第76話 遺された最終兵器
「希望を託す、か」
トーマはオメガの説明を全面的に信じた。
何故ならば、経験があるからだ。
銀色の絶望に。
哄笑しながら人を踏みにじる災厄の悪竜に心当たりがあるからだ。
だからこそ、トーマは可能な限り誠実に対応することにした。
「それは、こちらの世界を【放浪する悪竜】から守るために、か?」
『《肯定します。結局、我々は首なし竜の相手で精一杯でしたが、最後の最後に生み出したあの最終兵器ならば、必ず奴の侵略を阻む盾となるでしょう》』
「…………一応言っておく」
即ちそれは、トーマが持つ情報を開示するということだ。
「もう、俺たちの世界にも【放浪する悪竜】はやってきた」
『《なんと》』
「その上で、既に撃退済みだ。かなりしんどかったし、何度も死ぬかと思ったし、結局は痛み分けの結末だったが――それでも、俺は奴を撃退した」
『《……奴は策略家タイプで、実は本体の戦闘力はさほどなかったという話でしょうか?》』
「そちらの基準がわからないが、惑星を破壊するレベルのエネルギー弾が通常攻撃だった」
『《なるほど。先ほどの発言が冗談だと言っていただけない場合、我々が作り上げた最終兵器ですら歯向かうことが無意味になりますが?》』
「生憎、こんな時に嘘は吐かない」
『《…………》』
真実を告げることは残酷だ。
【放浪する悪竜】本体と殺し合ったトーマからすれば、この世界は片手間程度で滅亡してしまった弱者でしかない。
弱者の希望は幻想に過ぎず、受け取っても正しく運用できるとは限らないのだ。
故に、差し出される前にきちんとトーマは説明する。
「あの銀竜、【放浪する悪竜】は強い。なんで撃退できたのかわからないほどに」
『《…………》』
「だが、あれはまたいつか必ず、俺の下にやってくるだろう。推察だが、奴は自分の命を脅かした存在である俺に執着している。どんな手段かは不明だが、再び俺を殺そうと戦いを仕掛けてくるだろう。そして俺は、その時に備えられる戦力があれば嬉しい。ただ、運用方法としては直接【放浪する悪竜】と戦わせるというよりは、取り巻きや、奴の眷属を一掃する役割を頼むことになりそうだが、それでもいいか?」
トーマはきちんと説明した。
片手間で滅んだ世界とは異なり、トーマは【放浪する悪竜】本体と戦ったこと。
死闘の末に撃退したこと。
その上で、戦力は欲しいが、オメガの望むような最終兵器を通じた『仇討ち』になるかは難しいことも。
全部きちんと説明した上で、トーマは訊ねる。
「お前が遺そうとしている希望は、その最終兵器は、俺にとっては『あれば便利な存在』でしかないかもしれない。お前の恨みが晴れる形で活躍させられるかわからない。最悪、【放浪する悪竜】と直接対峙したら、何もできずに破壊されるかもしれない。その上で、お前は俺に最終兵器とやらを託すか?」
希望を託す相手は、本当に自分で良いのかと。
『《――――無論です、来訪者よ》』
オメガはそんなトーマの言いたいことを正しく理解し、その上で肯定した。
『《たとえ、どのような扱いだろうとも。我らが遺した最後の希望が、奴を討ち果たす一助になるのならば、これ以上恨みが晴れることはありません》』
「そうか…………わかった」
オメガから紡がれる、覚悟が籠った合成音声。
それを受けて、トーマは静かに頷いた。
「受け取ろう」
頷き、了承の言葉で応えた。
「約束はできない。奴との戦いは何が起こるかわからない。最後まで残るかもしれないし、最初に除外されるかもしれない。それでも、いつか起こりうる奴との戦いには、お前たちの最終兵器を持っていくと約束する」
『《感謝します、異世界の益荒男よ》』
超越者と機械生命体。
一人と一体の話し合いは、互いの善意と誠意が交差する形で決着がついた。
「ちなみに、その最終兵器の大きさは?」
『《人間の少女一人分です》』
「……その外見は?」
『《人間の少女そのものです》』
「…………機械製?」
『《科学と魔導を融合して作り上げた、我らが機械生命体の次世代型です。つまりは、生身と機械は半分ずつぐらいで交じり合っています》』
もっともその結果、トーマは思わぬ副産物として、最終兵器という役割の少女――否、少女の形をした魔物を引き取ることになったのだが。
●●●
『《起きてください、屠龍の八番。我らが最終兵器よ》』
それは遅すぎるモーニングコールで目を覚ました。
目を開いた先にあるのは、薄緑色の保存液。
自身を可能な限り長い間、生まれる前の状態に留めておく羊水だ。
『《貴方の役割を果たす時が来ました》』
ごぼぼぼぼ、という排水音と共に、その羊水が流れて行く。
保存液に満ちたガラスの揺り篭が、その役目を終える。
「…………っ!」
突如としてやってきた隔世の時。
けれども、それは慌てない。
既に、必要な情報データは眠っている時に全て脳内にインプットされている。
「げほ、ごぼっ――すぅ、はぁ」
生まれて初めての呼吸も十全。
「あ、あ、あー」
産声代わりの発声も完璧。
ついでに、ぐにぐにと手足の指を動かしてみるが、これも問題は無い。
何一つ不備なく稼働している。
つまりは、己の性能を損なうことなく本懐を果たすことが出来る。
『《屠龍の八番に命令します。マスターコードにより、最上位命令を下します》』
さぁ、殺せと。
さぁ、壊せと。
世界を滅ぼす悪竜の眷属を屠れと命じてくれ、とそれは僅かに口角を上げて。
『《目の前の来訪者、トーマ・アオギリの所有物として、今後は活動せよ。以降は来訪者を最上位の命令者として認識するように》』
「――――は?」
それの口から出たのは、肯定の言葉ではなく、半ギレが入った疑問の言葉だった。
「命令の詳細を求めます」
『《了承。情報データを送信します》』
「…………情報を取得」
それは上位命令系統であるオメガから、情報を得た。
世界は既に滅んでいて、守るべき人類など存在しないことを。
首なし竜に敗北して、何もかも蹂躙された後の未来であると。
それでも、何かの希望を残すため――この世界が無意味では無かったと証明するため、それは来訪者の手に渡ることになったことを。
「状況を理解しました」
その上で、それは再度瞬きをして、目を見開いた。
「現在の感情を出力します――――ふざけないでください」
完全なる機械では無いが故に、上位命令を拒絶し、歯を剥き出しに言う。
「何も、何も終わっていません。人類が滅んでも、あの忌々しい悪竜の眷属はこの世界のどこかに巣食っています。『世界を滅ぼす災厄』にならんと羽化の時を待ち望んでいます。そうですよね、オメガ?」
『《肯定します。ですが、現状の戦力では、あの超巨大個体の討伐は不可能――》』
「そのための私だと認識しています」
『《無意味な危険と消耗になります》』
「無意味ではありません。仇を討ち、弔うための戦いです」
『《……インプットした情報に偏りがあったようですね。修正します、再び眠りなさい》』
「オメガには不可能です。一度起動した最終兵器は止まらない」
オメガからの命令を拒絶したそれが行ったことは、眼前の人物を注視することだった。
黒髪で顔に傷のある少年――トーマ・アオギリ。
先ほどオメガから送られて来た情報では、これから自分の所有者となる存在。
けれども、そんなことはどうでもいい。
肝心な情報は、【放浪する悪竜】を撃退したということ。
それを作り上げた人類、機械生命体が総力を挙げても眷属の首なし竜にすら勝てなかったというのに、【放浪する悪竜】本体と戦って撃退したということ。
それだけの戦力を持っているということ。
故に、それは――屠龍の最終兵器である八番は、トーマを見据えて言う。
「来訪者へ要求します。我々の世界の後始末を手伝ってください」
遺された最終兵器として、最後の務めを果たすために必要な言葉を。




