との戦闘だったというのに、二人に過度な緊張の色は見えない。
それもそのはず。
この二人は既に、B級トーナメントを突破してA級に昇級した者たちだ。
そこに至るまで、少なくない修羅場も超えている。
今更、滅んだ世界のガーディアン程度に後れを取る様な真似はしない。
「待たせた」
そんな二人が会話をしていると、遺跡の奥からぬぅっと姿を現した人影が一つ。
「どうやら、この遺跡は医療施設だったらしい。いくつか、保存状態の良い薬品の類を漁ってきた。これなら、相応の評価が得らえるだろう」
それはバッグ一杯に成果品を詰め込んだジークだった。
背後には油断なく人狼のルガーを控えさせて、たった今、スカベンジを終えて戻ってきたのだ。
「わぁ、流石ジーク! ダンジョン攻略のプロ!」
「プロではない。数をこなしているだけだ」
「またまたぁ!」
「プロというのはトーマのような奴のことを言う……いや、言わないか」
「うん、言わないと思うよ? あれはプロと言うかプロを越えた何かというか」
「おい、お前ら。遠い目をしていないで、遺物を回収したなら拠点に戻るぞ?」
「「了解」」
三人のテイマーは、目的は果たしたとばかりに遺跡から撤退していく。
無論、撤退中も警戒は怠らない。
適度な緊張を保ちながら、手持ちの仲間たちに周囲を探らせて、拠点となった廃都市まで戻っていく。
「最終日にようやくだけで、探索の成果が実を結んで良かったね!」
「ほとんどの遺跡にはろくなものが無かったからな。ジークがこの手の探索に慣れていないと、成果はゼロだっただろうな」
「遺跡の類は、夏休み中にいくつか回った。今回はたまたま、その経験が活きただけだ」
それなりの遺物も回収したため、三人の足取りは軽い。
学園側の課題としては、三日間の生存だけで最低限の評価は得られる。だが、そこから移籍の探索、遺物の回収をこなせれば、プラスで成績も加算されるのだ。
もっとも、一年生の内に、既にA級テイマーとなった三人にとっては、学園側の評価などはあくまでも『あれば嬉しい』程度の代物に過ぎないわけだが。
しかし、それでも三人の心に慢心は無かった。
何故ならば、知っているからだ。
「だけど、今回のレクリエーションはなんか変というか、途中ですっごい嫌な感じがしたよね? 結局は何にもなかったけど、あの産毛が逆立つ感触、今でも思い出せるよ」
「ああ、ナナはそう言っていたな、確か。やたらと焦っていたような気もするが。僕の場合、そこまで勘が鋭くないからわからないが」
「生き残ることに関しての勘が鋭い自負がある俺が言うが、あれは多分、トーマが何かやらかした時の奴だな」
「「同感」」
一般的にはエリートと呼ばれる三人の遥か上には、とんでもない規格外が存在することを。
嫌というほど思い知っているからこそ、三人に油断も慢心も無い。
いつの日か、その遥か高みに居る規格外を倒すために。
●●●
異世界での三日間は過ぎ去った。
異界門は閉門し、テイマー科の学生たちは無事に学園へと帰還する。
異なる世界でのサバイバル。
遺跡の探索、遺物の回収。
それらをこなした者たちの感想は様々だ。
環境の変化に過敏に反応する者は、早々に音を上げて。
精神が図太いものは、滅んだ世界で退屈な三日間を過ごした。
一方、三人のA級テイマーのように、元々優秀な者たちは環境の変化などなんのその、きっちりと三日間の内に遺物を回収して、成績を上げるに足る成果を出していた。
そんな、学生たちの帰還の裏側で。
「誰が異世界の最終兵器を持って来いと言った???」
「あいつは兵器なんかじゃない! 俺たちの大切な仲間だ!」
「ごり押そうとするなぁ! 無駄に目を輝かせて、感情論で押そうとするなぁ! そういうことを言っているんじゃないんだよ、こっちは!」
「ちっ」
「舌打ち!? 学園長に舌打ち!?」
「仕方がない。第一の作戦、パッションでの説得が失敗に終わったので、第二の作戦に移行するか。第二の作戦、物で釣って誤魔化す作戦に」
「この場で言ったら、それ意味ないよな!? これから私を買収するという宣言をしているようなものだよな!?」
「はい、こっちの医療技術よりも発展した、『万能薬』の設計図」
「……っ!!?」
「なお、俺の主張が認められない場合、この設計図は一枚残らず俺が焼き捨てるとここに宣言します」
「やめろぉ! 人の命を救えるものを雑に扱うなぁ!」
「俺にとっては、他人の命よりも仲間の加入の方が大切なので」
トーマと魔法学園の学園長は、薄汚いやり取りをしていた。
喧々囂々。
互いの立場の主張で殴り合いつつも、最終的には利益がある方に転ぶという、大人の世界では大して珍しくも無い光景。
「わかった! 持ち込むのは認める! だが、流石にテイマーの手持ちとして登録できるかどうかは話が違って――」
「協会の偉い人間を呼んでくれ。第二ラウンドの開始だ」
「ひょっとしてまだ、異世界からの回収物を隠しているの!?」
S級ウィザードとしての経験を持つトーマは、まだ十四歳ながらも大人と対等以上に渡り合っている。
だが、それは話術や交渉術によるものではない。
圧倒的な力と成果を盾にした、ごり押し戦法だった。
「さぁ、どうする、学園長? 魔導ナノマシンという新技術の詳細が燃えるか燃えないかは、今、貴方の決断にかかっている――いや、ちょっと燃やした方が脅しになっていいか」
「やめろぉ! 頼むから、雑な考えで貴重な技術の一部を屠ろうとしないでくれぇ!」
ただ、ごり押しであったとしても、通ってしまえばそれが正道である。
少々無理を通した感はありつつも、トーマは無事にイオリを仲間にする権利を獲得したのだった。
異世界、それは異なる世界。
自分が誕生した世界とは、異なる世界。
――――滅んだ世界とは異なる、今もなお生命が躍動している世界。
「わぁ……っ!」
壊れていない建物。
枯れていない植物。
当然のように闊歩する人々。
そんなありきたりの当たり前の光景を見て、滅亡世界の出身者であるイオリは目を輝かせる。
「素晴らしい世界ですね、マスター!」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
感極まったイオリの声に、トーマは微妙な笑顔で答えた。
滅亡世界と比べて、まだまだ現役で人類が繫栄している世界ではあるものの、決して騒動が無いわけでは無い世界であるが故に。
「今日から私、この世界で生きて行くんですね……」
イオリは噛みしめるように言葉を呟くと、ぱぁと花咲くような笑顔をトーマに向ける。
「ありがとうございます、マスター! 私をこの世界に連れてきてくれて!」
その笑顔が見られただけで、トーマはつい先ほどまでやっていた学園長との交渉の甲斐があったのだと、胸が温かくなる気分だった。
何せ、イオリは異世界出身の最終兵器にして魔物。
トーマに生理的な嫌悪感を抱かない貴重な魔物だ。
これから先、きちんと絆を結んで、理想のテイマーのように振舞おうとトーマは密かに決意を固めて。
「この感謝を伝えるために、精一杯ご奉仕させてもらいます! 朝も昼も、もちろん夜も!」
「夜を強調するな」
「大丈夫です、マスター! 私には自動避妊機能も、むしろ孕むのばっちこい機能も――」
「そして、いい加減下ネタはやめろぉ!」
「ネタではなく本気ですが!?」
「猶更悪いわ!」
でもやっぱり、理想のテイマーになるのは難しいかもしれない。
満面の笑みでトーマに抱き着くイオリを引き剥がしながら、そんなことをトーマは思っていた。




