第74話 滅んだ世界
滅んだ世界が高度な文明を有していたことは、都市の残骸からでも推測が出来た。
都市の中を規則正しく引かれた道路。
都市の中に立ち並ぶ、高層建築の数々。
都市の周囲を囲む外壁と、空を覆うガラスのような防壁。
まさしく、その都市は高度な文明によって作られたものだった。
しかし、既に、その文明は滅んでいる。
道路はひび割れて。
高層建築のほとんどは崩れて。
都市を囲む外壁は崩れ、空を覆う防壁は砕けた。
経年劣化か、はたまた外的な要因によるものなのか?
それを知る者はもはや誰も居ない。
確実なことは、この都市にはもう人類は存在せず――また、草木もろくに生えない廃都市に棲む生命体は、ほぼ皆無だということだった。
「我々の拠点はこの廃都市となります」
だが、逆を言えばそれは、外敵によって襲われる心配が無いということだ。
少なくとも、『生命体』から攻撃を受ける心配は無い。
故に、学園側はこの場を、ポストアポカリプス世界第七十五番に於ける拠点とすることにしたのだ。
「既に調査隊が安全を確認していますが、建物が劣化しているので十分に注意するように」
けれども、引率をしているフェイの表情に油断は無い。
自らが担当する学生たちにも、油断させるつもりは無い。
「今回のレクリエーションの目的はあくまでも、三日間の生存です。三日間の間、この廃都市から離れずに、遺跡を探索するもよし。この都市から離れた遺跡を探索し、遺物の探索をするもよし。ですが、最優先すべきことは生存だということを理解してください。最悪の場合、この廃都市の中で避難をしているだけでも、このレクリエーションは合格とします」
設定するハードルは低い。
場合によっては、テイマーではなくともクリアできてしまうほどに。
だが、このハードルの低さには理由がある。
それは、この場が異世界であるということだ。
「簡単だと思いましたか? ええ、確かに簡単です。テイマーの皆さんにとってはピクニックのようなものでしょう。しかし、忘れないように。この場は異世界です」
既に、滅んだ異世界であるということだ。
「調査隊によって安全が確認されていたとしても、『何が起こるかわからない』場所でもあります。生存を当たり前だと思わぬよう、想像を広げて対策してください。たとえば、『この異世界の人類はどうして滅んだのか?』など」
滅んだということはつまり、滅びるだけの原因があるということだ。
それが単に人間同士の争いならば、人間を殺す兵器がまだ闊歩しているかもしれない。
外敵による侵略が原因ならば、その外敵が今もどこかで生きているかもしれない。
「生憎、王国の調査隊をもってしてもその原因は明かされていません。つまりは、今もこの世界にはその『滅びる要因となった何か』が存在しているのかもしれません。そして、それがいつ私たちに牙を剥くともわからないのです」
この異世界に居る限り、完全な安全などは無いのだ。
そのことをフェイから告げられた学生たちは、この場の危険性を理解する。
己が想像力によって、顔から血の気が引いたり、露骨に狼狽したりする。
「その上で、私はもう一度言いましょう。このレクリエーションの目的は生存です。皆さん、頑張って三日間を生き延びましょう」
フェイによってきっちりと首を刺された学生たちは、真面目に行動を開始していく。
己の生存のために、異世界を生き延びる準備を始めている。
――――この中に、トーマの姿は無い。
何故ならば、トーマの目標は生存ではなく、もっと過酷なものだったのだから。
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それはガーディアンだった。
既に滅んだ世界の『最後の希望だった』巨大地下シェルターを守護する、機械生命体だった。
造形はラミアと呼ばれる魔物に似ている。
上半身は人型。
下半身は蛇。
機械的ではあるものの、造形のモデルとなったのはラミアに似た魔物であることは確かだ。
機能は拠点防衛と敵対戦力の制圧に特化している。
外敵を視認すると、魔導技術による強固な魔術結界の展開。
結界の内側から、瞳に似せた二つの視覚カメラとは別の第三のカメラ、魔眼レンズによる石化魔術を照射する。
これにより、このガーディアンは滅んだ後になっても来訪者を拒んだ。
王国の調査隊ですら踏み入ることは許さず、もはや無意味な守護を続けていたのである。
「眠れ、異邦の守護者」
トーマの手刀によって胸部の核を貫かれ、破壊されるその時までは。
「ふぅむ。この程度なら、俺じゃなくて他のS級ウィザードでも可能だと思うんだが……まぁ、貴重だからな、S級ウィザードは」
トーマはガーディアンを屠った後、守られていた重厚な扉を容易く殴り壊す。
どごぉん、と重々しい音が一つ鳴り響いた。
扉は変形し、歪み、吹き飛び、見事にシェルターへの入り口は開かれたのである。
かなり、強引に。
「行くぞ、アゼル、シラサワ。調査隊の情報が確かなら、このシェルターの重要度は高い。滅びの原因となった『何か』について記録していてもおかしくない」
「うむ、わかった」
「りょーかい!」
強引な入場でも、トーマは何一つ悪びれることなく威風堂々とシェルター内部の通路を進む。
その背後に、二体のS級魔物を控えさせた状態で。
「ふーむ。やっぱり、高度な文明……魔導よりも科学寄りか? 科学の技術だけなら、うちの世界よりも数段上かもしれない。シラサワ、元神人としての意見は?」
「マスターと同感だね! 総合的には神人の技術の方が上回るだろうけども、科学技術は遺跡の端々にある端末から、その技術力の高さが推察できるよー!」
シェルターの内部は、居住区とそれ以外に分けられていた。
居住区の内部は、マンションのような構造となっており、各部屋からは生活の痕跡が見られる数々の遺品が存在する。
だが、生きている人間は当然ながら存在しない。
それどころか、死体の骨すらも皆無だ。
かつて、この場で生きていたはずの生命の痕跡はあれども、死体は存在しない。
この場は放棄されたのか? あるいは、他の異なる理由で住民が死ぬことになり、死体は別の何かに処理されたのか?
「来たぞ、マスター」
「ん、わかっているぜ、アゼル」
たとえば、居住区を徘徊する警備ロボットなどに。
『《ガ、ガガガガッ! IDを、提出、して、くだだだだだ――》』
トーマたちは既に壊れている警備ロボットを片手間に壊しつつ、先に進む。
居住区とは異なる場所。
様々な用途に分けられた区画の中でも最も小さく、けれどももっとも厳重に警備されていた場所。
このシェルターを管理するコントロールルームへと。
「……む?」
そして、トーマはコントロールルームに踏み入った時、違和感を覚えた。
コントロールルームは、大画面のモニターがいくつも壁に取り付けられており、何やら重要そうな機械の操作盤なども存在している。
ただ、問題が一つ。
綺麗すぎるのだ、このコントロールルームは。
まるで、滅んだ後でも何者かがこの場を保持しようとしているかのように。
「二人とも、警戒を。何かここだけは異質――」
ヴン。
トーマの言葉を遮るように、何も映っていなかったはずのモニターが起動する。
『《ようこそ、来訪者。ワタシはこの時を待ち望んでいました》』
次いで、響いたのは中性的な合成音声だ。
『《来るはずの無い時を、待ち望んでいました。故に、感謝します、三人の来訪者よ》』
それはコントロールルームのスピーカーから響いており、確かにトーマたちの存在を認識しているようだった。
何故、それがわかるのかと言えば、トーマたちは調査隊が解析した言語情報を翻訳魔術で取り込んでおり、ある程度ならば異世界の言語だろうとも理解できるからである。
『《そして、今こそ再生しましょう。かつての嘆きを。我々が滅んだ理由を。奇跡の如き確率を越えてやってきた、来訪者へと知らせるために》』
トーマたちが様子を伺っている内に、起動したモニターに映像が映される。
――――空を覆い尽くす『首なし竜』たちの映像が。
『《あの【放浪する悪竜】が生み出した悲劇を、再生しましょう》』
スピーカーから響く声が、【放浪する悪竜】と言葉を紡ぐ時、トーマは懐かしくも忌々しい痛みを感じた。
顔に刻まれた古傷。
右目から頬に伸びる縦の傷跡。
それが疼きと共に、過去の記憶を走馬灯のように再生した。




