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第78話 滅びを越えた先で

 それは何十億もの嘆きを凝縮した存在だった。


『こんなはずではなかった』

『どうして、自分だけ?』

『辛い、苦しい、もう嫌だ』

『こんな理不尽を許す世界なんて滅んでしまえ』


 そんな怨嗟を食らい、凝縮し、何十億の命と魂を混ぜ合わせた存在だった。

 故に、その存在理由は世界の終焉だ。

 人類の滅亡ではない。それはもう終わった。

 惑星の終焉ではない。それで収まるには小さすぎる。

 この世界全ての崩壊こそが、それが生れ落ちる理由だ。


 ――――ぴしり、ぱきばき。


 殻が割れる。

 巨大で頑強な殻が割れる。

 そして、かつて首あり竜と言われた超巨大眷属の中から、それは誕生した。


『く、あぁああああ』


 寝起きの幼子のように、気の抜けたあくびをして。

 人間のように柔らかく、艶やかな白い肌を晒して。

 人間のような白銀の髪をなびかせて。

 人間にしては美しすぎる容貌を眠気に歪ませて。

 人間のものではない、内臓を継ぎ合わせて作り上げたようなピンク色の翼を広げた。


『くはっ』


 やがて、それは寝起きの運動とばかりに、嘲笑と共に『惑星を滅ぼすエネルギー弾』を放とうとして。


「ハッピーバースデー! 死ね!!」

『ぐびゅ!?』


 トーマの拳を受けて盛大に吹き飛んだ。



●●●



 首ありの巨大竜から誕生したのは、白銀の髪を持つ美少女だった。

 異様なほどに美しく、グロテスクな翼を持つ存在。

 その迫力、存在の異常さに、その場にいた者たちは思わず息を飲んで硬直した。

 たった一人、【放浪する悪竜】の悪辣さを知っていたトーマ以外は。


「戦闘開始だ! いつまでも呆けているな!」


 銀色の美少女を殴り飛ばしたトーマは、警戒を解かないまま仲間を叱咤する。


「まだ、終わっていない!」


 先ほどの本気の打撃。

 S級魔物すら屠る、トーマの拳。

 それを受けてもなお、まだ銀色の美少女は健在だと察しているのだ。


『くふふ、くははは、くひひ』


 トーマの推察は正しく、叩きつけられた岩壁の中から、銀色の美少女は悠々と起き上がる。

 起き上がり、ぎゅるぎゅると眼球を動かして、首を回して、異様な挙動を見せた後、ぴたりとそれが止まる。


『――――学習完了』


 視点がトーマに合い、その瞳に知性が宿る。


『初めまして、素敵な殿方。私はマキナ。この世界を終わらせるために作られた、終焉存在ですわ』


 恭しく、淑女のように頭を下げる銀色の美少女――マキナ。

 しかし、その身は一糸纏わぬ裸体。

 何も恥ずかしがらず、何も隠そうとしない裸体。

 つまりは、違うのだ。

 知性を取得しようとも、マキナという存在には羞恥心というものが存在していない。

 何故ならば、必要ないからだ。

 全てを塵芥として滅ぼす者に、そんなものは不要だからだ。


『私と踊ってくださらない?』


 だが、それを言うのならば、マキナに自我など必要ないはずだった。

 知性は宿しつつも、無垢な怪物のまま周囲を蹂躙すればいいはずだった。

 だというのに、トーマと接触した瞬間、それを必要だと認識した。

 浪漫溢れる詩人ならば、これを恋と称するかもしれない。


「死の舞踏でよければ、いくらでも躍らせてやるよぉ!」

『まぁ、素敵』


 だが、トーマのマキナの二者の間にあるのは闘争だけだ。

 生き延びるための戦い。

 滅ぼすための戦い。

 相容れぬ二者の戦いは、激突し、雌雄を決するしか結末は用意されていない。

 そして、マキナという怪物はそれを悲劇だと思わないのだろう。


『くははははっ!』


 そういう形の怪物なのだから。


『滅びを! 我が祖たる銀色の滅びの再現を!』


 マキナは怪物として力を振るう。

 大地を割り、空を切り裂き、惑星を殺す銀光を放つ。


「アゼル、他の奴らを守れ! この世界に居る、他の奴らも!」

「ええい、わかった! 生き延びろよ、マスター!」


 あらゆるものを破壊する銀光に対抗するは、トーマとアゼル。

 トーマは己の魔力を凝縮した一撃で、銀光の大半を相殺させて。

 アゼルは固有魔法により、銀光とトーマの激突の余波を消し去ろうとする。


 ――――きゅごっ!!


 それでも、アゼルが消し切れない余波だけで、地下の大空洞が崩壊した。

 地下の天井が破壊され、銀光の威力が長い大地を貫き、空へと飛び出して行く。


『折角のダンス! あんな地下でやるのはもったいないですわ!』

「そうかい! じゃあ、精々足を踏まないように気を付けなぁ!」


 飛び出して行く銀光の中に、鎬を削り合うマキナとトーマの姿があった。


『産まれた直後に、貴方に会えた! これはもはや運命! 運命ですの!』


 武術も経験も何もない、生まれたままの戦闘本能で手足を動かすマキナ。

 しかし、その手足に宿るのは、一撃で大陸を崩すだけの極大の魔力だ。

 大抵の生命ならば、マキナと接触しただけで消し飛んでしまう。


「生憎、俺には好きな女の子が居るんだよぉ!!」


 殺し合いの場で滅多に言わない本音を叫ぶトーマ。

 しかし、マキナの一撃を受けて、流し、いなすのは常に全身全霊。

 吹き荒れる即死の攻撃の中にあってなお、トーマは死なずにその強さを見せつける。


「来世に、期待、してくれぇ!」

『ぎょぼっ!?』


 即死の手足を掻い潜り、閃光の如き拳をマキナの鳩尾に叩き込むトーマ。


『つまりそれは、来世ならばオッケーという遠回しな告白! ならばいざ、この世界ごと心中するのですわぁ!』

「くっそ、尋常じゃなくタフだぞ、こいつ! これだからあの銀竜の眷属は!」


 それでも、マキナを殺すにはまるで足りていない。

 何十億の生命と魂を混ぜ合わせた、最悪の混沌生命体。

 世界を滅ぼす、終焉存在。

 いくらトーマがS級ウィザード最強にして、人類のバグだとはいえ、相手は世界を滅ぼすために存在している怪物だ。

 今までのように、一撃で倒せるはずなどない。

 どれだけ力を込めても、何度も急所に攻撃を当てたとしても。

 最低でも三日間。

 即死の攻撃をいなしながら、戦い続けなければ倒せないというのが、トーマの推測だった。

 そして、それだけの期間、トーマとマキナが戦い続けてしまえば、この世界は滅んでしまう。

 それもまた、トーマの推測だった。


「ちぃっ! 頼むぜ、最終兵器!」


 故に、トーマは戦いながら希望を託す。

 悪竜の眷属を討ち滅ぼし、この世界を救うはずだった最終兵器の活躍に。




『くはははは! 踊りましょう! 全てが絶えるまで!』

「断る! お前だけが死に絶えろ!」


 地上に出た時、屠龍の八番が見たのは規格外の戦いだった。

 マキナの一撃一撃が、大陸を崩壊させるに足る威力を秘めている。

 それを防ぎ続けるトーマもまた、尋常ならざる力を持っている。

 どちらも、一瞬で屠龍の八番を殺せるだけの力の持ち主だった。


「…………私は」


 何が出来る?

 崩壊した地下からようやく這い上がってきた屠龍の八番は、自問自答する。

 悪竜の眷属を駆逐し、この世界の後始末を付けるつもりだった。

 そのために、トーマに頼み込んだ。

 けれども、あくまでもメインは自分で戦うつもりだったのだ。

 トーマにはその補助を頼むつもりだった。

 けれども、今の屠龍の八番は理解している。

 あの戦いに割って入れるほどの性能を、自身は有していないのだと。

 滅んだ人類、生き残った機械生命体、その技術の粋が集められた最終兵器だとしても。

 遠く及ばない領域が、そこにはあった。


「わ、私は――」

「何も為さないのか?」


 戸惑い、躊躇う屠龍の八番へ、アゼルが声をかける。


「マスターは恐らく、貴様を待っているぞ? それでも、何も為さないのか?」

「…………っ!」


 迷える屠龍の八番の背中を、アゼルは力強く押した。


「行け、未来の仲間よ。後始末は、吾輩たちも手伝ってやる。なぁ、シラサワ?」

「あの規模の戦闘に干渉するのは無理ぃ! 私、研究者ぁ!」

「ほら、シラサワも応援している」

「耳がおかしくなってんですか、アゼルちゃん!」


 トーマの手持ち、将来仲間になるであろう二体のやり取りに、屠龍の八番は小さく笑った。

 一人ではない。

 最終兵器にはあるまじきことだが、一人ではないことが屠龍の八番は嬉しかった。

 故に、これから行うのは全力の攻撃――ではない。


「魔導ナノマシン、オーバードライブ。いざ来たれ、龍殺しの砲よ」


 性能を超え、限界を超え、条理を超えるための一撃だ。


「充電率……八十……九十……」


 屠龍の八番の手元に創造されたのは、魔導ナノマシンによって組み上げられた兵器。

 両手持ちの大砲。

 悪竜の眷属を殺すために作り上げた必殺の武具。


「……百……百二十…………超過砲撃、発射!!」


 そして、屠龍の八番の全エネルギーと引き換えに、その砲撃は為された。

 速度は音を超え、雷の如く。


『無粋』


 それでも、終焉存在のマキナにとってはあくびが出るほどに遅く。


「そう言うな、受けておけ」

『ぎゃぎゅっ!?』


 だが、その遅さをフォローするようにトーマが打撃を放ち、マキナを硬直させることで、龍殺しの一撃は確かに通った。


『ああ、本当に無粋な一撃ですわ――私を殺すには全然足りてないですの』


 通ったが、足りていない。

 龍殺しの一撃は、マキナの肉体、魂にすら干渉し、崩壊を促す術式が込められている。

 だが、元々は悪竜の眷属用だったためか、効果が即死――否、損傷にまで及んでいない。

 精々が、『少し打たれ弱くする程度』の干渉に留まる。


「いいや、足りていたさ」

『んなっ!?』


 だが、その差異こそが、この場に於ける決定打となった。


「さようならだ、マキナ」


 トーマが振るうは、かつて銀竜に致命傷を負わせた一撃。

 世界を置き去りにする拳。

 広がる破壊力ではなく、凝縮、集中し、目の前のたった一つを砕くためだけの必滅。

 それが通るだけの余地が、今のマキナには存在していた。

 龍殺しの一撃により、生まれていた。

 故に、マキナは目の前に迫る死に、目を見開いて。


『来世でお待ちしております』


 最後に微笑み、自らの終焉を受け入れた。


 これが、既に滅んだ世界の後始末、その終わりだった。

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