第80話 新しい仲間、新しい名前
屠龍の八番は、滅んだ世界の空を駆けていた。
メイド服のスカートの裾をはためかせて、魔導ナノマシンによって作り上げた銀色の翼を背負って。足元には空を駆けるための安全靴型の兵器を装備。
そして、相対するは黒龍。
【原初の黒】たるアゼルの、真体解放の姿だ。
『行くぞ』
「はい、どこからでも」
アゼルは空を駆ける屠龍の八番を消し飛ばすかのように、ドラゴンブレスを放つ。
嵐を丸ごと内包したかのような龍の息吹。
轟く暴風。
響く雷鳴。
息吹と共に吐き出されるは、あらゆる魔法を塗り潰す『黒』の固有魔法。
「わかる……私にもわかります! その攻撃の避け方が!」
普通ならば、空を飛ぼうが駆けようが、為す術も無く吹き飛ばされるほどの広範囲攻撃。
しかし、今の屠龍の八番ならば回避は可能だ。
ぐっと足に力を溜めて、そのまま空を蹴ると共に力を解放。
雷の如き速さ、それに加えて、進行方向の空間を歪めることでの距離短縮。
独特の移動法――トーマを連想させる動き方で、アゼルのブレスが届かない死角である背後へと移動する。
「アゼルさん、貴方の倒し方がわかる!」
そして、屠龍の八番の右腕にガトリング砲が形成。
魔導ナノマシンによって作り上げられたそれには、相手に行動阻害のデバフを与える特殊弾が揃っている。
『笑止!』
しかし、アゼルは背後から放たれた弾丸の雨を、魔力の籠った一声で弾き飛ばした。
『自分よりも遅い飛び道具など使ってどうする!? まだまだ、外付けの技術に貴様の頭が追い付いていないぞ!』
「くっ、なら今から追い付きます! 貴方に勝てるぐらいにまで!」
『面白い、やってみろ!』
強者と戦える愉悦と共に、更なる激闘を期待して助言を飛ばすアゼル。
そんなアゼルの言葉に反発することなく受け入れてなお、凌駕せんとする屠龍の八番。
弱体化しているとはいえ、S級最上位のエンシェントドラゴンと屠龍の八番は、互角に戦えていた。
少なくとも、前衛を任せてもいいとトーマが認めるほどに。
「ああもう、そっちじゃなくて……なんで今、その技を!? 違う違う、そうじゃなくて!」
ただ、それはそれとして、トーマは二人の戦いを地上で見上げながら非常にやきもきしていた。それはもう、何度も顔を覆って嗚咽を漏らすほどに。
どうやら、屠龍の八番が半端にトーマの技術や動き方を真似ている所為で、しかも、実戦の勘がまだ育ち切っていない所為で、『自分に近い動きでやらかされる』という共感性羞恥を食らう羽目になっているのだ。
「俺の動きが出来るからと言って、俺の動きばかりじゃ駄目なんだよなぁ。俺の動きはあくまで、俺が使うから最適なのであって。最適化させるには、俺の技術をあいつ自身の技術に落とし込まないと」
そんな共感性羞恥を誤魔化すため、トーマは努めて真面目に屠龍の八番の戦いを考察する。
オメガとシラサワのコラボレーション改造により、戦闘力が飛躍的に上がった屠龍の八番の戦いを。
「だけど、悪くない。うん、残りの一人のポジションとしては最適だ。アゼルと正面から戦えるほどの前衛としての適性。そして、扱う武器次第では全距離で仕事が出来る万能遊撃手。いいな、実に助かる人材だ」
改造を受けたからと言って、屠龍の八番の能力はトーマに遠く及ばない。
しかし、それは言ってしまえば、トーマの手持ち全てがそうだ。
肝心なのはモンスターバトルでの相性、戦闘の立ち位置。
その点から言えば、屠龍の八番は実に絶妙なポジションとして活躍できる新入りの仲間なのである。
「もっとも、アゼルに勝つにはまだまだ経験不足みたいだが」
トーマはそんなことを考えながら、空を見上げる。
「うぐぐぐ……もっがい! もっがい!」
『そんな、涙目で声が潰れるほど悔しがらずとも』
アゼルの固有魔法に捕まり、全身真っ黒で封殺されてしまった屠龍の八番。
そんな微笑ましくも期待のできる姿に、トーマは苦笑した。
●●●
改造の結果、屠龍の八番に実装された能力は以下のようになる。
トーマの戦闘技術。
トーマの魔力操作技術。
成長する戦闘予測システム――戦闘勘と呼ばれるもの。
その他、細々とした性能の上昇はあるものの、主だって実装されたのはこの三つだ。
トーマの戦闘技術はそのまま。
トーマの戦闘を解析し、そのデータを纏めたシラサワが、それを屠龍の八番へとインプットさせたのだ。
無論、そのままだと運用が難しいため、屠龍の八番の肉体を、その戦闘技術を扱いやすい肉体へと改造した上で。
トーマの魔力操作技術も、戦闘技術と同様だ。
卓越した魔力操作技術があるからこそ、トーマは圧倒的に生物上強いはずの魔物すら凌駕するほどの力を発揮できるのだ。故に、魔導ナノマシンと連動させて、この技術を可能な限り最大限に発揮できるような魔導兵器も開発した。
問題があるとすれば、この魔導兵器の威力が高すぎて、公式戦では使用が禁止されるだろうということだった。
戦闘勘の実装は未知数だ。
実装したばかりでは、その真価は発揮できない。
アゼルとの戦いに於いても、それは顕著に表れていた。
改造によって得た卓越した技術があっても、それを扱うだけの勘が身に付いていないのだ。
こればかりは、今後の戦闘経験で成長させるしかない。
そう、この成長する戦闘予測システムこそ、やがて屠龍の八番が、最強に近づくための何よりの機能なのだ。
以上、三つの改造結果に、屠龍の八番本人は満足していた。
「正直、異世界の技術を盛り込む改造だと聞いて戦々恐々していましたが、これは中々によろしいものですね! ただでさえ強い最終兵器が、更に強くなりました!」
むふんと言う吐息と共に、誇るように胸を張る屠龍の八番。
その姿に、シラサワは満足げに頷いて。
アゼルとトーマの二人は、生暖かい視線を向けていた。
「マスターの技術がまるで活かせていない。宝の持ち腐れ状態を何とかしろ」
「とりあえず、俺が見て恥ずかしさを覚えない程度には成長してほしい」
「ひどい! 私は強くなったのですよ!?」
「吾輩の方が強いし」
「俺の方が強いからね」
屠龍の八番は、自分よりも強い者たちからの駄目出しにがっくりと膝を着いた。
この最終兵器、感情豊かである。
「だけどまぁ、正直、頼りにはしている。これからもどんどん戦って、どんどん成長してくれ、屠龍の八番――いや」
故に、トーマは『これからどんな反応するのだろうか?』と、若干身構えながらも、アゼルと共に考えていたものを渡す。
「『イオリ』、これからのお前に、俺達は期待している」
突如として呼ばれた名称に、いきなりの名づけに、屠龍の八番は目を瞬かせた。
「…………イオリ」
嚙みしめるように呟いて。
「それが、私の名前ですか?」
真っすぐにトーマへと訊ねた。
「ああ。こっちの世界で『安らげる居場所』を見つけて欲しい、って意味を込めてイオリだ。一応、俺の地元に合わせた名付け方だったんだが……どうだ?」
そして、ぱちくりと何度も目を瞬かせた後、ぱぁと華やぐような笑みを見せる。
「気に入りました! イオリ! 私はイオリ!」
何度も自分の名前を言う屠龍の八番――否、イオリ。
そんな様子を、トーマを含めた三人は微笑ましく眺めていた。
「素敵な名前をありがとうございます、マイマスター! 早速、実家の母的な存在のオメガに自慢をして参ります! あ、ついでに別れの挨拶も」
「別れの挨拶はついでじゃなくて、きっちりとして来い」
「はい!」
イオリは上機嫌を隠さぬまま、はしゃぐ犬のように駆けて行く。
地下のシェルターに向けて、無駄に高性能な移動法で駆けて行く。
「やれやれ、新しい仲間はまるで幼子のようだな。吾輩、これからの生活が心配だ」
「アゼルちゃん。それは遠回しに、自分がちゃんと面倒を見てあげるって言ってない?」
「…………まぁ、新しい仲間だからだな。先輩として、薫陶を与えるのも悪くは無い」
「ふふっ、面倒見がいいね!」
「他人事ではなく、貴様も面倒を見るんだからな?」
「もちろん! メンテナンスは定期的に行うよー!」
「貴様はそういうところがちょっとあれだよな?」
「あれー?」
トーマと共に新しい名前を考えたアゼルは、イオリに情が湧いているようで。
シラサワは単純に、自らが手掛けた作品の一つとして気にかけている。
「うん、色々と大変な異世界調査だったが――――悪くない成果を得た」
そして、マスターであるトーマが感慨深く呟いた言葉で、この場は締めくくられた。
滅んだ世界の後始末はとんでもない難事だったが、どうやらそれに見合うだけの結果をトーマたちは得られたらしい。




