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第71話 火が点いた

 トーマとジョンの戦いは、当然ながら注目を受けることになった。

 何せ、S級魔物同士の決戦である。

 神話の如き戦いが繰り広げられ、テイマー同士も共にB級の枠からはみ出た強者同士。

 そんな二人の鎬を削るような戦いが注目されないはずが無い。


 既に、トーナメントに敗退した参加者は『あんなものと戦う可能性があったのか』と安堵と悔しさが入り交じった感嘆の吐息を漏らして。

 トーマとぶつかる可能性のある参加者は、『あんなものどうすればいいんだ?』と頭を悩ませながらも、強者への挑戦に胸を躍らせて。

 そして、別ブロック。

 試合の合間にその戦いを見ることが出来たナナは、いつになく真剣な表情だった。


「強いなぁ」


 呟く感想は、様々な感情を絞り上げて出された一滴だ。

 本当は叫びたい。

 思いっきり『何あれ凄い』と称賛したい。

 本当は嘆きたい。

 思いっきり『何あれ怖い』と悲鳴をあげたい。

 けれども、本当に本当のところ、ナナは戦ってみたかった。

 トーマとジョン。

 共に、B級以上――ともすれば、S級テイマーにも及ぶ力を持った二人と。


「強くて、凄くて、うん。今の私じゃあ、絶対に勝てない」


 だが、ナナはその想いを抑え込む。

 何故ならば、結果は分かり切っているから。

 今のナナでは、トーマにもジョンにも勝つことは出来ない。

 それどころか、一体の魔物すら倒すことも出来ずに敗北するだろう。

 そうとわかっていたからこそ、ナナは厚顔無恥には成れなかった。ただ、自分の欲望のため、自分がその強さを学ぶため、敗北を前提に戦いを挑むなんて真似は出来なかった。

 戦うのならばせめて、勝算を持った状態でなければならない。

 それが最低限の礼儀なのだと、ナナは考えている。


「だけど、ずっと勝てないわけじゃない……ううん、勝つ。勝つために、やろう」


 故に、ナナは決意した。

 自分の強さをさらに鍛え上げて、あの二人の領域まで踏み込むのだと。

 今の仲間のまま、更なる強さを求めてやる、と決意したのだ。

 ナナならば、今の下級の魔物から上級の魔物に仲間を取り換えた方が早いというのに、それをしないことこそが、自分の強さだと証明するために。

 天性の才能を持ったテイマー、ナナ・クラウチは飛躍のための準備をする。

 まずは一勝。

 次の試合に勝って、今の自分たちがどこまで行けるか試すために。




 ヴォイドがその戦いの映像を視たのは、リアルタイムではなく自身の試合が終わってから。

 無事にB級の強敵相手に勝利を収め、気分良くなっていたところ、ナナから映像を録画した魔道具を手渡されたのである。


「とりあえず視て。話はそれから」


 いつになく真剣な様子のナナに、ヴォイドは戸惑いつつも精々『すごく強いテイマーが居た』みたいな話なのだと思っていた。

 事実、それは半分以上合っていた。

 合っていたが、映像の中で繰り広げられた戦いは想像以上の代物だった。


 S級最上位同士の大怪獣決戦。

 たった一体でも戦局を左右するだけの力を持つS級魔物であっても、一瞬の隙が命取りになるような激闘。

 共に戦況を左右するだけの技能を持つ、テイマー同士の駆け引き。

 そのどれもがヴォイドの精神を揺さぶるには十分な威力を秘めていた。


「……強い、強すぎる。なんだ、こいつらは?」


 トーマが強いことは知っていた。

 S級の魔物を使役し、S級ウィザードの資格を持っているのだ。

 強いに決まっている。B級トーナメントも当然のように優勝するのだと思っていた。

 だが、その強さは絶対的ではない。

 少なくとも、テイマーに於いては追従する者が居ると、この戦いで証明されてしまったのだ。


「ジョン・ドゥ、聞いたことが無いテイマーだ。S級を三体も揃えられる実力者なんて、噂にならないわけがないってのに。それとも、情報統制でもされていたのか? いや、どちらにせよ、こいつの強さが本物ってことだけは確かだ」


 強くて等級の高い魔物を揃えた者が、強くなる。

 テイマーの理論はシンプルだ。

 魔物同士の相性や、テイマーの技量の問題もあるが、基本的にはこれだ。

 強い魔物を揃えた方が強い。

 そして、その点で言えば、ジョンは強かった。

 S級テイマーにも劣らない魔物の面子だった。

 何せ、全てがS級で揃えられたパーティーなのだ。当然ながら強い。

 その上、S級三体を従えられるテイマーとして、その力量も見せているのだ。

 文句のつけようのないほど、ジョンは強い。

 ――――だが、そのジョンですらトーマは凌駕した。


「僕は……僕はっ!」


 何度も、何度も、映像を繰り返し視ながら、ヴォイドは強く拳を作る。

 胸の内に湧き上がる感情は、果たして何か?

 圧倒的強者たちに対する恐怖?

 勝てないという言葉が出そうになった、自分自身に対する怒り?

 それとも、『負けてられない』という、燃え上がるような対抗心だろうか?


「僕は、強くなってやる、絶対に! 何が何でも!」


 歯噛みして、ヴォイドは宣言する。

 誰に対してでもなく、自分自身でもなく、この世界に対して宣言する。


「ここで引き下がったら、あの時に憧れたテイマーになるなんて夢のまた夢だ」


 強くなる、と。

 己が名前を響かせるのだと、今はまだ無名のテイマーは吠え猛る。

 それが虚勢なのか? 本物の覚悟なのか? その答えを知る者は、まだ誰もいない。




 ジークはその戦いを見て、歓喜した。

 S級を従える者同士の白熱の戦いを見て、感じ入るものがあった――だけではない。

 トーマとジョン、二人が激闘を繰り広げたことが喜ばしいのだ。


「トーマの性格上、強ければ強いほど相手と仲良くしたがる傾向にある」


 テイマーとして基礎的な部分を教えている分、ジークはトーマと接している時間多い。

 そのため、ある程度のプロファイリングは出来るようになったのである。

 故に、ジークは期待していた。

 これからトーマに新しい交流相手が増えることに。

 ジョン・ドゥという、謎のテイマーと関りを持つことに。


「もしも、トーマがあのジョン・ドゥと交流を持ったのならば、上手く行けば、俺も関りを持てるかもしれない」


 ジークはコネクションを欲していた。

 それも、ただのコネクションではない。

 S級の魔物を揃えられるだけの『力』を持ったテイマーとのコネクションだ。

 今後、上級のトーナメントを勝ち進んでいくためには、S級魔物の確保は必須。

 そのため、可能な限り多くのサンプルが必要なのだ。

 S級魔物をどのようにスカウトし、どのように使役しているのか。

 そのサンプルを参考に、ジークはS級魔物のスカウトに乗り出すつもりだった。


「先人が居るってのはありがたいことだ。その道筋をそのまま辿れるとは思っていないが、成功例は多く知っておいた方がいい。情報はあればあるだけ良い」


 どれだけの力があれば、ジークの願いが叶うのかはわからない。

 どれだけの時を費やせば、ジークの復讐が果たせるのかはわからない。

 だが、今確かに、その『とっかかり』が出来たように見えた。

 そのチャンスを逃すジークではない。


「問題は対価だ。今の俺にどれだけの価値がある? どれだけ差し出せるものがある? 何も持たず、無手で強請ってもろくな結果にならないだろう……ならば」


 ジークの瞳に炎が灯る。

 決意であり、覚悟であり、けれども昏い炎が灯る。


「今から価値を積み上げる。多少、無理をしてでも」


 ジークの頭の中にあるのは、他者からすれば無謀とも呼ばれるような計画だ。

 高難易度のダンジョンを攻略して回り、手持ちの魔物を育て上げる。

 そして、『失われた技術』を多く拾い集める。

 かつて、【神人の遺品窟】でトーマが神人のリッチーと契約した時と同様に。

 歴史から失われた多くの技術や知識を拾い集め、それを価値とするのだ。

 無論、その手の情報や遺物が残っている可能性があるのは、死の危険があるダンジョンばかり。一筋縄では行かないだろう。怪我は日常茶飯事。死んでないだけマシという経験を何度もするかもしれない。

 だが、ジークは知っているのだ。

 たとえ危険だとしても、明日を生きるために為すべきことを為さなければいけない時はあるのだと。

 それが今だと、ジークは考えていた。


「そうと決まれば……このトーナメント。是が非でも勝ち抜いて、昇格しないとな」


 復讐者は昏い炎を宿しつつも、今は昇格へと王道を突き進む。

 いつか、邪道を歩く必要がある、その時まで。




 かくして、三者三様に火種は撒かれ、今は未熟なテイマーたちの心は燃え上がった。

 目的は各々異なりながらも、今、この場は昇格を目指すという目的は一致していて。

 結果として、この三人は同じブロックで鬼気迫る激闘を繰り広げることになったのだった。

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