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第77話 交換条件

 自我が強い。

 トーマが屠龍の八番という生物兵器を見て、そう感じた。

 この手の生物兵器というのは自我が薄くて機械的、というのが定番なのはトーマの世界に於けるフィクションストーリーでは定番だ。そうでなくとも、生物兵器というのは、生まれたては人生経験を積んでいない赤ん坊のようなものだ。いくら事前に必要な情報をインプットしていたとしても、もう少し自我は薄くなるものだと思っていた。


「来訪者へ要求します。我々の世界の後始末を手伝ってください」


 それがこの要求である。

 トーマはなんだか、この目の前の生物兵器を気に入り始めていた。

 中々に見どころがある奴じゃないか、と。


「屠龍の八番、だったか。後始末を手伝うのはいいだろう。文脈から察するに、この世界に残った悪竜の眷属を一掃するんだな?」

「その通りです。流石、未来のマスター。認識が早い」

「ただ、条件が一つある」

「了承しました。さぁ、その性衝動を思う存分、私の肉体で発散してください」

「ちげぇよ、馬鹿」


 トーマは屠龍の八番と会話して、考えを改めた。

 見どころがあるどころのレベルじゃない馬鹿だぞ、こいつ、と。


「オメガ?」

『《申し訳ありません、来訪者よ。インプットさせる情報を間違えました》』

「なぁ、そのインプットした情報の中に、絶対にエロ漫画系の奴が入っていただろ?」

『《以前存在した巨大な電子ネットワークの情報を可能な限り詰め込んだつもりですが、どうやら取捨選択を間違えていたようです》』

「オメガの意見を否定します。エロは生命の衝動。生きるための原動力。否定されるべきものではありません」

『《否定しているのは、エロではなく貴方の感性です、我らが最終兵器よ》』


 オメガから指摘を受けても、きょとんとした顔を晒す最終兵器。


「ならば何故、私を美少女として製造したのですか!?」

『《少なくとも、来訪者へ下品な冗談を言わせるためではありません》』

「冗談?」

『《……欠陥兵器》』

「製造主が言ってはならないことを!」


 ちなみに、屠龍の八番は金髪碧眼美少女という外見だ。

 人間の形としては、トーマの世界の人類と同じ。

 年齢は十代の後半。

 人形のように綺麗な顔つきと、華奢だが出るところは出ている肉体は、残った人類の叡智を用いて作られたに相応しい美しさがある。


「大体、私をエロの権化のように扱うのは止めてください、心外です。先ほどの提案はあくまでも、我がマスターとなる人物限定の対価。いわば、婚前交渉のようなもの」

『《やめてください、屠龍の八番。これ以上、私たちの世界の恥を晒さないでください》』

「恥じることなく、胸を張ってください、オメガ。これが貴方たちの世界の最終兵器です」

『《恥じるところしかない》』


 ただ、オメガと言い争う姿からは、その美しさがメッキの如く剥がれて、アクの強い中身が漏れ出ているのだが。


「あー、親子喧嘩は止めて欲しい。話を元に戻そうと思うけど、いいかな?」

「無論です、来訪者」

『《失礼しました、来訪者》』


 中々に愉快な人格で、見ていて楽しいやり取りではあるが、話が進まない。

 従って、トーマは努めて真面目に先ほどの交渉をやり直す。


「こちらが悪竜の掃討を手伝う条件。それは、屠龍の八番。お前が――」

「あ、後で私を所有することになった時、名前を付け直すことを要求します。来訪者よ、兵器の名前のままは呼びづらいし、嫌です」

「……わかった。それで、話を戻すぞ? いいか? ちゃんと聞けるか?」

「無論です」

「…………こっちの条件は、お前が俺のテイマーとしての活動を手伝うこと、だ」

「了承しました! では、その条件で!」

「了承するな! まだ詳細を話してないだろうが!」


 生物兵器だというのに、馬鹿の顔で条件を受け入れようとした屠龍の八番を叱り、トーマは交換条件について詳しく話した。

 トーマの世界に於けるモンスターテイマーという職業について。

 トーマ自身の夢について。

 トーマが持つ体質の弊害について。

 その上で、屠龍の八番には今後、トーマの手持ちの魔物として活動してもらいたいということ。それをきちんと説明して。


「了承しました! では、その条件で!」

「本当にわかってる???」


 屠龍の八番は先ほどとまるで変わらぬ、馬鹿の顔で了承した。


「本当にいいのか? こちらの世界で、人類としてではなく魔物として過ごせ、と言っているようなもんだぞ?」


 新しく手持ちの魔物が増える機会であるが、流石にこれをそのまま通すほどトーマは悪辣でもなければ、楽観的でもない。

 故に、改めて屠龍の八番へと問いかけたのだ。


「本当にわかっています、来訪者よ」


 けれども、屠龍の八番は馬鹿の顔からいつの間にか、決意を秘めた少女の顔へと変わっている。


「どのような条件であろうとも、最終兵器としての存在理由を果たさせてくれるのならば、私はそれに従います。逆に言えば、それを果たせぬ限り、私という存在は何も始まらないのです」

「…………そうか」


 決意ある言葉に、トーマは再び屠龍の八番を気に入った。

 静かに頷いた後、にぃと愉快そうに笑みを浮かべて、答えを返す。


「わかった。なら、契約成立だ。俺はこの世界の後始末に全力を尽くそう」

「感謝します、来訪者。我が未来のマスターよ」


 屠龍の八番は恭しく礼を取り、トーマの眼前に跪いた。

 それはさながら、古き絵画にあるような芸術的な一場面に見えただろう。


「じゃあ、作戦会議を始まる前に、まずは服を着てくれ、屠龍の八番」

「私の肉体に恥ずべき場所はありませんが?」

『《貴方の思考回路が恥ずべき場所です、我らが最終兵器よ》』


 跪いている側の最終兵器が、一糸纏わぬ全裸でなければ。



●●●



 空を覆い尽くすほどの首なし竜はどこへ消えたのか?

 曲がりなりにも、アポカリプス世界、第七十五番は魔法学園のレクリエーション先に選ばれるほどに安全が確保された場所だ。

 つまりは、悪竜の眷属が跳梁跋扈しているわけではない。

 流石のテイマー科も、そのような場所をレクリエーション先に選ばない。

 ならば、映像にあった首なし竜たちはどこへ消えたのか?

 オメガを筆頭とする機械生命体たちが駆逐したのか?

 否、一部の掃討は完了したものの、まだ悪竜の眷属は残っている。

 どこか異なる世界に消えたのか?

 否、この世界にはまだ悪竜の眷属は残っている。

 では、悪竜の眷属はどこに居るのか?

 答えは、地下深く。

 王国の調査が及ばぬほどの地下深くに、悪竜の眷属は巣食っていた。


『《世界全ての人類を駆逐した後、首なし竜たちは眠りにつきました》』


 トーマの手にある携帯デバイスから、オメガの合成音声が響く。


『《悪竜からの指令を終えて、機能を停止したのかとも思いましたが、その実態は違います。眠りについた首なし竜たちは、全て糧となったのです。首なし竜の中にたった一体だけ存在する特異個体、『首ありの竜』の糧に》』


 オメガの合成音声が響くのは、地下深くの大空洞。

 その広さは果てしない。

 小国ならば、一つ丸々収まってしまうほど。

 その高さは途方もない。

 どれだけ深い地下に存在するのかを証明するかのように、天井という物が見えない。

 だが、その大空洞には光が満ちていた。

 銀色の光に満ちていた。

 何故か?


『《首ありの竜は超巨大に膨れ上がり、そのまま地下深くに潜り込んで眠りにつきました。もう、百四十七年五十六日七時間三十二分四十四秒も前のことです》』


 存在しているからだ。

 大空洞の中央に、巨大な山の如く鎮座し、銀色に光る首ありの竜が。


『《戦闘力、危険性は未知数です。奴を起こさぬため、私たちは定期調査のみに留め、攻撃は行っていませんでした》』

「だけど、危険なことには変わらない」


 その銀色の竜を睨みつけ、屠龍の八番は言う。


「滅ぼします、絶対に」


 生まれたての生物兵器だというのに、確固たる信念を感じさせる言葉を。

 何故か、メイド服姿で。


『《危険度からして推奨されませんが》』


 メイド服姿には言及せず、機械生命体として意見を告げるオメガ。


「それでも、やります! 対処の先延ばしは賢い選択ではありません!」


 対して、屠龍の八番の姿勢は強硬だ。

 決して揺るがぬ石を感じさせる。


『《仕方がない最終兵器ですね。来訪者よ、すみませんが付き合って――》』

「屠龍の八番の選択は間違ってなかった」


 オメガの言葉の途中、突然、トーマは称賛でもなく事実を言うように断じた。

 そして、すっと銀色の超巨大竜――――その背中の頂点に位置する場所を指さす。


「出て来るぞ、やばいのが」


 次いで、ぴしりと卵の殻が割れるような音が大空洞に響いた。

 新たなる災厄が誕生する音が。

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